特別国家精鋭部隊
「カルトさん、あの子供たち、どうですか」
看守とは違う、紺色のコートを着た、栗色の髪の男が、会議室のようなところでカンちゃんと話していた。
カンちゃんの名前は本当はカルト・ベルというのだが、囚人たちに名は明かしていない。どの看守もそうだ。名乗る義務はない。
「うん、イカれてるね」
「あの大量殺人鬼の男の子?」
「うん、まあどっちもかね」
「と、いいますと?」
カンちゃんは栗色の髪の男に、数枚の紙を差し出した。
「これ、現役の科学者も頭を悩ませるって言われてる、天才科学者キーリエが作った難問集じゃないですか。え? 全問正解って?」
「爆弾作るのなんて、玩具作るのと一緒だったのかね、こいつにとっては」
「いや〜驚いた! こりゃ天才も天才だ。アグ君でしたっけ? いや、欲しい。ヌゥ君の最強の力も欲しいです。彼らは本当に素晴らしい人材ですよ、カルトさん」
栗色の髪の男は大袈裟に両手を合わせ、目を輝かせていた。
「アグはまだしも、ヌゥを欲しがるなんてのはね、ジーマ、お前くらいよ」
「だって、ねえ。最強の部隊にするには、とにかく最強な奴が必要じゃないですか」
「最強の部隊ねえ…」
カンちゃんは呆れた様子で、浮かれているジーマという栗色の髪の男を見ていた。
ジーマはカンちゃんよりも若い、30代くらいの男だ。綺麗な黄緑が数本混じった栗色の髪をしていた。クセなのか、毛先は少し外向きにハネている。とても端正な美しい顔立ちをしていて、常に笑顔だった。ヌゥの狂気的な笑顔とはまた違う。爽やか好青年といった感じだった。
「お前、ヌゥのやつに、会った瞬間殺されそう」
「ええ?! それは困るな! まあその前に、ベーラに服従の紋をはめてもらいますよ!」
「あぁ、お前んとこの無愛想な呪術師の女か」
「ベーラは無愛想だけど面白いんですよ! カルトさん」
「知らねえけど…」
カンちゃんはジーマからアグの採点用紙を取り返すと、授業が始まるからと言って、さっさとその部屋を出た。
「彼らが力を貸してくれたら、絶対にこの国を救えると思うんだけどなあ〜」
カンちゃんが立ち去った後に閉められたそのドアを見ながら、ジーマは1人、呟いた。
ある日の朝8時55分、ヌゥとアグは、教室の自分の席に座って待機していた。
9時になると、いつものようにカンちゃんが教壇にやってきた。ちなみに教室には時計がある。だったら独房にもつけてくれたらいいのに。
「カンちゃん、この前のあれ、どうだった?」
アグはカンちゃんに尋ねた。
「ん? あー、あのテストね。全部合ってたよ」
「ほんと? なかなか難しくってさ、久々に頭使ったよ。結構面白かった」
(ったく、とんでもねえガキだな。キーリエの問題を初見で全問正解出来る奴なんて、この世に指おるほどしかいねえっての)
ちなみにその難問テスト、ヌゥはひと目見てカンちゃんに即返品していた。
そういえば、縮れていたヌゥの黒髪の毛が元に戻ったあとの、その髪型は何だか乱雑だった。
右側の襟足は長く、肩を超えている。左側はアグと同じくらいに短く肩上の長さだ。彼の細い毛先は全体的にいくつかクセでハネていた。これまではあまりにも長かったから、ストンと落ちていただけだったのか。
前髪も無駄に長い束が2本、目と目の間にたれている。
(カンちゃん…どんだけ適当なんだよ…)
ヌゥのことどんだけ嫌いなんだよ。いじめか? いたずらか?
鏡もないからヌゥは気づいてすらないぞ。まああったとしても、ヌゥは何とも思いやしないよカンちゃん。
まあいいか。どうでも。
俺のはうまく切ってくれたと思うし。
「アグはすごいね! どうしてそんなに頭がいいんだろ」
「理数だけだろ。文学ものはてんで駄目」
「そうかなあ。でもどの教科も、俺より点数いいよ」
ま、お前が文学問題をとけるわけがねえよ。根本の思考がイカれてんだからよ。
でもそれ以外、ヌゥも馬鹿ってわけじゃない。本人は気づいていないかもしれないが。こいつも理数の思考は悪くないしな。やる気があれば暗記もできるし。
「ヌゥ、お前も同年代の平均レベルは余裕で超えてる。文学以外はな」
「人の…気持ち?ってのが、全くわからないんだよね…。作者はどう思ってうんたら〜とかさ、謎すぎるよ! はぁ…何で俺はわかんないんだろ」
だろうね、と多分カンちゃんも思ったはずだ。アグはカンちゃんと目があって、無言で頷きあった。
「ま、雑談はこのくらいにして、今日はちょっと、話しておきたいことがある」
カンちゃんが改まって話し出すので、アグもヌゥも背筋をピンとして、聴く姿勢をとった。
「お前ら今年で20になるよな。来年の1月になったら俺の授業は終わりだ」
「あ! そうだよね。大人と同じになるんだね」
「働かされるってことか」
「そう。で、働き先なんだが、これから紹介する中から、お前らが好きに選ぶことができる」
そう言って、カンちゃんは黒板にそのリストを書き出した。
「へぇ、楽しみだなあ〜」
「どれも楽じゃねえに決まってるだろ」
ほとんどが工場での作業仕事だ。何を作るかの違いだが、技術が必要なものや、理数の知識が必要な専門的なものもある。カンちゃんの授業はこのためか。
「…で、最後にこれだ」
アグとヌゥは、最後に書かれた『特別国家精鋭部隊』の文字をまじまじと見ていた。
「国家の…精鋭部隊…?」
「何それ」
「何っていうか…、犯罪者が入れるわけないだろ?!」
ヌゥはきょとんとした顔でアグを見ていた。
クソ…本当にこいつは何も知らねえで…。
そんなことより、どういうことだ? カンちゃん!
アグの心の声が聞こえたかのように、カンちゃんは話を続ける。
「よく見ろアグ、特別って書いてある」
「特別だとなんだってんだよ」
「まあ、あれだな。アグが知ってる国家精鋭部隊は表のやつだな。そのほとんどは騎士団って奴らだ。城の警備とか、政治の手助けとか、他国から追撃があった場合の対応策とか、その仕事は色々だ。特別国家精鋭部隊がこなすのは、簡単に言えば裏仕事。仕事はもちろん国家のためだが、人間にやらせるようなことじゃないことも、ちらほらやらせてるってわけ。一般のやつらは、その存在すら知らねえ。存在が国家秘密ってやつだ。でもそいつらのおかげで、国家の平穏が保たれているといってもいい」
「なるほどね。とにかくヤバイことやってるわけだ。もしかして、俺たちをその仕事の捨て駒として使おうっての?」
カンちゃんは腕を組んで、黒板にもたれかかった。
「俺は、特別国家精鋭部隊が、実際に何をやってきたかは、正直はっきりとは知らねえ。でも、そこの隊長さんが、偉くお前らの能力を気に入っててな。ぜひうちに来てほしいって、そう言ってる」
「ふうん…」
「メリットとしては、工場での仕事と違って、城の外に出て働く仕事だ。部隊のアジトが国の近くにあるらしい。そこに住み込みで働くことになるから、牢に帰ってくる必要もない。外でうまいもんも食べれるかもよ」
「その仕事で、死ななければだろ」
「まあそうだ」
「えー! でもさ、外に出れるってすごいよ。牢を出て自由になるようなもんでしょ? 終身刑の俺らにそんなことさせちゃっていいの?」
「デメリットとして、服従の紋をはめられることになる」
「何だっけそれ」
「授業でやっただろ、呪術の1つだ。それをはめられたら主人の言うことは絶対、破れば激痛がはしるし、主人が願えば死にもする。主人を殺そうとしてももちろん死ぬ」
「そうなの? 主人が事故で死んじゃったら?」
「主人は予め後継人を決めておくんだ。不慮の事故で死んだ場合、後継人に主人が受け継がれる。主人がそれを外す意志がないかぎり、服従の紋は永遠に続く。服従された者が死ぬまでな」
「じゃあ、無限に誰かしらに服従し続けなくちゃいけないってことか」
「そういうことだな。まあ、そりゃそうか。終身刑の俺たちが外に出るには、それくらいのことはしないとな」
そもそも今現在、呪術を使うのは法律違反となっている。ある一族が使える特異能力なのだが、その力を利用した反乱者が増えたので、数年前に使うこと自体が違反になった。使ったことがわかれば、危険とみなし、即牢獄行き。内容によっては死刑もあり得る。
そのくらい危険な術で、使える者も限られている。
その呪術を使って俺らを率いれようってんだから、特別国家精鋭部隊は本当にヤバイ部隊ってのは間違いない。
「まあ、よく考えろよ。あと半年あるからさ。工場の仕事だって、やりがいあるものも多い。独房通いだし、何より安全だ」
カンちゃんの今日の授業は終わった。
いきなり将来に選択肢が出てきたな。頭の整理が追いつかないけど。
工場働きで一生を終えるか、それとも部隊に入って外に出るか。
独房に戻ってきた2人は、床に座り込んだ。
「俺、特別なんとか部隊に行ってみたいな。絶対そっちのが楽しそうだし、ここから出れる機会なんてもうないでしょ!」
「そうだけどさ、最初の仕事で速攻死に駒にされるかもよ」
「そうかなあ〜?」
やっぱりな。こいつは独房を出たがると思ったよ。
「アグは行かないの?」
「俺は…」
出たい。出たいよ。もちろん出たい。
「アグが行かないなら、俺も行かないよ」
「は?!」
なんでそんなこと言い出すんだ? 行きたいなら行けばいいじゃないか。
「アグがいないと俺、部隊の人たちを殺しちゃうかもしれないし」
「はあ?! いや、服従の紋をはめこまれるんだぞ? その前にお前が死ぬだけだろ」
「そうだね。だから死んじゃうと思う」
「はぁ…なんだよそれ…」
てか、こいつ14年牢に入れられて、何も変わってねえじゃん。イカれたままじゃん。また誰か殺そうっていうの? 嘘だろ?
そもそも、俺は希少な話し相手として生かされているわけで、その必要がなくなったら、俺のことも殺しちゃうんじゃないの。
こいつだったらあり得るわ。あーもう、本当に嫌だ。こいつの近くにいるの、本当に嫌だわ!
「よく、考えてみる。だからもう、今日は話しかけんな」
アグはいつものように、ヌゥに背を向けて横になった。