メリ襲来
ヌゥたちが出発して1日目の夜、4人はパリータ国のスコルド村に辿り着いた。
「今日はこの村で寝泊まりしよう」
ジーマが言うと、皆は次々に馬車を降り始めた。
「ふぅ〜! やぁ〜っと着いた!」
ヌゥは身体を反らすようにしてぐーんと腕を伸ばした。馬車の椅子は座り心地もいいし、皆の話をたくさん聞けて退屈ではなかったが、やはり長時間座り続けるのは身体にこたえる。
「いやぁ〜、馬車なんて久しぶりに乗ったよ。足にくるねぇ」
ジーマも苦笑しながらヌゥに話しかけた。ヌゥはふふっと笑みを浮かべた。
「ジーマさん! 私が後でマッサージしてあげます!」
シエナは目をハートにして、手をわしゃわしゃさせている。最年少の彼女は馬車の長旅に全くこたえていないようだ。
「それやったらわいにも頼むわ〜」
「は? 何であんたなんかに! アホじゃない?」
「ええやんか。ケチやな〜」
シエナはヒズミを睨みつけたが、すぐにジーマの腕に手を通すと無視をして歩いた。それを見たヌゥは彼女の前に回り込んで、ニヤニヤ笑いながら言った。
「シエナ! 俺も! 俺もマッサージして!」
「は? 調子に乗らないでよね! このイカれ殺人鬼!」
シエナはヌゥに向かってあっかんべーをした。ヒズミはそれを怯えながら見ていたが、ヌゥは「ちぇ〜」と口を尖らせるだけだった。
一行はセントラガイトの西の街クインクレルを越え、その隣国パリータへ入国していた。このスコルド村はパリータの田舎の方で、平民たちが穏やかに暮らしている。宿屋はあるものの、ほとんどが住居で、買い物をするにはパリータの都会の方へ行かなくてはならないような、そんな村だ。
「……」
宿屋に向かいながら、ヌゥは村の様子を見て歩いた。夜だからか人通りは少ない。すれ違う村の人たちは、旅の者であるヌゥたちにもにこやかに挨拶をしてくれた。家の中の多くはまだ明かりがついていて、家族たちの笑い声が時たま聞こえてくる。
(何か俺が住んでた村に似ているなあ…。こんな風に穏やかで、村の皆、仲が良かった…)
「着いたよ」
小さな村の宿だ。当然豪華なホテルではない。夫婦で営んでいる木造りの宿である。しかし清掃は行き届いており、受付のお爺さんも愛想が良かった。
女の子のシエナを気遣って、ジーマは個室をとろうかと持ちかけたが、案の定ジーマの隣で寝る気満々だった彼女はそれを断った。とったのは一番安い4人部屋だ。
宿屋の夫婦手作りの晩御飯を皆で食べた後、4人は畳に布団の敷かれた和室にやってきた。
「和室とか最高や〜ん! あぁ〜もう寝てまいそう」
ヒズミは布団の上にごろんと大の字に転がった。仲間も一緒とはいえ、ヌゥの隣に座り続けるのは、彼には苦行だったようだ。皆が相部屋であることにも安堵したのか、彼の瞼はもう閉じられていた。
アジトのふかふかのベッドに比べれば、この薄っぺらい布団は物足りないかもしれないが、それでもゆっくりと横になれることは幸せだった。
「ヒズミ、もう寝ちゃった!」
「馬車乗ってただけでどんだけ疲れてんの? だらしないわね〜!」
ヌゥは安らかに眠るヒズミの顔をそっと覗き込んでクスっと笑った後、ジーマに話しかけた。
「ねえ、ジーマさん。この宿から勝手に出たら、無断外出かな」
「そうなってしまうね。どこか行きたいところでもあるの?」
「そういうわけじゃないけど、この村なんだか俺の生まれた村に似てるから、懐かしくって、少し散歩でも行きたいな〜って。でも、大丈夫。我慢するよ」
「当たり前でしょ。何わがまま言ってんのよ!」
シエナはヌゥをけなしたが、ジーマはうーんと考えた後、にっこりと笑って言った。
「あぁ、それじゃヌゥ君、村の様子を見て、変なところがないか報告してくれないかな」
「え?」
「これは特別国家精鋭部隊として、隣国の治安維持のための仕事だよ。よろしくね」
「ちょっ、ジーマさん!」
「ジーマさんありがとう! すぐに帰るから!」
ヌゥはジーマに深々と礼をすると、嬉しそうに外に出ていった。シエナは口をぽかんと開けてそれを見届けた後、ジーマに食ってかかった。
「ジーマさん、ヌゥに甘すぎますよ! 何か問題起こしたらどうするんです?!」
「あはは…そうしたら責任をとって引退しないとねぇ」
「そんな呑気なこと言ってないで! ヌゥのことはもっと注意して扱った方がいいって話ですよ!」
(あれっ? でもこの状況って、ジーマさんと2人きり?! いや、ヒズミいるけど、あいつもう寝てるし! やったー! ヌゥってば気が利くじゃな〜い!)
「ま、まあ、夜のパトロールも必要ではありますもんね! 新人に行かせるのは当然です! うんうん!」
シエナは頷きながらそう言って、心の中でガッツポーズをした。
ヌゥは1人、宿の外に出た。もう夜の21時を回っていた。ところどころに建っている柱に灯る光と、月明かりが道を優しく照らしていた。
(涼しくって気持ちいい…)
もう皆就寝しているのだろうか。家の電気はほとんど消え、外には誰もいない。
少し歩いたところでヒヒーンと馬の声がした。ヌゥが振り向くと、幼い男の子が馬小屋の前で、母親と一緒にエサをやっているところだった。
「お母さん! 誰かいる!」
子供がヌゥに気づいて声を発した。母親もヌゥを見つけると、声をかけた。
「おや、見ない顔だね。旅の人かい?」
「あぁ、うん。そうだよ」
「この村には滅多に旅の人なんて来ないからね。何もないところだからさ。まあでもゆっくりしていっておくれ」
母親はゆったりとした口調でそう言って微笑んだ。すると、男の子がとことことヌゥに駆け寄ってきた。5、6歳くらいだろうか。
「ねえお兄ちゃん、僕と遊んでよ!」
「こらこら、もう夜だろ? お馬さんにエサを上げたら、もうお家に帰って寝ないといけないよ」
「ええ? いいじゃない! 少しくらい!」
「わがまま言うんじゃないよ。ごめんねお兄さん…、この子は内気でね、友達がなかなかできなくってねぇ」
半泣きになった男の子は、ずっとヌゥの方を見つめていた。ヌゥは男の子の背に合わせてその場にしゃがんだ。
「ねぇ君、俺と友達になろう?」
「…うん、いいよ」
「ほんと? 良かった!」
ヌゥはにっこり笑いかけると、男の子に手をさし出した。
「そしたら、握手だよ!」
「う、うん」
男の子も恥ずかしそうにその小さな手をさしだし、ヌゥの手を握り返した。
「ほら、友達になれた! 簡単でしょ?」
「うん」
「俺も君くらいの頃ね、1人も友達がいなかったんだ。でも今みたいにしてね、この前やっと大切な友達ができたんだよ」
「そうなんだ。良かったね!」
「うん! 良かった! それとね、友達になってもらうには、第一印象が大切なんだって! 笑顔でいること! できるかな?」
「できるよ!」
男の子はニっと笑ってみせた。ヌゥも同じように歯を出してニっと笑い返した。
「友達、たくさんできるといいね!」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
「じゃあもう遅いから、お家に帰らないとね。俺も宿屋に帰るね」
「うん! またね!」
ヌゥは手を振って歩きだした。母親はお礼を言いながら、ペコペコと頭を下げていた。
そんなヌゥのことを、影から見ている女がいた。
「ふふ…見ーつけた!」
桃色のツインテールが風になびいて揺れている。女は突然、ヌゥの前にその姿を現した。
「こーんばんわ!」
「?!」
ヌゥはその女を不審な目で見つめた。
(この子、気配がなかった…。それに、この子から異様な空気が漂ってる…)
しかしヌゥはひょうひょうとした様子で彼女に声をかけた。
「誰?」
「ふふ! はじめまーして、ヌゥ君! 私はメリだよ!」
(…どうして俺の名前を知っているんだろう? それにメリって…なんかどこかで聞いた気もするけど、うーんと、誰だったっけ?)
「ねえ! 私とも握手してよ!」
メリはニヤついた顔を崩さずに、自身の右手をヌゥの前に差し出した。
(見るからに怪しいな、このメリって子…)
ヌゥは冷ややかな視線を彼女に送ると答えた。
「しないよ。ていうか、何で俺の事知ってるの?」
「え? 何で私とはしてくれないの? あの子とはしてたのに」
ヌゥの質問も耳に入らず、メリは明らかに不機嫌そうな顔つきになった。
「じゃあいいや。代わりにあの子と握手、してくるね」
メリは走り出した。一気に加速したメリの足の速さにヌゥは驚いた。
「ちょ、ちょっと!」
さすがにヌゥも焦りを顕にし、メリを追いかけた。
(…速い。俺と変わらない速さだ。この子、絶対に只者じゃない!)
先ほどの男の子が、ちょうど家に入ろうとしていた。
メリはそれを逃さずに、男の子の手を強く引いた。男の子はその勢いで宙に浮き上がった。
「お、お母さん!!」
男の子が叫んだが、一瞬のことで母親は声も出ずに見ていることしかできなかった。
「ふふ! ほら、これで私とも、お友達だよ!」
メリはそのまま腕を思いっきり振って、男の子を投げ飛ばした。
そのすごい力で、男の子はかなり飛ばされたが、何とか追いついたヌゥが身体で男の子を捕まえた。
ヌゥはそのまま勢いで後ろに飛ばされ、村の樹木に思いっきり背中をぶつけた。
「きゃはっ!」
それを見たメリは楽しそうに高笑いをした。
「お兄ちゃん…」
男の子は心配そうにヌゥを見た。ヌゥは笑って答えた。
「君、大丈夫だった?」
「うん。でもお兄ちゃんが…」
「俺は大丈夫だよ。お母さんのところに帰ろう」
ヌゥは立ったまま薄ら笑っているメリを横目で睨みつけながら、子供を母親のところに連れて行った。
母親は泣きながら我が子を抱きしめた。
「危ないから、家に入ってて」
ヌゥが言うと、母親はお礼を言う余裕さえなく、言われるがままに頷いた後、すぐさま扉を閉めた。
「きゃははっ! ねえねえヌゥ君、メリと友達になりたくなってきた?」
ヌゥは、イカれたように笑うメリを見た。そしてそのまま短剣を取り出すと、メリに向かって駆け出した。
「あはっ! やった! 怒っちゃった? ねえ! 怒っちゃったんでしょ!」
メリは非常に興奮していた。それに対してヌゥは冷静を装っていたが、内心は当然怒っていた。怒りはヌゥの身体を操るが、ヌゥもそれを止める気はさらさらない。
ヌゥがメリに向かって短剣をふると、メリは横に跳んで攻撃を避けた。しかしそれを予測していたかのような速さで、メリの顔を思いっきり蹴り飛ばした。
(速っっ!!)
メリはそのまま地面に打ち付けられ、その勢いで何度も回転し、ようやく止まった。ゆっくり起き上がりながら、土に汚れた顔でヌゥを見た。
「くくく…キレたら殺しにくるっていうのは本物だねっ!」
メリの口からは血が流れていた。今の攻撃で唇を切ったようだ。メリは手で血を拭いながら、笑みを浮かべている。
「思い出したよ…メリ。そうか、君か」
ヒズミが言っていたんだ。俺たちの敵の中には普通の奴とは違う、強いシャドウが存在すると。その1人の名前が、メリだった。
それを思い出したヌゥは、にっこりと笑って、メリに剣先を向けてにっこりと笑った。
「良かった。心置きなく、殺していいね」
 




