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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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矛盾する正義

「はあ? この国に法を敷きたい?」


ヌゥは頷いた。ヒズミは怪訝そうな表情である。


3日目の夜、洞窟に戻ってきたヌゥは、ミジータと出会い、彼女と話をし、アリマを法治国家にしたいという思いが胸に膨らんだことを、ヒズミに話した。


「この国の奴らのことなんてほっとけや。わいらはジーマさんたちと合流して、商人捕まえたら仕事は終わりや。それ以上、口出しする必要はない」


ヒズミは断固反対している。


「でも俺はやりたい」


ヌゥの意志は固そうだ。どう説得しようかと、ヒズミは頭をひねらせた。


「ヌゥ、ここの奴らはわいらとは違う人種なんや。価値観が全く違う。殺し合いをただのゲームやと思ってる。微塵の罪悪感も持ってない奴らや。あんたとは違うんよ」

「でもミジータさんは、この殺し合いを終わらせたいと思ってる」

「その女がそう言うたんか?」

「言ってないけど…」

「頼まれてもないことをすな」


ヌゥが国を変えたいと言った時、ミジータの表情が変わったのをヌゥは見逃さなかった。彼女は冷たく振る舞っていたけれど、本当は違うはずだ。そうじゃなければ、あの場で自分を殺そうとしたはずだ。助けたのはただの気まぐれなんかじゃないと、ヌゥは信じたかった。


「でも、人が人を殺すのは駄目なことなんだ。法が無くたって、駄目なものは駄目だ」


ヌゥも確かに、アグにその話をするまで、そんな風に考えてはいなかった。悪いと思っていなかった。両親や村の奴らはヌゥを殺そうとした。だから殺される前に殺しただけのことだ。ただそれだけだ。


ヌゥはそう思いたかった。確かにその頃、ヌゥはまだ幼すぎたし、その罪から目を背けるのは容易かった。だけどアグと独房で共に暮らし、生まれて初めて大切にしたいと思える人に出会えた。そしてヌゥは知った。この世の誰もが、そんな風に、誰かの大切な人なのだと。


だから誰かの命を奪う権利なんて、誰にもないのだ。そんな当たり前のことに初めて気づいた時、同じようにして自分の罪にも気づいたのだ。


気づかない方が、もちろん楽だった。しかし気づいて良かったと、ヌゥは思うのだ。裁きは時に辛く酷い物だが、それはただ苦痛を与えるためのものではなく、罪悪を受け入れるための優しさだとヌゥは感じている。


「この国の奴らだって、皆同じ人間だよ。心があるなら、その罪の重さに気づけるはずだ。気づくことができれば、これから罪を償うことができる。彼らにもそうあってほしい。今からでも間に合うはずだ」


ヌゥの意志は頑なだ。ヒズミはハァとため息をついた。


「ヌゥ、法は人を人から守るためのものや。人殺しを裁くのは、殺された人やその遺族が報われんからや。あんたは殺した側の気持ちをわかってるつもりかも知れんけど、ここにいる奴はあんたとはちゃう。あんたみたいに、良心なんて持ってない奴らなんや。そんな奴らを裁いたって、意味がない。最初から悪いと思てへんのやから」

「そんなことないよ。俺だって最初は悪いと思っていなかった。でも気づくことが出来た。だからアリマの人たちだって……」

「無駄やて言うてるやろ。ここの奴らは…」

「ヒズミは人を殺したことがないから、わからないんだよ!」


ヌゥは声を荒げた。ヒズミは大きく目を見開いた。


「そ、そんなん…あるわけないやろ! 普通はないわ!」

「裁かれないと駄目なんだ。もう終わりにしてほしいんだよ! こんな殺し合いゲームは間違ってるんだから!」

「せやから、この国の奴らはそんなこと望んでないんやて」

「アグなら…アグならわかってくれる! 絶対!」


感情が高ぶってヌゥがそう言うと、ヒズミは何かの糸がプツンと切れたような感じがした。


「は?」


その時ヒズミは確かに怒っていた。どうしてそんなに自分が怒ったのか、ヒズミはその時、はっきりとわかってはいなかった。


「……」


その後ヒズミの喉には、ヌゥたち囚人を罵倒する様々な言葉がでかかったのだけれど、既のところでそれらを飲み込んだ。


(あかん…これ以上言うたら、この子を怒らすことになる)


ヌゥの呪いに単純に恐怖したのか、それともヌゥを傷つけることを彼の心が拒んだのか、どちらにせよヒズミはヌゥを睨みつけるだけで、それ以上は何も言わなかった。


「…したいんやったら勝手にし。わいは知らん」


ヒズミはそう言い残して、洞窟から立ち去った。ヌゥは夜の島に自ら出ていくヒズミの背中を呆然と見ていた。


(あ……)


ヒズミを怒らせた……。


ヌゥは確かに熱くなっていたけれど、決して怒ってはいなかった。


そしてヒズミが本気で怒るところを、ヌゥはその時初めて目にした。


(……)


ヒズミの言う通りだ……

俺にそんなことする資格なんてないんだ……


囚人の俺が正義のヒーローみたいなことを言うなんて、間違ってた…


ねぇアグ…。アグならどうする?


俺は頭が悪いから、どうしたらいいのかわからないよ


アグ……教えて……



ヒズミはその島で1人きりになるのは、この時が初めてだった。もちろん隠れ身の術で身を隠してはいるが、怖いものはやはり怖い。鼓動で敵に気づかれてしまうのではと思うくらい、心臓が高鳴っている。


(やばい。あの子のこと怒らせたんちゃうか…)


ヌゥは追ってはこない。まあ姿が見えないのだから、追いようもないのかもしれない。


「どないしょ……」


周りに誰もいないのを確認すると、小さな声で呟いた。


気づけば海岸沿いまでやってきていた。がらくたの転がる汚れた砂浜に、ヒズミは足を踏み入れた。


(だってあの子がわけわからんこと言うから…)


アリマに法を敷くなんて、そんなん無理に決まってるやんか。そんなことが出来るなら、誰かがとっくにしとう。出来ひんから、こうなってるんちゃうんか。


アリマに入国しただけで殺されるんや。外から来た奴が今更とやかく言うことなんて、はなから出来ひん場所なんや。


(それには敵を屈させるほどの、絶対的な力があらな…)


海は静かに波打っていたが、ほどなく空に暗雲がたちこめ始めた。だんだんと雲影が大きくなる空に、ヒズミは顔をしかめた。一雨きそうである。


「まじか……」


(腹も減ったし…ほんま終わるわ)


今更帰られへんやんけ。帰ったらキレて、わいのこと殺そうとするかも。服従の術はあるから死なんやろけどな…。


(いや、そういう問題ちゃうし…)


あの子が人を傷つけるのは呪いのせいや。


あの子は可哀想な子なんや。昨日あの子が、涙しながら話してくれた。


せやからわいは、あの子を信じたいと思った。


あの子はええ子や。

やからあんなことが言える。


人殺しやからやない。優しいから言えるんや。


相手はどうしようもない、人殺しを遊びにするような奴らや。それでもあの子は、ほっとかれへんのや。


あの子の気持ちも組んだらなあかんかったのに…。


『アグなら…アグならわかってくれる! 絶対!』


(はぁ……)


ヒズミは大きなため息をついた。あの時ヒズミは、何となくそう、悔しいような気持ちになったのだ。


(アグやったらあの子の気持ちを組んだれるんやろな。まだ会ったこともないけど…)


まもなく、雨が降り出した。雨音はすぐに激しさを増し、ヒズミを襲った。


「げっ!」


夜のアリマはその日も同様に冷え込んでいる。ここで雨に打たれては、身の危険すら感じる。


(やばいやばい! このままやと野垂れ死ぬわ!)


ヒズミは洞窟に向かって駆け出した。両手で頭を覆うが、無意味である。隠れ身の術は気配を極限に消すだけで、雨を防ぐことは出来ない。


(謝ろ! あの子に! 怒っとうかもしれんけど、それでもええわ!)


森の中を通ってびしょ濡れになりながら、何とか洞窟の中に戻ったヒズミだったが、そこにはヌゥの姿はなかった。


「え……」


ちっと舌打ちをした後、ヒズミは遠耳の術を発動する。


(どこ行ったんや…!)


数キロ先のところで、ヒズミはヌゥの声を拾った。


『ヒズミー! ヒズミ何処ー?!』


(!)


ヒズミはヌゥの元へと走り出した。身体は完全に冷え切っていたが、そんなことはまるで気にしていなかった。


(あのアホ! 敵に気づかれるやろ!)


どうして迷わず駆け出したのかはわからない。前の自分だったら、そんなことをするわけがないのに。


『うるせえぞ!』


先住民たちがヌゥに襲ってくる声が聞こえた。ヒズミは雨に視界を遮られながらも、覚えた道と音を頼りに、真っ直ぐヌゥの元へと走っていく。


ヌゥはその時、先住民たちに取り囲まれていた。


いかつい身体の男たちが、様々な武器を片手に、ヌゥを殺そうとたかっていく。ヌゥはその先住民たちを、哀れみを含んだ冷めた瞳で睨み返した。


「どいてよ」

「俺たちの国で、何偉そうに言ってんだ!」

「ここに来た事を後悔させてやるぜ」

「ぶっ殺せ!」


ヒズミはやっとのことでヌゥと先住民たちの姿を目にする。


(やっぱり気づかれてる!!)


この雨の中、あいつらもアホちゃうか!!


先住民たちは、四方から一斉にヌゥに襲いかかった。


(!)


ヌゥは荒くれ者たちの攻撃など物ともせず、一瞬にして敵を蹴散らしていく。武器は要らない。素手で充分である。それは型に忠実なシエナの格闘技とは真逆の、スピードだけで物を言わす打撃である。そしてその威力もまた、凄まじいのだ。


(強い。ほんまに強い……)


あの子やったら、ほんまにこの国を……


ヌゥの戦う姿にヒズミは感動すら覚えた。仲間であることを、素直に誇りに思う。そんな、尊敬の気持ちである。


ヌゥはあっという間に敵を一掃すると、ヒズミの名を呼ぼうとした。ヒズミは慌ててヌゥに駆け寄って、彼の口を塞いだ。


「ん!」


その瞬間、隠れ身の術が発動した。ヌゥは瞬く間にその姿を消した。


「ヒズ…」

「静かに」


まもなく別の先住民たちが駆けつけた。仲間は全て気を失っている。


「異国の奴がいないぞ!!」

「逃げやがった!」

「探せ!!」


先住民たちが騒いでいるうちに、ヌゥとヒズミもその場を離れた。びしょ濡れになっていた2人は、急いで洞窟へと帰還した。


服を脱ぎ捨て急いで着替えると、火を焚いて暖を取った。ヌゥは炎に手の平をかざした。冷えて感覚がなかった指先が、次第に温まっていく。


「ごめんヒズミ」


ヌゥは俯いたまま、酷く落胆した様子だ。


「何であんたが謝るん」

「俺にはあんなこと…言う資格なんてなかった。俺は人殺しだ。ヒズミに言われた通り、黙って自分の仕事をするよ。それが俺の刑罰だ。俺が生かされている意味でもあるし」

「ヌゥ、すまん」


ヒズミに謝られ、ヌゥは顔を上げた。


「あんたの事件だって、呪いのせいなわけで…最初からあんたのせいちゃうのに。辛いのはヌゥやったのに、傷つけるようなことを言うた。ほんまにすまんかった」


ヌゥは慌てて首を横に振った。


「ヒズミは何も悪くないよ。大丈夫。そんなことじゃ、俺は傷つかないから!」

「……」


ヌゥはにっこりと笑った。ヒズミはその笑顔を見て、安堵したように息をついた。


「あ、でもアグのことは絶対悪く言わないでね。その時は俺、怒るから」


冗談のようにヌゥは言ったが、彼は本気だろう。彼の中で、アグが特別な存在であることは、間違いないのだ。


「アグな……。なあ、その子、どんな子なん? あんたに似て明るい子?」

「ううん! 全然!」


アグの名前が出た途端、ヌゥの表情がこれまで以上にパアっと明るくなるのがわかった。


「あんまり笑わないし、独房じゃ話しかけても無視ばっかりされてた」

「え…? それ、嫌われてへんか?」

「そんなことないよ! 最近は無視もしなくなったしね! アグはね、俺の初めての友達なの。すっごく頭が良くてね、テストなんて満点しかとらないよ。受ける必要もないくらい」

「まあ、あんたはアホそうやもんな〜」

「ひっどい! 俺だって理数の点数はそこそこ良かったからね!」

「いやいや、嘘やろそれは」

「嘘じゃないってば! でもアグは本当にすごいよ。禁術を解く薬だって作ったんだからね」

「そうみたいやな。ハルクさんが数年かかっても無理やったのに、どんな頭してんねん」

「まあでも、ハルクさんが基盤を作ってくれていたからだって、アグは言ってたけど」

「へぇ〜。あんたと違って、先輩もたてれるしっかりした奴やんけ」

「もう! 俺と比べないでよ」

「へへっ」


ヌゥの話は止まらなかった。ヌゥはお喋りが好きだったけれど、アグの話ほど楽しい話題はなかった。ヒズミは嬉しそうにするヌゥの様子を見ながら、今度ばかりは聞き手に回った。


「ヒズミも頭いいからさ、アグと話が合うかもね」

「そうかぁ〜? わいは難しい話とかされても興味ないけどな」

「ふ〜ん。そうなの〜?」


それよりも、ヌゥと馬鹿みたいな話をしている方が楽しいと、ヒズミはそんな風に思った。口には出さなかったけれど、これまで恐怖していたのが嘘のように、馬が合うなと思うのだ。


「でもほんと、アグはすごいんだから! すっごく優しいしね」

「そうなん? 話聞いた限りそんな感じせんけど」

「ふふ! ヒズミも会えばわかるよ」

「へぇ〜…」


アグ・テリー。

この子と同じ、終身刑。


この子の事件は呪いのせいやけど、アグって奴はそうやない。ほんまもんの犯罪者……。


ヌゥがここまで慕ってる奴なら、根が腐ってるわけじゃなさそうやけど…。


どんな奴なんやろ……。


その夜、ヌゥの話は限りなく続いた。ヒズミもその話に相当付き合ったが、眠気が限界に達し、リタイアした。ヒズミの寝顔を見た後、ヌゥも横になって目を閉じた。


(アグ……今何してるかなぁ〜…)


その日は久しぶりに楽しい夢を見た。ヌゥは幸せそうな顔をして眠っていた。

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