磁力と金属武器
(何だか胸騒ぎがする…)
アリマ漂流5日目の夜、ハーレの家にいたジーマは目を覚ました。シエナは隣の布団ですやすやと眠っている。彼女の寝顔をちらりと見て、軽く微笑んだ後、ジーマは1人静かに外に出た。
満月が夜空を明るく照らしている。外には誰もいない。アパシーの村の夜はいつもそうだ。皆早くに鍵を閉め、電気も消し、すぐに寝静まる。
(?)
島の遥か遠くの方から、煙が上がるのが薄ら見えた。ジーマは何となく違和感を感じ、その方角へと進んでいく。高原を超えて、森に入ると、誰かが動く影が見えた。
「きゃっははは!」
女の高らかな笑い声が聞こえたかと思うと、ジーマに向かって数本のクナイが飛んできた。ジーマは剣の鍔に手をかけた。
一瞬のうちにクナイは全て真っ二つに斬られていた。
「うわ〜お! お見事!」
「誰だい…?」
するとジーマの前に、ツインテールの髪の女が現れた。歳はヌゥやアグとあまり変わらないくらいだろうか。女は目元を細め、ニヤつかせながら笑っている。その笑みからは異様な殺気が漂っていた。
「行っちゃ駄目だよ。メリたちは今、大事なお仕事中なんだからね!」
女が名を名乗ると、ジーマはやっぱりかという表情を浮かべた。
「そうか…君がメリか…」
「君が隊長のジーマ君だね。部隊の中で1番強いのは君だって聞いてるよ! きゃはは! それじゃあ仕事が終わるまで、メリと遊ぼうよ!」
メリは手の平を前に突き出した。するとそこからクナイが猛スピードで放たれた。ジーマは避けることなく、剣でそのクナイを全て切り落とした。
「うわぁ〜…早すぎて剣先が見えないや…」
攻撃が効かずとも、メリはまるで動揺しない。それどころか、強者との戦闘を酷く楽しんでいる様子だ。ジーマもまた臆することなく、メリを見据えている。
「でもその剣1本で、これを防げるかなあ〜!」
続いてメリは両手から巨大なガトリング砲を作り出した。異様に重そうなそれを軽々と肩に乗せて構えると、銃弾を大量に発射した。
ジーマは今度はそれを避け、あるいは剣で斬りながら、メリに近づいた。彼女が射程圏に入ると、剣を振りかぶった。
「ちっ!」
メリは両手から剣を作り出すと、ジーマの剣を受けた。
「!」
メリは驚いた。この距離でさえ剣先が見えない。
そして気づいた。ジーマの剣さばきが速すぎるからではないのだ。ジーマの剣は、刃が透明なのだ。
「どうりで見えないわけだ…!」
「はは…」
「面白いね! 君の武器も!」
メリはジーマの剣を強引に弾き返すと、軽く後ろに飛んで距離をとった。
(僕の剣の秘密を知っているのはベーラとアシードだけ。メリはその事を知らない……)
メリはこちらの情報を持っている。しかし全てではない。ジーマの頭にはある1つの事がよぎっている。
(やっぱり僕の考えている通りなのか……?)
ジーマはメリと目を合わせると、口を開いた。
「武器商人たちが売ってる武器を作っているのは君だね」
「ふふ…その通りだよ! メリはこの身体から、どんな武器でも作り出せる! こ〜んなのだって!」
そう言いながら、メリはお腹から巨大な大砲を生み出した。彼女の身体よりも、明らかに大きな大砲である。
「僕たちの船を襲った武器か」
「そうだよ! か〜っこいいでしょう!」
「うん。実に見事だ」
「そうでしょ? そうでしょ?」
メリは何となく上機嫌になりながら話し出す。ジーマは会話を続ける。
「この国で死体を集めて、君たちはどうするの?」
「え〜? シャドウをたくさん作るんだよ〜! でもね、死体から作れるのは雑魚なんだけどね!」
メリは隠す様子もなく、べらべらと喋りだす。しかし同時にクナイで攻撃をしかけた。ジーマはそれを防ぎながら、彼女に問いかける。
「へぇ。君は違うの?」
「あったりまえでしょ〜。メリはレアなんだから! メリは生きてるの。生きたシャドウなの!」
ヌゥ君がメリと戦ったあの日…ヌゥ君は返り血の色に疑問を持っていた。シャドウ特有の紫色の血とは異なる、紛れもない鮮血だった。
(生きたシャドウ…? それは、人間なのか…?)
「君たちは、何のためにシャドウを増やすの?」
「え〜? 私たちのボスはね、人間のいないシャドウだけの世界を作りたいの。だからこの世界の人間を、片っ端から消しちゃう! メリがしてるのは、そのお手伝い!」
「…ボスって、ヒルカのこと…?」
「ううん。違うよ? んもう! そんな事どうでもいいじゃない! 私と遊ぼうよ!」
メリは鉄砲を取り出し、ジーマに連射した。ジーマはその弾を素早く斬っていく。
(ヒルカじゃない……? 別に黒幕がいるのか…?)
「もう! 全然当たんないからつまんな〜い!」
「ねえ、君は何でヌゥ君の名前を知っていたの?」
「え〜? だって教えてもらったんだもん!」
ジーマが怪訝な顔を見せると、メリはニヤりと笑って言った。
「仲間のことを、疑ってるんでしょ?」
「え……?」
「人間は皆、自分以外を信じられない。でも私たちは違う。私たちシャドウは、ボスに絶対服従。でも人間にはボスがいない。だから君たちは駄目なんだ!」
メリは刀を取り出した。それを手にすると、メリのスピードが突然に上がっていく。
(速度向上の能力が付加されているのか…?!)
カキン!と歯切れのいい音が鳴った。ジーマの速さと相違ない。
「やるね! これを防ぐなんて、さすが隊長!」
「君もやるね……仲間が殺られないうちに、君にはここで死んでもらおうかな…」
「きゃはっ! そう来なくっちゃ!」
そして2人はその夜の森で、しばし攻防を続けた。
ヌゥとヒズミは生き残っていた先住民たちをようやく気絶させた。残るはディラムとミジータのみだが、彼らは一騎打ちの最中である。
「ハァ……見てみ……あとはあの2人だけや…」
日々の疲れに加えて深夜の乱闘を終え、ヒズミは酷く疲弊していた。ヌゥもまた、クルトに負わされた傷も相まって、顔に疲れが見える。
「倒しにいくか…?」
「待って」
ヌゥはその場に立ち止まり、2人の戦闘を見守った。
「もうすぐ終わる…」
ディラムとミジータもまた、体力の限界の状態だった。最後の一振りに全てを懸けて、2人は向かいうった。
攻撃の後、2人はしばらく動かなかったが、先に倒れたのはディラムだった。ディラムの身体からは血が吹き出し、そのままバタリと倒れた。ミジータは歓喜の笑みを浮かべた。
「テリオス…仇は…とったわ……ぐぅっ」
しあしその少し後に、ミジータもまた、その場に倒れた。
(身体が動かない…?! 傷は浅いのに…)
倒れこんだディラムは、倒れたミジータを嘲るように見ながら、その口を動かした。
「毒だよ…へへ…俺だけ死んでたまるか…お前も道連れだぜ…」
「く……最後まで汚い奴め…」
ミジータの顔が青ざめていくのを見て、ディラムは嘲笑った。
(へへ…楽しかったなあ…)
やっぱりこの女に勝てなかったか…
テリオスもそうだ…こいつらは俺より強い…
でも俺は負けなかった…こいつらに…
ディラムは自分の身体を見た。自分の浸かっている血の量に、もう自分はここで死ぬんだと悟った。
ミジータとテリオスが結婚の誓いをしているのを見た時、心をちぎり取られるような怒りに襲われた事を思い出す。
あの怒りは、一体なんだったんだろうか。
あの時からもう、気づいていたのに。
ディラムは最期に1人、涙を流した。
(俺は…殺し合いをすることでしか、この女と向き合えなかったのか…)
そしてディラムは、静かに息を引き取った。ヌゥは歯を噛み締め、その目を背けた。
「はあ〜い! 終了終了! いや〜面白かった! 間近でこんなに激しい戦いを見れて、幸せ幸せ!」
すると武器商人が戦場跡に乗り出し、笑って手を叩きながらやってきた。
「さあ、死人は回収して、さっさと帰りましょか〜!」
商人の護衛の2人もまた、死体回収のために戦場に足を踏み出した。
ヌゥとヒズミは彼らの前に立ちはだかった。
「まだ終わってない!」
「そうや! ウォールベルトのアホ共! わいらから逃げられると思うな!」
護衛の2人はヌゥとヒズミの方をじっと睨みつけた。商人は言った。
「おやおや? まだ生きとる奴がおりますやん。よし、最後にあんたらも回収しましょか! ネグマ! アース! さっさとあの2人を殺してき!」
商人が命令すると、護衛の男2人は戦闘態勢をとった。
ネグマは金髪で、左目の下にほくろがついており、背が高くひょろりとしている。アースは少しくせっ毛の茶髪で、こちらは小柄である。
2人の顔は非常によく似ている。彼らは兄弟である。
「ヒズミ…来るよ!」
「わかっとる!」
(正直もう限界や……しかもこいつらめちゃ強そうやねんけど…! でももうここまで来たら逃げられへん…! こっちにはヌゥがおるんや…! 絶対倒したる……!)
アースは懐からクナイを取り出すと、片手に4本ずつ持ち、こちらに投げつけた。
ヌゥとヒズミが避けようとすると、クナイが突如人間ほどの大きさになり、2人の逃げ場を塞いだ。ヌゥは目を見開いた。
(物の大きさを変える…シャドウ!)
(ひぃ! あかんて! でかすぎるってぇ!!)
「ヒズミ! 飛んで!!」
ヌゥは高く飛び上がると、クナイに飛び乗って足場にし、攻撃をかわした。
ヒズミもヌゥの声に合わせて咄嗟にジャンプし、既のところで攻撃をかわすことが出来た。クナイは砂飛沫を上げて砂浜に突き刺さった。
「こいつらシャドウや!」
「好都合だ…」
(遠慮なく殺せる…!)
ヌゥは落ちていた長剣を拾いあげた。戦場の跡の砂浜には、大量の武器が転がっている。
「俺が殺る。ヒズミは姿をくらまして、火遁で牽制を!」
「わ、わかった!」
ヌゥに命令された通りに、ヒズミは姿をくらました。アースはちっと舌打ちをしながら、ヌゥに向かって再びクナイを投げた。
ヌゥはクナイを避けながら彼らに近づく。すると、ネグマは手の平をヌゥに向けたかと思うと、そのまま上に掲げた。
「!」
ヌゥの持っていた長剣が、重力が上になったかのように、上に引っ張られていく。それにつられて、ヌゥの身体も宙に浮いた。
(な、何だ?!)
ヌゥはすかさず剣を持つ手を離して地面に降り立った。そこを狙うように、アースが歯の広いブレードを持って斬りかかる。
ヌゥが下がって避けようとすると、ブレードが大きくなり、ヌゥの膝に刃がかすった。
(大きさを変えるモーションが速い! 目で追えない…!)
すると先程の地面にささったクナイがひとりでに抜け出し、ヌゥめがけて飛んできた。ヌゥはちらりとネグマを見る。
(武器を操ってるのはあいつか! この力の感じ方…もしかして……!)
するとその時、クナイに向かって炎が放たれた。勢いを殺されたクナイは起動がずれていき、ヌゥに当たらずに地面に刺さった。
(ヒズミ…!)
ヌゥはそのまま後ろに飛んで距離をとると、小声で呟いた。ヒズミの遠耳の術は、どんなに小さな声でも拾うことができる。
「茶髪の男は物の大きさを変えるシャドウ。金髪の男は多分、磁力で武器を操ってる。武器を拾っちゃ駄目だ。磁力で動きを妨げられる。金属製の物を持ってたらすぐに捨てて」
ヌゥは敵の2人を見据えた。
(おまけにこの2人、息もぴったりだ…)
姿を隠しているヒズミは、ヌゥの声を拾った。
(磁力やて…? 初めて聞く能力やな…。茶髪の奴はやたら戦闘力高いし…。どうやって戦ったらええねん…)
ヒズミはヌゥに言われた通りに、持っていた小刀とアクセサリーを捨てた。すると、再びヌゥの声が聞こえた。
「まずは磁力を使う金髪から倒そう。俺が茶髪を引き付けるから、その隙にヒズミが倒して」
(任し!)
「何をブツブツ言っている!」
ネグマが口を開いた。アースもネグマの横にやってくる。
「兄ちゃん。1人の姿が見えないけど、どうする?」
「姿を消す能力だ。この近くにいるはず、気をつけろ」
「おうよ!」
「まずは見えているあの黒髪から仕留めるぞ」
「りょーかい!」
ヌゥをターゲットに決めたところで、茶髪の男は再びクナイを投げた。すると、突然クナイが見えなくなった。ヌゥは眉間にしわをよせた。
(消えた…?! いや…違う! 見えないくらいに、小さくしたんだ!)
ヌゥの目の前までやってきたクナイは、元のサイズにもどってヌゥを襲った。クナイのサイズが戻るのはほんの一瞬だ。ヌゥは出来る限り大きく距離をとり、クナイを避ける。
「ちょこまかと、小賢しい奴だ」
ネグマはクナイの磁力を操ると、Uターンさせてヌゥに攻撃を仕掛ける。
(ここや!)
その間にネグマに接近していたヒズミは、敵に向かって炎を吐いた。しかしネグマは既のところで炎の向きを変えた。炎は上に向かって燃え上がると、勢いをなくして消えてしまった。
「何やて?!」
「そこか」
ネグマは声からヒズミの場所を突き止めた。磁力を使い、落ちている武器を何十本も浮かび上がらせると、ヒズミの声のした方向に向かって、それらを全て飛ばした。
(やっばい! これはあかんて!)
逃げ場所のなくなったヒズミは、いくつかの武器に身体を斬られた。
血がぽたぽたと地面に垂れ、それを隠すことはもう出来なかった。観念したヒズミは、隠れ身の術を解いた。
「強力な磁力は炎の向きも変えることが出来る」
「ほんまずるいで…」
(くっそ痛いし…もうほんまに嫌や…! 帰りたい…!)
「ヒズミ! 大丈夫?!」
「かすっただけや。大したことない!」
内心半泣きのヒズミであったが、自身にとっては珍しく虚勢を張った。ヌゥの傷は自分以上だ。彼の前で、格好悪いところはもう見せたくない。
(炎が効かない…やっぱり俺が倒すしかないのか)
ヌゥは素早くネグマの方に向かっていく。
「兄ちゃんに手を出すな!」
アースが後ろからクナイを投げつける。
「させへんで!」
ヒズミは火遁でクナイを妨害する。その隙にヌゥはネグマを射程圏に捉えた。
(武器が使えない……だったら素手でいい!)
ヌゥは声を上げ、ネグマに襲いかかった。
 




