表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
天国〜終わらない絵本〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

339/341

Act3.愛情

「はぁ〜?! もう成仏したぁ?!」

「はい……」


アグがしばらく盤面を眺めていると、ヒズミが戻ってきた。ゾナがいないことをヒズミが尋ねると、ゲームが終わってすぐに消えてしまったとアグは言う。


「あいつ……わいに何も言わんと先にいったんかい!」

「あの……ありがとうって、伝えてくれって……」

「はぁ〜? 直接言えやまじで! 800年の付き合いやねんぞ! あっさりしすぎやろ!!」

「………」


ヒズミはアグを見るなり、はぁ〜と深いため息をついた。その後目の前の盤面に目をやった。


「え? めっちゃ接戦やん!! すご!」

「……」

「あいつこれだけはめっちゃ強いからな。最近まじで勝たれへんねん。他のゲームはそうでもないねんけど」

「……」

「え? で、どっちが勝ったん?」


アグは無言でゲーム盤を消し去った。消し去るのは簡単だった。コツも何もいらない。


「ちょお! 何で消すん!」

「もう終わったんで…」

「で、どっちが勝ったん? はは〜ん。どうせお前も負けたんやろ」

「ゾナは強くなった。いい勝負でした」


アグはそう言うと、砂浜を少し歩いて海を見た。


「いや、何で教えへんねん」


ヒズミはボソボソ呟きながら、アグの隣にやってきた。


自分が渡ってきた海を、アグは見つめる。青ではなく、水色をしている。


思えば生前、海にはあまり、行かなかった。


海よりも、雪が好きだった。


まあ、泳げなかったってのもあるかな。


「海、綺麗ですね」

「もう見飽きたわ」


アグは海を眺めながら、微笑んだ。


どうしてか心は穏やかだ。


泣きたいくらい哀しいはずなのに。


「ヒズミさん、好きじゃなかったですか? 海…」

「好きやけど、もう見飽きた」

「そうですか」


そのままアグはしばらく海を眺めて、見飽きたと言いながらもヒズミも静かに海を見つめた。


海が好きやった。


今も好き。


見飽きたなんて、嘘やで。


「ヒズミさんがいてくれて、嬉しかったです」

「お前と海見るために待ってたんちゃうぞ」

「ふふ…そうですよね」


アグは笑っている。そういえばアグが笑ったところは、あんまり見たことがない。


(こんな奴やったっけかな…)


「他の皆はもういないんですよね」

「当たり前やん。皆ここに来て、すぐ成仏したわ」

「そうなんですね」

「こんなとこにアホみたいにずっとおるのは、わいとゾナだけや。現世に未練タラタラなのはわいらだけ。皆幸せそうやった。メリもあんなにええ旦那見つけて。ほんまかなわんで」

「ソヴァンと会ったんですね」

「会うたで。あいつの方が先に来た。大体男の方が先に死ぬからな。まあメリはシャドウで、病気にならんしな」

「そうですね…」

「可愛げもあって、優しそうで、なかなか男前で、ほんまええ男見つけたよな」

「はい」

「ほんま、お前とは正反対!」


ヒズミはそう言って、アグを睨みつけた。アグはヒズミと目を合わせると、軽く笑った。


「ちっ。何がおもろいねん」

「いや……何か懐かしくて……」

「何がやねん。お前と懐かしむ思い出とか一個もないねんけど」

「二人きりで話したことなんて、ほとんどなかったですもんね」

「ないよ。わいの死に際だけよ、そんなん」

「ふふ…確かに……」


アグは再び笑う。微笑ましそうに。

ヒズミはその事が気に入らない。

これでもかというくらい、罵声を浴びせているはずなのに。


「何で笑うねん」

「え?」

「笑うとこちゃうやろ。怒れや。言い返せ。ちょっとくらい文句あるやろが」

「ないですよ…」


ヒズミは舌打ちをした後、頭を抱えた。


「何でないねん!」

「ないですよ…何も…」

「何やのもう! 何でそんな冷めてんの!」

「冷めてないですよ。元々こんな感じなんですって…」

「あーあ! ほんまに……あれやな! 女にモテる男ってのは、何でかお前みたいなイケすかん奴やねんな! 意味わからんわ! どこがええの! 何で皆、お前みたいな男を好きになんねん!! 何で……」


何であの子は……


選んだんや………


何で……


ヒズミは息切れして、はぁ…と深いため息をついて、唇を噛み締めた。そのまま砂浜を歩いて、ちょうど座り心地のいい岩を見つけて腰掛けた。


「他の(やつ)やったらまだわかるんやけどなぁ……」

「……」

「または女でもええけど。その方があんまり未練とかなさそうやねんけど」

「ヒズミさん……」

「800年も経って、死んでまで、こんなにネチネチ言われるとは思わんかったやろ。早く諦めて成仏しろって思てんのやろ」

「思わないですって」

「気に入らんやろ。あの子のことを愛してる男が、自分の他にもまだおるなんて」


アグは首を振る。ヒズミのそばに歩み寄って、立ち尽くした。ヒズミは目を細め、アグの顔を見上げながら、話を続ける。


「わいはお前が邪魔でしょうがなかった。覚えとるか? ウォールベルトでお前と乗り込んだ時のこと。わいほんまはあの時、お前のこと見殺しにしようと思たんよ」

「……」

「墓まで持っていこうって、ずっと黙っててん。もう墓まで来たからええやろ。全部ぶっちゃけて」

「……」

「あの子にキスしたのも、わいの方が先よ。めっちゃ泣かれたけどな。人生で初めて告白して、初めて振られたわ」

「……」

「あの時、無理矢理ヤろうと思った。でもめっちゃ泣かれて…できひんかった。でもやっぱりヤれば良かった。どうせあの後すぐ死ぬんやったら」

「……」


アグは黙って話を聞く。


「あの子は一回死にかけて、向こうの砂浜に来たことがある」


ヒズミは海の向こうを指差す。アグが死んで、最初にたどり着いた砂浜だ。アグは頷いた。


「せやからわいが、追い返した。生界に戻れって」

「ここから向こうまで……どうやって?」

「泳いでいった」

「すごいですね…」

「すごないし。いや、今その話どうでもいいねん。黙って聞けや」

「はい……」


アグはその時の話を、既に聞いていた。けれどもう一度、ヒズミの話を黙って聞いた。


「その時にな……あの子のこと、抱かしてもろたんよ」

「……」

「最後の頼みや言うたら、聞いてくれた」

「……」

「お前には絶対内緒にするって、それだけ約束して…」

「……」

「でも心苦しうて、キスだけしてもうたってあの子、お前に言うたやろ……。あれは嘘やねんで。ほんまはあの時、わいとあの子……」


ヒズミの言葉を遮るように、アグはヒズミを抱きしめた。


「……!!」


ヒズミは一瞬、何が起こったのかわからなかった。ただ呆然と目を見開いて、体温のない身体に強く抱きしめられた。


「何す……」


アグの顔はヒズミには見えない。でもわかるのは、アグが泣いているということ。


何の涙? 悔し涙?


何……?


ヒズミは力が抜けて、アグを引き離すこともできない。それどころか、不思議と心地がいい。懐かしい。


(何で…これ………)


ああ………わかった………


匂いや………


あの子の匂いがするんや………


「っぅ………」


ヒズミの目からは、涙が溢れた。


何の涙なのか、自分でももう、よくわからなくって。


「………」


ヒズミはゆっくりとアグの背中に手を添えて、彼のことを抱きしめ返した。


体温がない。


これは人じゃない。


心臓の音がない。


「っく………ぐす………ヒズミさん……ありがとうございます……」

「何で礼しか言わんの………何で……?」

「ありがとうございます……」

「………」




君のことを愛している男が、俺の他にもまだいる……


君のことをずっと待って、覚えていてくれた人がいる……




嬉しかった………




君の身体は朽ちてしまって、その魂がここに来ることもない


君は死んでしまったわけでもなく、それ以前に君は君ですらなくなってしまったのだろう



君はもう、この世にいない


あの世にもいない



だから俺が覚えているしかないと思っていた


仲間は皆死んで、ここにもいなくて


だから俺が忘れずにいるしかないと思っていた


でもそうじゃなかった。


俺だけじゃなかった。





『ねえ、ヒズミはね、

生まれて初めて、俺を好きだと言ってくれた人だよ』





君は、愛されている


今も、まだ……




愛されて、いるからね………







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ