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悪魔と呼ばれた子供

来年からの働き先をどうするべきか、いや、特別国家精鋭部隊の入隊をどうするべきか、アグはまだ答えが出なかった。部隊に入隊するか、否かの2択だった。


外には出たい。当たり前だ。この何もない独房から出られるなんて願ってもない。


でも一体そこで何をやらされるのかは、まるで未知だ。入隊当日に死ぬかもしれない。さすがにそれは嫌だ。でも外には出たい。


「ねぇ、アグにとって俺は、ただの同居人かな」


ある日の夜、ヌゥは俺に尋ねた。

こいつは俺と同じ働き先を選ぶつもりだ。ヌゥは外に出たいと言っていた。しかし俺がいないと、部隊の奴らを殺すかもなんて、わけのわからないことを言い出した。そんなの俺がいてもいなくても同じだろう。お前が殺したいか殺したくないかじゃないのか。


「なんだよ突然。そうなんじゃねえの」


俺は適当にそう答えた。元々そうだと思っていた。

そうしたらヌゥは、何となく寂しそうな、だけれどやっぱりそうか、なんて思っているような、よくわからないような顔をした。

何となく気まずい雰囲気が漂う。


「俺はね、違うよ」


いつものように体操座りをして、ヌゥはアグを見た。髪の毛が短くなったから、表情がよく見える。そういえば初めて会った時も、こんな風に座って、俺を見ていたっけ。


あの時から10年経ったはずなのに、こいつはあんまり成長していないような気がした。もちろん髪と同様ほんの少し背も伸びた。でも小さい。遺伝だろうか。声変わりもしたのかもしれないが、それでも高い。


「アグといるとね、俺は冷静でいられるんだ。落ち着いた気持ちになるの。アグと会ってから俺ね、怒りっていう感情が、どっかにいったんだ」

「何だそれ」


何の話かわからなかった。わからないけど、何故か今、こいつから目が離せなくなる。


「ねえ、14年前、俺がまだ6歳の時、起こした事件の話」

「!」


ヌゥは話すつもりだ。今まで10年間、一度も触れなかった、自分の犯した罪の話だ。


「聞いてくれるかな…?」


アグはゴクリと息を呑んだ。心臓の音が、早くなる。


「いいよ」


ヌゥはいつもみたいに、ヘラヘラ笑っていなかった。とんでもない秘密を暴露する瞬間みたいな、似合わない緊張感が彼から漂っている。


「長くなるけど」

「いいよ。時間は山ほどあるからな」


6歳の頃なんて、俺は正直全く覚えていない。でもこいつにとっては、人生で1番大きな出来事があった。そしてそれをまた思い出して、今になって俺に話そうという。


「俺ね、生まれた時から、変だったんだ」


そして、ヌゥの話は始まった。




ヌゥが産まれたのは、このセントラガイト国に属する小さな村だった。名前はベルメンド。今はもう無き村だ。

藁張りの屋根の、簡易な木製造りの家が並ぶ村だ。村は森に囲まれていて、物資調達は隣町まで馬車を出す。

老人から子供まで全員いれても、村民は総勢30人くらいの小さな小さな村だ。


それはその年最後の日だった。しかしヌゥが産まれたとわかると、村中の人が集まって、お祝いにやってきた。小さな村なので、皆もう家族みたいなものだった。そこに新しい家族が加わることは、非常にめでたいことなのだ。


「ベリーさん、タシルさん、おめでとうございます!」

「ありがとうございます」


ヌゥの母親はベリー・アルバート、父親はタシル・アルバートといった。ベリーは黒色の髪を頭上でお団子結びにした、穏やかな顔の女性だ。タシルは癖のある金色の短髪の、背の高い細身の男性だった。


2人は村人たちのお祝いに頭を下げ、ベリーは満面の笑みで産まれた我が子をおくるみに入れて抱き、その顔を見せた。


「男の子? 女の子? どっちだったの?」

「男の子です。名前はヌゥです」

「ヌゥ君ね! なんて可愛らしい!」


村人たちは順々に産まれたてのヌゥの顔を見ては、和やかな笑みをこぼした。


産まれたその日は、ヌゥは可愛くて愛らしい赤ちゃんに、なんら変わりはなかった。しばらく幸せな日々は続いていた。


異変が起き始めたのは、ヌゥが1歳になってからだった。


「あーん! ぅあーん!」

「ヌゥ、もう夜だからおもちゃはおしまい。ほら、一緒にもう寝るわよ」

「ぅああ〜ん!!」


その夜もヌゥは、いつものように気に入らないことがあって、泣き叫んでいた。その頃にはベリーと同じ黒い髪が、耳にかかるくらいまで伸びてきていた。


車の玩具を持ったヌゥは、それをベリーに向かって思いっきり投げつけた。その力は尋常じゃなかった。1歳の子供が投げられる飛距離でもなかった。


「ひっ!!」


ベリーは既のところでそれを避けたが、壁にぶつかった玩具は激しい音をたてて、粉々に壊れた。壁にも大きな傷がついた。


それを見てベリーが青ざめていると、次の玩具が飛んできてベリーの顔に当たった。あまりの痛さに声も出なかった。


「おい、大丈夫か?!」


仕事から帰ってきた父親のタシルが、2人の元に駆けつけた。ヌゥは狂気に満ちたような表情で、タシルを睨みつけた。まだ赤子にも近い子供の形相とは思えない。タシルは冷や汗を垂らした。


「大丈夫……ありがとう……」

「おいヌゥ! ママに何てことするんだ!!」


タシルが怒鳴ったが、ヌゥは眠くなってきたのか、ふわぁと欠伸をして、何事もなかったかのようにその場に転ぶと、落ちるように眠ってしまった。


「……」


そんなようなことが、毎日起こった。

ヌゥが気に入らないことがあると、ベリーに攻撃を仕掛けた。でも気が済むとそんなこと記憶にもないかのように笑って、ママ大好きと言わんばかりに彼女に寄り付いた。


ベリーの怪我は増え、もちろん村人たちの目にもついた。顔が腫れたり、身体中の至るところにアザができていた。


村人たちは、父親のタシルがベリーに対して、暴力をふるっているのではないかと疑った。


「タシル、あんた、ベリーのあの怪我はなんなんだい?」


隣の家に住むベリーと仲のいい女性のヒルダは、黙っていられず、タシルを直接問い詰めた。


「俺じゃねえよ。ヌゥだよ」

「何言ってんだい。まだ1歳ちょっとの赤ん坊が、母親に怪我なんてさせられるもんか」

「本当なんだよ、あいつ…おかしいんだよ」

「ベリーと何があったか知らないけどねえ、自分の子供のせいにするなんて最低だよ」


村での噂が広まるのは早いもんで、タシルは村人たちから冷たい目で見られた。タシルは逃げるように仕事に向かった。彼の仕事は、隣町から薬や素材を調達して村まで運んで売るというものだった。タシルは村での体裁が悪くなり、夜遅くまで家には帰らなかった。


タシルはその夜家に帰ると、ベリーに向かって叫んだ。


「おい! ヌゥ(そいつ)のせいで、俺が村の奴らから変な目で見られてんだよ! お前もいつまでそいつ育ててんだよ! おかしいだろ? そんな怪我させられてよ!」

「何てこというの?! 私たちの子供なのよ?!」


ヌゥは1人で積み木で遊んでいた。しかし、積み木がうまく乗せられずに崩れてしまった。


「あー、あー」


苛立ったヌゥが積み木を強く握りしめると、その積み木は粉々に砕かれてしまった。ヌゥはつまらなくなったのか、積み木を他所に、別のところへ歩いていった。

その様子を見ていたタシルは、これだよという表情で、もはや呆れた様子で首を横に振った。


「見ただろ。ヌゥは普通じゃない。気に入らないことがあるといつもこれだ。お前の怪我だってそうさ。このままじゃお前も俺も、ヌゥに殺されちまうぞ」

「何てこというの。古い木だったからもう壊れかけだったのよ。ヌゥ、おいで。ご飯にしよう」


ベリーに呼ばれると、ヌゥはニコッと笑って、愛すべき母の元へと、よちよち歩いていった。


「ちっ」


タシルは舌打ちをしながら、その様子を見ていた。


「こいつ、本当に俺の子なんだろうな……全く俺に似てねえし…」

「なんてこというの! あなたの子に決まっているじゃない! 変な言いがかりはやめて!」

「ったく……」


(待望の息子だってのに、なんて可愛くねえんだ……)


タシルはこの子供はおかしいと、ヌゥのことを毛嫌いし始めたが、ベリーは断固としてヌゥを普通の子供だと信じた。腹の中で十月十日育て、死にそうに痛い思いをして産んだ大切な我が子だ。そう簡単に見捨てるわけにはいかない。

どんなにこの子にぶたれても。傷を負わされても。

自分がこの子を育て、守るのだと、そう思っていた。


しかし、それが何年も続くと、そうはいかなくなった。

ヌゥは日に日に大きくなり、賢くなった。だから赤ん坊みたいに少し気に入らないことで母親に怪我を負わせたりはしない。しかし、成長してヌゥの力も増し、何か彼の気に触ったことがあれば、ベリーもちょっとのケガでは済まなくなった。


ベリーはヌゥに、村の誰にも近寄らないようにと命じた。


「ヌゥ、あなたは本当は優しい子なの。でも気に入らないことがあるだけで、誰かを傷つけてしまう。あなたのせいじゃないのよ。あなたをこんな風に産んでしまった私のせいなの。だからお願い、村の人たちには近づかないで」

「うん、わかったよ…母さん…」


ヌゥは1人で家の中から出ることを許されなかった。出るときは必ずベリーと一緒だった。


でもヌゥは、自由に外に出て遊びたかった。

家の窓からは、村の子供たちが楽しそうにボールで遊んでいる様子が、よく見えた。


(いいなぁ…俺も皆と遊びたいなあ…)


しかしベリーがあまりにケガをしていて、それをヌゥがやったのだと、村の皆ももう気づいていた。ヌゥと同年代の子供は、ヌゥのことを悪魔だと言って噂した。誰もヌゥに近づかなかった。ヌゥも母親に言われた通り、皆に近づかないようにした。


もし自分が嫌なことを言われたりして、わずかでも怒りの感情がわいてしまったら最後、その相手を傷つけずにはいられなくなる。

傷つけたくないと思っているのに、自分では制御がきかなくなる。

頭ではやめてと思っているのに、勝手に手が動いて、相手を傷つける。


そしてヌゥの力も異常で、少し叩いただけで大人でも地面に叩きつけられるし、拳に力を込めれば、どんなに固い石だって砕けた。


それでもヌゥは1人でいるのが寂しくて仕方なかった。友達がほしかった。それが我慢の限界に達して、ある日ベリーの目を盗んでヌゥは、こっそりと子供たちの集まる広場にやってきた。


「ねえ、一緒に遊ばない?」


ヌゥはボール遊びをしている村の子供たち数人に向かって、勇気を出して話しかけた。


「んあ?」

「おい、ヌゥだ!」

「くるな! お前に近づくとケガさせられるって母ちゃんが言ってたぞ!」

「それ以上近づくな! この悪魔!」


子供たちはヌゥに罵声を浴びせた。

ヌゥは寂しくて、辛くて仕方なかった。でも怒ってはいけない。

俺が怒れば、彼らを傷つける。

俺はもう誰も傷つけたくない。


「悪魔を産んで、お前の母親が可哀想だ!」

「!」


あぁ、駄目だ…。また、身体が勝手に、反応するんだ。俺の怒りに。


ヌゥは近くに落ちていた木の枝を拾うと、子供たちに襲いかかった。速すぎて、子供たちも何が起こったのか一瞬わからなかった。次にヌゥの姿が見えたとき、自分たちの身体を激痛が襲った。


「うわぁぁぁぁあああ!!!」

「痛い痛い痛い痛い痛ぃぃぃい!!!」


子供たちの叫び声が聞こえて、村の大人たちがわらわらと集まってきた。

子供たちは服の上から何度も身体を切り刻まれ、そこから流血していた。


「ま、まさかベリーの子が!」

「嫌ぁぁぁああああ!!!」


その子供の母親の1人は、大急ぎで傷だらけの自分の子供に駆け寄った。我が子を抱きしめると共に、ヌゥを鬼の形相で睨みつけた。


「この悪魔! 絶対に許さない!!!!」


騒ぎに気づいて、ベリーもやって来た。自分が息子から目を離した、自分のせいだとベリーは何度も何度も謝った。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


しかし村の皆はベリーに冷たい視線を浴びせていた。


ケガを負わされた子供たちは、すぐに村の医者のところに運ばれた。死人が出なかったのが唯一の救いだったが、子供たちは皆、大怪我を負っていた。

ベリーはヌゥを抱きかかえ、家に連れて帰った。


「どうして言うことが聞けないの?! 何で村の人に酷いことをするの!」

「ご、ごめんなさい」


ベリーは頭を抱えた。ついにこの時がきてしまった。ヌゥが、村の誰かを傷つけてしまう日が。


ベリーは部屋の隅で怯えているヌゥを、じっと見ていた。




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