毒を撒く者たち
ヌゥたちがアリマに到着した翌日のことだ。
ベーラ一行はルベルパールの採掘をするため、テレザ鉱山に向かっていた。アンジェリーナに乗って1時間弱、あっという間に鉱山にたどり着いた。
「すごい速さだな」
「あっという間でしたね」
「がっはっは! アンジェリーナは凄いだろう!」
「グワッワッグーーーッワ!!」
アシードとアンジェリーナは、2人して腰に手を当てると、得意げに胸を張り、高笑いをしていた。
「ここがテレザ鉱山か」
アンジェリーナを入り口に残すと、アグ、ベーラ、アシードの3人は鉱山に入った。しかし入ってすぐに、その異変を感じる。
「うん…?」
鉱山内はただの洞窟のように、平坦な道がずっと続いている。その道の途中にあるはずの鉱石が、一切ないのだ。
(ちょっと待て…前にも見たことがあるぞ、この光景…。まさか…)
「シプラの時と同じです。毒をまかれてます」
「何?! 毒じゃと?! 同士たちよ! すぐに息を止めるのじゃ!!」
アシードは口を閉じ、鼻を摘んでみせた。アグは気まずそうに答える。
「えっと…人間には害はありません。この毒は鉱石を溶かすんです…」
「何じゃ。ならば問題はない! いや、あるかのう…? うん…?」
「……」
アグは苦笑したが、ベーラは完全に彼を無視していた。
「少し待っててくださいね…」
アグはかばんから薬品を取り出すと、シプラ鉱山の時と同様に解毒剤を作り始めた。
「うん? 君は何をやってるんだ?」
「解毒剤を作ってます。念の為に素材を持ってきておいて良かったです」
「ふうむ??」
アグが薬を作っている間、ベーラはアシードにシプラ鉱山の封鎖事件を説明した。
「よし! 出来ました!」
一度作ったことのある薬だ。アグは完全にレシピを覚えている。作成までに時間はかからなかった。
(でもあれだな…解毒剤を充満させるには、入り口を封鎖しないと…)
「ベーラさん」
「何だ」
「解毒剤を撒きたいので、呪術で入り口を閉じることはできますか?」
「無論だ」
するとベーラは、土の柱を何本か、入り口に密着させるようにして生やし始めた。
「グワア??!! グワッグワッ」
入り口が閉ざされると、その向こうでアンジェリーナが驚いたような声を上げているのがかすかに聞こえた。
人工的に開拓されていないテレザ鉱山の中には、シプラ鉱山のようなランプがなく、洞窟内は真っ暗闇になってしまった。
「何も見えぬぞ!」とアシードが言うと、すかさずベーラは手持用のランプを作り出した。
「おお! そこにおったのか!」
「今薬を撒きました! しばらくこのまま待機してください」
アグが言うと、2人は頷いた。明かりを持つベーラの元に、3人は集まった。
「がっはっは! アグは頭がいいんじゃな」
「本来彼はハルクと同じ研究チームだ。禁術を解く薬を開発したのもアグだ」
「何じゃと?!」
入り口が振動するのを感じた。外にいるアンジェリーナが、土の柱を蹴って壊そうとしているのだ。
「やめるんじゃアンジェリーナ!」
「グワッグワア!! グワッ」
「大丈夫じゃ! すぐに開けるから、そこで静かに待っておれ!」
「グーッワァ……」
アンジェリーナはなんとなく寂しそうな声を出すと、攻撃をやめておとなしくなった。
(アンジェリーナは人間の言葉がわかるんだな…)
アグは未知の巨大鳥に感心するばかりであった。
「アグ、鉱石が生えてきたぞ」とベーラ。
「薬が効きましたね。ルベルパールは奥の方です。行きましょう」
ベーラは頷くと、柱を消した。入り口から外の光が差し込んだ。
「グワア〜!」
アンジェリーナは安心した様子だ。入り口から顔を覗き込ませると、アシードの姿を探した。
「アンジェリーナよ。わしたちは奥に進み、鉱石の採掘に向かう! ここでしばらく待機するんじゃ!」
「グワア〜」
「なあに! すぐに戻ってくる! いい子で待つんじゃぞ!」
「グーワ!」
アシードが敬礼すると、同じようにアンジェリーナも敬礼した。
「では進もう! 我が同士!」
「うむ」
「お願いします…!」
そうして3人は鉱山を進み始めた。薬が届かなかったのだろう、奥に行くと鉱石がなくなっていた。そのため、途中途中で呪術で道を封鎖しながら、解毒剤を撒いた。最奥まで進み、ルベルパールの採掘にも成功。また、テレザ鉱山の鉱石たちは見事に蘇った。他にも入手困難な鉱石の採掘を続け、ベーラの造った手押し車に大量の鉱石を詰め込んだ。
その頃、入り口に見知らぬ男がやってきた。歳はアグよりも少しばかり上だろうか。頭に緑色のバンダナを巻き、少し伸びた黒髪を後ろで1つに結んでいた。ぱっちりとした黄色い瞳で、整った顔立ちの男だった。
「な、何だこのでかい鳥…」
「スースー」
巨大な鳥がいて驚いていたが、案の定その鳥は昼寝をしていた。
男は鳥の横を通り過ぎ、鉱山に入っていった。
「なっ、なんだとー?!?!?!」
男は非常に驚いた様子で声を荒げた。
(何で鉱石が元に戻ってんだ?! ついさっき枯らしたばっかりなのに?!)
男は足早に鉱山を進んでいく。
(くっそ〜…! 鉱石が全部元に戻ってやがる! 何でだ?! 一体誰が……!!)
男は鉱山の最奥にたどり着いた。そこでは3人の人間が採掘をしていた。男は大きな鉱石の影に身を潜めた。
(くっそ…どうなってやがる…? あいつらが鉱石を復活させたのか? リバティの薬に対抗できる奴なんていんのか…?)
男は身を乗り出すと、3人の形相を探ろうとした。
「うん?」
男の気配に気づいたベーラが後ろを振り返った。男はハっとして身を屈めた。
(危ない危ない…。あいつらが誰なのかわかんねえ以上、手を出すのは危険だぜ…)
「誰じゃ? 君は」
男の隠れる鉱石を、アシードは覗き込んだ。完全に2人は目が合った。
「うわぁああ!!!!」
(ばっ、バレたぁあああ!!!)
「何だ?」
「アシードさん、どうしたんですか?」
男はすかさずアシードから距離をとった。
「バレちまったら仕方ねえ! お前たちには死んでもらう!」
男はそう言うと、防煙マスクを顔にはめ、煙玉を投げた。
「うわっ!!」
「何じゃ?!」
「!」
煙がモクモクと湧き上がると、狭い鉱山内に一瞬で充満した。視界が完全に閉ざされた。
(なんだいきなり…!)
アグは煙の臭いを嗅ぐと、愕然とした。
(うっ…マズい…この煙は……毒性物質!)
「毒です!! 煙を吸わないで!!」
アグは叫んだが、ベーラとアシードは既に倒れ込んでいた。
(くそ……!!)
「悪く思うなよ! それじゃあな!」
そう言い残し、男が逃げていく足音が聞こえた。アグは口を手の平で覆った。
(くっそ…かなり強い毒だ…。だけど耐えられる…。昨日飲んだ解毒剤がまだ効いてるのか…。そうだ……アシードさんは薬を飲んでいない……!)
アグはふらふらしながら、倒れているアシードに近づき、口に薬を流し込んだ。
(よし…これで死にはしないはずだ…。でも……毒性が…異常に強い…。くそ……意識が朦朧としてきた…。うう…。)
アグもまた意識を失い、その場に倒れた。
男は鉱山から抜けだすと、後ろを振り返った。
「やっべ〜! 3人も殺っちまった! あの毒を吸ったら最後、死ぬのは時間の問題だぜ!」
すると、先程眠っていたはずの巨大な鳥が立ちふさがり、怒ったように声を荒げた。
「グワアっ! グワッワア!!!!」
「な、何だこの鳥! 何で怒ってんだ?!」
まもなく巨大鳥は、男に向かって襲いかかってきた。
「何だよ! おい! やめろ!!」
「グワッグワッグワッ!!!」
巨大鳥はそのくちばしで、男から顔の防煙マスクを奪い取った。
「こら! 何すんだよ!」
「グワアアア!!!」
その後も巨大鳥は男を追いかけた。
「何で追ってくんだよぉおお!!」
男が全力で逃げ回っていると、紅色の波打つ長い髪の女が、巨大な白いドラゴンに乗って空から降りてきた。
「おい! ゼクト! 何やってる!」
「リバティ! 早く! 早く助けて!!!」
女はゼクトと呼んだその男の手を引くと、白いドラゴンに乗せた。
「グワワ!」
「ギャオオオオウウァ」
巨大鳥は飛び上がってドラゴンを追った。ドラゴンはすかさず炎を吐き出した。
「グワッ!」
鳥は多量の炎に視界を奪われた。その隙にドラゴンは2人を乗せたまま、遠くに逃げ出した。
「おい、何があった」
「鉱石が…ハァ…復活してて…中に3人いて…」
「お前、まさか殺したのか?」
「だって…仕方ねえだろ…」
「あれはとっておきだと言っただろう」
リバティと呼ばれた紅髪の女は、呆れた様子でゼクトを睨んだ。細い目をした、きつめの顔立ちの女だった。
「鉱石が復活していたというのは本当か」
「ああ……」
「薬を撒いて数時間、鉱山に来たのはその3人だけか…」
「そのはず……つまり、あいつらが……」
「薬の効果を消したということか」
リバティは上空からテレザ鉱山を見下ろした。
(まさか、あの薬を打ち消すものを作れる奴がいるとはな…。しかしもう、あの毒煙を吸っては生きられまい。あれこそ解毒不可能の最高級の毒薬だ。もって1時間、確実に死に至るだろう)
「これからどうするよ」
「薬はもう手元にないからな。また出直すしかない」
「仕方ねえな。毒煙も充満してるから、洞窟にも近づけねえし」
「全く、貴重な毒の無駄遣いだ」
「悪かったって…でも下手に捕まるよりはいいだろ」
「ふん」
リバティは終始不機嫌な様子だ。ゼクトは気まずそうに大人しくしている他なかった。




