対戦・超巨大サソリ
巨大サソリも自分を狙うライオンをロックオンすると、すぐさま鋏を振り上げる。自分の足元に向かって大きくそれを振り下ろした。
「当たるか! バーカっ!!!」
レインは軽々とその攻撃を避けると、サソリの足に飛び乗った。そのまま駆け上り、足の付け根の部分に思い切り噛み付いた。
(ぶ厚すぎっ!!!!)
サソリは脚に噛みつかれ、悲鳴のような奇声をあげた。脚を思い切り振り動かしてレインを落とそうとしている。
「のわっ!!」
その振動に耐えられず、レインは吹き飛ばされたが、上手く着地すると、再びサソリに突進した。何度もサソリに食らいつき、少なからずサソリにダメージを与えてはいるようだ。
(まじか……!)
アグはレインの猛攻に驚嘆した。
(勝てるのかはわからないけど……あの巨体に張り合ってる…)
あんなに恐ろしい敵に向かっていけるなんて…信じ難い!
自分はそこまで臆病ってわけではないと思っていたけど、あんな敵を前にしたらさすがに身の危険を感じる。本当なら今すぐにでも逃げ出したい思いだった。
しかしアグは足を震わせながらも、その場を動かずに戦闘を凝視していた。
(俺も戦わなきゃ……)
そう思ってリュックの中に手をやった。そこには多量の手榴弾が入っている。マリーナの森で毒グモと戦った時に使ったものよりも、更に強力な爆弾だ。
「……」
アグはその1つを握りしめたが、彼の前でそれを使うのをどうしても躊躇してしまう。
「くそ……」
アグは立ち尽くしたまま、動向を伺うことしかできなかった。
「さっさとくたばれクソサソリ!!」
「ギュュアアアアっっ!!!」
背甲は鎧のごとく硬そうだ。レインはサソリの腹部に目をつけると、下に回り込んだ。サソリはちょこまかと動くライオンに完全に翻弄されている。
「ガルルルル!!!!」
レインは前腹部にしがみつくと、思い切り噛み付いた。サソリの青色の血液がレインに振りかかった。
(ゔっ)
あまりのグロさにアグは顔をしかめた。
「不味いったらねえな!!」
レインは文句を言いながらも、サソリの身体の一部を飲み込んでいた。
「ギュアアアアア!!!」
サソリは激しく怒った様子で、更に激しく暴れまわった。レインはサソリの腹部から振り落とされたが、先ほどと同じように受け身をとると、脚に向かっていく。
「ギュウウウウワアアア!!!」
するとサソリは、巨体を揺らして砂煙を撒き散らし、地面に潜り込んだ。
「うわっ!!」
地震でも起きたかのような激しい砂漠の揺れに、レインも体制を崩した。サソリはあっという間にその姿を砂の中に隠した。
「逃げんな!! この野郎!!!」
一瞬の沈黙が砂漠を襲った。レインの嗅覚を持ってしてもサソリの動向を見失ってしまった。
(クソが…どこに行きやがった…)
レインは砂漠をきょろきょろと見回した。
「!」
僅かに揺れた砂面をレインは見逃さなかった。サソリの動線はアグに向かっている。
(あのバカ! 逃げろっつったのに!)
レインはアグに向かって駆け出した。アグもレインと目を合わせた。
「気をつけろ!」
「え?!」
アグが気づいた時にはもう遅かった。地面は大きな渦を巻き、砂漠に吸い込まれるかのようにアグの足元が深く沈みだした。
(やばっ…!!)
足がとられてまるで身動きが取れない。するとその時、アグの真下から大きな鋏が現れた。
「嘘っ…!!」
その一瞬アグは死を意識した。しかし自分の身体に大きな衝撃が走ったかと思うと、アグの身体は大きく宙に舞った。一瞬快晴の空が近く感じるように目の前に広がって、そのまま落下して砂の上に身体を打ち付けた。アグはハっとしてすぐに起き上がった。
「レインさん!!」
レインは体当たりをして、アグを遠くに飛ばしたのだ。アグを庇ったレインは、サソリの鋏に強く挟まれていた。サソリは全身を地上に出すと、獲物を捉えたといった様子で、レインを挟んだ鋏を空に掲げた。
「んの……!!」
レインは必死で鋏から出ようと抵抗するが、動こうとすればするほど、鋏が身体に食い込んで痛みを負った。サソリの血を浴びた毛並みからは自らの血も流れ出て、ポタポタと滴り落ちていく。
「レインさん!!」
「アグ! 俺のことはいいから早く逃げろ!!」
レインは身動きがとれないまま、必死で叫んだ。アグの目は酷く潤んでいた。
(どうして俺を助けたんだ……)
仇であるはずのこの俺を…
この世で最も憎くて仕方ないはずの、この俺を……
(どうして……)
「早く逃げろって!!」
レインは痛みに顔を歪ませながらも、アグに撤退を促した。しかしアグは首を横に振った。
(はあ?!)
レインは逃げないアグを睨みつけた。するとまもなく、こちらに向かってアグが何かを放り投げたのだ。
それが何なのかわかった時にはもう、ドカーンと激しい爆音が鳴り響いて、一層激しい砂煙がサソリの足元に舞い上がった。
「ギュオオアオア!!」
サソリの鋏が緩んだ隙を逃さず、レインはそこから脱出した。身体中に痛みを負っていたが、走れないほどではなかった。自身の血を砂面に飛ばしながら、アグの元へと駆け出した。
「グゥアウウウ」
先程の爆発で、サソリの足は一本完全に飛んでいた。サソリは痛みでしばらく動けずにいるようで、声を上げながらその場に立ち止まっていた。
「アグっ!!!」
レインは歓喜の声を上げながらアグの元へと辿り着いた。しかしアグは気まずそうにしながら傷だらけの彼を見据えていた。
「助かったぜ!」
「すみません……」
「何で謝るんだよ! ったく、そんな武器持ってたのかよ! 出し惜しみしてんじゃねえよ!」
「……」
アグの沈黙に、レインも彼の気持ちを察しつつ、しかし怪訝な顔を見せた。
そしてそれもつかの間、サソリは一本足をなくしたまま立ち上がると、再びこちらに襲ってきた。
「乗れ!」
「っ!」
アグがすぐさまレインに跨ると、颯爽と駆け出した。
「レインさん…! 傷は…?!」
「大したことねえよ! てか、まだそれあんだろうな」
「あ、あります……」
リュックの中にはまだまだ大量の手榴弾が入っている。
「よし! 攻撃は俺が避けるから、さっさとそれであの化け物倒せ!」
「は、はいっ…!」
レインに言われるがまま、アグはサソリに手榴弾を投げ入れる。
「ギュワワワアっ!!」
「っしゃあ!」
サソリに攻撃が当たり、レインは意気揚々とした様子だ。
「怯んでる間に打ち込め!」
「はい!!」
アグはビスを引くと、次々と手榴弾を投げ入れた。巨大な的を外すこともなく、爆発はサソリを襲っていく。
「すっげえ効いてんぞ!!」
「……っ」
アグは激しい爆発に目を眩ませた。レインが激励をかけるたび、心が痛くなる。しかし今はそんなことも思っていられない状況だ。
(まずはあいつを倒すんだ…!)
そうでなければ俺もレインさんも死んでしまう…!
アグがビスを引こうとすると、サソリは再び地中に潜り始めた。
「またそれかよ!」
「くそ……」
投げ入れた手榴弾は空をきった。サソリの動向はまたもやわからなくなる。
(どこだ……)
アグも目を凝らすが、まるで見つけられない。砂面は激しい連続爆発による砂煙が未だに待っている。
「捕まれアグ!」
「っ!」
先にサソリの居所を察知したレインは、そう叫ぶなり加速した。アグは振り落とされないようにとしっかりとレインにしがみついた。
ギュウウウンン!!と勢い良く、その巨大な鋏が地中から飛び出した。間一髪それを避けたレインだったが、先程のダメージからくる痛みが強まって、一瞬バランスを崩した。サソリが地中から飛び出す勢いも相まって、アグは振り落とされて、砂面に身体を強打した。
「痛っつ!!」
「アグ!」
その拍子に、リュックの中の手榴弾は全て砂面へと流れ出た。
「しまっ……」
サソリはそれを逃さずに、鋏を振り下ろしてばら撒かれた手榴弾を粉々にした。
「っ……!!」
すぐさまサソリはアグに向かっても鋏を振り下ろした。既のところでレインはアグを咥え、その場から逃げ去った。鋏は思い切り砂面を叩きつけ、爆発にも負けない砂飛沫が空高く舞い上がった。
少し離れたところでレインはアグを地面に降ろした。アグの心臓はとどまることなく高鳴り続けている。この暑さの中、全身から汗が滴り落ちて、呼吸が苦しい。
「ハァ……ハァ……すみません…俺がちゃんと持っていなかったから……」
「いや、わりぃ。俺のせいだ……ハァ……」
疲労しているのはもちろんアグだけではない。レインは駆け回った上に酷く負傷している。彼もまた、息が切れそうである。
サソリも手榴弾の攻撃により足を数本やられている。敵も弱ってはいるが、まだまだ戦えるといった様子だ。鋏をカチカチ鳴らしながら、こちらを見据えている。
「しぶてえな……うっ…」
「レインさん…!」
アグを庇った時に負った傷が痛み始める。致命傷ではないが、浅くはない。ここまでに血を流しすぎた。実際は立っているのがもうやっとだった。
(やべえ……クラクラする……)
レインの視界がぼんやりとし始めた。
「アグ……逃げろ……」
「……?!」
「時間稼ぎくらいならできっから…さっさと逃げろ…」
「そ、そんなことできません…!」
レインの呼吸はだんだん荒くなってくる。
「命令だってんだよ…。もう武器はねえんだろ…? お前がいてもお荷物だろうが…」
「だからって……」
「いいから……! 犬死にする必要ねえだろうが!!」
「っっ……!」
サソリは再びこちらに向かって駆け出し始めた。レインも迎え撃つといった様子でサソリを睨みつけると、これまでで1番大きな咆哮をあげた。
(どうしてあなたは……俺を守るんですか……)
傷だらけのレインを置いて逃げられるはずもなく、だからといって戦う力は自分にはなく、アグはただそこに立ち尽くし、レインの勇姿を眺めることしかできずにいた。
レインは果敢にサソリの元に飛び込んだ。まだ残ったサソリの足元に噛み付くと、サソリは奇声をあげて足を振り払う。レインは簡単に吹き飛ばされると、受け身すら取れずに砂面に身体を打ち付けた。
(だ、駄目だ…あの傷で勝てるわけない…!)
アグは無心でレインの元に駆け出した。
(クソが…こんなところで犬死にしてたまるか……!!)
レインは牙を立てながら何とか起き上がったが、サソリはそこを狙って鋏を振り下ろす。レインは横に倒れ込むようにしてそれを避けるが、すぐにもう片方の鋏を振り上げた。
(クソ……身体が動かねえ……!)
レインが死を悟った時、彼の前にアグが立ちはだかった。
「ば、バカ野郎! 死ぬ気か!!」
アグは歯を噛み締めて、レインを守るように両手を広げると、サソリを睨みつけた。
(犬死にでもいい……)
いいんだ
「アグ!!! バカ!!! 早く逃げろって!!!」
「っっ!!!」
アグは一歩も引くことなく、その場を動かない。巨大な鋏は勢いをつけてアグを狙って降りてきた。
その光景を見ながら、アグは一瞬時が止まったように感じた。死ぬ瞬間、時が止まって見えるんだと聞いたことがある。今度こそ、これが走馬灯ってやつに違いないとアグは思った。
孤児だった自分に、家族と暮らした記憶はほぼなかった。うっすら覚えているのは、母親が俺を貧困街に捨てたという事実だけだ。
それからの暮らしにももちろん、何の希望もなかった。希望がないどころか、記憶にだってない。誰にも話したことはないけれど、俺の幼少の記憶は驚くほど不鮮明だ。そのくらい価値がなく、無意味で、自分の脳さえも必要としていない、虚しい記憶なのだろう。
忘れるはずもない、事件の瞬間。何人もの命を奪った後に、自分から溢れた笑みと、激しい喪失感。
虚無感。
罪悪感。
何もない牢屋で過ごした10年間。
本当に、本当に、空っぽの人生……。
(やっと、裁かれる………)
黒ぐろとした巨大な鋏は、死神の鎌のようにも見えた。アグはその目に涙した。
恐怖ではなく、無意味な自分の生き様に。
『絶対死なないで。アグが死んじゃったら、俺も生きていけないの!』
ふと、ヌゥの顔が思い浮かんだ。屈託のない彼の笑顔と言葉は、俺の唯一の救いだった。
(ごめん……俺は先に逝く……)
ああ、一緒に生きようと、約束したのに…。
ごめん…
ごめんな……
アグが目を閉じた、その時だった。
耳を劈くような、巨大な何かが砂面に落ちる音がした。アグはハっとして目を見開いた。サソリの鋏が斬り落とされ、前方に落ちているのだ。
(え……?)
「がーっはっはっはっはー!!!」
次いで、知らない男の高らかな笑い声が空から聞こえた。アグは放心としたまま上を見上げると、そこには巨大な茶色の鳥が軽快に空を飛び、その上には上裸のおじさんが立っている。その右手には身体と相違ないほどの大剣を、肩に乗せるように持っているのが見える。
「アシード?!」
レインもまたそれを見て叫んだ。
「がーっはっはっはっはっはぁっ!!!!」
男は笑いながら、その鳥から飛び降りた。そして自分と同じくらい太くぶっとい大剣を、サソリに向かって振り下ろした。
斬るというよりは、殴り殺すかのような、強烈な打撃だった。上空からの勢いも相まって、サソリはその一撃で、首と身体を真っ二つに両断された。
「待たせたな! 我が同士!!」
つるつる頭の異常に筋肉質なその男は、そのまま背中に大剣をしまうと、キラリと歯を光らせながら笑って、グッドポーズをしてみせた。




