対戦・巨大サソリ
話に聞いた通り、サソリは穴の中に陣取っており、そこから出てくる気配はない。
「皆さん、先にこれを飲んでください」
アグは人数分の小瓶をリュックから取り出すと、皆に配った。
「なんだよこれ」
「解毒剤です。先に飲んだ方が高い効果が得られます。サソリは尻尾に毒を持ってますから…気を付けてください」
「ふうん。そいじゃ、ありがたく」
「うむ」
「お、おいらはもう帰るっすよ! 案内役の仕事は終わったっすからね!」
「ああ、そうしとけ!」
(こいつが口を開く度にイライラすっからな!)
ルッタは速やかにソリに乗り込んだ。
「じゃあ、セントラガイトの皆さん、あとはよろしくっす」
「わかったから、さっさと帰れ!」
ルッタはマックルを引いて、街に帰っていった。アグ、レイン、ベーラの3人は、解毒剤を飲み干した。
「レインさん…」
「んあ?」
「これを…」
アグは続いて、黄緑色の液体が入った小瓶を取り出した。
「次はなんだよ」
「禁術解呪の薬です。これを飲ませれば、サソリは元の大きさに戻るはずです」
「あ〜お前らが作ったやつね。これを飲ませるだけかよ。えらい楽勝だな!」
レインはその小瓶を奪い取ると、瓶を軽く振るよえにして液体を眺めた。マリーナの森でアグが毒グモに飲ませたものよりも、さらに色濃い黄緑色だ。
「楽勝かは…わからないですけど」
「心配無用だっての! おい、ベーラ!」
レインはベーラに向かってその小瓶を投げた。ベーラはそれをキャッチした。
「俺がサソリを引き付けるから、お前が口に投げ入れろ」
「うむ」
「さてと…」とレインは軽く屈伸をすると、ライオンに姿を変えた。
「で、サソリの口はどこにあんだ?」
「鋏角の下です…」
「は?」
「えっと……顔の裏側です」
「ふーん。じゃあひっくり返してやるか!」
レインは勢いをつけると、唸り声をあげて、颯爽と穴の中に飛び込んだ。
「レ、レインさん!」
アグは唖然としながら、躊躇いなく巨大サソリの元に向かったレインを穴の上から覗き込んだ。
「アグ、危ないから下がっていろ」
ベーラも穴の手前までやってきた。彼女に言われた通りにアグは数歩下がって穴を覗いた。
サソリとライオンの格闘は既に始まっていた。サソリはライオンのレインよりも二回りほど大きい。しかし身体の大きさをものともせずに、優勢なのはレインのようだ。
鋭い牙と爪を駆使して、サソリに掴みかかる。サソリも大きな鋏を動かしてレインに斬りかかるが、素早い動きで避けられ、攻撃はまるで当たらない。
レインは鋏の根本部の腕に強く噛みついた。サソリはキーキーと聞いたこともない悲鳴をあげている。
(怖ええ…)
動物同士の戦い……すごい迫力…。
「おら!」
レインはあっという間にサソリの鋏を2本とも噛みちぎった。そして胴体に噛みつき、サソリを見事に裏返して押さえつけた。
「ベーラ!」
「うむ」
ベーラも穴に飛び込むと、サソリの口に薬を垂らした。サソリはあっという間に小さくなった。
(薬が効いた!)
アグも心の中でガッツポーズをした。
「なんだ、あっけねえな。…うわっ」
「…!!」
すると突然、砂が勢いをまして地面に沈んでいく。アグもその揺れにバランスを崩して尻もちをついた。
「何だ?!」
アグは慌てて穴に近づき、その中を覗き込む。激しい砂煙が舞い、何も見えない。
「レインさん! ベーラさん! んぎゃっ!!」
ベーラに跨ったレインが穴から這い出るようにジャンプしてきたかと思うと、レインに身体を咥えられた。そのままレインは2人を連れ、逃げるように穴から離れていく。
(な、何だあれ!!)
アグはレインに咥えられたまま、激しい砂飛沫をあげて、先程のものと比べ物にならないほど巨大なサソリが砂の中から現れるのを垣間見た。
(まじかよ…)
先ほどのサソリの更に10倍、いや20倍?! とにかく、でかすぎる…!!
レインはアグを上に放ると、そのまま自分の背中に乗せた。アグはベーラに支えられながら、何とかレインにうまく跨り、体制を整えた。
「何ですかあれ!」
「ふうむ」
アグは振り返ってそのサソリを見上げた。姿形は先程のサソリと同じだ。しかし大きさはその何十倍とある。あまりの大きさに空が見えない。自分たちはそのサソリの脚よりも遥かに小さいのだ。
「また別の巨大サソリが現れたようだ」
「巨大すぎるでしょう!」
「何なんだよ…ったく!」
レインは砂漠を猛スピードで走った。サソリは非常に怒った様子で、異様な速さでこちらに向かってくる。キィイイイと唸り声をあげ、巨大な鋏をガチガチと鳴らした。
マックルたちもまあ、サソリに怯え、空っぽのソリを引きずりながら一斉に逃げ出していく。
サソリは片方の鋏を振り上げると、マックルたちに襲いかかった。1匹のマックルが挟まれそうになると、砂から現れた土の柱がそれを妨害した。マックルたちはその隙に逃げていった。
「街には行かせるな」
「わーってるよ!」
レインは方向を変えて走り続ける。サソリはレインを追いかけてきた。レインもスピードをあげるが、サソリの方が少し速い。
「おい、追いつかれるって! 何とかしろよベーラ!」
「うむ。薬を出せ、アグ」
「は、はい!」
アグは慌てて禁術解呪の薬を取り出す。ベーラはこの状況でもまるで動じることのない様子で、その薬を受け取った。
「でもあの大きさに対しては微量すぎるかと……直接胃にかけるくらいじゃないと」
「なるほど」
するとベーラは、そのままレインから飛び降りると、砂の中から現れた土の柱に飛び移った。土の柱はしばらく地面と平行に伸び続け、停止した。
「ベーラさん! 何する気ですか?!」
アグは走るライオンに捕まりながら、後ろを振り返って叫んだ。ベーラの目前に巨大サソリが迫っており、まもなくサソリは彼女に向かって鋏を振り下ろした。
「ふうむ」
ベーラは全く動じることなく、土の柱をくねらせて伸ばすと、その攻撃を避けた。柱は鋏によって砕かれるが、すぐに生やした別の柱に飛び移る。
ベーラはそのまま土の柱を上に伸ばすと、サソリの顔の前までやってきた。キィィィイと耳を劈くサソリの声が響き渡る。
「あそこだな」
サソリの口を見つけると、ベーラは呟いた。
サソリはベーラに狙いを定め、2本の鋏で攻撃を仕掛けてくる。ベーラは土の柱を飛び移りながらそれを避けると、サソリの口の目の前までやってきた。
「ふうむ」
ベーラは呪術で自分の身体を透明な膜で包むと、その巨大な口の中に自ら飛び込んだ。レインは足を止めてサソリに向き直った。
「ベーラさん!!」
「食われやがった…」
レインとアグは唖然としてサソリの口元を見つめた。すると、ジージーとアグの腰の無線が鳴った。自分専用にもう1本、追加で作って所持していたのだ。
「!」
「聞こえるか?」
無線の向こうからはベーラの声がする。
「だ、大丈夫なんですか?!」
「無論だ」
ベーラと話すのもつかの間、サソリは再びレインとアグを標的にすると、襲いかかってきたので、レインは駆け出した。アグはレインに何とか捕まりながら、無線で会話をする。
「サソリの中なんですよね?!」
「そうだ」
「何で無事なんですか!」
「消化されないよう呪術の特殊粘膜で覆ってある」
「……」
「しかし、どうやら失敗のようだぞ、アグ」
「し、失敗って……」
「胃に薬をかけたが、効果がない」
サソリの体内の中、ベーラは大きなシャボン玉のような透明な膜の中でだらりと座り込みながら、空っぽになった薬の瓶を眺めていた。
「そ、そんな……」
アグは巨大サソリを見上げる。敵が小さくなる気配は全くない。
「おい! ベーラは何だって?!」
レインはサソリの攻撃をかわして逃げながら、声を荒げる。
「薬がきかないって…」
「はあ?! 何なんだよ。不良品なのかよ」
「そんなはずは……」
あり得ない。体内から直接胃にかけたんだ。微量だって術は解けるはずだ。
(このサソリ…禁術じゃないのか……?)
「悪いがすぐには出られそうにない。お前たちは一旦退却しろ」
「ベーラさんはどうするんですか!」
「排便を待つしかなさそうだ」
サソリは鋏を振り上げ、レインたちに向かって振り下ろした。直撃は交わしたが、多量の砂が飛沫をあげて飛び交い、こちらの視界が悪くなる。
「ったく、当たったら即死だぞ!」
「レインさん、ベーラさんが退却しろって」
「はあ? ベーラはどうすんだよ」
「排便を待つって…」
「はああん?!」
万事休す…。アグは唇を噛み締めた。
「降りろアグ!!」
「え? うわっ!!」
レインは身体を傾けると、アグを乱雑に地面に降ろした。そのままサソリに身体を向けると、ガルルルと威嚇の声をあげた。
「レインさん?!」
「逃げるのは性に合わねえ!」
「ええっ?! ちょっと!」
アグが止める余地もなく、レインはサソリに向かって駆け出した。遥かに巨大な敵を前に、アグの目にはライオンがちっぽけな虫けらのように映った。
(さすがに敵がでかすぎるって!!)
「無茶ですよ!!」
「うるせええ!! お前はさっさと街に帰ってろ!」
レインはライオンの唸り声を砂漠に轟かせ、巨大なサソリに真っ向勝負を挑んだ。




