Act4.望み
「こっちが森。そっちが草原。後ろが海。覚えたやろ?」
「はい」
「何もないで。でも欲しかったら何でも出せるで。何となくわかるやろ?」
「はい」
「夜はない。ここはずっと明るい。寝んでもいいし、寝てもいいし。暗いところで寝たかったら、暗くできる。自分だけな」
「へぇ〜…」
「理屈とかないねん。不便もない。つまり、極楽浄土!」
島を回った。ヒズミさんと二人で。
ここは楽園、またの名を天国、またの名を極楽浄土…。
「他には誰もいないんですね」
「せやな。わいも後から気づいたけど、ガチの他人には会わへんみたい」
「ヒズミさん、ゾナと知り合いでしたっけ?」
「いや? ここで初めて会うた。まあつまり、縁があったっちゅーことかな」
「へぇ…」
「まあつまり、この島にはわいとお前しかおらん。ゆかりのある奴らはもう先にいった」
「なるほど」
「で、お前はどうするん」
神話の通りの花畑。男二人にはあまりそぐわない。
しかしいい香りがする。何の花かは、知らないけれど。
「まだここにいます…。ヒズミさんは…?」
「どうしょうかな……」
あの子に会うまでと、決めていた。
せやけど、あの子は死んでも、ここには来うへん。
会えへん。何年待っても、会えへん。
あの子はもう、おらんのや。
「もう少しここにいませんか?」
「ええけど…何でお前が決めるん」
「すみません…。でも、話したくって」
「わいと?」
アグは頷いた。ヒズミは怪訝な顔をしながら、頭をひねる。
(何や、こいつに会うてから、眉間のしわがとれへんねんけど。勘弁してほしいわ。何考えてるんか教えてくれ)
「わいはお前とする話なんてないけどな」
「そうですか…」
「文句やったらあるで! 山程! 耳が潰れるまで! 言うたろか?」
「言いたければ……」
「ちっ!」
アグは何となく、困ったような表情を浮かべる。追い打ちをかけるように、ヒズミは言う。
「わいはな、お前のこと嫌いやねん」
「……」
「あの子のことなんて関係なしにな、お前みたいなスカした奴は最初から好きちゃうねん。いっつも大人ぶった態度してな、自分は冷静ですみたいな! 愛想もないし、目つき悪いし!」
「目つきは生まれつきです…」
「うるさい! 何や研究の難しい話ばっかりしてな、知識ひけらかしたいんか知らんけど、ほんまにつまらん! お前はつまらん男!」
ヒズミはアグの顔を指差す。アグの心に怒りはない、あるのは恐縮だけだ。
「すみません……」
「あの子もな、わいと話しとう方が楽しそうやった! よう笑ってた! お前の話なんてあの子、半分もわかってないで。だってアホやもん! あの子!!」
「そうですよね…」
「せやのにあの子は、わいが何か話す度に、お前の名前ばっかり出す! アグならこうする、アグに教えよう、まるでアグみたい……! ああ! うんざり!! うんざりしたの思い出した!!」
「……」
「あの子の中にはいつもお前がいて、2人でおる時もそうじゃないみたいな、そんな気がして……」
ヒズミは頭を抱え、俯いた。
最初からわかってたんや。
最初から……あの子の一番はアグやった……
揺らぐことはない……
「俺は……」
アグが口を開くと、ヒズミはアグの方を向いた。
「俺はいつもあいつから、ヒズミさんの話をよく聞いていました」
「………?」
「ヒズミさんが自分を嫌っている。どうしたら仲良くなれるか教えてくれって」
「いつの話やねん。で、何て言うたん?」
「普通にしてろって…」
「はぁ? それだけ? もっと親身になったれや!」
「すみません…」
「アリマでアグがどんな奴か聞いた時、あの子言うてたで。全然笑わん奴で、話しかけても無視ばっかりする陰険な男やってな!(まあちょっと盛ったけども!)」
ヒズミはべーと舌を出した。しかしアグは納得したようにうんうんと頷くだけだった。
「アリマでヒズミさんと仲良くなったと、すごく嬉しいと、言っていました」
「ああそう!」
「あいつはあなたといると、よく笑っていました。あいつが楽しそうにしているのを見て、俺は本当に嬉しかったです」
「……」
「あいつはあなたのことを、他の仲間よりも特別に思っていました。戦闘のバディに選ぶくらい、特別だったんです」
「そんなん…お前が選択肢におれば、あの子はお前を選ぶわ」
アグは首を横に振った。
「あいつは俺に、ヒズミさんの話をよくして…」
「……」
「言うんです。俺とヒズミさんに、仲良くなってもらいたいって」
「……!」
『俺はヒズミとアグに仲良くなってほしいんだよね』
ヒズミは目を見開いた。定食屋であの子が自分に言った。覚えている。
『アグは俺の初めての友達。だからアグのことはもちろん好きだよ』
『ヒズミも俺の大事な友達。だから3人で一緒にいたら、きっともっと楽しいよ!』
「わいも言われた……」
ヒズミがそう言うと、アグは軽く微笑んだ。
「俺はあの時まだ、あいつのことを友達だと思っていました。ヒズミさんの気持ちにも、まるで気づいていませんでした。ヒズミさんは、俺に話しかけられるのを嫌がって、俺のこと…避けてましたよね…?」
「ああ、うん。そやな。嫌いやったし」
「だから生前では、あんまりヒズミさんと話せなくて……でも俺は、あいつが言うようにあなたと、話をしてみたいと、思っていました……」
「やから今、話そうって?」
アグは頷いた。
「俺とヒズミさんが仲良くなることが、あいつの望みだったんです。俺はそれを、叶えてあげられなかった。でもヒズミさんがここにいてくれて、俺はやっと、最期の最期に、あいつの望みを果たせるかもしれないって、思ったんですよね」
「……」
わいはアグが、嫌いやった。
「ヒズミさんは、俺のこと嫌いかもしれないですけど……」
わいからあの子をとるから
『アグのこと、守ってね』
でも、
「俺は……好きです。ヒズミさんのこと」
生きていてほしかった……
アグはヒズミに向かって、ゆっくりと手を差し出した。
「友達に、なってくれませんか……」
どうしてなのか、不思議だった
どうしてあなたはいつも俺を、守ってくれたのかな………
ヒズミの目からは、ただただ、涙が溢れた。
あの子が死んだ。
そして、アグが死んだ。
800年待ってもあの子はわいの前には現れなくて
代わりにアグが、やってきたんや……
ヒズミはアグの手を握り返した。
「ありがとう………あの子と生きてくれて…………」
「………!」
ヒズミはそのまま、アグを抱きしめた。アグは驚いて、目を大きく見開いた。
「ありがとう………アグ………」
アグは、あの子の、一番大切な人
せやから、あの子と同じくらい
アグの命は、大切なんよ
「はぁ〜? 普通そこ行くかぁ?!?!」
「勝負どころなんで。さ、どうぞ」
「ちっ! 嫌らしい手やわ! ほんまに!」
アグとヒズミの2人は向かい合って座っている。2人の間にあるのは将棋盤だ。接戦である。
「ほな、ここ行かせてもらうわ」
「げっ!」
この島にきて、何日経っただろうか。数えていない。西暦も日付もないし、逆算もできない。
「うっそ………負けた…」
「大したことないな〜。何が天才やねん。よう言うわ。二度と自分で自分を天才言うなよ!」
「言ってないですよそんなこと…」
「嘘つけ!!」
友達とは、何だろうか。
「もっかいやりません?」
「またぁ〜? それより温泉入らん?」
「いいですけど」
2人は島の温泉に身体を浸ける。そこはアリマの温泉のように白濁ともせず、ブルーラグーンのように水濁色でもない。
「「極楽〜!!」」
体温がないけど、温泉の温かさは感じる。理屈じゃない。だからもうそれでいい。
温泉の水面にとっくりの乗ったお盆が浮かぶ。おちょこにそれを次ぐと、アグはヒズミに手渡す。
「はい」
「おおきに」
酒もある。ここは極楽浄土だ。そのくらいある。
「「乾杯〜!!」」
…わからないけど、俺は思う。
友情もまた、愛情に近いものなんじゃないかって。
君はここにも、いるのかな………。
「お前成仏せえへんの?」
「ああ……どうしようかなって……。もう未練はないんですけどね」
「あ〜未練なぁ……ないっちゃないし、あるっちゃあるし……」
『ヒズミも頭いいからさ、アグと話が合うかもね』
合ってるっていうんかな〜…どうなん?
でもわいの方が頭ええんちゃうかな。
まあ物作りは無理やけど
将棋はアグより強いし〜……
「あいつのこと抱いたって本当ですか?」
「あ? 何の話?」
「やっぱり嘘か…」
「当たり前やろ。アホちゃう! ほんまやったら未練とかないねん!! さっさと成仏しとるわ!」
「一生無理ですね」
「一生言うな! 一生はもう終わってん! お前はもうええやろ。あの子ものにしてんやから!! 成仏しろ!」
「いいんですか? ゲームの相手いなくなりますよ」
「え〜……それはちょっと困るわ〜…」
「困るんですか。ふふ……」
成仏は…
してもしなくても、どっちでもいいかな…
でも俺がいなくなると
俺の友達が可哀想だから
まあもう少し一緒にいてあげようかな……
ヒズミはおちょこの酒を軽く飲み干す。
「まじ美味〜! 永遠のほろ酔い! 最高!」
「どれだけ飲んでも気持ち悪くならないですもんね」
「とっくりも空にならへんしな」
ヒズミはそう言って、お盆の上のとっくりをとろうとする。
「は? 何やこれ!」
お盆の上のものを、ヒズミは二度見する。アグはおちょこを片手にぼぅっと景色を堪能している。
「おいアグ。お前いちごパフェなんて出したんか」
「は?」
アグはヒズミの方に目をやる。お盆の上にはその光景にそぐわない大きないちごパフェが、とっくりと並んで置かれている。
「出してないです……」
「わいも出してないねんけど……」
「ヒズミさんが酔って出したんじゃ…」
「いやいや! そこまで酔ってないて! え?! 何なん?! 怖すぎるねんけど!!」
ヒズミはビビってアグの元に駆け寄った。アグの後ろに隠れて彼の背中に手をやると、覗くようにいちごパフェを見つめた。アグもまた、ゴクリと息を呑んでその場で静止する。
しばらく見ていると、ガサガサと草むらが揺れる音がした。
「!!」
「何なん? お化け? 無理! 無理無理!! 怖いの無理!!」
草むらをかき分ける音は、次第に大きくなっていく。
「ちょお! 無理! 倒して! 出せ! 猫の奴出せ!!」
「ちょっと、落ち着いてくださいって…」
「衝撃! 火炎放射! 行け! 何でもええから出せ!!」
「ちょっと…!」
ガサ!
「!」
「ひぃっ!!」
一人よりも、二人の方が楽しい
二人よりも、三人の方が楽しい?
ああでも、君はそうしたいと、言っていなかったっけ?
君は憎悪で
時には愛情で
じゃあ、友情は…?
誰か、なってくれるのかな………
ねぇ もし
もし君のそばに寄り添える場所があるというなら
そこに……
温泉の色は、白濁でもなければ、水濁色でもなく
透明だ。
多分君も、透明なんだろう。
とっくりは空にはならない。
パフェのグラスは、空である。
「う〜ん…」
やっぱり甘いものは苦手だった。
この島でも。
この世で不変的なことだった。
あの世でも。
俺たちが、君を想う気持ちと同じ。
不変的である。
「それ、何の話?」
少年は珈琲を一口飲むと、尋ねた。顔は見えない。フードを深く被っているし、変わった柄のスカーフで顔のほとんどを隠している。
「え? 死後の世界の話…ですけど…」
机を挟んで向かいに座る白髪の少女は、気恥ずかしそうに答える。耳は長く尖っている。翡翠色の瞳はまるで、誰かが大切にしていた鉱石のよう。
「ふうん…。君、死んだことあるの?」
「まさか! 想像です」
「へぇ」
「当たり前じゃないですか。それよりあの…、ど、どうでした……?」
「ああ、うん。面白かったよ」
「ほ、本当ですか。じゃあ、次の話も聞いてください!」
「え…? ああ、うん……まあいいけど………」
「ありがとうございます…!!」
絵本をめくるのは簡単。
君に会うのも簡単………
だったのかな…………
「どうでした……?」
「うん。面白いけど……」
「本当ですかぁ!!! じゃあ次の話も!」
「………」
少女の話は果てしなく続いた。少年が眠りにつくまで。
「どうでした? あれ………」
机にうつ伏せたまま目を閉じた少年の姿を見て、少女はハっとした。
「は、話しすぎちゃいました…。ごめんなさい。おやすみなさい」
少女は少年の肩に毛布をかけると、にっこりと微笑んだ。
END




