宴会(※)
「……」
アグはあんぐりと口を開けたまま、身体の力が抜けてその場に座り込んだ。
(俺、生きてる……)
目の前には巨大サソリの残骸。何が起こったのか、しばらく頭も回らずにいた。
「アシードじゃねえか!!!」
レインは人型に姿を変えると、よろよろと立ち上がった。
「がーっはっはっは!! 苦戦したようじゃなレイン! 何じゃその傷は!」
「うっせえよ!」
アシードと呼ばれたその男は、アグの横を通り過ぎ、レインの元にのっそりと歩いていった。恐らく40代くらいのその男、頭には髪の毛一本なく、身体は見事に鍛え上げられている。腹筋はこれまでに見たこともないほどバリバリに割れている。
(アシード……さん……)
レインの様子からして、部隊の仲間に違いなかった。派遣に出ていて不在にしていると言っていた仲間、彼がそうに違いない。
「グワアアア!!」
先程アシードを乗せていた巨大な茶色の鳥は、優雅に地上に降りたった。見たこともない鳥だった。サソリには敵わないが、そいつもまた異様に大きくて、人を10人、いや、20人乗せても余裕がありそうだ。
鳥は澄んだ紅い瞳でアグを見つめた。アグはゴクリと息を呑んだ。鳥はすましたような顔で、休息をとるようにだらりと砂面に翼をおろした。
「何だぁ? その鳥」
「アンジェリーナじゃ!」
「何だそれ。名前か? だっせえな」
アンジェリーナと呼ばれた巨大鳥は、怒ったようにレインに向かってグワアアアと鳴いた。
(んだよ。性格悪そうな鳥だな! ていうかアンジェリーナって……メスかよ)
レインもその鳥を睨み返した。
「ところで、君は誰じゃ?」
「っ!」
アシードはアグと目を合わせた。
「アグです…。アグ・テリー……」
「ふうむ? アグ・テリーじゃと? 何じゃ、どっかで聞いたことがあったような…」
アグは気まずそうにアシードを見ていた。終身刑犯罪者の名前である。見かねたレインは言った。
「アシード。そいつは新人だ」
「何と! 君も特別国家精鋭部隊の一員だったんじゃな!」
「は、はい…」
アシードはニカっと笑うとアグに近づき、アグの手を力強く握りしめた。
(痛っ…!)
あまりの握力にアグは顔をしかめたが、アシードは全く気にしていない様子だ。
「我が名はアシード・ヴォルボス! 君も今日から我が同士じゃ!」
「は、はい…」
アグはアシードの威圧に完全にのまれていた。レインはハァとため息をついた。すると、アグの腰の無線がジージーと鳴り出した。
「おい、アグ。お前たち、ちゃんと撤退したのか?」
無線からはベーラの声が聞こえる。
「おお? なんじゃそれは」
アシードは物珍しそうに、アグの腰についた無線機を勝手に外すと、まじまじと見た。
「そうだ! 中にベーラさんが!」
「何じゃと?! このような小さな機械の中にか?!」
アシードは無線機を至近距離まで近づけると、目を見開いて驚いた。
「ち、違います! サソリの中です、そこの…」
アグは横たわっているサソリを指さす。斬られた箇所からは血液と思われる青色の液体が流れ、水に浸かったかのようにサソリが倒れている。
「何?! それは大変じゃ。ただちに救出せねばならん!」
アシードはそう言って、無線を放り投げると、サソリに近づいていった。アグは既のところで無線をキャッチした。アシードは大剣でサソリの身体を切り刻み、ベーラの捜索を始めた。
(なんだか絡みにくい人だ…)
アグもその様子を眺めていた。すると、後ろから頭をゴツンと叩かれた。
「痛っ!」
アグは後ろを振り向いた。レインがアグを睨みつけている。
「このクソ馬鹿が! 死にてえのか!」
「す、すみません…」
「ったく……」
一瞬2人は目を合わせたまま沈黙した。すると、レインは言った。
「生きてて良かった」
「?!」
レインはサソリの元へ駆け出した。
(レインさん……)
アシードがサソリの殻を切り取り、中をバリっと開いていくと、やがて膜に包まれたベーラにたどり着いた。
「おお! 無事だったか!」
「……は?」
ベーラは表情には出さなかったが非常に驚いているように思えた。
「何でお前が」
「がっはっは! アンジェリーナに乗ってアジトに帰ろうとしたところ、巨大サソリにライオンと人間が戦っているのが見えてな! まさかとは思ったが、お前さんたちとは!」
「……」
ベーラはサソリの外に出ると、その膜を消し去った。その後アグとレインを一瞥した。
「逃げろと言っただろう」
「お前を置いて逃げっかよ〜!」
陽気に言ったレインだったが、彼の傷を見たベーラはため息をついた。
「それにしても、何なんじゃ? この巨大なサソリは。これも禁術使いとやらの仕業かの?」
「さあな〜」
「どうやら禁術で大きくなったわけではなさそうだな」
ベーラは空になった禁術解呪の薬の瓶を取り出すと、アグにそれを返した。
「最初のチビのは禁術だったんだろ? 一体どうなってんだ?」
「この巨大サソリは、人為的に作られたに違いない」
「作ったって…一体誰だがよ。禁術じゃねえんだろ?」
「薬が効かないということは、呪術でも禁術でもないはずですが……」
アグはサソリに近寄って死骸を凝視した。皆も後に続いてサソリを観察する。
青色の血液はサソリ特有のヘモシアニンからくるもの。呪人の緑色とも違うし、本物のものと相違ない。全ての部位が異常に大きいだけだ。
アグの手榴弾が砂面に落ちた時、アグやレインよりも先に手榴弾を壊した。どうやら知能は本物よりも高そうではあるが…。
「このままここに置いとくわけにもいかねえだろ」
「仕方あるまい。レイン、食べろ」
「いや、無理だろ」
レインが断ると、ベーラは呪術で大きな円形のレンズと、それを固定する台を作り出した。太陽の光を集めたレンズは、サソリを燃やし始めた。
「燃やすしかないようじゃな」
「はぁ…クソ暑い」
「ふむ」
サソリがほどよく焦げてきたところで、ベーラはレンズを消した。
「おいベーラ、まだ終わってねえぞ」
「いや、ちょうどいい焼き加減だ」
「てめえ、まさか…」
ベーラは呪術で更にマイ箸を作り出すと、サソリをぼりぼりと食べ始めた。アグはぎょっとして彼女の食べっぷりを拝んだ。
「もう何も言わねえ……」
「お前たち食べないのか? 唐揚げみたいでうまいぞ」
「がっはっは! ベーラは相変わらずだのう!」
「てか毒持ってんだろ? 食えんのか?」
「サソリの毒は針でさされない限りは大丈夫です…」
「へぇ〜。ほんっと物知りだなアグは」
「いや…たまたまですよ…」
「謙遜するね〜天才君は」
「……」
「せっかくだから、わしも一口食べてみようかのう」
「お前の好きな酒のつまみにもなりそうだぞ」
「おい! やめとけって!」
アシードもベーラと並んでサソリを食した。レインは思いっきり引きつった顔でその様子を見守るのであった。
「それじゃあ行くか」
「ふう! 満腹じゃ!」
サソリが跡形もなくなるまで、5分とかからなかった。アシードのお腹はぽっこり膨らんでいたが、ベーラの体型は全く変化がない。アグは首を傾げる他なかった。
「で、ピエーラまでは、その鳥が乗せてくれんだろ」
「グワッァァ!」
巨大鳥アンジェリーナは、威嚇するようにレインに向かって大声を上げた。
「レインのことは乗せたくないと言っておるぞ」
「はあ?! ふざけた鳥だな! いいから乗せろ!」
「グワァグワッワァ!」
結局レインはピエーラまで1人、走って帰ることとなった。
ピエーラの町長にサソリの討伐を報告したところ、住民総勢が集まって、お礼を言いに来てくれた。それだけではなく、ピエーラの料理をご馳走したいからと、宴会を開いてくれることになった。
サソリとの戦闘で負傷したレインだったが、ソータ族の医者に治療を施され、身体の至るところに包帯がぐるぐると巻かれていた。医者には安静にするように言われたようだが、本人はすっかり元気だから問題ないと言って、宴会にも参加していた。
カウンターほどの高さの丸テーブルが街の広場にいくつも置かれ、外で立ちながらの宴会となった。あっという間に山のような料理が並べられた。その殆どが真っ赤な色をした熱々とした料理だった。どれもソータ族に古くから伝わる名物料理だそうだ。
料理の他にも多種多様のお酒が並べられていた。アシードとレインはハイペースでその酒々を飲み漁りながら、大変盛り上がっている。アシードだけでなくレインも上裸になって、ソータ族の人々と馬鹿騒ぎ中だった。
アグはその中に入っていけるはずもなく、元より入りたいとも思わず、1人でその料理を食していた。気づけば空は暗くなっていて、端々に置かれた松明の炎が街を照らしていた。
「酒は飲まないのか?」
話しかけてきたのはベーラだった。ピエーラの名物料理が山のように盛られたお皿を持ってきては、アグの使っていた机に置いた。
「まだ飲んだことがなくて…」
「もう成人だろう? せっかくだから飲んでみたらどうだ? 姉さんがついでやるぞ」
ベーラはアグの返事も待たず、何処からか酒瓶を持ってくると、呪術で出したグラスにそれをついでアグに手渡した。
「ありがとうございます…」
「ふうむ」
アグは生まれて初めてお酒を口にした。暗がりであまり色は見えなかったが、鼻につんとくる酒独特の匂いがした。
(美味いかも……)
アグが飲む様子を見ながら、ベーラはひたすら料理を頬張っている。
「ベーラさんはお酒飲まないんですか?」
「無論だ。食事の方が大切だろう」
「一緒に楽しむものではないんですね…」
料理を上から綺麗に平らげていくベーラを見ながら、アグはもう一口お酒を飲んだ。
(いける)
すると、遠くからレインが叫んだ。
「アグ! ベーラに酒を飲ますなよ! クソ弱いから!」
「え? そうなんすか? 今食べてるやつ、アルコールが入ってるやつっすよ?」
通りかかったルッタがそう言うと、ベーラは机にバタリとうつ伏せた。そしてすぐにばっと起き上がると、顔が真っ赤になっていた。
「べ、ベーラさん?! 大丈夫ですか?」
「アグ……ちゃん……!」
「アグ…ちゃん?!」
ベーラは虚ろな目でアグに近づくと、彼の肩に両手をおいた。至近距離のベーラと目が合ったアグは、少しばかりドキっとした。
しかしそれもつかの間、ベーラは大声をあげながら泣き叫び始めた。
「今日はごめんねぇぇ! あたしがついていながら、アグちゃんを危険な目にあわせちゃったねぇぇえ!」
「?!?!」
(だ、だ、だ、誰ー?!?!)
ベーラはそのまま泣きながらアグに謝り続けた。口調も顔つきもいつものベーラのものとまるで違った。
(別人すぎるって!!)
「やっぱりあたし…ひっく、リーダーには向いてないや…。仲間が危険なのに何にもできなくって…ぐす…ほんとに私…駄目な奴……です!」
ベーラの目は、焦点が完全に合っていなかった。恐らく目を覚ましても何も覚えていないタイプに違いないとアグは思った。そしてそのままベーラはアグにもたれかかって、あんあん泣きながら、今日の反省を述べ続けた。
「ベーラさんのせいじゃないですって…」
「あたしのせい! レインもあんなに怪我して…可哀想に! あたしが早くサソリのお腹から出てこれたら……ううっ」
「……」
(俺はどうしたらいいんだ…)
その様子を、レインとアシードも遠くから眺めていた。
「あーあ。俺知らね」
「いいのかレイン。新入り君が困っておるぞ。がぁ〜っはっはっはー!」
「そのうち寝っからほっときゃいいんだよ! ベーラは酔うと自虐と泣き上戸が半端ねえからな。でも次の日には完全に忘れてる。それよりほら、もう一杯」
「よしきた! 今日は祭りじゃ〜!」
アグとベーラを他所に、2人は飲み続けていた。
(なんだかあっちは盛り上がってるし…。お酒って飲んだことなかったけど、酔っ払うと本当に性格が変わっちゃったりするんだな…)
ベーラはもう泣きすぎて何を言っているのかわからないほどであった。アグは彼女を支えながら、1人酒をまた飲み始めることにした。
(うーん。いくら飲んでもシラフだな…)
その後ベーラは案の定スヤスヤと眠ってしまった。アグは彼女を背負うと、宿に向かって歩きだした。
足取りも好調。全く酔ってはいないようだ。まあ酔いたいわけではないからいいけれど、とにかく自分は酒には強い体質なのだろうとアグは思った。
(軽いなぁ……)
下手すりゃ100倍近いあのサソリを食べてたのに…。
まあしかし、今回の旅でベーラとは仲良くなれたような気がすると、アグは思っていた。彼女が酔払わなければ、もっと色々な話をしたかったと、そんな風にも思った。
アグはベーラをベッドに寝かせた。そういえば寝顔を見るのは初めてだった。
「ベーラさん、お疲れ様です…」
そう声をかけて、部屋から出ようとした時だった。
「よお! 泣き虫ババアはやっと寝たか〜」
「レインさん!」
レインが部屋の入り口に立っていた。顔は赤いが、ほろ酔い程度だろう。
「びっくりしただろ〜! 俺も初めてこいつが酔うところを見た時は驚いた。それまで他人に何の興味もねえ、冷たくてとっつきにくい奴だと思ってたからさ〜」
確かにアグも最初は彼女が苦手だった。しかし今は平気だ。さっきのを見て、何ならちょっと可愛いとさえ思ってしまった。
「別人でした」
アグが苦笑しながら言うと、レインも軽く笑った。
「まあでも、こいつも色々考えて仕事してるんだよな。チームも長く組んでるし、今じゃいい相棒って感じかな〜」
レインさんとベーラさん。2人は仲がいい。最初は意外な組み合わせだと思っていたが、今では相性の良さも何となく頷ける。
「じゃ、戻って飲もうぜ」
「は、はい…」
アグはレインの隣を歩きながら、ちらりと彼の方を見上げた。アグも背が低い方ではなかったが、レインはそれよりも更に高かった。アグの視線に気づいたレインも、横目でアグを見た。
「うん?」
「いや、何でもないです…」
(駄目だ……)
やっぱり普通に話すこともできない…。
「あ、アシードさんは…?」
「ああ、あのエロじじい、ソータの姉ちゃん達んとこ行っちまってさ。ったく、だからいつまでたっても結婚もできねえんだぜ」
「……そ、そうなんですね…」
(……)
もう怖いわけじゃない。ヌゥの言った通りなんだ。本当は優しい人だってもう知ってる。知っているからこそ……。
2人は宴会場に戻ってきた。もう深夜で、外は真っ暗である。ソータ族の者たちももうほとんど家に戻ったのだろうか。広場にいる者は数少ない。
「おいアグ、これ食ったか?」
レインは1つの料理を指差した。もはや暗くてよく見えないが、何かの肉だ。
「いや、まだです…」
「これ超美味かったぜ! つまみに持ってって食おうぜ」
「は、はい……」
レインはその肉を皿にいくつかのせると、その辺にあった酒瓶を2本わし掴んで、広場の端に座り込んだ。
「立ってんの疲れたよな〜」
「……」
レインに手招きされて、アグも彼の前に座り込んだ。確かにずっと立ったまま食べるのに疲れていたところではあった。サソリとの戦闘の後だし…。
「んじゃ、乾杯といくかね〜…!」
レインは2本の酒瓶の蓋を開け始める。
「ん!」
「ありがとうございます…」
アグは酒瓶を受け取ると、レインの顔をちらりと見た。
「カンパ〜イ!」
レインの声に合わせて、酒瓶をかち合わせた。
「うめぇ〜!」
酒を飲むレインを、アグは手にした酒瓶を動かさぬまま、じっと見つめる。
(嫌いじゃない……)
むしろ好きだ。この人が。
あなたの自由さも、明るさも、強さも、気丈さも、全部自分にはまるでないもので、だからこそ惹かれてしまうように思う。
それは多分、憧れに近い感情だ。あなたみたいになりたいって皆思うんじゃないかな。男なら。
自分の性には合わないからあなたみたいになるのは無理だろうけど、でもせめてあなたともっと親しくなれたらいいのにって思ってしまう。
思ってしまうほど、好感を持ってしまっているんだと、俺は気づいた。
(でもそんなの無理)
無理に決まっているから……
「何だよ。飲まねえのかよ」
「どうして俺に優しく出来るんですか……」
「はぁ?」
アグはレインを見つめた。彼の身体に巻かれた包帯を見てしまってはもう、涙が止まらなかった。
「何なに! どうしたんだよ!」
「何で俺を……庇ったんですか………」
酔ってはない。だから泣き上戸なはずはない。だけど涙が、止まらないんだ。
レインは困った様子で、頭を掻きむしった。
「そんなの…仲間だからに決まってんだろ」
「……!」
アグは大きく目を見開いた。
「何でいきなり泣くんだよ。ベーラじゃあるまいし。お前も酔ってんのか?」
「酔ってません…」
「はぁ……」
レインは大きなため息をついた。
「爆弾だってな、もっと最初から使ってりゃ楽に倒せたんだよ」
「……」
「お前、俺に気を遣って出さなかったのか?」
アグは泣きながら、うんと頷いた。
「ったく、このクソ馬鹿が」
「すみません…」
「使えよ。これからは。遠慮なくな」
「……」
身体が震えそうだった。砂漠の気温差に身体が冷えたのもあるかもしれない。でもそれだけじゃないに、決まっている。
「使えません…」
「はぁ?!」
「使えるわけ…ないじゃないですか…」
遠慮なくなんて…使えるわけがない。あなたの前で。
「それがお前の武器なんだろうが。武器がねえと敵を倒せねえだろ。お前自身は弱いんだから」
「……」
アグが黙り込んでしまったのを見て、レインは言った。
「今度は世界を守るために使えよ」
「……!」
元々それが俺の……俺とヌゥの、刑罰だった。
「あと、犬死にも絶対すんな!」
「え…」
「お前、あの時死ぬ気だっただろ」
「はい…」
あの時、死んでいたのは俺だった。レインはそう思っていた。
「お前こそ、何で俺を守ろうとした」
アグは涙を手で拭った。
「仲間だからです……」
他に言葉はなかった。でもあの時、勝手に身体が動いたんだ。俺はこの人を死なせたくなかった。
アグの言葉を聞いて、レインは少し嬉しそうに笑った。
「よろしい!」
「……」
「俺たちは仲間だ、アグ。仲間になったんだよ!」
レインはアグの肩に手をおいて、にっこりと笑った。しかしすぐに、レインの目からも、涙が流れ始めたのだ。
(あ……)
アグは呆然と彼の涙を目で追った。
「あ……違げえんだ……その……飲みすぎた……」
レインはすぐに手の甲で涙を拭った。
(ああ……)
レインの涙に、アグは胸が張り裂けそうな気持ちだった。アグの目からはとどまることなく涙が溢れ続けた。
「ごめんなさい……」
アグは呟いた。レインもまた、涙が止まらなくなった。
「謝るなって言っただろうが……」
「ごめんなさい……レインさん………」
「おい……話聞けよ……」
「うう……」
他に言葉も、感情もない。
ただただ、心底懺悔する思いが、溢れ出しては、もう止められないのだ。
「何でお前が泣くんだよ……」
「うう…っく……ごめんなさい……ごめんなさい……」
(この痛みに俺は…耐えられない……)
これが俺の、罪だ。
「ったく……」
レインは唇を噛み締めて涙を止めようと目を閉じたが、どうにも止まらなかった。
目の前ではアグが自分以上にボロボロと泣き崩れている。
アグの涙は本物だと、レインにもよくわかった。
だからといってアグを許そうとは思わない。
絶対に。
アグがどんなに反省しても、俺はアグを許すことはない。
絶対に。
だけど、こんなに人間の涙のある奴が、どうしてあんな事件を起こしてしまったのだろうか。一体何が彼の心を、悪に染めてしまったのだろうか。
王族だった俺にも、何かしらの責任はあるに違いない…。俺の見えていないところで、アグは苦しんでいたのだろうか。
(……)
わかんねえ。
わかんねえけど、アグはもう、俺達の仲間なんだ…。
あのアホ隊長が連れてきた。
だからもう拒否権もクソもないんだ。
アグは既に禁術を解く薬を作った。
アグの力は俺たちに必要なものだ。
アグは仲間だ。
だから俺は、アグを守る。
守るよ。
レインはアグの隣に座り込むと、泣き続けるアグを慰めるように、レインは彼の背中をとんとんと叩いた。
アグはレインの優しさに触れて一層涙したが、やがて話ができるくらいには落ち着いてきた。
レインは飲みかけの酒瓶を手にとった。
「飲もうぜ」
「はい…」
「仕切り直し。乾杯」
「乾杯」
もう一度、2人は酒瓶をかち合わせた。