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覚醒(※)

ヌゥはネグマを蹴り上げようと勢いをつけた。しかしネグマはそれを避け、磁力で操った武器を使い、ヌゥに攻撃を仕掛ける。ヌゥの使えない左腕側を狙ってくる。


(こいつ…!)


多数の武器がヌゥを襲い、ネグマに近づけない。落ちている武器は無数にある。こちらにはとっては足場が悪く、向こうにとっては理想のフィールドなのである。


「ヌゥ!」


(あかん…! ヌゥに向かって飛んでる武器や…火遁も風遁も邪魔にしかならん。ヌゥが引きつけてるうちにわいが殺らな…)


その頃ヒズミの出血も止まりつつあった。隠れ身の術を使い、姿をくらます。


「兄ちゃん! また消えたぞ!」

「放っておけ! まずはこの男を殺す」


武器は全方向からヌゥめがけて襲いかかる。ヌゥは短剣を取り出し、武器を払ったが、全ては避けきれない。


左腕を犠牲に剣を受ける。クルトに斬られた傷も激しい動きにその痛みを増す。右足にはネグマの放った剣が突き刺さった。


「ぐっ…」


(くそ…右足をやられた…)


ヌゥは立つことさえもかなわない。身体はもう、ボロボロである。


(強い…。こいつら、対人戦闘にかなり慣れている…。

どうしたら…)


「こら! 磁石野郎! こっちやで!」


ヒズミはネグマの前に姿を現すと、ファインディングポーズをとった。


「わいはな、格闘技大会の元チャンピオンなんやで!」

「ふん。構えからして、そうは見えないがな」


そう言って、ネグマは鼻で笑った。


「ええから勝負せぇ!」

「馬鹿が。お前は姿を消すだけの腰抜けだろう」


ネグマは目の前のヒズミにターゲットを変える。ヒズミに煽られてか、拳を振り上げた。


「ひいっ!」

「お前は弱い。だから、こそこそと隠れる事しか出来ない」


(そうや。わいは弱い)


せやからこの術で、逃げて、逃げて、逃げて…逃げまくってきたんや!


「おら!」


ネグマはヒズミの顔を殴りつけた。案の定ヒズミはその攻撃を受け、地面に叩きつけられるように倒れ込んだ。


「ヒズミ!」


ヌゥは叫んだ。助けに行こうにも、足が全く動かない。


(くそ……)


俺は…仲間1人も、守れないの…?


ヌゥは悲痛な表情を浮かべた。


殴られるヒズミ。激しい戦場の跡。守れなかった先住民たち…。


身体は動かない…。


ヌゥは自分の無力さを知る。


(俺は弱い……)


ヌゥの目から、涙が溢れた。

悲しみではない。悔しさだ。


弱い自分が、許せなくなる……。


【怒れ…怒りがお前を強くする…】

(?!)


突然、ヌゥの脳裏に、低い声が響いた。


人間とは言い難いような、重圧のある、禍々しいほ

どに淀んだ声だ。


(誰……誰なの…?)

【怒りを抑えるな…】


その声はヌゥの心に手を伸ばしていく。そんな感覚だ。


(俺は、怒ってなんか…)

【嘘だ。お前は、自分自身に怒っている。仲間を守れない、何も出来ない、そんな弱い自分自身に】

(……)


声は語りかけるように、ヌゥの心に少しずつ侵食していく。その手はまるで闇のように真っ黒だ。


そうだ、俺はシャドウ1人倒せない。

子供1人救えなくて、殺すことしか出来ない。

やっと出来た大切な仲間を、守ることも出来ない。


【怒りを抑えるな…】


心は半ば無意識に葛藤を始める。しかし闇の手はもう、ヌゥの心をしっかりと掴んでいた。


嫌だ……

俺は呪いの力に、頼りたくなんてない…


【呪いなんかじゃない…怒りはお前の源だ…】


嫌だ…嫌だ…嫌だ……


【怒りを解き放て…お前は強い…誰よりも…】


「!」


その瞬間、ヌゥは目の前が真っ黒になった。


何も見えない。そして何の痛みもない。

自分の身体の感覚がない。



ただあるのは、憎悪だけ。



弱い自分に突き刺さる、深く鋭い憎悪の刃だ。


強くなりたい。その願いを聞いた真っ黒な怒りが、彼の全てを支配する。




その時、ヒズミはネグマに胸ぐらを掴まれていた。


「お前は弱いな! 本当に!」


ネグマがそう言いながらもう一度ヒズミを殴ろうと拳を振り上げた。ヒズミの顔には笑みが浮かんだ。


(今や!)


ヒズミはネグマの心臓を槍で貫いた。


ネグマがそれに気づいたのは、貫かれた後であった。紫色の血が滲み、槍を伝って滴り落ちていく。


(な、何故だ……何故俺の心臓に、槍が……)


「お前…何処から槍を…」

「ずっと持ってたで。見えへんように隠してたけどな」


隠れ身の術は、ヒズミに触れたものだけを消すことも出来る。それはヒズミの得意忍術だ。逃げ腰の彼が極みに極めた、隠れ身の術である。


「あんたが馬鹿にした、わいの1番得意な術や。よう覚えとき…」


ヒズミはそう言って、槍を抜いた。


「兄ちゃん!」


ネグマはそのまま倒れた。アースは悲壮な叫び声をあげた。


(やった…倒した……! シャドウを倒したんや…!)


「やったで、ヌゥ! ……ヌゥ?!」


しかしヒズミがヌゥの姿を見た時、ヌゥの髪は真っ白になっていた。目は紅く染まり、これまでに感じたことのないほどの重厚な殺気を放っている。まるで別人のようだ。


「な、何や…」


ヒズミはヌゥに、これまでにない恐怖を感じた。ヌゥは静かに足元にある剣を拾い上げた。


「生きてる奴は皆殺しだ」


ヌゥは静かにそう呟いた。





「あ〜あ! やられた!」


突然、メリは叫んだ。高く跳躍して木の枝に飛び乗ると、頭の後ろに手をやった。


「あーあ。もっと遊びたかったのになぁ…」


メリはジーマを見下ろし、ハァとため息をついた。


「残念だけど、もう帰るわ! また今度遊ぼうね、ジーマ君。楽しかったよ!」


メリは最後に煙玉を取り出し、彼の視界を奪うと、森の中に姿をくらました。


「!」


(くそ…逃げられた)


ジーマは剣を鞘にしまうと、メリの後を追いかけた。




兄を殺されたアースは、非常に怒っていた。武器を持ち、ヒズミに襲いかかった。


「許さねえ! 兄ちゃんの仇だ!」

「ひい! まだこいつがおるやんけ!」


すると、白髪になったヌゥは一瞬にしてアースの前に立ちふさがった。動きもまるで別人だ。アースの顔を掴み、一瞬で握り潰した。眼球が飛び出し、紫色の血がその場に飛び散った。


「ヌゥ?!」


明らかにヌゥの様子がおかしい。ヒズミはヌゥに声をかけるが返事はない。


すると、ヌゥはヒズミの方を振り返った。その目は充血したかのように真っ赤に染まって、抑えきれないくらいの怒りを感じる。


「生きてる奴は皆殺しだ」

「ど、どうしたんや…」


ヌゥはヒズミに剣先を向けた。ヒズミは愕然とした。


「嘘やろ…ヌゥ……わいのことがわからんのか…?」

「皆殺しだ…」


ヌゥはヒズミに剣を突き刺した。ヒズミは腹を抑えて倒れ込む。


(嘘やろ…何が…どうなって…)


ヒズミはその痛みに、まるて身動きがとれない。ヌゥは歩いてヒズミの元から離れていく。


「あちゃ〜2人共やられちゃった。ダハムの奴、頑張って強く育ててたのに。きゃはっ」


するとどこからともなく、メリが戦場に突如その姿を現した。メリはヌゥを見つけると、にっこりと笑った。


「ヌゥ君! やっぱり君だったんだ。また会えたね」


メリが笑いかけるが、ヌゥの目は怒りを露わにしている。


「殺す…」

「きゃはっ! 駄目だよぉ! 死人をいただいたらメリたちはもう撤退するんだからね!」


その頃、武器商人は、死体を船に運んでいる途中だった。死体は小さくなって、袋にひとまとめにされている。商人もまた、物の大きさを変えることができるシャドウのようだ。


「逃さない」


ヌゥは商人の乗っているその船に飛び乗った。商人が気づいた時には、ヌゥが目の前に迫ってきていた。


「や、やめて…! ぎゃはっ!」


そして一瞬にして、その首をはねた。それを見たメリは口をあんぐりと開けた。


「ああ! 何てことするの!」

「お前も、殺す」

「駄目だよ! メリはもう疲れてるの! 遊ぶのはまた今度ね!」


ヌゥはメリに斬りかかったが、上手くかわされてしまう。メリはすかさず口笛を吹いた。すると、空の向こうから巨大な白竜が現れ、メリを乗せて飛び立った。追うことの出来ないヌゥは、メリを諦め、まだ息のある先住民たちに目をやった。


「皆殺し……」


ヌゥは先住民たちを順に殺してまわった。


ゆっくりと1人ずつ、まるで14年前のように、1人ひとりの首をはねていく。先住民たちの生首が、ごろごろと転がっていく。


「ヌゥ…あかん…やめるんや…」


ヒズミは歯を食いしばり、腹を抑えながら、ふらふらと立ち上がった。


「あんたはこんなことする奴とちゃう! 目を覚ませ…! 国を救いたいて言うてたやんか…!」

「まだ生きてたのか…」


ヌゥはヒズミにゆっくりと近づいていく。その禍々しい殺気に、ヒズミは恐怖し、後退った。


(あかん…殺される…)


ヌゥはヒズミの目の前までやってきた。ヒズミはヌゥの殺気を肌で感じて、隠れても逃げても無駄であることを強く思い知る。ヒズミは諦めて、目を閉じた。


「やめろ!!」


聞き覚えのある声が響いた。ヌゥはその声に反応して、空を見上げた。


上空から、巨大な茶色い鳥に乗って、誰かが降りてくるのが見える。


(アグ………??)


ヌゥの意識はアグに気づいていた。しかし身体はもう言うことを聞かない。ヌゥはヒズミに向かって短剣を振り上げる。


「やめろっつってんだ!!」


アグはヌゥに体当たりをして押し倒し、そのまま覆い被さった。


(アグ………)


アグは短剣を持つヌゥの右腕を押さえつける。アグの姿を目の前にしたヌゥは、抵抗する力を失った。


ヌゥは呆然とした表情で、アグを見つめた。


アグはヌゥの頬を思いっきりひっぱたいた。


「呪いなんかに負けんな! 誰も殺したくないって言ってただろ?! 大事な仲間を傷つけるな!!」


(アグ、どうしてここにいるの…?)


俺は…何を…していた…?


ヌゥの髪の色がだんだんと黒く染まっていく。瞳は美しい水色を取り戻した。アグにぶたれた頬の痛みだけが、感覚として残っている。


「ヒズミさん!」

「な、何なん…? え……? ベル……?」


巨大な鳥からベルが降り立つと、ヒズミに駆け寄った。


「時間がありません! ここで手術します!」

「え…何やて…あ…」


ベルは素早くかばんから麻酔を取り出すと、ヒズミに打った。ヒズミはすぐに深い眠りについてしまった。


「ひ、ヒズミ…」


ヌゥのすぐ側で、ベルがヒズミの治療を始める。ヒズミの酷い傷口を見たヌゥは、頭が真っ白になる。


「な、何で……」


(俺が…やったの…? ヒズミを…?)


ヌゥの瞳からは涙が溢れる。身体の震えが止まらなくなる。


「アグ……俺が…!」

「大丈夫だ! まだ死んでない! ベルに任せろ!」


ヒズミに近付こうとするヌゥの腕を、アグは掴んだ。ヌゥはやっと目の前の状況に気がつく。数十人の先住民たちの首がはねられている。ヌゥは膝を付き、呆然とした。

 

「ああ…何で…何でっ…」


狂ったように混乱しているヌゥを、アグは辛そうに見つめた。


「ごめん…間に合わなくて……」

「うう…ひっく…うぅ…」


ヌゥは崩れ落ち、ひたすらに泣きじゃくることしか出来なかった。アグはヌゥの側に寄った。


(ごめん……ヌゥ……)


俺も、君の背中をさすってあげることしか出来ない。


アグはその情景に目をやった。


何百人もの先住民が倒れている。そこには何百本もの武器が散乱し、激しい血の跡が未だ多く残っている。


ここで一体どんな残劇が繰り広げられたのか、アグには想像もつかない。


一羽の白い鳥が飛んできたかと思うと、一声鳴いて、何処かへ飛び去った。


夜空はだんだんと朝の光を纏いつつある。そしてその砂浜は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。



挿絵(By みてみん)

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