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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
最終章

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特別編・サンタへの手紙③

※「サンタへの手紙③」は、第1章終わりの特別編「サンタへの手紙①②」と、本編を最終話までご覧になった上でお読みいただく内容になっています。

【アグ、明日何の日か知ってる?】

【クリスマスだろ】

【そう! それに、アグの誕生日だねぇ!!】


12月24日の夜のこと。

明日、アグは832回目のクリスマスを迎える。

と共に、クリスマス生まれの彼は、明日832歳になるというわけだ。


エルスセクトの街外れ、ミラからもらった家に住んで、もう800年以上たった。

もちろん家は不朽するから、呪術で立て直したりはしたのだけれど、俺とヌゥはずーっとその場所に住んでいる。


ヌゥは寝る時以外、車椅子に座らせている。

彼はもうやせ細った白髪のおじいちゃんだ。

彼の白髪に違和感はまるでない。もちろんしわは増えて皮膚もたるんではきたが、綺麗な顔をしていると思う。街を歩いているとおばあちゃんと間違われることもある。まああながち間違いじゃないのかもしれないが。


俺はヌゥより、1週間近く早く生まれた。

ヌゥの誕生日は大晦日だ。でもそれは彼の育ての親ベリー・アルバートが子供を死産した日なわけで、こいつが本当に生まれた日付じゃあないのかもしれない。だけど俺たちはノアの誕生日を知らないから、こいつの誕生日はわかりやすく大晦日のままでいいかってことにしたんだ。


【何歳になるんだっけ?】

【832】

【うわ! すごいね! ていうか、よく数えてられるね】

【数えてねえよ。西暦から計算すりゃすぐにわかるだろ】

【はいはい。俺にはそんな計算、頭がまわりましぇん!】

【バーカ】

【アグと比べたら全人類バカになっちゃうよ!】

【それは言いすぎだろ…】


窓の外は雪が降っている。ここは雪の街エルスセクト。

観光地だ。


この街外れには滅多に人が来やしないが、街はクリスマスシーズンで大いに賑わっている。

巨大なクリスマスツリーが飾られて、街中がイルミネーションで輝いている。


観光名所シィトルフォスは、今でも健在にその雪山の姿を保っている。温泉ブルーラグーンに氷の洞窟、更に3日に一度はオーロラが見れるとあって、そんなロマンティック感満載のシィトルフォスは、ハネムーンの利用客があとを立たない。


【俺、結局一度もアグに、まともなプレゼントをあげてないね】


こいつは独房にいる間、なぜか毎年俺にアイスを食わせた。

当時は嫌がらせかと思っていたもんだが、後に話を聞くと、アイルドクレースをアイスクリームと勘違いしていたらしい。


本当に可愛いやつだ。


【アイルドクレース、本当にくれたじゃん】

【それあげたの、クリスマスと関係ない日でしょ】

【でもお前がくれたんだよ、俺に】


800年以上前に、こいつとキバル山に登った。もちろん仲間も一緒だった。

こいつはその時記憶喪失だったというのに、アイルドクレースを見つけて俺にくれたんだ。


その美しい鉱石を、今でもずっと大切にしまっている。


【俺の宝物だよ】

【そんなに喜んでくれるなんてね。本当に石が好きなんだね!】

【ただの石じゃねえの。超レア鉱石だから!】

【はいはい!】


俺は、机を挟んだヌゥの前のソファに腰掛けて、彼の顔をじぃっと見ていた。

彼は常に、死んだように眠っている。


【でもさ、サンタがいないって知った時、本当にびっくりした!】


独房で数年経った頃、アグはヌゥにサンタのネタバラシをした。理由は、毎年手紙を書こう書こうとせがまれるのが、うざくなったからだ。


【俺が言わなきゃ一生信じてたろ】

【当たり前じゃん!】

【俺がいなきゃ、スノウにサンタが来ないところだったな】

【ほんとだよ! 危ない危ない!】


親になった俺たちは、一時サンタになった。

スノウの奴はさっさと気づいていたみたいだけど、わざと気づかないふりをして、喜ぶ様子をヌゥの手のひらに文字で書いたりして、逆にヌゥを喜ばせていた。


そういうあざといところは、俺に似てしまったのだろう…。


ちなみにスノウとベルの間に子供はなかった。

結婚した時にはベルもいい歳だったし、そもそも元々作る気もなかったようだ。


それよりも2人自身のために時間を使った。


そういう選択も、また正しい。


【ああ、今年もアグにあげられるものがないや】

【いらない。お前がいてくれたら、それでいい】

【……】


アグってさ、2人きりだと、どんな歯の浮くようなセリフも、さらっと言うんだよな〜…。


表情筋が動かなくてよかった。照れてる顔を見られるなんて恥ずかしいから。


『サンタさん アグの欲しいものを1つ、俺にください』


10歳の俺はサンタにそうお願いした。クリスマスの朝、枕元にはもちろん何もあるわけがなかった。


『欲しいものはありません』


11歳目前のアグは、そんなことを書いていたっけ。


【アグ、サンタって本当にいないのかな】


サンタは本当に俺にアイルドクレースをくれた。

友達も、頼んだ数よりたくさんくれた。

くれたのは、ものすごく、あとだったけれど…。


【さあ……】

【見たことがないだけで、本当はいるのかな……】

【そうかも……】


アグは穏やかな笑みを浮かべて、彼を見ていた。


【また手紙を書こうかな……】

【サンタに?】

【うん………】

【そんなギリギリに頼まれちゃ、サンタも困っちまうな】

【たしかに!】


アグは便箋と鉛筆をさっと呪術で生み出すと、2人の間の机の上にそれを広げた。鉛筆をぐるぐると回したあと、手紙を書く体制をとった。


【代わりに書いてやるよ】

【ありがとう】


ヌゥは書きたい文字を、脳内で朗読する。


【サンタさんへ!】

【サンタさんへ……】


ヌゥの言葉を復唱しながら、アグは文字を書いていった。


(手紙なんて書くの久しぶり……ていうか、鉛筆なんて普段持たねえからな……)


ここは800年後の世界。時代は進んで、世間はデジタル化していた。だから紙とペンに世話になることは、随分減った。まあその話はしなくてもいいか。


【子供の頃、たくさんのプレゼントを】

【子供の頃……、たくさんの……プレゼントを……】


アグはカリカリと鉛筆を動かした。その音はもちろん、ヌゥには聞こえてはいない。


【ありがとうございました】

【ありがとうございました……】


(何だ。サンタに手紙を書くなんて言うから、また欲しいものでも書くのかと思った…。欲しいものがあるなら、用意してあげようと思ったのに…)


【俺はもうおじいちゃんですが】

【俺はもう……おじいちゃんですが……】

【どうしても欲しいものがあります】

【どうしても……欲しいものが……あります】


(……うん? やっぱり頼むのか……)


【サンタさんが本当にいるなら……】

【サンタさんが……本当に……いるなら……】

【俺にプレゼントをください】

【俺に……プレゼントを……ください………】

【俺が欲しいものは】

【俺が欲しいものは……】


アグはドキドキしながらヌゥの方を見た。


【俺が10歳の時のクリスマスに、頼んだものと同じです】

【え……?】


アグは手を止めた。


【ん? アグ、ちゃんと書いた?】

【え? ああ、うん……】

【ふふ! アグには内緒なんだから! 俺とサンタさんしか知らない秘密なの!】

【……】


『アグの欲しいものを1つ、俺にください』


俺は知っている。あの日ヌゥが、サンタに頼んだものを。


こいつは知らない。あの日俺が、ヌゥの手紙をこっそり見たことなんて。


【くれるかな〜!】

【……】



俺はその日の夜、ベッドにヌゥを寝かせた。

そしてその手紙を、ヌゥの枕元に置いた。

彼の隣に、俺も寝転んだ。


毎晩一緒に、こうして寝ているんだ。



俺もヌゥも、本当にサンタが来るなんて思っちゃいない。

ヌゥがどうして、今晩に限ってそんな手紙を書いたのかも、俺にはわからなかった。サンタの話をしたから、ただの思いつきで書いたんだと思っていた。


【アグ、おやすみ】

【おやすみ】


(俺の欲しいものなんて、決まっている。それはこの世に、たった1つしかない……)


俺はこいつと初めて過ごしたクリスマス・イブなんかを思い出しながら、眠りについた。




12月25日。クリスマスの朝だ。

兼、俺の832歳の誕生日だ。


【アグ、おはよう!】

【おはよう】

【もう起きてたんだ!】

【ちょうど今起きた…】


アグは身体を起こすと、隣で寝ているヌゥを見た。


【ヌゥ、サンタ来てる……】

【ええっ?!】


俺はそう言って、寝たきりのヌゥをぎゅっと抱きしめた。

触覚のない彼は、俺に触れられていることなんてわからない。


【嘘でしょ、さすがに】

【嘘じゃない……】

【ええ? じゃあ何をくれたか言ってごらん! それが答えられなくっちゃ、嘘だってバレバレなんだからね!】

【俺が欲しかったものが置いてある……】

【え?!】


ヌゥは心底驚いていた。


(嘘ぉ…。サンタ……サンタさん、本当に来てくれたの?!)


ヌゥは脳内で、安堵の表情を浮かべていた。


最期のお願いだから……聞いてくれたんだね……。


(クリスマスの奇跡だ……)


【そ、そうなんだ〜! アグ、それ欲しいんだ! じゃあそれ、アグにあげるよ! 誕生日プレゼント!】

【ありがとう……】


アグはヌゥを抱きしめて、涙を流していた。


(俺は君の……気持ちが嬉しい………)


【アグ、嬉しい?】

【うん。ありがとう。ずっと大切にする……】

【そう? そんなに気に入ってもらえたならよかった!】


(やっとアグにまともな誕生日プレゼントをあげられたよ!)


ヌゥはそんなことを思っていた。


【アグ、832歳の誕生日おめでとう!】

【どうも】

【随分長生きしてるねぇ!】

【お前もな】


アグはヌゥを抱きしめた手をゆっくりと離して、彼の顔を見ながら言った。


【ヌゥ、来年も一緒にいて…】


アグは言った。


【…死ぬまで一緒にいるよ!!】


ヌゥはほんの一瞬沈黙したあと、そう答えた。
























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