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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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ディラムとミジータ

ミジータは昔からずっと、ディラムのことが嫌いだったそして。今では彼を殺すことが彼女の使命となり、望みであり、生き甲斐にすらなった。


ミジータとディラムは、同じ年にアパシーの村で生まれた。幼い頃からお互いをよく知り、その頃からずっと、ミジータは彼のことをよく思っていなかった。


「大人になったらな、アパシーなんてやめてやる! こんなちっぽけな村で農業だけして生きていくなんて、ごめんだぜ。俺は村の外に出て、たくさんの奴をぶっ殺して、1番強くなってやる!」


ディラムは毎日のように、そんなことを口にしていた。少年たちにとって、村の外で殺し合いをする事を、格好いいと感じる風潮があった。気の強い彼もまた、その1人であった。


「そうやって、いつも口で言うだけでしょ。そんなに村から出たいなら、今すぐに出ていけばいいじゃない」


ミジータは農業の手伝いをしながらそう言った。ディラムの親は村の外に出たまま帰ってこず、生きているのか死んでいるのかももうわからない。


ミジータの両親は平和を好む農家のアパシーで、1人村に取り残されたディラムを養っている。それだというのに、ディラムは農業の手伝いなど全くせずに、いつもサボって遊んでいるだけであった。そういうところも当然、ミジータはよく思っていなかった。


「今外に出たら、すぐに殺されちまうだろうが! まだ子供なんだぜ?」

「ふん。弱虫ね」

「何だと?!」


喧嘩をするのはしょっちゅうだった。でかいことを言うのは口先だけの、何の力もない、努力もしない、そんなディラムのことが、心底気に入らなかった。


ミジータはそんなディラムのことなどどうでもよく、村には他に気になる男の子がいた。名前はテリオスといった。彼はディラムと比べ物にならないほど、素敵な夢を持っているのだ。


ある日のことだ。幼いテリオスとミジータは、村のベンチで話していた。


「僕はね、この国を変えたいと思ってる」

「え? どうやって?」

「外で殺し合いをしている大人たちを止めるんだ。皆が平和にこの国で生きていけるように、国を作り変えるんだ。そして僕は、いつかこの国を出て旅をしたい。それが僕の夢なんだ」


テリオスはにっこりと笑ってそう答えた。


ミジータは非常に心を打たれた。自分も彼の力になりたいと思うようになった。テリオスは初め、それは危険だとミジータを止めようと試みたが、それ以上に彼女の意志は固いものだった。そうして2人は、村の中で可能な限りの鍛錬を積み、身体を鍛え始めた。


ディラムは影から、そんな2人のことを、非常に不服そうに見ていた。一緒に特訓しないかとテリオスに誘われたこともあったが、ディラムは罵声を浴びせながら断り、しかし彼もまた1人で黙々と身体を鍛えた。


やがて成人となったテリオスとミジータの周りには、このままの生活に疑問を抱いていた同年代の仲間たちが集まっていた。そしてある日、チームを組んでサバイバルゲームに参加しようと決意した。


それまでそのゲームは、個人で参加する者がほとんどだった。ゲームといっても、ルールも目的も何もない殺し合いをするだけだ。


他人など信用出来ないそのゲームの中で、テリオスたちのように団体で同盟を組んだのは、実は初めてのことだった。


これまで1人で戦っていた大人たちも、集団を相手にしては敵わなかった。テリオスたちは、自分たちに賛同するものを仲間にし、そうではない者たちはやむを得ず殺していった。


同じ頃1人でゲームに参加していたディラムは、しばらくテリオスたちの動向を監視していた。彼らの行動を面白く思わなかったディラムは、自分よりも弱そうな男を見つけると、声をかけた。


「おい! ちょっといいか?」

「何だてめぇ! 死にてえのか!」


案の定男は襲いかかってきたが、ディラムはその体格と鍛えた拳でそいつを倒すと、話を持ちかけた。


「なあ、俺と組まないか?」


ディラムはテリオスたちに対抗すべく、同盟を組み始めた。力も強く、口の上手いディラムに乗せられ、テリオスたちのことをよく思わない男たちは、次々に仲間となっていった。


やがてゲーム参加者は、皆どちらかの同盟に入るように迫られ、断ればすぐに殺されていった。そうこうするうちに、島のゲーム参加者は、テリオスの軍勢とディラムの軍勢に大きく分かれるようになったのだ。


ある日、テリオスとミジータはアパシーの村にやってきていた。この村では殺し合いはしない、そういう暗黙のルールがあった。


2人は昔と同じ村のベンチに腰掛けて、話をしていた。テリオスはいつにも増して真剣な表情をしていた。そして、彼は言った。


「僕はディラムたちの軍を倒して、この国を平和にする。それが叶ったら…ミジータ、僕と、結婚してくれないか?」


突然のプロポーズに、ミジータは感激のあまり、ぼろぼろと涙をこぼした。


「もちろんよ、テリオス」

「ありがとう、ミジータ!」


テリオスはミジータを抱きしめた。ミジータもまたそれに答えるように彼を強く抱きしめた。


「そのあとは、2人でこの国を出よう。一緒に世界をまわるんだ」

「ええ!」


2人は愛を誓い合い、ますます士気を高めた。しかしその様子を、影から見ていたディラムは、歯ぎしりを立てながら、幸せそうな2人を睨みつけていた。



そしてある日、事件は起こった。



ディラムの同盟軍は砂浜に集まり、とある計画を立てていた。それは、敵軍の頭であるテリオスを殺すことであった。


「あいつは敵の頭だ。これまで何度も失敗してきたが、今度こそあの男を始末する! あいつを殺すことで、俺たち同盟軍がこの国で最強となるのだ!」

「ディラムさん! やってやりましょう!」

「そこでだ…」


その日、ディラムはテリオスに大事な話があると呼び出した。


「よう。きたなテリオス」

「話があるならアパシーの村でいいじゃないか。こんなところに呼び出して一体何だ」

「落ち着けよ。ここには誰もいねえ。2人だけで話がしたかったんだ」


そしてディラムは、神妙な面持ちで話し始める。


「俺たちもさ、もうこのゲームには飽きてきてんだよ。もう殺し合いなんて本当はしたくねえんだ」


ディラムが感情を込めた様子でそう言うと、テリオスは目を大きく見開いた。


「…本当か?」

「ああ。お前たちは殺し合いをやめて外の世界に出たいと言っていたな…。俺たちももう、こんなゲームは終わりにしたい」

「ディラム…その言葉を待っていたぞ…!」


テリオスは感極まる思いだった。ディラムたちが自分たちと同じ気持ちになってくれた。もう戦いをする必要はないのだ。


しかし、油断したその瞬間、背後から襲ってきたディラムの仲間に、心臓を一突きされた。テリオスは言葉もないまま、その場に倒れ込んだ。


「ぎゃーーーっはっはっはあー!!! バカめ! こんな楽しいゲームをやめられるもんか! 殺し合い最高ぉおお!! 皆、やったぞーっ!!! やっと憎きテリオスを殺してやったぞぉおお!!」


隠れていたディラムの軍の仲間が、手を叩きあいながら大喜びで集まってきた。


(本当は正々堂々勝負して倒したかったが、どうしてもこいつには敵わなかった。だからもうやめだ! どんな手を使ってもいいんだ。最初(はな)からルールなんてねえ! 殺した方の勝ちだ!!!)


ディラムは大満足した様子で、テリオスの首を空に掲げた。



後にその事を知ったミジータは、大変ショックを受けた。しかしミジータの悲しみは、すぐに大きな怒りに変わった。


(許さない……)


自軍の仲間たちも、頭であるテリオスを殺された怒りに満ち溢れていた。


「奴らの仲間は皆殺しだ!!」


ミジータは新しくチームの頭となり、ディラムたちとの殺し合いを再開した。


仲間を殺し殺され、若者たちを新たな仲間に加え戦いを続けながら、10年ほどが過ぎた。ディラムの勢力とミジータの勢力は、未だに敵対しあっていた。


そして、例の武器商人が現れてから、もう1ヶ月ほどが過ぎていた。


「ディラムさん! 大変です! 異国の奴らに仲間が倒され、次々に武器が奪われています」

「何?! あの船に乗ってた連中か?」

「恐らく…。昨晩も連中を見つけて殺そうとしたようですが、返り討ちに…」

「何だと?! 異国人の分際で俺たちの国で好き勝手するとは、クソ生意気な! 見つけ次第ぶっ殺してやる!」


ディラムが怒りに任せて壁を思いっきり殴った。壁は粉々に砕けちり、仲間の男は「ひっ!」と声を上げて後退った。


「ねえディラム、僕にそいつら殺させてよ」


ディラムと一緒にいた幼い少年クルトは、愛用している不思議な形の剣を眺めていた。その剣は3つの形に変形することが出来る。武器商人に死体を引き渡して手に入れたものだ。


「んなもん、見つけたもん勝ちだぜ」


仲間の男の1人がそう言うと、クルトは気怠そうにそいつを睨みつけた。


「お前らじゃ殺されるよ」

「何だと?!」


仲間の睨み合いが始まると、ディラムは仲裁に入った。


「おいおい仲間割れはやめろ。この中で1番強いのは誰だ? この俺だ。俺の言うことは絶対だ。誰でもいい。奴らを見つけたらどんな手を使ってもぶっ殺せ。いいな!」


仲間の男はディラムに従った。彼に従わないと殺されるのがわかっているからだ。クルトはその様子を見て、呆れたようにため息をついた。


クルトを育てたのはディラムだった。内心では彼を実の子供のようにすら思っている。


クルトを見つけた時のことは、よく覚えている。島の岩山にもたれかかって、死にそうになっていた。その時クルトはまだ4歳だった。


親の帰りを待っていると言っていたが、それは2日も前のことだと、拙い言葉でクルトは言う。


「おめぇ、捨てられたんだよ」


ディラムが冷たく言い放つと、クルトは静かに俯いた。


もしもその時クルトが泣き喚いたら、ディラムはクルトを殺してやろうと思っていた。しかしクルトは一切の涙も見せず、「おじさん、何か食べ物ちょうだい」と言った。その時のクルトの目は異様に冷たく淀んでいて、強面のディラムを見て物怖じする様子もまるでなかった。


ディラムはクルトを気に入った。クルトもどうしてか、そのいかつい大男についていくことを選んだのだ。


「それじゃあお前ら、異国人狩りと行くか! ミジータより先に、奴らを狩るぞ!」

「うおー!」


ディラムたちは威勢よく声を上げると、数人に分かれて捜索を開始した。



ヌゥたちがアリマに漂着して、4日が過ぎた。広い島国を散策するも、4人は一向に出会うことができなかった。敵との戦闘は回避したが、それでも捜索は難航した。


ヌゥたちの拠点は、アパシーの村とは逆サイドにあった。そのため、村にたどり着くことすら叶わなかった。


そして5日目の夜、ヌゥとヒズミはヘトヘトになって洞窟に帰還した。


「あかん。この島広すぎるわ…ジーマさんたち何処におんねん。てかちゃんと生きてんのやろな。あの人ひょろひょろやし、シエナは強いといってもまだ子供やし…」

「大丈夫だよ」

「何でわかるんよ」

「だって、そう信じるしかないもの」


ヌゥにそう言われると、ヒズミは何故だか納得してしまった。


「それにしても、こんなに会われへんと思わんやろ。見てみ。食料、これ最後やぞ」


ヒズミは缶詰を2つ取り出した。大切に食べてはいたものの、食料も限界に達した。空腹が満たされることがないまま丸5日だ。疲労もピークに近づいている。


ヌゥはヒズミから缶詰を1つ受け取った。ヒズミは名残惜しそうに自分の分の缶詰を眺めている。


「はぁ…なんや絶望的やな…食べれそうなもんもあったけど…これからは食料も調達しながら捜索て、気が遠くなるわ…」


ヒズミは缶詰を開けると、早速食べ始めた。ぺろりと平らげてしまったが、それで満たされるはずもなく、お腹の音がなった。


「あげる」


ヌゥはヒズミに缶詰を手渡す。ヒズミは小刻みに首を横に振った。


「ええよ。それはあんたのや」

「いいよ。お腹空いてない」

「そんなわけないやろ」

「ほんとに。本当に空いてない」


ヌゥは押し付けるようにして缶詰を渡した。ヒズミは渋りながらも空腹に耐えられず、ヌゥのくれた最後の缶詰を食べきった。


「美味かったわ……」

「良かった」


ヌゥはにっこりと微笑んだ。


「お前、後で腹減っても知らんでな」

「本当に大丈夫だって。独房の頃の食事は毎日少なかったし、食べられない日なんてしょっちゅうだよ」

「よう耐えられたな…。ほんま辛そうな生活やで」

「…そうだね。1人の時は辛かったかも」


ヌゥは続けた。


「だからね、アグが俺の独房に来てくれて、本当に嬉しかった。それまで独りぼっちで4年過ごしたけど、やっぱり1人って、心細いもんね」

「……」


(わいも、1人で航海に出た。最初は1人で世界を旅するって意気込んで、楽しんどった。でも嵐に巻き込まれて、1人で海の上を彷徨って…死んでもおかしくなくて……あれはほんまに、辛かったなあ……)


「でも大丈夫。俺は今、全然辛くないよ。1人じゃないから。ヒズミが一緒にいるから!」

「………」


そう言って、ヌゥはまた笑ってみせた。ヒズミはその笑顔に魅入っていた。何故だか救われたような気持ちになる。何故だか心が安心する。


「せやな…。誰かとおったら、それだけで心強い。1人でこんなとこに放置されたらたまらんわ…。わいも、あんたがおってくれて良かった」


ヒズミがそう言うと、ヌゥはパアっと顔を輝かせてわかりやすく喜んだ。ヒズミもそれを見て、素直に嬉しい気持ちだった。


「明日こそジーマさんとシエナ見つけて、さっさと商人倒すで。その後は…」

「うん?」

「…この国を助けるんやろ」

「!」



ねぇアグ、俺はこの国で、何が出来るだろうか。



傍から見ればただの自己満足だと思われるかもしれないね。


正義や倫理や道徳なんて、俺が口にしてはいけないものなのかもしれない。


でも俺はどうしても、この国の人たちを、放っておけないんだよ。


だから俺は、そのために戦う。


(いいよね、アグ……)


ヌゥの心はこれまでにないほど、正義感に満ちていた。彼の心の奥底にある、呪いと名のつく怒りは、今はまだ、その時を待つべくして、静かに眠っているようだった。




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