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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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挑戦

それから歳月は過ぎていって、ヒズミとユークは18歳になっていた。子供の頃はどちらかというとユークの方が背が高かったが、あっという間にヒズミは彼女の背を追い越した。


ヒズミは成長するにつれて口が上手くなっていたし、顔も頭もいいので女の子たちにそこそこモテるようになった。ユークの事など完全に諦めていたので、他の女の子に告白される度に付き合っていた。


しかしあまり長くは続かなかった。ヒズミのビビリな部分は相変わらずで、その事で女の子たちを呆れさせ、最終的には全て振られたのだ。


まあしかし、ヒズミにとってそんなことはどうでもよかった。そんなに好きな子だったわけではないからだ。ユークはそんなヒズミを見て、いつも笑いながら馬鹿にしていた。


ユークのことは、きっとその頃もまだ好きだった。彼女を見かける度、彼女と話をする度、そんな風に思う。


しかしヒズミは、諦めている。自分のビビリは絶対に直せないものだと、心底思っているからだ。



ある冬の日、ヒズミはユークに海岸に呼び出された。夕方の真冬の海には、誰の姿もなかった。


「こんな寒い時に何やねん」

「誰かと海でも見たなってなぁ」

「ふぅん。まあええけど…」


ヒズミは誰もいない海を眺めた。夕日の光が海の上を一直線に照らしているのが見える。空は紅く染まっているが、まもなく暗くなるところだ。海は真っ暗で、波の音だけが静かに聞こえている。なんてことはない、これまでに何度も見ていた景色だ。しかしヒズミは、その時見た夕焼けを、未だによく覚えている。


「なあ、ヒズミは将来の夢とかあるん?」


しばらくの沈黙の後、ユークはヒズミに尋ねた。


「わい? そんなん決まってるやろ、平和に、安全に、静か〜に暮らすことや」

「ふぅん…つまらんな」

「うるさいわ。そう言うユークは、何かあるんか?」

「あたしはな、外の大陸に行ってみたい」


ユークは遠い海の向こうを見ながら、そう言った。


「何や、まだ諦めてなかったんかいな」

「だってこの海の向こう、どうなってるか気にならへん?」

「いや? ならへん」

「ほんま夢ないな!」

「だって危険やんか。どうなっとうかもわからんところに船で行くなんて…」

「でも、行ってみたいねん…」


ユークは果てしなく続く海を、だたじっと!見つめている。


「そんなに行きたいなら、行ったらええやん」

「ヒズミも、一緒に行かへん?」


ユークの突然の誘いに、ヒズミは耳を疑った。


「え?」

「ヒズミ泳ぐの得意やん。船の操縦も出来るし」

「そんなん近場だけやんか。未知の大陸まで航海なんて、危険すぎるて。大体大陸があるかどうかもわからへんねんから」

「せやけど…」

「何でわいなん? 他にも操縦出来る奴ならぎょーさん…」

「好きやから」

「え?」


またしてもヒズミは、耳を疑った。しかし彼女は確かにはっきりと、そう言ったのだ。


「あたしのこと、嫌いなん?」

「え、え、ええ?! いや…そ、そんなことは…あらへんけど…」

「あたし、ヒズミが他の女の子と付き合ったりしとうのとか、もう見たくないねん」


突然の告白に、ヒズミは頭が真っ白になった。ユークは顔を真っ赤にして、ヒズミの手を握った。そんな彼女の顔なんて、これまでに一度も見たことがない。心臓が激しく高鳴るのをヒズミは感じていた。


「ユークは…強くて自分を守ってくれる男が好きやって、昔言うてたやんか…。せやからわいは、あんたのことは諦めたんや…。そんな男になるのは無理やから…」

「無理やないよ…。ヒズミは運動神経だってすごいし、忍術だって誰よりも上手く出来るやん」

「でもわいは、臆病やから…。心が…弱いねん…」

「ヒズミは弱くなんてないのに、何で逃げるん?」


ユークは切ない表情でヒズミを見つめた。どうかヒズミに変わってほしいと、強くなってほしいと、そんな風に言われているような気がした。


「わいは弱い…弱虫のまま、これから変わることなんて

ない…。やからあかん。ユークとは付き合えへん。航海にも行かれへん」

「そう……」


ユークは寂しそうにそう呟くと、その場を立ち去ってしまった。しかしその時のヒズミには、他に言葉がなかった。嘘ではなく、本心だったからだ。


(最悪や……)


最低な男やな…。ほんまに情けない…。

何でわいはこうなんや…。いっつも逃げてばっかりで…。


ヒズミは海から顔を背けたまま、しばらく涙を流した。




それから数カ月後、忍術上級学校を卒業する日がやってきた。ヒズミとユークを含め、初級学校の頃から長年勉学を共にした仲間たちは、3本目の橋の元に集まっていた。


ちなみにヒズミは、2本目の橋までなら渡れるようになっていた。壁行の術という、自身の重力を操作して壁や天井を歩けるようにする術を覚えたからだ。


橋に向かって重力をかけ続けていれば、例え逆さになっても落ちることはない。川に落ちないことが確定しさえすれば、ヒズミにだってその橋を渡ることが出来る。


壁行の術は難しい忍術で、仲間たちの中で使用出来るのはヒズミただ1人であった。学校を首席で卒業するほど、忍術の才能があったのだ。とはいえ本人は、ビビリの自分がそれを振る舞う機会なんて、ほどほどないものだと考えていたようだ。


しかし、3本目の橋はそうは行かない。3本目の橋は、飛び飛びになっているのだ。橋と橋の隙間はだんだん広がっており、勢いをつけて何度も飛び越えて行かなければ渡りきれない。


故にその3本目は超難関と言われており、渡れた者は国の歴史から見ても数えるほどしかいないという。渡れた者よりも死人の方が多いとさえ言われている。


卒業生たちは橋に集まったが、本気で挑戦しようと考えている者はいなかった。ただ1人、ヒズミを除いては。


(この橋が渡れたら、ユークに告白するんや…)


3本目の橋を目の前にして、皆は青ざめた。橋の間隔がえげつないのだ。1つ目が助走をつければ何とか届くといったところで、その先以降は更に遠い。最後の橋から向こう岸までは、まともなジャンプでは届かないだろう。


「これは無理やろ」

「ほんまな…そら死ぬわ。2本目渡るんが精一杯やな」

「何や、誰もやらんのか?」

「それやったらお前がやらんかい!」

「いやいやいや! これは無理やって。死んでまうわ」


皆は橋の危険さをネタにして笑い合うだけであった。ヒズミだけは何も言わず、まじまじとその橋々の間隔を凝視していた。


(わいは…飛ぶで…)


ヒズミは助走に充分な距離まで離れると、屈伸を始めた。


「おいヒズミ、何してん?」

「わいは飛ぶ。お前らどけ」

「はぁ? 嘘やろ?!」

「待て待て! ビビリのお前が何言うてんねん」


皆はざわつきながら、道を開けた。それに気づいたユークは、焦って声をかけた。


「ひ、ヒズミ! やめといた方がええよ!」

「ユーク…」


ヒズミはユークと目を合わせた。


「ユーク、ほんまにごめんな。わいはずっと情けない奴で、ユークのことも傷つけてしもた…。でも、この橋を渡れたら、船にも乗れる気がするねん」

「ヒズミ! だからってそんなことせんでも! あっ!」


ヒズミは駆け出した。女子たちは悲鳴に近い声を上げた。


ヒズミは橋の手前の地面を蹴り飛ばして、1つ目の足場に着地した。男たちは「おお!」と歓声をあげたが、皆はハラハラしながら彼の動向を見守っている。ヒズミは勢いを止めずにそのまま走り続けた。


(1つ目は余裕や…問題は2つ目から…!)


下は絶対見まいと決めて、飛び上がった瞬間は上を見上げた。時が止まっているようだった。いつもよりも空が近くにあるように思えた。


ヒズミは何とか2つ目、3つ目の足場にたどり着いた。そして4つ目は、向こう岸だ。


「ヒズミ…やばいんちゃう?」

「3つ目がだいぶギリやった。あれやと4つ目は…」


このままでは届かないと、誰もが不安げな表情を浮かべた。すると、ユークが叫んだ。


「皆、お願いや! 風を送って! ヒズミを助けたって!」

「よっしゃ、やるぞ!」

「皆一列に並べ! 風遁の術や!」


皆は橋のギリギリまで近づいて、人差し指を突き出すと、風を発生させる忍術をかけた。ヒズミが最後の橋を飛びあがった最高のタイミングで、追い風を送ったのだ。


(!)


ヒズミの背中を押すように、追い風が届いた。ヒズミは転がるようにして向こう岸に着地した。


「うおー!!!!」

「やったあ!!!!」


皆は大歓声をあげ、大いに盛り上がった。ユークはヒズミの勇姿を見届け、安堵の表情を浮かべた。


(やった……)


ヒズミの心臓の音は、うるさいくらいに高鳴った。その瞬間は何が起こったのかも全くわからないほど、酷く興奮していた。


「ハァ……やった……飛べた……」


しかし、歓喜したのもつかの間だった。仲間たちの方から、大きな悲鳴が聞こえたのだ。


「リンカぁああっ!!!」

「きゃああああああ!!!!!」


ヒズミは慌てて向こう岸を振り返った。仲間たちが橋の下を覗き込んでいる。川に目線をやると、誰かが溺れているのが見えた。


(何や?!)


盛り上がった拍子に、誰かとぶつかったリンカが、崖から落ちたのだ。


「だっ………誰かっ………!!」


リンカは川から顔を出しながら助けを請うているが、川の流れは早く、完全に流されてしまっている。しばらく進んだ先は、非常に高い滝である。


「だ、誰かっ!!! ゴボボボ!!!」


リンカは身体をバタつかせ、声を出すのもかなわなくなってきていた。


「助ける方法はないんか?!」

「む、無理や! もう少しで滝に落ちてまう!」


(た、助けな……)


ヒズミはそう思うも、ジャンプ後の反動もあってか、足が震えて全く動かなかったのだ。


するとその時、ユークが川に飛び込んだ。


「ユーク!!!」


ヒズミが叫んだ頃には、ユークも川の中に落ちてしまっていた。


しかしユークは冷静に身体を動かしながら、リンカの手を取り、川の端の岩に何とか手をつけ、身体が流れるのを止めた。


「やった!」

「さっすがユーク! 泳ぎはトップクラスや!」


仲間たちは歓声を上げていたが、ヒズミにはまるで何も聞こえていなかった。動かない足を引きずり、這いつくばるようにして川底を覗き込んだ。


「早く上がって!」とユークは叫んだ。リンカは何とかユークを伝って陸に上がった。


「ユークちゃんも早く!」


ユークはリンカの手を掴もうとした。しかしその時、ユークの掴んでいた岩が崩れ落ち、そのまま流されてしまった。


「ユークちゃあああんんん!!!!!!!」


リンカの悲壮な叫びと共に、ユークは滝つぼに落ちた。その場にいた仲間たち、そしてヒズミは、彼女が流されたその川を見つめながら、愕然とした。


ユークは死んだ。


その後海を捜索し、ユークの死体が見つかった。


ヒズミは悲しみ、泣き崩れた。元はといえば自分の挑戦のせいだと、心底自分を責めた。


リンカはヒズミのせいではないと、何度も彼をなぐさめ、何度も謝罪した。


「ユークちゃんはね、ヒズミのことがずっと好きやったんやで。ヒズミと一緒に海に出て旅をしたいって、それが夢なんやって、ずっと言うとった。そのために泳ぐ練習も、毎日こっそりしとったんよ」


そして2年後、成人したヒズミは、ユークの夢を叶えるべく、1人航海に出ることを決意した。


もともとヒズミは、海が好きだった。

泳ぐのも、船に乗るのも、好きだった。


しかし怖くないといえば、もちろん嘘になってしまう。


それでもヒズミの決意は固かった。ユークの夢を叶えられるのは、自分しかいないと、そう思ったのだ。



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