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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
最終章

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333/341

番外編・ホワイトバレンタイン①

ピンポーン


「はぁ〜い」


リウム・ベルはチャイムの音に返事をすると、玄関の扉を開いた。扉の向こうには、ベルの友達3人が揃っていた。


「材料買ってきたわよ〜!」

「邪魔するぞ」


やってきたのはメリとベーラ、そしてメリの押す車椅子に乗せられ、人形のように眠っているヌゥだ。その手の袋には、大量の板チョコレートをはじめとする、お菓子作りの材料が大量に詰まっている。その日はバレンタインの前日だった。


「今回もまたすごい量ですね!」

「当たり前だ」


メリとベーラは自分の家のようにベルの家にあがりこむと、リビングの机の上に買ってきたものを並べた。


板チョコレートは黒、白、ピンクと3種類を大量に揃え、トッピング用にナッツ類やチョコペン、粉砂糖にドライフルーツ、とにかく店にあるものを根こそぎ買ってきたという感じだ。食材以外にも、完成品をいれる可愛い箱や袋も揃っている。


「じゃあ早速作りましょ〜!」


メリ、ベル、ベーラの3人は、お菓子作りに取りかかった。毎年バレンタイン前日に、皆で集まってお菓子を作るのだ。少し前まではヌゥも一緒に作っていた。だけどヌゥはもう寝たきりになってしまったので、車椅子に座っているだけだ。それでも必ず連れてくる。


ベルはお菓子作りがこの中で1番上手かった。メリがベルに教えてもらいにやってきたのがきっかけだった。だったら皆でやりましょうと、ヌゥとベーラも誘った。ヌゥは自分を仲間に入れてくれて、すごく嬉しそうにしていた。ベーラは作るよりも余ったお菓子を自分が食べることが目的だったが、一応真面目に取り組んでいる。


ガトーショコラ、クッキー、チョコタルト、マフィンなど、とにかくたくさん作る。上手く出来たものをプレゼント用にして、余ったものは皆で食べる。


ベル以外はもう結婚していた。だからパートナーにお菓子をあげることより、女の子同士皆で集まってわいわいやることが第一の目的だった。


「そう言えば皆の子供何歳になったんだっけ〜?」


メリがチョコレートを湯煎にかけながら尋ねた。


「マーシェとジーナは12歳だ」

「もうそんなにでかいの?!」

「マーシェ君たちが生まれてから、もう10年以上も経ったということなんですね」

「ひぃ〜……」


メリは顔を引きつらせた。

ベルは一生懸命メレンゲを立てている。


「ということは、スー君は14歳ね! もう少しで15歳だっけね」

「早いものだなあ…」


皆ももうアラサー、アラフォー世代に突入していた。30を超えてからは、歳をとるのがあっという間と聞いていたが、本当にそうである。

不思議だ。こんなにのんびりとした暮らしをしているというのに。時間の流れが倍速にでもなったのかと疑う。

そのくらい若い時代は長かった。きっと色濃かった。多分そうなのだ。


「メリは……相変わらずか?」

「そうなのよ〜! 不妊治療を始めてもう5年よ! こんなに出来ないとは思わなかったわ。でも私、まだまだ諦めないわよ! 40になっても産めるって聞いたし〜?」

「メリさん…」


メリは子供ができにくかった。そのうち出来るだろうと様子を見たまま2年経った。ベルに相談して不妊治療を始めた。それでも出来ずにもう3年経った。メリはもう、38歳だ。


「なかなか出来ないのはメリさんがシャドウだからじゃないかと思って、ラミュウザさんに相談もしたんです。でも人間同士は関係ないっていうんです。何なら魔族となら確率上がるなんて言ってましたよ…」

「元々の私の体質が悪いのよ。こればっかりはしょうがないわ!」


メリはふと車椅子のヌゥの顔を覗き込んだ。静かに呼吸のみを繰り返し、微動だにしない。


「知ってる? ヌゥの妊娠って一撃だったのよ!」

「一撃って……」

「ソヴァンもシャドウにしてもらえばいいんじゃないか? 呪人を作ってやろうか」


ベーラがそう言ったので、メリは爆笑し始めた。ベルも苦笑が止まらない。


「そういや、ベルは何でゼクトを振っちゃったの?」

「えっ?!」

「ネックレスもずっと大事につけてたし、ベルもゼクトが好きなんだと思ってたけど!」

「いえ、私は…」


未だにヌゥ以外、誰も知らない。ベルが時の世界に行ったことを。ベルが今、スノウに恋しているということを。


「ま、別にベルの自由だからいんだけど!」


すると、チンとオーブンの音がなった。ベルたちはオーブンの元に近寄り、その扉を開けた。


「うわぁ〜〜!」


幸せな甘い匂いが部屋中に広がった。3人は上出来のチョコレートパイに目を輝かせた。





次の日、学校帰りのスノウは、自分の家にも帰らず、ベルの家の玄関のチャイムを鳴らす。


ピンポーン


「はぁ〜い」


玄関の扉を開けると、まだ14歳のスノウが立っている。手提げかばんには溢れんばかりの、チョコレートと思われるプレゼントの数だ。


ベルはちらりとそれを見る。いいおばさんが、そんなことに嫉妬なんてしない。

去年もその前の年もそうだった。スノウはすんごくモテて、毎年チョコレートを山盛りもらっては、それを持ってベルの家にやってくるのだ。


「どうぞ」

「お邪魔しま〜す」


スノウは玄関に上がり込むと、まるで自分の家のように廊下をスタスタ歩いて、リビングの椅子に腰掛けた。先ほど持っていたバレンタインプレゼントの山を、机に乱雑に出していく。


「今年もすごい数ですね」

「こんなにもらってもさ、困るんだよね。ベルさん甘いもの好きでしょ。ほら、つまんでつまんで」

「せっかく女の子たちが作ってくれたんでしょう? そんなこと言わないで、食べてあげたらどうですか?」

「こんなに食べたら鼻血でちゃうって!」

「ふふ……」


可愛いラッピングの箱や袋の中には、これまた可愛らしいデコレーションされたチョコやクッキーがちょこんと入っている。義理か本命かはわからないけれど、とにかく毎年たくさんもらうのだ。


「母さんも好きだったんだけどなあ…甘いもの」

「そうでしたね」

「父さんは嫌いだし。だからベルさん、手伝って!」

「ふふ。ちゃんと食べるのは偉いです。では少しだけ、いただきます」


スノウは乱雑に積まれた中から適当に1つをとって、箱を開け始める。中に入っていたのはハート型のホワイトチョコレートだ。


(はぁ……はずれ。俺ホワイトチョコって嫌いなんだよね)


何か独特の味じゃん? どうしても好きになれないよな…。


スノウはその箱をしまって、次の箱を開けた。貝殻の形の洋菓子。さすがに手作りではなさそうだ。買ったやつだろう。


「あれ、これチョコじゃない。マドレーヌだ」

「あら、素敵ですね。バレンタインに送るマドレーヌには『もっと親しくなりたい』という意味があるそうですよ」

「ふう〜ん」


スノウはマドレーヌを食べ始めた。甘くしっとりした食感が口に広がる。


(ああ、買ったやつのが美味え。型にチョコ溶かして詰めただけのやつとかさあ……全然美味くねえの。ていうかこれくれたの、誰だっけ。忘れたわ)


スノウはベルの入れてくれたホットココアを飲みながら、袋を漁る。


「これはクッキーだ」

「クッキーは『あなたとは友達です』という意味があるそうですよ」

「ふうん。じゃ、こいつは義理ってことね」

「意味を考えて贈ってるかどうかは知りませんけどね」

「まあなんでもいいけど…。あ、これなんてグミだぞ」

「グミは『あなたが嫌い』という意味ですよ」

「何だそれ! 誰だ、こんなのくれた奴は!!」


スノウが声を荒げると、ベルは腹を抱えて笑った。それを見たスノウも楽しそうに笑っていた。


「ベルさんって物知りだよね」

「スー君のお父さんほどじゃありませんよ」

「そーう? 父さんは暇がありゃ何かいじるか本を読んでる。最近は脳外科の本ずっと読んでるよ」

「ああ、私が貸したんですよ」

「ベルさんはお医者さんなんだもんね。病気になったらリウムさんに診てもらいたかったな〜」

「ふふ。シャドウは病気になりませんからねぇ」


スノウはほとんど毎日と言っていいほど、ベルの家にやってくる。ベルはそのことに特に触れることはなく、笑顔で彼を受け入れるだけであった。


ココアとお菓子を交互に口にしながら、2人はしばらく雑談をして、あっという間に外が暗くなった。


「スー君、もう帰る時間ですよ」

「ああ…うん、そうだね」


ちらりと時計を見る。18時を過ぎていた。母さんが話ができた頃は、18時までには帰るようにとよく怒られたっけ。フリップの文字でだったけど。


時計が見えなくなって、俺が帰ってくる度に、今は何時だと父さんに問い詰めていた。父さんも厳しくて、1分過ぎただけでも黙っててくれなかった。もし母さんが口を聞けたら、どれだけガミガミ怒られたのかと思うと、ぞっとするよ。なんてね。


「スー君」

「うん?」


ベルは指でつまめるような、小さな青色の袋に包まれた彼へのバレンタインのプレゼントを、そっと差し出した。


「ベルさん、ありがとう」

「もう食べ飽きたかもしれませんが」


スノウは笑って首を横に振った。


「ありがとう!」


スノウはそれを受け取って、余ったお菓子もしっかりと持ち帰った。


「うう〜!! 寒っ!!」


スノウは暗がりの外の寒い街中を走った。家までは走れば10分もかからない。

ベルのくれた青い袋を手にして見ながら、スノウはニヤついた。


「ベルさんからのバレンタイン〜〜!!!」


大切そうにそれを持って走り、やっと家にたどり着いた。


「ただいま〜!!」


玄関を開けるとハイテンションで家の中に入った。


「おかえり」


リビングのソファにアグが腰掛けていた。ソファの机には見慣れぬ焼酎とおつまみの缶詰が置かれている。向かいにはヌゥが人形のように車椅子に座らされている。アグは顎に手を当てて酒を飲みながら、ヌゥの顔をじーっと眺めていた。


「何それ、晩飯?」

「うん。お前は昨日の鍋の残り食っとけよ」

「わかってるよ。2人で鍋ってさ、絶対余るよね。ねえ今度は誰か呼ばない? ベルさんとかさ〜…」

「ああ、それもいいな」


スノウはヌゥを眺め続けるアグを見て、にんまりと笑った。


スノウはリビングの椅子に座ると、もらってきたお菓子の山をカバンごと置いた。アグは横目でそれを見る。


「何だそれ」

「バレンタインのチョコ! 俺ってばモテるから! 父さんも食べていいよ。母さんからもらえないんだし」

「いらない。甘いもの好きじゃねえから」

「だよね。ハァ……俺もこんなにいらないんだよなぁ」

「じゃあもらうなよ…」

「そういうわけにはいかないでしょうよ」


スノウも身体をアグの方へ向けた。


「あ、父さん! ていうかそれ、市場でいっつも行列できてる高い鯖缶じゃん!」

「そ。俺の好きなやつ」

「えー! ずるいずるい! 俺もそれ食べたいよ!」


アグは奥のソファに置かれた袋を指さした。スノウは立ち上がるとその袋の中身を覗く。高級鯖缶が大量だ。


「どうしたのこれ」

「バレンタイン。メリたちから」

「あ〜……」


スノウは鯖缶を1つとって、元いた席についた。


アグは甘いものが好きではない。だから毎年、アグはお菓子をもらわない。友達は代わりに別の食べ物をくれる。一昨年はカレーの詰め合わせ、去年はラーメンの詰め合わせ、今年は鯖缶と焼酎だ。


(俺もお菓子じゃない食い物がいいなあ〜)


スノウは余りのお菓子たちを見て、げんなりとした。

捨てるわけにもいかないしな。さすが良心が痛むぜ。母さんが食べれたら全部あげるのになぁ〜。


まあいいや。それよりこれ! 鯖缶よりもこれだよ!!!


スノウはベルのくれた袋を手にし、じっと眺めた。

わくわくしながら袋を開ける。


中に入っているのはトリュフだ。それが2つ繋がって、チョコペンで顔が描かれて、スノーマンの形をなしている。


(またホワイトチョコだよぉおお……!!)


スノウはその愛らしいスノーマンを見ながら、がくりとうなだれた。


ベルさんは毎年俺にバレンタインをくれる。いつも一口サイズの義理チョコ感満載のチョコだ。それはいつも、スノーマンの形をしている。故に白く、常にホワイトチョコが使われている。


「お前ホワイトチョコ嫌いじゃなかったか?」


アグがそれを見て呟いた。


「嫌いだけど…」

「捨てるのは嫌なんだろ。食ってやろうか?」

「はあ?!?! 絶対あげねえし!!!」


スノウは半泣きになりながら、大切そうにスノーマンチョコを持ったまま、部屋にこもってしまった。


「何だあいつ」


アグは思春期と思われる息子の様子を見たまま、鯖缶をつついた。いつの間にか空になっている。


「あら。もう1缶食うか」


今年はセンスがいいじゃねえか。


アグはもう1つ缶詰を取り出してパカっと開けた。

メリが寒い中並んでこれを買う様子が目に浮かんだ。誰が買ったかなんて知らないが、多分そうだろうと彼は思うのだった。


(お返しに鰻丼でもやるか)


メリがそれを見てブッサイクに顔をしかめながらも、旦那と一緒にそれを躍起になってかきこんで食べる様子が目に浮かんだ。


「メリのやつ、キレるかな」


アグはヌゥに話しかけた。


【今夜決めてやるし!って逆にテンション上がるんじゃない?】


ヌゥがそんな風に言ってくれた気がした。

気がしただけだけど。


「お前も食う?」


アグは動かないヌゥに鯖缶を差し出した。


【俺はそっちのチョコのがいいかな〜!】

「だよな」


またそんな風に言いながら、笑いかけてくれる気がして。


しばらくの沈黙に襲われて、アグは晩酌を終わらせた。

ベルに借りた脳外科の本を取り出して、再び勉強を開始する。


(絶対作ってみせるから……)


お前と話をするための方法は、もうこれしかないはずだ…。


(待ってろよ…ヌゥ…)


アグはいつかヌゥと言葉を交わせる未来を夢に見ながら、今夜もその分厚い本に、真剣に目を通した。




「いただきますっ!!」


スノウはスノーマンの頭を、丸ごとバクっと食べた。


口に広がる独特の甘みは、完全にホワイトチョコの味だ。


(まずい〜〜……)


わけないだろぉおおお!! ベルさんの手作りだぞぉお?!?!

いや、でももろホワイトチョコだっっっ!!!

甘い!! 甘すぎる!!

何で同じチョコなのにこんなに違うんだっ!!!

くそぉおおお!!!!


スノウの手にはスノーマンの身体がまだ残っている。

スノウはその身体部分のトリュフも口に入れて、その濃厚な、カカオマスを失ったココアバターとミルクと砂糖の味わいを堪能した。


(ホワイトぉ…………)


何とかスノーマンを平らげた。


「ごちそうさまでした……ベルさん……」


スノウは自分の勉強机にバタリとうつ伏せた。





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