救出
「グワッアァアアアア!グーワ!ワッワッアアアア!」
「いや! 全然わかんねーし! 何?!」
ピエーラに帰還したアンジェリーナは、レインを見つけると街の外に連れ出した。その頃にはもうレインの二日酔いはましになっていた。
「グワアアア! グワッ! ワワワワァァァアア!!!」
「何だよもう!! 何なになに!!!!」
アンジェリーナが何かを訴えているのは明らかだが、何を言っているのか全くわからない。
「グワッワッワッワアアアアア!」
「………!」
レインはハッとして、ライオンに姿を変えた。
「テメェこら! ご主人様ガ大変だっツってんだ! サッサと助けねえと死んじまうッテの! 何とかシロ! この赤毛のチんちくりん! ボケナす!」
「お前! そんなこと言ってたのか?! てか口悪すぎだろ!」
「うるセーよ! ご主人様が毒を吸っテ死にそうナンだ! とりあえず来イ! お前足おセーから、オレに乗れ!」
「ったく…なんなんだよいきなり…」
(しかもオスじゃねえかよ…)
アンジェリーナはライオン姿のレインを咥えると、そのまま背中に乗せた。
「全速力でいクぞ! 落とされるナ!」
アンジェリーナはもの凄いスピードで空を飛んでいく。レインは必死につかまりながら、アンジェリーナに話を聞いた。
「毒を吸ったって、どういうことだ?」
「知らネエ男が鉱山からデテキた。毒をまいテ、3人殺シてやったと言っテイた! 3人とは、即チ、ご主人様たチのこトだ!! これはマずい! 非常にマずい!」
「ああ、何となく話はわかった。ていうか、その話し方うぜえな。片言でわかりにくいんだよ!」
「ウゼーのは、お前! お前はサッサとご主人様助ける! イイな! 助ケられナかったら、お前、命ナイと思え!」
「脅迫までするとは、大した鳥だぜ全く!」
(でも、本当にまずいことになってんぞ…。俺が寝込んでる間に、何でこんなことになってんだよ…。ったく…死ぬんじゃねえぞ……そんなわけわかんねえ毒なんかで……!)
アンジェリーナの本気の飛行により、20分ほどで鉱山にたどり着いた。それでも往復40分、かなりの時間が経過している。
レインを下ろしたアンジェリーナは、男から奪った防煙マスクを地面に投げ捨てた。
「それツケロ! 男はソレをつけてデてきた! オレが男からもぎとってヤった! お前安全!」
「ったく、ほんっとに大した鳥だぜ!」
レインは防煙マスクをつけると、毒の充満する洞窟に入り、3人の救助に向かった。奥までたどり着くと、アンジェリーナの話の通り、アグ、ベーラ、アシードが倒れている。
「まじかよ!」
レインは3人に駆け寄り、身体を揺すった。
「おい! しっかりしろ!」
「う…く…レインさん…!」
すぐにアグがハっと目を覚ました。横で倒れているベーラとアシードは、目を覚まさないままである。
「おお! なんだ、生きてんじゃねーか! ビビらせやがって」
「昨日、対サソリ用に飲んだ解毒剤のおかげでなんとか…。えっと…そのマスクは…?」
「話は後だ! とりあえず、ここから出るぞ! 動けるか?」
「大丈夫です…!」
アグは慌てて立ち上がった。レインはアシードを背負った。
「くそ重っ…このおっさん…!」
レインはぐらつきながらアシードを担いだ。それを見てアグはベーラを背負った。
「おい、アグお前、大丈夫なのか?!」
「大丈夫です! とにかく早くここから出ましょう」
アグとレインはベーラとアシードをそれぞれ担ぎ、何とかテレザ鉱山から脱出した。
「グワッグワァァ!!」
アンジェリーナはアシードの傍に駆け寄った。目を覚まさないアシードを見て、号泣し始めた。
2人の顔は青ざめており、状態は非常に悪化している。
「もってもあと20分か…」
「は?! まじかよ!!」
「グワグワグワ?!?!?!」
(くそ…時間が経過しすぎてる…。医者に見せてる暇はない…)
「グワッ! グワアアア!!」
「大丈夫だよアンジェリーナ。俺が必ず助けるから!」
「グワ〜アア〜……」
(俺がやるしかない…!)
アグはリュックを逆さにして、中身を全部出した。数え切れないほどの素材と研究道具がバラバラと流れ出る。アグはそれらを使い、速やかに薬の調合を始めた。
「おい! 何やってんだ」
「解毒剤を作ります…」
「作るってお前…今から…?!」
アグは力強く頷いた。レインはあんぐりとして、アグを見守るしかなかった。
(俺と同じ解毒剤を飲んだはずなのに…)
「神経毒と溶血毒の混合毒…くそ…素材が足りないか…?!」
アグは作業しながら、頭をフルに回転した。所持している全ての素材を見渡すが、それでは駄目だと解ると、唇を噛み締めた。
(そうだ! もしかしたら、俺の中には抗体が…!)
アグは小さなナイフを取り出し、自分の腕を軽く切った。切り口からは、血が溢れてくる。
(痛って…深く切りすぎた…ベルに注射器借りとくんだったな…)
アグは途中まで作った薬に、自分の血を道具で純化したものを混ぜていく。
(いける…!)
作成にかかった時間はわずか10分だ。完成した薬を、すぐにベーラとアシードに飲ませていく。
(頼む…効いてくれ……!)
アグは祈るように薬が効くのを待った。レインとアンジェリーナはハラハラしながら様子をうかがっている。
しばらくすると、ベーラとアシードの顔色が良くなっていくのがわかった。
(危なかった…。対サソリの解毒剤が毒が回るスピードをやわらげた……。とはいえ、俺に抗体がなかったらと思うと…ゾッとする…)
「な、治ったのか…?」
レインは冷や汗を描きながら、アグに尋ねた。
「おそらく…安静にしていれば平気かと」
「そっか……」
レインは安堵し、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「グワグワ、ワワワァ!」
アンジェリーナはアグにお礼を言っているようだった。アグはにっこりと笑い返した。
アグとレインはアシードとベーラをアンジェリーナに乗せると、自分たちもその背中に乗り、ピエーラの街に帰還した。アンジェリーナは、街の外で待機し、アシードとベーラの2人を宿のベッドに寝かせた。
眠っているベーラたちの傍で、レインは言った。
「なあ、聞いてもいいか」
「はい」
アグはレインと目を合わせた。いつにも増してレインは真剣な表情を浮かべている。
「何で城を爆発しようと思ったんだ?」
「……!」
アグが沈黙すると、レインは続けた。
「お前を責めようってんじゃないんだ…。俺はあの時王族で、貴族の奴らが平民たちに酷い暮らしをさせていたのを知っていた。お前もその、平民の1人だったんじゃないのか…?」
「そう…です…」
俺は、確かにあの国に住んでいた。しかし、どこで産まれたのかは、知らない。平民…、もとい、俺は孤児だった。
母親の顔は、うっすらと覚えている。そのくらいの歳の頃、捨てられた。捨てられたと気づくまでに、随分時間がかかった。母親は貧困の街に俺を置き去りにして、二度と帰ってこなかった。
「やっぱりそうだったのか…。政治に納得がいかなくて、城を壊したのか?」
「…………」
「アグ…俺は知りたいんだ」
「……」
「俺は今でも……後悔してるんだ…平民たちのために、もっと何かできたんじゃないかって。もう今更こんなこと考えても仕方ないってのは、わかってるんだけどさ……」
アグはレインと目を合わせた。城を壊した動機、それを彼が知りたいと思うのは当然だ。避けられない話だとも、わかっていた。
「レインさん…」
「ん…?」
「信じてもらえるかわからないですけど……」
「いいよ、話せ」
「俺、覚えていないんです…あの時のこと…」
「……?!」
そして、アグは話しを始めた。
自分は孤児になって、ガルサイアの貧困の街で暮らしていたこと。貧困の街での暮らしは確かに大変で、ましてやまだ子供だった自分は生きるのに必死で、毎日ゴミ箱を漁って生きていたということ。
それは確かに、覚えている。
姫と結婚したらしい男が、フローリア姫と一緒になって、貧困の街を変えようとしていたことも覚えていた。レインの名前までは覚えていなかったが、それが彼だったと今なら思い出せる。そのことに対して、当時、希望を見出したことも覚えている。フローリア姫たちが持ってきてくれた食料を食べた時、そのおいしさと幸せに涙したことも。
しかし、アグの記憶は突然、爆弾をがむしゃらに作る自分だけになったという。
「俺は無我夢中で爆弾を作っていました…。ガルサイア城を破壊すると、その事だけで頭がいっぱいでした。絶対に城を破壊してやると意気込んで、爆弾を作ったんです。でも、何で爆弾を作り始めたのか、その動機を、覚えていないんです…」
アグはこれまで、考えたこともなかった。
どうして自分は、城を壊したかったのか。
ただ、爆弾を作るうちに、楽しくなってきてしまったことは覚えている。もっとすごいものを、もっと破壊力のある最強の爆弾を作りたいと、俺はその事で頭がいっぱいになってしまった。
俺は爆弾作りに没頭し、ようやく完成したその爆弾を、誰にもバレないように城に投げ入れ、なんの躊躇いなく起爆スイッチを押した。
レインは一瞬目を閉じて、辛そうな表情を浮かべていた。それを見て、アグは涙した。
あの時俺は、何であんな風になってしまったんだろう。
どうして爆弾なんて作ろうと思ったんだろう。
でも爆弾を投げ入れたのも、スイッチを押したのも自分。それははっきりと、覚えている。
城が弾け飛んで、俺は我に返った。
城は跡形もなくなり、貴族たちの街は火の海になった。
貴族たちの悲鳴が聞こえる。身体中に火が回って暴れ死んでいく者、家に押しつぶされて助けを請いながら死んでいく者、傷だらけで必死に逃げる者、そんな人々の無惨な姿を見ながら、俺は恐怖のあまり足が震えて、その場に座り込んでは、しばらく火の街を眺めていた。
「ごめんなさい……」
震えながら涙するアグを、レインは抱きしめた。背中をトントンと叩いた。
「わかった……わかったよアグ……」
「っく……ごめんなさい……ひっく……」
しばらくしてアグが落ち着くと、レインはアグの両肩に手をやり、次に尋ねた。
「あの爆弾は、この大陸で類を見ない、最強のレベルだったと聞いた。お前が天才的に頭がいいことも知っている。でも孤児だったお前が、どうやって爆弾の作り方を知ったんだ? まともに勉強なんて出来ないはずだろ」
「え…?」
そんなこと、考えたこともなかった…。でも確かにそうだ。どうして俺は、知っていたんだ…?
「うっ…」
思い出そうとすると、酷い頭痛が彼を襲った。ただの頭痛ではない。脳裏の奥から劈くような痛みだ。
「ゔっ……な、に………ぃぎっ」
「おい! 大丈夫か?!」
「あ、頭が……か、かち割れるぅ…うぅゔっ…」
アグは頭を抱え、しゃがみ込んだ。レインも心配して彼の顔を覗き込んだ。様子が異常であるとレインは悟る。
「アグ?! アグ?! しっかりしろ!」
「くぅうう……」
(思い出せ……思い出すんだ……)
痛みで目から涙が溢れる。思い出そうとすることを、身体が拒んでいるかのよう。記憶を辿ろうとすればするほど、痛みは増していく。
(くっそ……)
俺は…どうして……
そうか…俺は……そうだ…教えてもらったんだ…。
誰に…? 俺はあの街で、1人で暮らしていたんじゃない…。誰かがいたんだ…。
一体……誰………?
アグは痛みに抗うように記憶を辿る。その時、アグの記憶が、フラッシュバックした。
誰かいた…! 一緒に暮らしていた誰かが……!
「あああァっっ!!」
痛みは尋常ではない。声を上げずにはいられなかった。頭を抑えてその場に倒れ込んだ。
「アグ! 大丈夫か?!」
「思い出そうとすると、い、痛みが……くぅう!」
「わかった! もういい! やめろ!!」
「嫌です……! あああああっっっ!!」
ああ、もう少しで顔が見えそうだ。くそ…なんで思い出せない…?! そいつのことを思い出そうとすると、痛みが増す……。
「?!」
一瞬だが、脳裏に顔が映った。女の子だった。桃色の長い髪をしたその子は、アグに向かって笑いかけていた。
アグは心底驚いた。これまで完全にその子のことなど忘れていたのだから。
(そうだ…。この子…この子と一緒に暮らしていた…)
どうして今まで忘れていたんだ…? そんなことあり得るか……?
名前は何だ……? 夢で見たリアナって子…? いや、違う。この子は違うんだ。この子は……確か……
「メリ…」
「な、何だって? なんでそいつのこと…」
レインもその名前に反応した。報告会議でヒズミが言っていた、強力なシャドウの名前だ。アグもヌゥの議事録から彼女の存在については知っていた。あの時はその名前を聞いても、まるでピンと来なかったというのに。
「俺は…メリと暮らしていた…」
「…ほ、本当なのか…?」
「うう…」
(駄目だ……もう……限界だ……)
アグは記憶を閉じた。その瞬間に、一切の痛みが消えた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「もういいから。無理に思い出すな…」
「すみません……ハァ……ハァ……ハァ……」
(どうして思い出せない…。思い出そうとすると、頭痛が邪魔をする…。くそ…もう少しだったのに…)
「レインさんは、メリの顔を知っていますか…?」
「いや…。顔を見たのはヒズミだけだ」
「ヒズミさん……」
「ああ。あいつはベーラとはまた違う、特別な術を使えてな。ウォールベルトに潜入捜査をしていたんだ。その時に他のシャドウよりも桁違いに強そうな奴がいたんだと。そいつがメリだ」
「俺と暮らしていたメリは……敵……?」
「それはまだわかんねえよ。名前が同じだけで別人かもしんねえし。メリって子のこと、何か思い出したのか?」
「まだ、顔だけです…。でも、とっても大切な人だったような…気がするんです…。どうして今まで存在自体も忘れていたのか…何でメリのことを思い出せないのか……わかりません…」
「そっか…」
レインさんに言われるまで、考えようとはしなかった。誰かと暮らしていたこと。誰かが俺に爆弾の作り方を教えたということ。
メリという少女の存在。
メリの笑った顔が、一瞬見えたような気がした。
「アグ」
メリの声が聞こえるような気がした。気が強いけど、優しくて、頭が良くて……。そうだ…俺はメリに、色々教わって…。
くそ…思い出したいのに…。
「無理させてごめんな、アグ」
「いや…レインさんのせいじゃありません…」
「今日は疲れてんだ。お前も毒を浴びたんだろ? 今日はもう休め」
「すみません…」
アグは宿のベッドに横になった。何かを考える気力がもうない。
「……」
目を閉じるとすぐに、アグは眠ってしまっていた。




