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未来への求婚

初恋の相手は一国のお姫様だった。


平民上がりの騎士だった僕と彼女じゃ、身分違いもいいところだ。それでも運良く彼女の直属の護衛を任された時期なんかがあって、彼女への想いは募るばかりだった。だけれどその気持ちを彼女に伝えることさえも、到底許されるはずがなかった。


あの時の気持ちを今も覚えている。一生消えることもないと思っていた。それなのに今僕は、似たような気持ちをあの幼い少女に抱いているというのだろうか。


『もう次の恋に進んでもいいと思うがな』


旧友のベーラはそう言っていた。彼女は気づいていた。僕よりも先に。


「いやぁ、でも……あり得ない……」


20も歳下の女の子に恋なんてあり得ない。


あり得ないでしょう、さすがにねぇ。





「あんたの好きな人って、どんなタイプが好きなの?」


シエナの母親は彼女の髪を丁寧に巻きながら尋ねた。


「…セシリア姫」


ドレッサーの前に座るシエナは仏頂面で答えた。


「へぇ〜! そりゃ大物だ!」


シエナは更に顔を引きつらせた。


「ふん! どうせ私なんかじゃ無理だって思ってんでしょう!」


(そうよ…。私みたいなゴリラ女なんかじゃ……)


ふてくされるシエナだったが、母親はそれを見て鏡越しに微笑んだ。


「そんなわけないじゃない」

「??」

「私の娘よ? 世界一可愛いに決まってるじゃない! セシリア姫にだって負けやしないわ」

「はぁ〜? 何なのその親バカ」

「いいから、じっとしてなさいよ」

「……」




そしてシエナは、数日の休みを経て、母親にセットしてもらった最高のスタイルで、アジトに戻ってきた。


「!!」


まるでお姫様のように美しくなったシエナを見て、アジトの皆は驚いた。確かに面影はある。しかし別人だ。


シエナは緊張しながらジーマの部屋に向かった。戻ってきたことを報告するのだ。


(は、恥ずかしい…。こんな自分、自分じゃないみたい…。ああ、やっぱり、変なのかな…。やっぱりやめたらよかったかな……)


シエナは穴があったら入りたいような気持ちでうつむいていた。すると、レインが後ろからシエナの頭をくしゃっと掴んだ。


「なっ! 何すんのよ! せっかく整えたのに!」

「可愛いじゃん!」

「はあ?!」


シエナは顔を真っ赤にした。この頃のシエナにとっては、何度言われても慣れない言葉だった。


「自信もっていけ! な!」

「んもう! 髪型崩れるからやめてよ! バカライオン!」

「わりいわりぃ!」


シエナは頭を整えながらジーマの部屋へ向かった。


(ありがとうレイン…)


たち行くシエナの背を目にしながら、ベーラはレインのそばにやってくるなり彼に尋ねた。


「シエナはどうしたんだ。イメチェンか?」


まるで化粧気のない虚ろな瞳の彼女を、レインは目を細めて見下ろした。


「ベーラにはわかんなそーだな。乙女心ってやつはよ」

「ふむ…。確かにわからないな。それよりも食堂に行かないか?」

「…お前の脳みそは食うことで埋まってそうだもんな…」

「行かないのか?」

「行くよ。ちょっと様子見た後な。姉さん先に行ってろよ」

「ふうむ」


シエナはジーマの部屋にたどり着くと、ひと呼吸した後、ドアをノックした。


「どうぞ」


懐かしい声がする。心臓が高鳴るのがはっきりとわかる。数日会わなかっただけでこんなにも恋しい。


シエナはゆっくりとドアを開け部屋に入った。彼はいつものように変わらず、奥の椅子に腰掛けてこちらを見た。久しぶりに恋する相手を目にしたシエナは、飛び出しそうなほど脈打つ心臓を抑えるべく右手を胸にやった。


「ただいま戻りました…。たくさんお休みいただいて、ありがとうございました」

「おかえりシエナ。ゆっくり休めたかい?」

「は、はい…!」

「なら良かった。今日の仕事が決まったら知らせるから、まだ待機してていいよ」

「わ、わかりました…」


シエナはジーマをじっと見つめた。ジーマはきょとんとした顔で彼女を見返した。


「ん? どうしたの?」

「な、何でもありません…それじゃ…」


シエナは顔を真っ赤にして、逃げるようにジーマの部屋を出た。その瞬間、我慢していた涙が溢れてきた。


(私、何を期待してたんだろう、恥ずかしい…っ! 本当に恥ずかしい! やっぱりこんなことするんじゃなかった! うわーん!!)


シエナはそのまま自分の部屋に引きこもった。布団を被ってあんあん泣いた。


シエナが号泣しながら出てくるのを見たレインは、ジーマの部屋に怒鳴り込んだ。


「おい! ジーマてめえ、シエナに何言ったんだよ!」


ジーマは部屋の椅子に座ると、顔を赤らめ、焦ったような表情をしていた。その顔を見せまいと、顔の前で手を組んでは、レインから顔をそむけた。


「何も言ってないよ…」

「何でだよ! 何か言えよ! すげえ可愛くなってただろうよ!」

「うん…驚いたよ…」


(昔のセシリア様に、そっくりだ…)


「あいつはお前に褒めてほしくて、可愛くなるように頑張ったんだよ! 何か一言くらいあるだろ!」

「な、何でシエナが…そんなこと?」

「はぁ? もう気づいてんだろ?! シエナはお前のことが好きなんだ! お前がセシリア姫が好きだと言ったから、ちょっとでもそれに近づけるように、あいつなりに努力したんだよ!」


レインは乱雑にジーマの胸ぐらを掴みながら声を荒げた。ジーマは彼の言葉に驚きを隠せない。


(シエナが、僕のことを…? そんなわけない…)


「嘘だ…シエナが僕のことなんて、好きになるわけない…」

「嘘じゃねえぞ。シエナは真剣にお前が好きなんだ! お前も真面目に考えろよな」


レインはそう言い放つと、ドアをバタンっと閉めて部屋を出た。


ジーマは呆然とした様子でしばらく動けなかった。


シエナが僕を本気で好きなわけない。

シエナと僕は歳が20も離れている…。それにシエナはまだ12歳になったばかりの女の子だ。僕なんかよりも、もっといい相手がいるに決まっている…。


それに僕は…


セシリア姫が好きなのに……。



それから数日が経った。

シエナはジーマのことをずっと避け続けていた。そのことにジーマも心を痛めていた。


ある日ジーマは、仕事の話をするためにシエナを自分の部屋に呼んだ。


「シエナ、次の仕事だけど…」


シエナはジーマの持つ紙をさっと奪い取ると、冷たい目でそれを読んだ。


「隣国に派遣ですね。わかりました」


シエナはさっさと部屋を出ようとしたので、ジーマは彼女の腕を掴んだ。


「シエナ、怒ってるよね?」

「怒ってませんけど」

「いや、怒ってるでしょう」

「怒ってませんって!」


シエナはその手を振り払おうとしたが、ジーマはそのままシエナを抱きしめた。


「え…?」


(あれ…僕、何してるんだ…)


レインに言われたあの日から、ずっとシエナのことが気になって仕方なかった。

セシリア姫のことなんてすっかり忘れて、この数日、シエナのことばかり考えていた。


「あっ、えっと…ごめん…つい…」


ジーマはその手を緩めたが、今度はシエナがジーマを強く抱きしめ返した。


「いっ…痛いシエナ…ほ、骨が折れる…」

「そんなことされたら、嫌いになれないじゃないですか! 諦められないじゃないですか!」


シエナは更に強く抱きしめながら、顔を見上げてジーマを見つめた。ジーマの瞳には別人のように可愛くなったシエナの姿が映った。自分のために可愛くなるよう努力したのだとレインが言っていた。それが本当か嘘かは知らないけれど、もし本当だとしたら、嬉しくないはずがない。


「ジーマさんのことが大好きなんです! ずっとずっと前から…。私なんかに興味がないことはわかっています。セシリア様が好きだってことも…。でも好きなんです! 私と結婚してください!」

「い、痛い…シエナ…」

「ご、ごめんなさい!」


シエナはハッとして、手を離した。

ジーマはへなへなと床に座り込んで、赤くなった顔を手で隠し、目を背けた。


(はっ! 私、何言ってんの?! 告白に加えてプロポーズ?! バカバカ! 私のバカ! 突然こんなこと言って、絶対ひかれる!!)


「ご、ごめんなさい! 気持ちを伝えたかっただけなんです! 可愛くなったら自信がついて、告白できるんじゃないかって…それで…」


慌てふためくシエナの姿を見て、ジーマは笑った。


「なんで20も歳が離れた僕のことが好きなの?」

「歳なんて関係ありません! ジーマさんだから好きなんです! いけませんか?!」

「そっか…」


ジーマは真面目な表情で、シエナに話した。


「ねえシエナ、もしも君が20歳になった時、まだ僕のことが好きだったら、僕と結婚してくれませんか?」

「はい! って、え?! ええ?! ええええ?!?!」


ジーマはそう言って、シエナの右手をとると、手の甲に軽くキスをした。


「約束」


その後、シエナは嬉しさのあまり失神した。



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