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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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対戦・クルト

その後ヒズミは漂流してしまうわけだが、運良くユリウス大陸に辿り着いた。ジーマと出会い、部隊に入隊したのは単なるめぐり合わせだったが、それからの仕事はというもの、命の危険とは隣り合わせだったように思う。


それでも今日まで生き長らえることが出来た。本当に危機に直面した時には、絶対に逃げることを選んだからだ。その事は間違いないと思う。正解だったと思う。


(でも今、ここで逃げたら、わいはまた後悔するんやないかって……)


そんな気がしてならん。


殺人鬼だと思っていたヌゥが、正義のヒーローに見えるだなんて……


彼とこの島に辿り着いた時には、まるで想像もしなかったことだ。


ヌゥ・アルバート。彼の強さはヒズミにとって、憧れだった。躊躇なく戦場の中に飛び込んでいける彼が、羨ましかった。


(わいもああなりたい)


ヌゥみたいに、強くなりたい。


ヒズミは敵に近づくと、隠れ身の術を解き、火遁の術で炎を吹き出した。先住民たちは突如現れた異国人に驚いている。


「今すぐ無駄な争いをやめるんや! やめへんのやったら…火傷さすで!」


先住民たちは慌てて炎から離れていくが、逃げる様子はない。距離をとったところで、ヒズミを睨みつけた。


「何だあいつ?」

「初めて見る顔だな! あいつも異国人か!」

「さっさと殺せっ!」


男たちはヒズミにまるで怯むことなく、襲いかかった。


「ヒズミ?!」


ヌゥもまた、ヒズミの参戦に気づいた。しかしクルトは間髪入れずに攻撃を仕掛ける。


「他所見してる暇なんてないよ!」


ヌゥはクルトの攻撃を受け止め、攻防を続けた。


「何でや! 何で逃げへんねん! こいつら皆、アホちゃうん!」


たかってくる敵の多さにヒズミは半泣きになると、隠れ身の術で一旦姿をくらました。


「何だ? 消えたぞ?!」

「くそ! どこに行きやがった?!」


ヒズミは先住民たちの背後に回ると、姿を現した。


「こっちやで!」


ヒズミは拾った棍棒で男達を殴った。男達は気絶して倒れた。


「こいつ! 姿を消せるのか?!」

「ずるいぞ! 正々堂々勝負しやがれ!」


ヒズミは苦笑いしながら棍棒を肩に乗せた。


「ずるちゃう! 応用や! 自分の能力をどれだけうま〜く発揮できるか! それが大事やねん!」

「ごちゃごちゃうるせー奴だ!」

「囲んで殺せぇえ!」

「ひいいいい!!!!」


あっと言う間に、10人ほどの先住民たちがヒズミを取り囲んだ。


「殺せぇええっ!」

「ひい!! 来んなっちゅーの!」


ヒズミは火遁の術で炎を吐き出すと、自分の周囲を円を描くように覆い、火の盾を作った。燃え上がる炎の壁に守られ、先住民たちはヒズミを攻めきれない。


「近づいてきた奴から燃やすで! 死なん程度に火傷させたるからな! もう知らんで! あんたらが降伏せんのが悪いんやからな!」


ヒズミは炎を吹き放ち、先住民たちを威嚇し続けた。


一方クルトはヌゥに弾丸を打ち込むものの、盾で防がれ、弾切れになってしまった。


「くそ! だったらこれはどうだ! 第3の型、双剣!」


クルトの剣が、2つに分離した。真っ黒の柄の2本の剣だ。刃先がそれぞれ異なっている。1つはまっすぐ伸び、もう1つは三日月型に曲がっている。


「ふふ! 僕の二刀流を防ぎきれるかな?」


(また変形した…! 武器も強いけど、使い手のこの子が、只者じゃない)


ヌゥは拾った長剣と持っていた短剣を使って、何とか攻撃を防いだ。


(速い…けど…だんだん慣れてきた!)


ここまで攻撃を受けていただけのヌゥが、反撃を開始した。クルトも負けじと剣を受け、対抗する。


「ふふ…初めて倒し甲斐のある奴に会えた!」


クルトは三日月型の剣をヌゥに向かって投げつけた。ヌゥが飛び上がって避けると、その剣はブーメランのように回転して背後から迫ってくる。それと同時にクルトはヌゥに駆け寄り、長剣を振りかぶった。


ヌゥは短剣を三日月型の剣に投げてヒットさせると、その軌道をそらし、拾った長剣でクルトの剣とかち合わせた。


互いに独学であろう剣技の癖を掴むのは、難しい様子だ。ヌゥは何とかクルトを殺さず倒そうと臨んでいるが、向こうは殺す気で戦っている。戦闘は数十分に及んでいる。


「君、これまでに何人殺したの?」

「え? さ〜あ。数えたことないや。数え切れないくらいかなぁ!」

「歳はいくつ?」

「10歳だよ!」


再び剣をかち合わせた後、押し合いが始まる。子供とは思えないほど力も強い。


「俺たちの国じゃ、君は無期懲役だ」

「は? 何言ってんの? アリマは無法地帯! お前らの法律なんて、ここじゃあ関係ないんだよ!」

「俺がこの国を変えてあげる! その罪の重さに気づくことが出来るように!」

「本当にお前、何言ってんの?」


ヌゥは悲しかった。哀れに思った。まるで昔の自分を見ているようだったから。


その罪を罪だと気づかない。人の命の重みも、人が死ぬ悲しみも知らない。


あの時の俺と同じ…。


子供がそんな世界を生きちゃ駄目だ。

無法地帯なんてあっちゃいけない。


(変えなきゃ……)


その時、クルトの遥か後方で、弓使いがヒズミを狙っているのが目に入った。ヒズミは目の前の敵との戦闘に夢中で、弓使いの存在などにはまるで気がついていない。ヌゥはヒズミの元へと駆け出した。


「待て! 逃げるな!」


クルトも自分の横を通り過ぎるヌゥを追いかけた。


「ヒズミ!」


ヌゥが叫ぶと同時に、矢が放たれた。ヒズミが振り向いた時には、矢がこちらに向かって飛んできていた。


「ひいいい!!!!」

「っ!!」


ヌゥは左手を伸ばし、自身の手の平でその矢を受け止めた。矢はヌゥの手に突き刺さり、矢先数センチほどを貫いた。


「ヌゥ!」


ヒズミは叫んだ。ヌゥの左手から血が滴り落ちた。ヒズミは喪失とした表情を浮かべた。


「あんた、何して……。何で助けるんや…」


ヌゥは左手に刺さった矢を引き抜いて地面に捨てた。そしてヒズミの方を振り返ると、笑って言った。


「ヒズミも溺れてた俺を助けてくれたじゃない。それと同じだよ」

「同じちゃうやろ。その怪我……」

「大丈夫。大したことない」


しかし、間髪入れずにクルトは高く飛び上がると、2本の剣を構えてヌゥに斬りかかった。


「逃げるな! 僕と戦え!!」


ヌゥはすかさず右手の剣で1本を抑えたが、もう1本を防ぐことは出来なかった。


肩からお腹にかけてをズバッと引き裂かれた。服は破け、肉が切れた。血飛沫が飛び散り、クルトの顔面が赤く染まった。クルトは目をギラつかせて笑っている。


「ヌゥ!!!」


ヒズミが叫んだ。ヌゥは何とか踏ん張ると、傷口を抑えながらクルトを睨みつけた。


(片手じゃ無理や。両手でやっと刺し違える敵やろ?! あかん…負けてまう…! 殺されてまう…!)


「ヌゥ! あかんて! 撤退や!!」

「逃げるつもり? そんなことさせないよ」


クルトはヒズミに双剣の1つを向けた。ヒズミは目を見開いて後退った。


「まずはうるさいお前、喋れなくしてやるよ」


クルトはヒズミに襲いかかった。


(あかん! 速すぎる! こ、殺される!)


クルトがヒズミの喉に向かって剣を突き刺そうとしたその時、ヌゥが割り込んで、その血だらけの左手で剣を受けた。剣は左手を貫通し、ヌゥの顔前で止まった。


(何だ…?! この力……!)


ヌゥは俯いたまま、ボロボロの左手で剣の鍔を抑え込んでいる。クルトはその剣を引き抜くことが出来ない。


「お願いだから、俺を怒らせないでよ…」


顔を上げたヌゥの目は、酷く狂気を帯びていた。先ほどとはまるで別人のようだ。瞳は淀んで、生気を失うかのような絶望に溢れている。


(は……?)


クルトはヌゥの様子に違和感を感じる。そしてそれはヒズミも同じだった。


(もしかして、ヌゥの奴キレてるんちゃう…?!)


「はあ?! 何言ってんの…。邪魔だよ!」


クルトは虚勢を張るが、内心は酷く焦っていた。


(くそ…何で剣が抜けない…!! あいつの左手はボロボロなのに、どこにそんな力が……!)


「ごめんね」


ヌゥは呟くようにそう言って、長剣をクルトの腹に突き刺した。完全なノーモーションからの攻撃を、クルトは避ける術も余裕もなかった。


「ぐはぁっ!!」


クルトは壮絶な痛みを感じた。服の上まで血がにじみ出てくる。血が溢れ出て、止まらない。


(痛い…。痛すぎ………)


「血が…僕の血がっ…!!!」

「ごめん…」


その時、虚ろなヌゥの瞳から、一筋の涙が流れた。


「い、嫌だああ!!! 何でこの僕が! し、し、死にたくないぃ! 死にたく……な…い…」


そしてクルトは声を出す力もなくなって、その場にバタリと倒れた。


(ああ…死にたくない…)


痛い…痛いよ……


ああ、僕が殺した皆も、こんなに痛かったんだね……


知らなかった……


生まれて初めて斬られたから……


「クルトぉおおお!」


ディラムが叫んだ。クルトは倒れたまま、必死で頭を動かして、ディラムの方を向いた。


(ああ……)


『おじさん、何か食べ物ちょうだい』


昔クルトがそう言った後、ディラムは大笑いした。


『がっはっは! 大したガキだ。だがな、ここでの生活はそんな甘ったるいもんじゃねぇ。食い物なんてのは自分で手に入れんだよ』

『どうやって…?』

『はん。この俺に教わろうってか。面白え。来いよクソガキ。名前は何だ』

『クルト……』


ああ…これが僕の人生。

親に捨てられ、人を殺して、ただそれだけ…。


『ディラムは子供作らないの』

『あぁ? 何だいきなり』

『他の皆はアパシーの女たちと子供作ってるよ。子孫繁栄も大事だって』

『まあそうかもな。でも俺には必要ねぇ』

『どうして?』


ディラムはクルトを見つめたまま、その後は特に何も言わなかった。


(あの時僕は、何か言ってほしかったのかなぁ…)


「クルトぉおお!!!!」


重い瞼が今にも閉じそうだったクルトの元に、ディラムが駆け寄ってきた。


「……」

「クルトぉ!! クルトぉおおお!!! 死ぬなぁああ!! しっかりしろぉおお!!」

「……」


最期、クルトの目には、ディラムが泣いている姿が映った。いつも横暴で傲慢な彼の涙を見るのは、その時が初めてだった。


「……」


いつもディラムが隣にいた。


ご飯を食べて、交代で寝て、敵を探しては殺して……また探して…寝て……殺して……


ただ、それだけ……


それだけの……人生………


クルトの瞼が開くことはもうなかった。ディラムは怒りと悲しみを表すような大声を上げた。


「許さねぇぞ!! 異国人!!!!」


ディラムはヌゥを睨みつけた。鬼の形相だった。


しかしヌゥはクルトを刺した剣を握りしめたまま、ディラムを睨み返した。


「この子は君の…子供なの?」

「ああそうだ!」

「子供に殺し合いをさせるなんて、どうかしてる」

「うるせえ!! ただで済むと思うな! 異国人の分際で!!!」


ディラムがヌゥに襲いかかろうとした時、紅髪の女が割り込んで、長剣を持ってディラムの剣を受けた。


「ミジータさん?!」


ミジータはそのままディラムに襲いかかる。


「お前の相手は私だ!!」

「クソ女が!! 全員殺してやる!!!」

「お前に私が殺せるものか!!」


まもなくディラムとミジータの一騎討ちが始まった。ヌゥはヒズミの元へと駆け出した。


「ヒズミ、大丈夫……?」

「ヌゥ…あんたさっき…」

「うん。怒っちゃった…」


ヌゥは切なそうな表情を浮かべていた。


「やっぱり駄目だ。相手を傷つけるまで、自分じゃ止められない」

「……」

「俺のこと、怖いよね」

「怖くない言うたら嘘かもしれん…。でもヌゥがおらんかったら、わいはもう死んどった…。やからわいは礼しか言わん」

「うん…」


ヌゥは涙を拭って、無理やり笑顔を作った。


「ヒズミが無事で、良かった。どうして戦いに来てくれたの? あんなに嫌がってたのに」

「わからん。けど、あんたが1人で頑張ってる姿を見とったらら、じっとしてられへんかった。足手まといになるのはわかってたんやけどな…」

「そんなことないよ。ヒズミは弱くない。忍術だってたくさん使えるし、遠い海の向こうから、1人でここまで来たじゃない。それって強くないと出来ないよ」

「……」


ヒズミは弱くないのに。そう言ってくれたユークの事を、ヒズミは一瞬思い出した。


ヒズミとヌゥは、まだ戦い続けている先住民たちを眺めた。ざっと50人くらいだろうか。生死は定かではないが、かなりの数が減っているようだ。


「まずは先住民たちを大人しくさせる」

「わかっとる。その後は…」


ヌゥとヒズミは、未だ高みの見物をしている武器商人たちをキッと睨みつけた。


「あいつらを倒す!」


ヌゥとヒズミは、再び戦場へとその身を送った。



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