番外編・年末年始②
「さてと…」
異空間に飛ばされた皆は、薄暗い部屋の真ん中の丸テーブルに、並ぶように座らされた。
「何じゃこりゃ!」
「ちょっと、アグさん〜!」
皆は騒いでいたが、アグも気にせずそこに座り込んだ。
「おいメリ! お前のせいだぞ!!」とレイン。
「何で私のせいなんですか!!」
「お前がアグの酔ったとこみた〜いとか言ったからだろ!!」
(なるほどな……発端はメリか…)
メリは腕を組んで、何だか開き直った様子で、ツンっと顔をそむけた。
「1回くらい潰したかったんだも〜ん!」
「ワインに何混ぜたんだよ…」
「薬よ! 酔いやすくする特注の!」
「何でそんなもん持ってんだよ…」
「ハルクさんに作ってもらったんだもん!!」
アグはハルクの方をキッと見た。ハルクは気まずそう〜に目をそらしながら呟いた。
「ハルクさん?!」
「いや、その……盛り上がるかなって…思いまして…」
「盛り上がらないでしょう!」
「…文句はグリンスタ家に言ってくださいよ」
「ハルクさんも楽しみにしてたでしょう! ていうか皆が楽しみにしてたんだから!!」
「全員グルで間違いはなさそうだな…」
「いいからさっさとこっから出せよ!」
「嫌です」
「はぁ〜?」
「ねぇアグ、あんたもう、ちょっと酔ってるでしょ」
「酔ってねえし」
アグが指を鳴らすと、皆の前に酒の注がれたグラスが現れた。
「何だこれ」
「お酒ですよ」
「見ればわかる」
「おいアグ、能力乱用して何する気だ…?」
アグは自分の前に現れたグラスを手に取ると、皆に向けた。
「いいハンデももらったし、誰が最後まで残るか、サドンデスゲームしましょうか」
アグはゴクゴクとその酒を飲み干した。
「脱出条件は、ゲームが終了すること! 泥酔して倒れるまで酒を飲み続ける。最後まで倒れなかった奴が勝ち! 1回泥酔したら途中で目が覚めてもそいつは負け。勝者が出たらゲーム終了で、全員脱出! はい! 早く目の前の酒飲んで!!」
(アグさんんん!!)
(絶対酔ってるぅうう!!!)
(意味不明なゲーム始まったぁあ!!!)
そんなアグは、似合わぬ笑みを浮かべていた。
「1回くらいアグを酔わせて潰してみたいのよね〜!」
メリが突然そんなことを言った。
「ほら、あいつさ、くっそ酒強くて、いくら飲んでも全然酔わないじゃない?」
「確かにそうだね〜」
「皆が馬鹿騒ぎしてる時もさ、アグだけ白〜けた感じで見ててさ!」
「白けてるかはわかんないけど…」
「たまには酔っ払ってさ、楽しくはっちゃけたりしてもいいと思うわけ!」
「はっちゃけ……」
アグさんがはっちゃるのはイメージできないけど……。
まあでも確かに、ヌゥがあんな風になって、どことなく寂しそうにしてるのは僕も気づいていた。
もちろんアグさんにはスー君もいて、仕事も忙しくて、充実した毎日を送っているとは思うけど、ヌゥが元気だった頃みたいに笑うことは減ったような気がするなぁ……。
メリもずっと、それが気になっていたのかな…。
「でもどうやったらあの無敵酒豪を酔わせられんだろ〜…」
「う〜ん…」
そして僕は、ハルクさんに相談して、酔いを回らせることの出来る禁断の薬を開発してもらった。
今日はその薬を使って、アグさんにも楽しいほろ酔い気分になってもらいたかったんだ。
だけど……
「も、もう駄目れすぅ〜……」
ベルも顔を真っ赤にして机にうつ伏せた。
(何か思っていたのとは、違う展開になった……)
ゲームが始まって30分、激弱常連のベーラさんとハルクさんは、早々にダウンした。
ベルさんも今、夢の世界へと旅立たれた…。
「こうなりゃね! 絶対負けないんらから!!」
「どうだか。呂律まわってねえぞ、メリ」
「うるしゃいわね! 早く次の酒を出しなしゃいよ!!」
食らいつくのはレインさんと僕、そしてメリ…はもう限界かな…。
「お前なぁ! 勝手にこんなことして、許さねえぞ!!」
「勝手に変な薬飲ましたのはそっちでしょう!」
「何だと〜?!?!」
レインさんも…駄目そうだ……。始まる前に数本飲んで1人できあがってたし…。
僕たちは目の前に現れた酒を再び飲み干した。
このお酒、やったらアルコール濃度が高いんだよな…。
辛くて涙でそうだよ!!
「ていうか、潰れる前に腹がたぷたぷになりそうなんですけど…」
すると、アグはパチンと指を鳴らした。
「っ!!!」
「まだまだ飲めそうだろ」
一瞬で胃の中が空になったような感覚だ。むしろ喉が乾いて仕方がない…!! 空間束縛恐るべしっ!
「ソヴァン〜……」
その時、メリがバタリと倒れた。
「メリ?!?!」
「ぜ、絶対に負けんりゃらいわよ……」
メリは半泣きでそう言い残すと、バタリと倒れた。
「っし…メリも終わりと」
アグさんはまだまだ余裕そうに酒を飲んでいる。
(あの薬、普通の人が飲んだらチューハイ50ミリくらい飲んだら泥酔するとかハルクさん言ってたんだけどな……。何であんなに平気なんだ……)
バタリ!とレインも倒れた。
「ええ?! レインさんも?!?!」
「ふにゃ〜……」
頼りの獣人も、目を回すように倒れてしまった。
「あとはお前だけだな、ソヴァン」
「アグさん……」
アグも多少は顔が赤い。泥酔とまではいかないが、多少ほろ酔ってはいるのだろう。
そして僕も…実際クラクラしている…。
「僕、負けませんから…!」
「お前そんなに強くねえだろ…」
「メリに絶対に負けるなって言われたんで!」
ソヴァンは目の前の酒を飲み干した。
アグもそれを見て、同じように飲み干した。
「やるじゃねえか…」
「ハンデあるんで…負けるわけにはいかないです…」
その頃にはゲームが開始されて1時間くらいたっていた。
アグとソヴァン以外は皆完全にダウンして、2人の声だけが異空間内に響いている。
「それにしても、メリもろくなこと考えねえな」
アグがふとそう言ったので、ソヴァンはピクンと眉を動かした。
「メリは、アグさんのためにやったんですよ」
「はあ?」
「ヌゥがあんな風になって、アグさんが寂しがってるんじゃないかって! だからちょっとでも酔っぱらったら、楽しい気分になれるんじゃないかって!」
「はああ?!」
僕がそう言うと、アグさんは何だか怒った様子だった。
バシャン!!っとアグさんに酒をぶっかけられて、一瞬何が起こったのかわからなかった。
「な、何するんですか!!」
「俺は充分幸せだ! 余計な心配すんじゃねえよ!」
「余計ってなんですか!! メリはアグさんのためにって…!」
自分でそう言いながら、目にぶわあっと涙が溢れるのを僕は感じた。
メリにもうそんな気はないってわかってる…。
だけどやっぱり、メリの心のどこかには、アグさんがいる…。
ソヴァンは袖で酒と涙を拭うと、自分の分の酒をゴクゴク飲み干した。
「これでハンデなしですよ……」
「……上等だよ」
2人の前には新しい酒が用意された。
(正直もう、限界なんだよなぁ……)
ソヴァンは水を飲むようにお酒を流し込んだ。
(……)
何で自分が濡れてるのかも、もう思い出せないんだよなぁ……。
アグさんみたいになりたいなあ…って、何度も思ったことがある。
メリが僕を選んでくれた今でさえ、僕は何度も、そう思ってしまうことがある。
『うわ〜! 見てこれ! ノア・クリスタル!!』
新婚旅行で僕とメリは、世界中の鉱山を巡った。
『こっちはチタニウムクォーツっていうのよ! 綺麗ね〜!!』
メリは終始楽しそうだったんだけど、僕はそこまで詳しくないから知らない石もたくさんあった。
(アグさんだったら……全部わかるのかなぁ……)
アグさんとメリは、趣味も合うし、話も合う。
2人が話しているのを見ると、すごく羨ましい気持ちになる。
その日も僕よりもアグさんと来たほうが楽しかったんじゃないかって、一瞬思ってしまった自分に、物凄く嫌気が差した。
『皆のお土産どうしますか?』
『これでいいんじゃない! 鉱山型ドームケーキ!』
最後にまわった観光地ルノアード鉱山のお土産屋で、メリはケーキをカゴにいれていく。
『1つ足りなくないですか?』
『ああ、アグのとこにはいらないわよ。あいつ甘いものあんまり好きじゃないし。ヌゥももう食べられないからね。子供たちには別のお菓子買ってあるし!』
『…じゃあアグさんには別のもの買いますか?』
『ううん! いらない! もう用意してあるから!』
『え?』
メリはカバンから、金色の鉱石パイライトを取り出した。
『あいつはこれだから!』
『そっか……』
メリはアグさんのことは、もうなんとも思っていないに違いない。本人もそう言ってるし、メリは僕のことを何度も好きだと言ってくれたし、僕らは両想いだってわかってる。
だけど…
「ぷはぁっ!! 飲みきった!!」
「まじかよ…ったく……」
ゲームが始まって90分、意識は朦朧として、今にも倒れそう…。
何杯飲んだろう…もはや数え切れない。
自分がこんなに飲めるなんて知らなかった…。
本当はハンデありありなんだけど、アグさんと対等に飲み合っている。
だってアグさんも、もう顔が真っ赤で、今にも潰れそうだから。
「ソヴァン…俺さ……」
「へ……」
「本当はお前のことが羨ましかったよ……」
「え……?」
アグさんが突然そんなことを言い出したので、僕は驚いた。
「お前といる時のメリは、すっごく幸せそうだよ……。いつも笑って、お前の話ばかりするよ…」
「な、何ですかいきなり……」
「俺が泣かせた分以上に、お前がメリのことを笑わせて、幸せにして、俺は本当に……感謝してんだ……」
「アグさん……?」
アグさんの目は、もう真っ赤だ。彼がこんなに酔っているところを見たのは、この世で僕ただ1人に違いない。
「正直……ヌゥがああなって……だけどスノウも育てないとって……いっぱいいっぱいだったよ……。幸せそうなお前ら2人を近くで見て、俺も本当はそんな風に暮らしたかったって…。でもそんなこと俺が思ったら……ヌゥが悲しむんじゃないかって……。だから……そんなこと言えなくて……」
アグさんのグラスには、まだお酒が残っている。それが何色なのかも、僕はもう判断できない…。
アグさんは泣いていて、僕もまた泣いていた。こんなに情けないところ、見られるのが彼だけで良かった…。
「ヌゥはアグさんに愛されて幸せですよ…」
「うぅ……ひっく……」
「ねぇ、アグさん…。ヌゥの脳は……まだ生きてるんでしょう……」
僕がそう言うと、アグさんはうんと頷いた。
「脳内で…ヌゥと話せないのかなぁ……。人魚はテレパシーを使って、人魚同士で話をしていたらしいよ……」
「……」
「アグさん………」
ソヴァンがふとアグを見ると、彼はもううつ伏せて倒れていた。
(か、勝った……)
あれ……? 勝ったのに………脱出出来ない……?
(何で……?)
ソヴァンの目の前には、再びお酒が現れる。
(………??)
皆は完全に、泥酔している……。
1、2、3、4、5、6、……僕を入れて、7………。
あれ………ケーキは8等分………
ソヴァンはハっとして、立ち上がった。
足がフラっと絡まって今にも転けそうになった。
(あ……)
その部屋の隅には、ヌゥが1人、壁にもたれて座っていた。
薄暗い部屋だったから、見えなかったんだ。
「ヌゥ……そんなところにいたんだ……」
黒髪の彼は眠りについているが、安らかな笑顔のようにも見える。
「アグさんったらひどいよ……僕にお酒ぶっかけてきてさ……」
【うん! 見てた見てた! ごめんね〜!】
「え……?」
(ヌゥの声……?)
【元はと言えば俺の勝手な行動のせいだからさ〜! ほんっとにごめん! どうか許してあげて!!】
「べ、別にそんなに怒ってないよ……。酔っ払ってただけだからさ…」
【はは! ほんっとソヴァンは優しいよね! ほら、アグって冷静ぶってるけど結構短気なところあるからさ! それに比べてソヴァンは寛容ですごいなって! ソヴァンみたいになりたいってよく言ってるよ】
「アグさんが…?」
ソヴァンがふとヌゥの顔を見ると、両耳に金色のピアスがついている。こんなに意識が朦朧としているのに、よく気づいたなと自分でも驚いたよ。
「あれ……前は片方しかなかったような…」
【ああ、ピアス? 元々友達の形見を、アグとわけわけしたんだけどさ、やっぱり両耳にあったほうがいいよね〜って、前話してたんだ。でもこのイヤリング、パイライトっていって、友達の故郷の近くでしかとれないことがわかったんだよね〜。ソヴァンたちが世界の鉱山めぐり行くって聞いたからさ、とってきてもらおうよって2人で話したんだ!】
「それでメリは……お土産に……」
【アグに作ってもらって、今日つけてもらったんだ! アグからの誕生日プレゼント! 誰も気づいてくれなかったけどねえ! あはは〜!】
「……」
僕は彼がベラベラ話しかけるのを、気が抜けるような、癒やされるような、そんな気持ちで、ただ聞いていた。
「ヌゥ……誕生日おめでとう……」
【うん! ありがとう!!】
「……」
ソヴァンはニコッと笑うと、手に持っていたグラスを、ヌゥの前に置かれているグラスにコツンとあてた。
「乾杯…」
【乾杯!!】
僕はそれを、一気に飲み干した。
(はぁ……やっぱりもう……限界だった……)
「ヌゥ……また遊びに来てもいい……?」
【うん! いつでも!】
ソヴァンはそのまま、ヌゥの前に倒れ込んだ。
こうしてゲームが終わって、皆はアグたちの部屋に帰ってきた。
皆そのまま目を覚まさなくて、その広い家の床にしばらく倒れ込んでいた。
「ぅん……」
そんな中でも、1番最初目を覚ましたのはアグだった。
(やっべぇ……俺、潰れた…?!)
外は完全に朝になっている。時計を見ると、朝の4時だった。
家では皆がバラバラに爆睡している。
(年明けてるし……)
「あ! そうだ!!」
アグは何かをひらめいたような思い出したような声を上げた。
「ぅぅ……」
次にソヴァンも目を覚ました。
「ぁ……アグさん……」
「ソヴァン、あけおめ!」
「あ、あけおめです……」
アグは何だか嬉しそうな表情を浮かべ、机に向かって、部屋の棚に並べられた分厚い本を手に取ると調べ始めた。
ソヴァンは完全に二日酔いで、酷い頭痛と吐き気に襲われながらも、起き上がった。
「アグさん…何してるんですか…?」
「思いついたんだよ!」
「何をですか…?」
「世紀の発明品!!」
「??」
ソヴァンもまた、昨日の記憶がほぼなかった。最後にアグと一騎打ちをした記憶はあるのだが、何を話したのかあんまり覚えていない。
(そう言えば……僕、ヌゥと話をしたような…)
ヌゥは昨日と同じソファに座ったまま、死んだように眠っている。
(さすがに夢か……)
「ぅうーん!!」
次に起きたのはメリだった。
「おえー! 気持ち悪!!」
「メリ、おはよう」
「おはようソヴァン! うっぷ!!」
「大丈夫…?」
「あったま痛!! 気持ち悪! おえー!!」
「……」
メリは吐き気をもよおしながらも、起き上がった。
「はっ! ていうかもう朝じゃん!」
「そうだよ〜」
「はぁ……いつのまに…。うん? アグ、何やってんの?」
メリは机に向かって本を読んでいるアグを見つけた。
「メリ! あけおめ!」
「あ、あけおめ……アグ…」
アグは何だか楽しそうだ。最近じゃあ見たこともないほど活き活きしている。
「何で楽しそうなの…」
「次の発明品を思いついたみたいですよ」
「ふうん……」
メリもまた、嬉しそうに彼を見ている。
「あ〜! アグが潰れるところ見れなかった〜…」
「僕は見たよ」
「えっ! あんた勝ったの?!」
「当たり前じゃん! メリに絶対勝てって言われたからね!」
「すごいじゃん! え? どうだった? 泥酔したアグは」
「えっと…それはあんまり覚えてないんだけど…」
「なによそれ!! 本当は先に潰れたんじゃないの?」
「そんなはずはないんだけどなあ…」
「うっっ、やばい! ちょっとトイレ!!」
「あ……」
メリは一目散にトイレに駆け出していった。
「アグさん」
「うん?」
「昨日、アグさんが先に潰れてましたよね」
「あー覚えてないけど…最後お前と飲んでたよな」
「はい……」
「でも何か……生まれて初めて酔って、何か色々発散してスッキリした気分!! いいことも思いついたし!!」
「……」
その時、彼の両耳のピアスが、キラっと光ったのが見えた。
(あれ……えっと……、何だっけ……)
アグはソヴァンに向かってにっこりと笑いながら言った。
「楽しかったな! また飲もうぜ、ソヴァン!」
(アグさんが笑ったの……久しぶりに見たな……)
「もちろんです!」
ソヴァンもにっこりと笑いかけた。




