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出会い

「お前の家は今日からこの特別独房だ」


その腕に手錠をつけられた10歳のアグは、強面の看守に連れられて、特別独房と呼ばれる牢屋の前までやってきた。そこは、他の独房からは離れた位置にあった。個室ではないからか、思いの外広々としている。子供なら10人くらいは余裕で寝られそうだ。


窓はない。壁も床も石造りの、殺風景な独房だ。前面だけは、丸みを帯びた黒い鉄格子の檻だ。その隙間は子供の腕が通るくらいだった。


灯りは天井に吊るされた小さな電球だけだ。独房の隅の方まで光は届かず薄暗いが、生活には問題ない。


アグは独房の中に誰かがいることに気づいた。

黒髪の少年だ。髪が伸びて顔が見えづらかったが、すぐに誰だかわかった。6歳にして、村の人間を家族もろとも皆殺しにした、最狂最悪殺人犯の、ヌゥ・アルバートだと。


アグと同い年のこいつは、世界的に有名な最年少の狂気殺人鬼だ。危険すぎて死刑にしろとの裁判まで行われたようだが、例外にはならず無期懲役だという。


ヌゥは三角座りをしたまま、こちらをじっと見ていた。錯覚かもしれないが、アグは彼から狂気が漂うのを感じ取る。恐怖で足が震えていた。


「か、勘弁してください! こいつと同じ部屋なんて、こ、殺される!! お願いします! どうか他の部屋に!! お願いします!!」


アグは腕を手錠で閉ざされていたが、必死で看守にしがみつこうとした。


「無期懲役のガキはこの部屋って決まってんだよ! さっさと入れ!」


看守の男は手荒にアグを牢の中に押し入れると、即座に鍵を閉めた。そして牢の隙間から、アグの手錠の鍵を投げ入れた。


牢の中では手錠を外して構わない。食事などがやりづらく牢が汚れるし、手足が動かせようと脱獄など不可能だとわかっているからだ。

ちなみに部屋が空いた時に、牢は清掃されているらしい。変な物がないか、脱獄の気配がないかのチェックも兼ねている。


看守の男は用が済むと、さっさとどこかへ行ってしまった。

部屋に殺人鬼と2人きりにさせられたアグは、恐怖で汗がタラタラになっていた。


「お願いします! こいつと2人にしないで!! 嫌だ! 嫌だ! 助けて! 誰か助けて!」


アグは牢屋の檻のドアをガチャガチャ揺らしたが、開くわけもなく、誰か来るわけでもなく。


背中に気配を感じて振り返ると、ヌゥが目の前まで近づいていて、その目が合った。ぎょろっとした大きな青い瞳だ。そしてアグは、彼に腕を掴まれた。


「うわぁぁぁあああ!!!」


アグは心の底から叫んだ。独房内に少年の甲高い声が響き渡った。


そんなアグに対して、ヌゥは無表情のまま、アグの手錠に看守が投げ入れた鍵をくるっとまわして、手錠を外してみせた。


「あぁあああああぁぁぁ……」


アグの叫びもだんだん勢いを失っていった。身体の力が一気に抜け、その場にへなっとしゃがみ込んだ。


ヌゥは元いた場所に戻って、また体育座りをした。そしてアグの方を見てニコっと笑った。


「こ、こ、殺される……」


アグは牢のドアに背中をつけ、ヌゥから1番離れたところに座り込んで、息切れしながらそう言った。


「殺さないよ」


ヌゥが初めて声を発した。アグよりも高く、まるで女の子みたいな可愛らしい声だった。ヌゥはニコニコと笑っている。アグにはその笑顔が狂気的に見えた。


「殺すのが好きなんだ。お前は…。だから俺のことも…殺す…」

「殺さないよ」


ヌゥは立ち上がると、アグに近づいた。


「く、来るな! 近寄るな! あっち行け!」


アグは逃げられやしないが、ドアにしがみついて背を向けた。

すると、背後にヌゥの気配がした。心臓が止まりそうだった。怖すぎて涙が出た。殺されると思った瞬間、アグはきゅっと目をつぶった。


「やっと会えた」


ヌゥはそう言って、背後からアグを優しく抱きしめた。


怖い…怖い…怖い…。なんなんだこいつ…。なんだよ…。なんなんだよ…。


その時アグは恐怖でいっぱいだった。ヌゥに触れられている時間が無限のように長く感じた。息が出来なくなった。このまま窒息して死ぬんじゃないかとも思った。


しばらくアグを抱きしめた後、ヌゥはその手を離した。


アグは長い地獄のような瞬間から解放された。一気に空気が肺に入ってむせそうになった。アグが振り返ると、ヌゥは目をこすったように見えた。気のせいだろうか。


「はじめまして。俺はヌゥ・アルバートだよ。今日から一緒に暮らすんだね。よろしくね」


ヌゥは笑って手をさしだした。

握手を求められているのか。手を出した瞬間、俺の手を握りつぶされたりしないだろうか。

噂じゃ、こいつは岩も砕ける怪力だって聞いてる。

でも握手をしないことでこいつを怒らせる方が危険だろうか。

どっちにしても危険だ。

俺の命は、こいつの気分次第だ。


「あれ? カンちゃんが言ってたんだけどな。はじめましての挨拶と、握手。もしかして、握手知らない?」

「し、知ってるけど…」

「本当! じゃあ握手、しようよ。俺したことなくってさ」

「に、握りつぶされたりしない? 俺の右手…」

「え? 何言ってるの? そんなことしないよ。さ、早く右手出ーして」


アグはしぶりながらも右手を差し出した。ヌゥは嬉しそうにアグの右手を握って、腕をブンブン振った。


「やった! うまくいったよ! カンちゃんに聞いておいてよかった。君が来るってきいて、楽しみにしてたんだ。俺、ずっとここに1人だったからさ〜」

「そう…なんだ…」


あまりにもヌゥが無邪気で、アグは拍子抜けした。しかし警戒を怠ってはいけない。いつこいつの気分が悪くなって、あ、殺しちゃった〜なんて言い出すかわからない。その時には俺はこの世にいない。


この時、2人は10歳。まだ幼い子供だ。

そして、一生、死ぬまで、一緒に過ごす。


この時から、2人の独房生活は始まった。

アグにとってはいつ殺されるかわかったもんじゃない状況だったので、毎日生きている心地がしなかった。

ヌゥは真逆で、水を得た魚のごとく、毎日アグに話しかけては、楽しい日々を過ごしていた。


初めて会ったその日の夜も、ヌゥはアグに話しかけた。


「君の名前は何?」

「…アグ・テリー」

「アグっていうんだね! いい名前だね」

「そうかな…」


君の名前は変だね。なんて言ったら今にも殺されそうで、俺は何も言えなかった。


「明日から授業一緒だね!」

「そう…みたいだね…」


独房に入る前に、ある程度のルールは聞かされていた。食事の時間に食器下げの規則、授業の時間、風呂は3日に一度で1人ずつ入る、消灯の時間、などだ。


「カンちゃん、すっごく怖いから気をつけて」

「そうなんだ…」


誰だそいつ。

そんなやつより俺はお前が怖いよ、とも言えなかった。


「カンちゃんって、先生の名前?」

「名前は知らない。看守だからカンちゃんって呼んでるんだ」

「へえ…君が怖がるなんて、どんなに怖い先生なんだろう…」


ヌゥが突然アグの肩に手を触れたので、アグはひぃっと声を出した。


「俺のことは、ヌゥって呼んで」


血の気が引いた。


「わ、わかったよ、ヌゥ」


俺は必死の苦笑いでそう答えた。10年生きてきて、今日ほどこんなに顔を引きつらせて笑ったことはない。


「アグがここに来てくれて嬉しいよ。ひとりぼっちって、本当につまらないからね」

「そうだよね…ずっとここに1人だったんだもんね…」

「そうなんだよ! アグが相当な犯罪をおかしたからだね。本当に良かった! アグは俺と同い年なんだってね。あと1年、捕まるのが遅くても駄目だったんだよ。本当に良かった!」


ヌゥはケラケラ笑っていた。そして、そんなことを言うということは、全く自分の罪に反省などしていないってことも、よ〜くわかった。


なるほど、こいつは本当にイカれてるんだな…。


その晩、ヌゥの話は果てしなく続いた。アグは一睡もできなかった。















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