鉄を生み出す女
「きゃはっ! 嬉しいなぁ〜! メリと遊んでくれるんだね!」
メリはヌゥに向かって風圧を送った。風使いのシャドウのそれと類似した攻撃だ。ヌゥは両腕でガードして踏ん張り耐えたが、メリは即座に後ろに回り込み、殴りかかった。
ヌゥはとっさに避けようとしたが、突然メリの拳からぎゅるんと刃物が生えたかと思うと、ヌゥの顔を引っ掻いた。左目の下から勢いよく血が吹き出した。
(何だあれ! 急に手から生えてきた…! あれも禁術…?!)
ヌゥは後ろに宙返りをしながら間合いをとると、メリを睨みつけた。垂れてくる顔の血を手で軽く拭った。
「私ね、ずーっとヌゥ君と遊んでみたかったんだ! でもヒルカがね、人間と戦っちゃ駄目っていうの。ヒルカの命令は絶対なんだ。でもね、1つだけ戦える条件があるの。それはね、相手が私に攻撃してきた時なの。正当防衛ってやつ」
メリはヌゥに切られた唇を左手でさわさわと撫でながら、笑っていた。
「君は、何で俺のこと知ってるの?」
「えー? 何でも知ってるよ。ヌゥ君のことも、ヌゥ君の仲間のことも!」
メリはそう言うと、またヌゥに向かってきた。走りながらメリが拳を突き出すと、太い針のようなものが何本か発射され、こちらをめがけて襲ってきた。ヌゥがジャンプしてかわすと、数本の針が連続して地面に突き刺さった。
(なるほど…。メリは身体から金属の武器を出して戦うんだな…。厄介だ……いつどこから出てくるのか、予測がつかない。モーションが速くて武器が出てからじゃ反応が追いつかないっ…)
ヌゥはジャンプした勢いでそのままメリに蹴りを食らわせようとしたが、メリは後ろに下がってそれを避けた。ヌゥの蹴りはそのままの勢いで地面に到達し、表面が粉々に砕けた。
「きゃは! ヌゥ君って強いね! 楽しいね!」
メリはかなり興奮していた。戦闘を心から楽しんでいるという感じであった。
続いてメリは手の平から鎖を出し始めた。鎖はメリの意思で自在に動くようだ。鎖は手の平から出続け、かなりの長さになってヌゥを襲った。ヌゥはその鎖を跳んで避けていたが、ついにヌゥの右腕に絡みついた。
「捕まえたよ〜ヌゥ君!」
メリは鎖を手の平に吸収させる勢いを使い、ヌゥに迫った。しかしヌゥは、左手で腕に絡んだ鎖を握ると、その手の力で腕から鎖を引きちぎった。
「嘘!」と、メリは驚いたが、彼に近づく勢いを止めることができない。ヌゥが左手でその鎖を大きく横に振ると、鎖につながっているメリは樹木に強く打ち付けられた。メリは口から、がばっと血を吐いた。
「メリ、君は俺を止められない」
ヌゥは間髪入れずにメリに近寄っていった。何とか起き上がろうとするメリに追い打ちをかけるように、そのままメリの上にまたがると、短剣をメリの腹部に突き刺した。
「君が死ぬまで、ね」
ヌゥは笑っていたが、目は死んだように真っ黒だった。
メリはお腹からの流血が止まらない。
「ふふ…痛いよヌゥ君…でもメリは死にたくないの。ちょっと君と遊びたいだけよ」
「残念だけど、俺は自分の意思じゃあ、君が死ぬまで攻撃をやめられないんだよ」
「きゃは…なら私がやめさせてあげる!」
メリはその血だらけの身体から、鉄の槍を突き出した。槍はメリを覆っているヌゥの身体を貫くと、空高く舞い上がって消えていった。ヌゥは目を大きく見開いて吐血した。その間にメリは彼から離れ、腹を抑えながら体制を整えた。
「きゃは…お返し…」
「やるね…」
(ああ…殺し合いって楽しいねぇ、ヌゥ君。最高だよねぇ…)
メリはヌゥともっと戦いたかったが、これ以上の出血があっても自身も危険だとわかっていた。
「ふふ…また遊ぼうね…ヌゥ君…」
「ま、待て!」
ヌゥはメリを追いたかったが、身体が動かなかった。
メリが口笛をふくと、見たこともない獣が、メリの元にやってきた。
(な、なんだ…あれは…)
メリの20倍はある巨大なその獣は、真っ黒な身体で四足歩行をしていた。動物のように毛がふさふさと生えている。しかし、その獣には顔がなかった。顔の部分はまるで切り落とされたかのように存在す、せず、首であろう部分も毛で覆われているだけなのだ。
メリはその獣に乗っかると、夜の闇に消えてしまった。
(くそ…逃げられた…)
ヌゥは腹に穴があいたまま、ふらふら歩きながら、宿屋を目指した。
(痛い…けど、大丈夫。生きている限り、どんな致命傷でも、俺の身体は治る…)
少しずつだけど、痛みが和らいでいくのがわかる。
この異様な治癒能力も呪いの一部なのだとしたら、助かった…。
メリに短剣を突き刺した時、本当だったら彼女を殺すことができたのかもしれない。頭をはねてもいいし、心臓を突き刺してもよかった。でも、しなかった。それがなぜだかは、ヌゥにもわからない。
ヌゥは攻撃する時、身体が勝手に動く。それは攻撃する時も、避けるときも、戦闘においての身体の動きは、全て自動的に行われるのだ。
とはいえ、自分が次にこうする、というのは不思議とわかる。身体が言うことを聞かないにせよ、自分の意識も意思もはっきりとしている。言葉は自由に発することができる。ヌゥはもう慣れていたが、これはかなり奇妙な感覚なのであった。
だからメリの腹を刺した時、ああ、腹をさすんだなと思って刺した。殺さないでと、思ったわけでもない。ただ、俺の身体が、何故だかそうしたのだ。
(あの黒いモンスターみたいなのも、気持ち悪かったな…)
ヌゥはそんなことを考えながら、何とか宿屋にたどり着いた。