開戦
アリマ漂流5日目の、深夜のことだった。
洞窟の外は静かだったが、その更に遠くで声を察したヒズミはパッと目を覚ました。
「ヌゥ、起きろ!」
「うん…? 何…?」
ヌゥは眠そうな目をこすりながら起き上がった。
「やばいねん。めっちゃ人が集まってる」
「?」
騒ぎの声がするのは、洞窟から数キロメートルほど先の開けた砂浜だった。
ヒズミはいつ敵がきても察知出来るように、定期的に遠耳の術を使っていた。その日は何となく胸騒ぎがして夜中に目が覚めた。遠耳の術を使うと、数え切れないほどの先住民たちが集まっている声が聞こえたのだ。
ヒズミは耳を澄ませる。集中すればするほど、音を細かく拾うことができる。その中で一際大きな声で叫んでいるのは、活気のいい男だった。
『さあさあ! 今日は掘り出し物を持ってきましたよ〜!!』
『うおー!!!』
『今日の1つ目の武器は〜じゃじゃん! 岩をも砕く鋼鉄メイスでございますぅう!!』
『うおー!!!!』
それはまるでごろつき客の集まるオークションのようだった。売り手の男が何か喋るたびに、先住民たちは大盛り上がりだ。
「ヒズミ?」
「武器商人が来てるんや」
「!」
先住民たちの噂話から、大体の予想はついていた。商人は死体と交換に、先住民たちに武器を提供しているのだ。
そしてその商人を捕まえることが、ヌゥたちの仕事なのである。
「行こうヒズミ」
「せやけど……」
躊躇するヒズミを、ヌゥは真っ直ぐな瞳で見つめた。ヒズミも彼と目を合わせ、しばらく考えた後、頷いた。
ヌゥとヒズミは手をとって、身を隠しながら夜の砂浜へと駆け出した。
「やばかったら、ヒズミは逃げてね」
「え…?」
やがて先住民たちの声はヌゥにも聞こえるようになり、森を抜けると広い砂浜に大勢の輩が集まっていた。その数100…いや300 ……もしかしたらそれを超えているかもしれない。
島が広大とはいえ、これほどの先住民が潜んでいた事にヌゥとヒズミは驚いた。2人が出会ったのは、本当にごく僅かだったのだ。
先住民たちが群がっている先には、3人の人間が並んで立っている。彼らの後ろには船が停まっており、服装を見るだけで、この国の人間ではないことは明らかだ。
活気づいた声を上げて商品を紹介していたのは、真ん中の男だった。頭には白いターバンを巻いており、旅商人の装いである。その横には全身真っ黒い服を着た、威圧感のある2人の男が腕を組んで立っており、先住民たちを見張っている。
(あいつらが武器商人…)
ヌゥは3人の男を睨みつけた。
商人たちの後ろには巨大な鉄製の箱が置いてある。ターバンの男はその中から、巨大な金色の弓を取り出した。
(何や…あの馬鹿でかい弓は…)
ヌゥとヒズミは先住民たちの少し後ろから、その様子を伺っていた。隠れ身の術を解けば、いつバレてもおかしくはない位置取りである。
(!)
ヌゥは紅髪の女の姿を見つけて目を見開いた。ウェーブがかった髪は腰の辺りまで降りている。腰には数本の剣がかかっていた。
(ミジータさん…!)
「さあさあ、最後の商品は〜…じゃじゃん! 神速追従の弓でございまぁあ〜す! この弓は何と、刺したい相手を念じながら弓を向けて矢を放てば、相手にその矢が刺さるまで神速で追いかけるという、最強の弓でぇございます! それでは早速その力をご覧くださああ〜い!」
すると、ターバンの男の横に立っていた2人が動き出した。1人は弓を構え、1人は獲物としてゲージに入った犬を箱から取り出した。1人が犬を海岸に放つと、犬は一目散に逃げ出した。犬が遠くに行ったところで、もう1人が犬に向かってその矢を放った。
矢は異様な速さで犬を追いかけ、自らカーブし、犬に命中し、その首をスパンと切り落とした。
「うおおーー!!!! すげえーーー!!!!!!」
それを見た先住民たちは大歓声をあげた。ヌゥとヒズミもその武器の威力に目を丸くした。
「今なら何と、矢を50本、おまけでつけちゃいますよぉ! そして気になる死体の数は〜」
「おおお〜〜〜」
「どん! 100体です〜!」
ターバンの男がそう言うと、先住民たちは声を荒げて文句を言い出した。
「100体も持ってるわけねえだろ!」
「そうだそうだ! 高すぎる!!!」
(武器と死体の取引……噂通りだ…)
ヌゥは唇を強く噛み締めた。
騒ぎ出す先住民に向かって、ディラムは大声を出し、仲間を集めた。ミジータもまた、仲間を呼び寄せた。そこにいる総勢300人超えの先住民たちは、大きく2つに分かれた。互いの軍の人数は同じくらいである。
「100体だって? 面白いじゃねえか! 目の前にいるあいつらを、今ここで、全員殺して売ってやらあ!!!」
ディラムはミジータの方を向くと、声を荒げた。
「ふざけたことを言うね! 正面から私たちと戦って、敵うと思っているのかい?」
ミジータもまた、ディラムを睨みつけた。互いの勢力は、敵を前にし、強く睨み合っている。
「当たり前だろ! 面白え! よし、今日ここで決着をつけようじゃねえか!」
ディラムがそう言うと、ミジータは剣を抜き、その剣先をディラムに向けた。
「ディラム! 逃げることは許さないよ! 今日がお前の命日だ」
「誰が逃げるか! お前の仲間諸共、血祭りにしてやるよ!」
「それはこちらの台詞だね! テリオスの仇、今ここでとってくれる!」
先住民たちは相手を威嚇するように大声を上げると、それぞれ持っている武器を構え始めた。
「かかれぇええっっ!」
ディラムとミジータが声を上げると、何百人もの先住民たちが声を荒げて正面から突撃に向かった。あっという間に地面が揺れるほどの、大乱闘が始まった。
「俺、行ってくる」
ヌゥが言うと、ヒズミは小声で焦るように言った。
「はあ?! 何言うてんの? ちょっとした戦争になってもうてるで? あかんあかん! 危ない! いくらあんたでも死んでまう!」
しかしヌゥは、ヒズミの手を払いのけた。ヌゥの隠れ身の術は解け、その姿を現した。
「先住民たちが皆集まってる。こんなチャンスはない」
「せやからって、そんな1人でなんて…無茶苦茶な…!」
ヒズミはヌゥを止めることはできなかった。ヌゥはいつもの強気な様子でヒズミに向かって微笑んだ。
「行ってくるね」
激しい大乱闘の中に、ヌゥは入っていく。ヒズミは呆然としてヌゥの背中を見つめることしかできなかった。
(何でや…何であんなところに行けるんや…。怖くないんか…? 何でなんや……何で皆、戦おうとするんや…)
『ヒズミの弱虫〜』
『お前ってほんまにビビリやな〜』
その昔、ヒズミを馬鹿にしていた同年代の子供たちの声が、脳裏に響いた。
「異国人だ!!」
「諸共殺せ!!」
ヌゥは既に、目を見張るような速さで敵をなぎ倒していた。殺すことはせず、上手く手を抜き気絶させていく。あまりの速さに男たちが倒れていくので、ディラムやミジータたちもヌゥの乱入に気がついたようだ。
「あん?! 調子に乗ってる異国人とやらはてめぇか!」
ディラムは声を荒げた。ヌゥはディラムの威圧感にもまるで臆することなく、彼を睨み返した。
「戦いを止めて。止めないなら、俺が全員倒しちゃうからね」
「はあ?! このクソガキが!」
ミジータも目の前の敵を倒すと、ヌゥの方を振り向いた。
(ヌゥ・アルバート……)
ディラムの仲間がヌゥを目にすると、ハっとして声を上げた。
「ディラムさん! こいつですぜ! 船の上で俺たちの仲間をボコボコにしたのは」
「2日前の雨の日に仲間をやったのもこいつだ!!」
「何だと?! てめぇ、異国人の分際で、ディラム様の国で調子に乗るとは許さねえ!!」
ミジータたちの仲間もまた、ヌゥを目にして言った。
「俺たちの仲間の武器を根こそぎ奪っていった奴とは違うぞ?」
「金髪の剣士と女の子の2人組と聞いたが…」
「こいつらの仲間じゃねえのか?」
ヌゥは迫りくる敵を、素早く素手で倒していく。
「ミジータさん!!」
ミジータの名前をヌゥが呼ぶと、先住民たちはミジータの方を一斉に見た。構わずヌゥは続けた。
「俺がこの国を救ける! 必ず!」
「異国人の戯言だ。耳にするな。構わず殺せ!」
ミジータが冷たく言い放つと、仲間たちは武器を掲げてヌゥに群がっていく。
(あの数…ほんまにやばいて!)
多数の先住民たちが、ヌゥに襲いかかっていく。あっという間にヌゥの姿は混乱の中に消えていってしまった。とはいえヒズミはそこに隠れていることしか出来ない。
稀に見ぬ乱闘である。刃と刃のかち合う音がそこら中に響き渡り、遠方からは幾つもの矢が飛び交った。
満月と満天の星々が戦場を照らしている。ヌゥは迫りくる軍勢を物ともせず、全くの無傷で敵を倒していく。
「ふふ……やっと会えた! 僕の獲物!」
ヌゥの戦い振りを目にした少年クルトは、目を輝かせた。
クルトは素早くヌゥの元に駆け寄り、歪な形の例の長剣をヌゥに振りかざした。それに気づいたヌゥは、敵の落とした長剣を拾うと、攻撃を受け止めた。
(この子…速い!)
「強い奴を探してたんだよ! お前みたいな!」
クルトは後ろにバク転をして飛び下がった。柔軟な動きは目に余るスピードだ。再び勢いをつけ、クルトはヌゥに襲いかかった。そのままヌゥとクルトの一騎打ちが始まると、他の奴らは手を出すことが出来なくなった。
「どうして君みたいな子供が、こんな殺し合いを…」
「黙れ異国人。それがこの国のルールだ。口出しするな」
クルトは剣を振り下ろした。ヌゥは負けじと剣を受けた。クルトは長剣でヌゥの剣を抑えたまま、もう片方の手で別の剣を抜き、ヌゥに斬りかかった。ヌゥは後ろに飛んで、それをかわした。
それを見た別のディラムの仲間が、不意打ちでヌゥを襲った。ヌゥはしゃがんでそれを避けると、即座に峰打ちを食らわせた。
「おい! 僕の獲物だぞ! 雑魚のくせに、邪魔するな!」
クルトが仲間に向かって怒鳴りつけると、仲間の男もまた怒って口を聞いた。
「何を?! ディラムさんの側近だからって偉そうに!」
「おい! 仲間割れをするんじゃねぇ! その異国人はクルトに任せろ、お前たちはさっさとミジータたちの軍勢を倒せ!」
ディラムも声を荒げる。それを見てミジータは鼻で笑った。
「こんな時に仲間割れとは、統率がとれていないのはリーダーのお前が無能だからだね」
「何だと?! このクソ女が!」
乱闘はますます激しくなっていく。武器商人たちは離れた船の上に登ると、高みの見物を決め込んだ。
「2の型、銃剣!」
クルトの剣は、鉄砲のように吹き出し口のある剣に形を変えた。クルトが引き金を引くと、ヌゥめがけて銃弾が飛びだした。
(発砲した?!)
ヌゥが避けると、後ろにいた男の頭に銃弾が当たった。男は血を流して倒れた。
(あの男…この子の仲間じゃないの? くそ…死人が出すぎてる…まずはこの子を止めなくちゃ…)
クルトは仲間の死を弔うどころか、何事もなかったかのように笑っていた。
「この速さを避けるとは流石だね。お前、一体何者?」
「無駄な殺し合いなんて、今すぐやめて!」
「ちょっとちょっと? 話聞いてた? まともに会話出来ないの?」
ヌゥとクルトの戦闘は終わらない。ヌゥはクルトの様子を伺うが、隙がない。倒れた敵の持っていた盾を拾うと、銃弾を避けずに防いでいく。
ヒズミは次々に先住民たちが倒れていく様子を、じっと見ていた。戦闘を続ける先住民の数は、段々と減ってきていた。
(戦場や…ほんまに…)
『ヒズミは、ほんまに弱虫やな!』
水色のショートボブの少女が言った。幼馴染のユーク。ユークはヒズミの脳裏で、ヒズミのことを馬鹿にした。
『そんなんやから、ビビリのヒズミってバカにされるねん』
(ええやんか、ビビリでも…。何であかんの…? だって死んだら、元も子もないやんか…)
『あたし? あたしは、めっちゃ強くて頼もしくって、あたしのこと守ってくれる男の子が好きや』
(そうやんな…わいには無理や…。わいは弱虫でビビリのヒズミやもん…誰1人守られへん…)
自分が生き延びるので、精一杯…。
皆、そうちゃうの?
『ヒズミは、弱くなんてないのに…。何で逃げるん?』
違うでユーク。わいは弱い…。
『もう終わりにしてほしいんだよ! こんな殺し合いゲームは間違ってるんだから!』
ヌゥがそう、言っていた。
彼が戦う理由は1つ。守りたいからだ。
「……」
乱戦の人混みの中から、ヌゥとクルトの姿が垣間見えた。1人で必死に戦うヌゥを見て、心が熱くなるのを感じる。
ヌゥには何度も情けない姿を晒していたけれど、今度ばかりは彼1人に任せるわけにはいかないと、そんな風に思った。
(逃げたらあかん…)
自分に出来ることなど何かあるだろうか。まともに戦ったことすらない。それでも行くしかないと、ヌゥの戦う姿がヒズミの心を突き動かす。
(認めてもらいたいんかもな…あの子に……)
見ててやユーク。わいは戦う。
逃げへん。怖くても。
ヒズミは肩につくその長い髪を紐で縛ると、戦場に向かって駆け出した。