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洗礼

「ちょっと! どこまで行くのヒズミ!」

「敵がおらんとこ!」

「そんなとこあるの?」

「わからんけど! ていうか喋ったらあかんで! 敵にバレる!」

「は〜い…」


ヒズミはヌゥの手を引いて、島内を駆け回った。隠れ身の術と共に、遠耳の術を使用して、敵の声がしないところを目指して行く。


しばらく進むと、森の奥深くまでやってきた。そこに道はない。2人は木々の合間を縫うようにして走っていく。


ヌゥは先程の海岸までの道のりなど、まるでわからなくなっていた。太陽は島を熱するように照らし、空を見上げると目が眩んだ。


(あ!)


ヌゥはヒズミの手を強く引っ張った。ヒズミはこけそうになりながら、「何や」と小声で叫んで足を止めた。


ザシュウンンン!!


風を切るような音と共に、ヒズミの目の前を1本の矢が横切った。


(ひぃぃっ)


思わず声が出そうになるのを、ヒズミは歯を食いしばって何とか堪えた。


矢は左に向かって飛んでいく。その先に1人の少年が立っているのが見えた。そのまま命中するかと思いきや、少年は素早く剣を抜いて矢を払った。


見たこともないような、不思議な形の剣だ。剣先は三日月のようにカーブしており、例えばチェーンソーのように、形は四角く分厚い。


「そんな攻撃、僕に当たると思ったの?」


少年は気怠そうに呟き、矢の放たれた先を見た。すると間髪入れずに、もう1本の矢が少年に向かって飛んできた。


カキンと歯切れのいい音を立て、少年は再び矢を払い落とした。


(!)


ヌゥとヒズミが声を出す間もなく、少年は矢を放った敵の元へと駆け出した。


(速い!)


少年はヌゥたちの前を横切った。その時一瞬、少年はちらりとヌゥたちの方を見た。隠れ身の術を使用しているヌゥたちの姿は、少年には見えるはずがない。しかしヌゥは少年と目が合ったような気がした。


(……!)


少年はそのまま飛ぶように走っていくと、森の茂みに隠れた弓使いの男に斬りかかった。


「うぎゃあ!」


男は心臓を一突きされ、その命を落とした。すると間もなく、弓使いの仲間と思しき4人の男たちが、少年を取り囲んだ。


「死んでもらうぞ! クルト!」


男の1人は叫んだ。クルトと呼ばれた少年は、敵を見渡すと、ハァとため息をついた。


「あのさぁ、君たちで僕に勝てると思ってんの?」

「子供だからと容赦はしないぞ!」

「かかれ!」


男たちはクルトに襲いかかった。すると、クルトが持っていた剣が変形し、2本の剣に分裂した。


(何だあの剣…!)


ヌゥが驚いたのもつかの間、クルトは4人の敵を一掃した。男たちは多量の血を流し、地面に倒れた。


(この子、強い……!)


敵を倒したクルトは、ちらりとヌゥたちの方を見た。ヌゥとヒズミはぎくっとした様子で、物音をたてまいとその場に留まった。


「おかしいなぁ〜……」


クルトの目には、森の木々以外は何も写っていない。


「気のせいか」


クルトはそう呟くと、敵の倒れた場所に戻った。ヌゥは大きく目を見開いたまま、彼を見据えていた。


「……」


すると、どこからか大柄の男がやってきた。40代くらいの男だ。太く濃い黒髭がこめかみまで伸び、腕も脚も非常に毛深い。逞しい筋肉を持ち、巨大な斧を背負っている。


えらく威厳のある態度で歩いてきては、倒れた敵たちを踏みつけ、大笑いをしている。


「がっはっは! また殺ったなクルト!」

「僕の獲物だよ、ディラム」

「わかっとるわ」


そう言いながら、ディラムと呼ばれた大男は死んだ敵たちを担ぎ始めた。


「次はあいつらから何もらおうかな〜」

「大砲はなかなか面白かったぜ? 一発で岩山も木っ端微塵になったからな!」

「要らないよ。重たいし。それに死体も粉々になっちゃって、せっかく殺しても売り物にならないしさ」

「まあいいじゃねえかよ。ケチケチすんな。敵は山ほどいんだからよ」

「それよりも、この剣はいいよ! 変形するんだ!」


クルトは自分の剣を眺めながら、うんうんと頷いた。


「そんなちっぽけな剣でちまちま殺してもつまんねえだろ。男ならもっとどでかくだな……」

「うるさいなぁ。いいから、早く運ぶの手伝って」

「わかったわかった」


そう言いながら、大男と少年は死体を担いで何処かへ行こうとする。ヌゥは奴らを追おうと思い、ヒズミの手を引いたが、ヒズミは細かく首を横に振って拒否した。そうこうしている間に、敵の姿は見えなくなってしまった。


「追わなくて良かったの?」

「しっ!」


ヒズミに言われ、ヌゥは小声で話しかけた。


「…あいつら、死体を運んでた。敵の居所を突き止めるチャンスかもよ?」

「……」

「ねえ、隠れ身の術を使って追えば大丈夫だって…」

「あかん。敵を探るにしても、合流が先や」


アリマに着いてまだ僅かの時間しか経っていない。ヒズミは完全にビビってしまって、足が動かなかった。人が斬られるのを目の当たりにしたのだ。無理もないのかもしれない。


しばらく深呼吸を繰り返した後、ヒズミはヌゥの手を引いた。ヌゥもそれに従って歩き始めた。


(……)


クルトと呼ばれた少年の、無感情な瞳を思い出した。その瞳の奥には、例えば怒りも、哀しみもない。人を殺すことに微塵の躊躇いはなく、とはいえその心には何らかの闇もないように見えた。


ヌゥは唖然とした。あんなにまだ幼い子供が、この島で殺し合いをして生きている。


この島には法律はない。だから裁かれることもない。


ここが無法地帯、アリマ……。


ヌゥはゴクリと息を呑んだ。


日は高く登っている。熱帯のその地を、ヌゥとヒズミの2人は、休むことなくただ歩き続けた。




突如大砲に襲われ海に落ちたシエナとジーマは、泳ぎながら陸地を目指したものの、島の高い岸壁に阻まれて陸に上がれずにいた。島の周りに沿って進み続け、やっとのことで浅い海岸にたどり着くことができた。


「はぁ……やっと着いたわ……」


シエナは陸に上がると、深呼吸をした。美しく整えた髪型も海水で無残に崩れている。


(何なのよ全く…! いきなり大砲撃ってくるなんて…。わけわかんないわよ、もう!!)


「シエナ、大丈夫?」


同じく陸に上がったジーマは、心配そうにシエナを見つめると声をかけた。濡れ髪姿の彼のイケメン度はシエナの中で超上昇していた。


(か、かっこよすぎぃ〜〜!!)


その一瞬は自分の置かれた状況など微塵も忘れ、シエナは目をハートにして、びしょ濡れの彼を拝んだ。


「大丈夫……?」

「大丈夫れす!!」


(まさに水も滴るいい男!! 一生見ていたいわ〜!!)


ジーマとシエナがたどり着いた海岸は、ヌゥたちのいる砂浜とは真逆であった。そこに砂浜はなく、灰色の岩々が連なっている。


「びしょ濡れになっちゃったね……」

「はい〜!!」


アリマは熱帯地方なので、日中は寒くて凍えるということがないのは救いだが、服が身体にびっしり張り付いており、大変動きづらく気持ちが悪い。


「あ……」


ジーマの腰の無線のボタンは反応がない。海水に浸かったせいで完全に壊れている。


(参ったな……)


食料や着替えの衣服等の荷物は、全て船に置いてきた。持っているのは腰につけた長剣だけだ。


「うん?」


ジーマはすぐに気配を感じた。かなりの人数だ。


「シエナ、敵が来るよ」

「はい〜。え?! 敵ですか?!」


目をハートにして油断していたシエナだったが、すぐに彼女も敵の気配に気づいた。


「いたぞ! 異国人だ!」

「ちっ! たった2人か」

「まあいい! 早く殺せ!」


まもなくざっと20人ほどの先住民が、刀や斧、大剣など、様々な武器を持って現れた。熱帯地方と合って、肌の露出の多い軽装である。ズボンやベストはエスニック柄のものが多く、何となく統一感がある。砂漠に住むソータ族には劣るが、彼らもまた色黒である。その身体には、サバイバル生活で負ったであろう傷跡が多々残っている。


見たところ男ばかりだ。歳は20代から40代が多い。誰もが気性の荒そうな顔つきである。


ジーマとシエナはあっという間に取り囲まれた。2人は背中合わせに立つと、敵を見据えた。


「到着早々この歓迎ですよ!」

「困ったねぇ〜」

「とりあえず倒しましょうか!」

「そうだねぇ〜」


シエナは戦闘体制をとった。敵からは強者のオーラをまるで感じない。


(うふふ! こいつら雑魚だわ! ジーマさんにいいとこ見せるチャ〜ンス!)


「何をごちゃごちゃ言ってんだ! 全員かかれー!」

「うおー!!!!」


先住民たちが一斉に攻め込んできた。シエナは飛び上がると、一番最初に近づいてきた男の顎を蹴り上げた。


「ぐわっ」


男はそのまま後ろに飛び上がって吹っ飛ぶと、倒れて目を回した。次にシエナは、その横の男を回し蹴りで倒し、後ろに回り込んだ男には肘打ちをくらわせた。


見事な格闘技で敵をどんどん薙ぎ払っていき、先住民たちは完全に怯んでいた。


「な…何だこの女…」


続いて顔を蹴られた男は、鼻血を垂らしながらバタリと気絶した。


「怯むな! 奴は素手だ! こっちには武器がある!」

「そうだ! ぶっ殺せ!!」


男の1人が鎌を振り回した。シエナはしゃがんでそれを避けると、男の脚を薙ぎ払った。


「やっ!」


シエナは掛け声をあげて、そいつにかかと落としを食らわせた。


逆サイドからは、男たちがジーマに向かって襲いかかってきた。


ジーマが左手の親指で、腰にささった剣の鍔を軽く持ち上げたかと思うと、最初に襲いかかった数人の男たちが皆倒れていた。


「な…何だ?」

「何が起こった?」


残された男たちは、何が起こったのかわかっていない。そんな彼らに、ジーマはにこっと笑いかけた。


「大丈夫だよ。峰打ちだから」

「こいつ、いつ剣を…?! ぐぁっ」


残された男たちもまた、一瞬のうちに倒されていく。


(剣先が……見えない……)


「ぐはぁっ」


最後の1人も倒され、海岸の岩場には気絶した男たちが散乱した。


「ジーマさん! 終わりました!」


その数秒後にシエナが最後の1人に飛び膝蹴りを食らわせると、ジーマの方を振り向いた。


「さすがエースだね〜シエナ!」

「口ほどにもありません! ジーマさんに剣を抜かせるなんて、勿体無い奴らです!」

「あはは…そんなに勿体ぶるものじゃないよ」


すると、遠くの岩影から1人の青髪の女性がこちらを見ているのに気がついた。


「まだいるの?!」


シエナが振り向くと、一度女性は顔を隠した。しかしまたゆっくりと顔を出し、こちらを見ると、2人を手招きした。


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