番外編・10月12日
「あれ、父ちゃんどこ行くの?」
「あん? いや、すぐ帰るよ」
赤髪の12歳の少年マーシェは、今日は両親の仕事は休みだと言っていたのに、母親にも何も言わずに1人で出ていこうとする父親を、不思議そうに見送った。
「どうしたマーシェ」
「ジーナ、今日何月何日だっけ」
「うむ?」
マーシェとジーナ、双子の兄妹だ。
顔つきはベーラそっくりだったが、髪の色はレインを受け継いで、ジーナも赤色の髪をしていた。
双子の顔はそっくりだが、髪型が違うので見分けるのは容易だった。
ジーナはカレンダーを見ると答える。
「10月12日だ」
「うんー? 何かの日だったような違うような…」
マーシェは顎に手を当ててうーんと考え込んだ。
(何だっけなあ……忘れたけど、なんか去年もおんなじような時期に、1人出てったことがあったよな〜)
「おい、そろそろ学校に行く時間だろ」
母親に声をかけられて、マーシェとジーナはハっとして家を飛び出した。
「いってきまーす!」
「うむ」
ベーラは子どもたちを見送ると、カレンダーに目をやる。
(そうか。今日か)
ベーラは何食わぬ顔でコーヒーを入れると、椅子に腰掛けてまったりとそれを飲んだ。
「マーシェ、学校はこっちだぞ」
「行かねえよ! 早く来い!」
「うむ? どこに行くつもりだ?」
ジーナは今でも母親の口調を真似ていた。マーシェは父親の口の悪さを受け継ぎつつあった。
「いたいた!」
マーシェとジーナはこっそりと父親の後をつけた。
セントラガイトの城下町を歩いている。
「あれ、パパだ!」
「しっ! 静かにしろ! バレるだろうが!」
父親がすっと入った店は、花屋だった。
「は、はぁ?!」
「なんだ? 花屋さん?」
しばらくして出てきた父親が手に持っていたのは、小さな花束だった。
「ええ?!」
「おいマーシェ、お前こそそんな声をあげてはバレるぞ」
「え? ああ、悪い……」
(何で花束なんか……まさか…浮気か?!?!)
マーシェは顔をしかめながら、ジーナは不思議そうな表情を浮かべて、父親のあとを追う。
(家に帰るってわけでもなさそうだな……どこ行くつもりだよ…)
マーシェたちはあとを追って、セントラガイトの西区にたどり着いた。
(うん? こっちの方に何かあったっけかぁ?)
父親が寄ったのは、墓場だった。
影に隠れてマーシェとジーナもちらりとその様子を伺う。
父親は1つの墓の前にしゃがみこんで、先程買った花を添えた。
「あれ? ここって……」
(そうだ…思い出した…! 歴史の授業でこの前習った…! 10月12日……ガルサイア城爆発事件の日だ……)
「おい。学校はどうしたんだよ」
「ええ?!」
父親は明らかにこちらを見て、声をかけた。
「ば、バレた?!」
「バレバレなんだよ…ったく……」
マーシェとジーナは観念して父親の元に向かった。
その花の添えられた墓に書かれた名前を読み上げる。
「フローリア・ガルサイア…」
自分たちと同じ姓を持つ誰か。
父親はガルサイアの元王族で、爆発事件の生き残りだとはうっすら聞いていたが、詳しく話してくれたことはなかった。
「えっと…何? 父ちゃんの親戚の人?」
「パパ、誰なんだ?」
レインはふぅっと息を吐くと答えた。
「俺の、元嫁…」
「え?!」
「うむ?!?!」
マーシェとジーナは非常に驚いた様子だった。
「え? どういうこと?」
「パパ、バツイチなのか?」
不安そうに自分を見上げる我が子に対して、レインも全てを打ち明ける。
「20年以上前のこの日、フローリアは死んだ」
「そ、その人と結婚してたんだ……」
「ああ、そうだよ」
「何で私達に隠していたのだ?」
「隠しちゃいねえよ。わざわざ言う必要もねえと思ったからだ。だからこうして話してんだろ」
「……」
子供たちがどんな気持ちなのかあんまり想像もつかなかったが、墓参りを見られて嘘もつけねえ。もうこいつらもでかくなったし、理解してくれるはずだ。そう思って、話をした。
「母ちゃんは知ってんだろうな」
「知ってるに決まってんだろ」
「ふうん…」
(まあ、母ちゃんがいいなら、いいかもしんねえけどさあ……)
「母ちゃんとこの女、どっちが好き…?」
「はぁ?」
「母ちゃんの方が好きだろ? だってすっごく仲良しだし!」
「……」
レインは困ったような顔を浮かべた。
「え? 何で答えられないの? この女の方が好きなの?!」
「そういうわけじゃねえけど……」
「だ、だってもう死んでるんでしょ?」
「やめろマーシェ」
ジーナは父親に言い寄るマーシェの肩に手をおいた。
「パパはどっちも好きなんだ。同じくらい愛してるんだよ」
「そ、そんなの駄目だろ! どっちか1人にしないと…!」
「じゃあもしママが死んで、パパに新しく好きな人が出来て、その人の方が好きだと言ってもいいのか」
「な、何の話だよ! いいわけねえだろうが!! 好きな人が出来るのだって許さねえぞ!!」
ジーナは淡々とした様子でマーシェを睨んでいる。
それを見てレインも驚いた。
(ジーナはベーラに似ている…ものすごく……)
「でもパパはそうやってママを好きになったんだ。そして私達が産まれたんだ。パパの愛をむやみに否定するな、マーシェ」
「な、何なんだよ…ったく……」
マーシェも観念して、父親に言いがかるのをやめた。
それを見たレインも、ふっと笑った。
「さすがに次はねえよ!」
「当たり前だよ! ていうか勝手にママを殺すなよ…!」
「もしもの話をしただけだ」
「はいはい。じゃあ今からでも学校行けっての。送ってってやるからよ」
父親に背中を押されて、マーシェたちはその墓をあとにした。
城下町を通って、学校に向かって歩いていく。
ちょうど1限目が終わったみたいだ。教室の窓から1人の男の子が顔を出すと、こちらに向かって手を振っている。
「ん? あれはジーナのクラスか? 友達が呼んでんぞ」
「あれは友達ではない。彼氏だ」
「はぁ?!?!」
そう言ってジーナはさっさと校内に向かって走っていった。
「ちょっ! 聞いてねえぞ! こらジーナ! うおい!!」
「聞かれなかったからだ」
ジーナはそれだけ最後に言うと、父親を無視してそのまま駆け出す。
「うおい! 母ちゃんの真似すんじゃねえ!! こらぁ!!」
「俺もいーこうっと!」
「おいマーシェ、お前知ってたのか?!」
「当たり前じゃん。双子なんだから」
「何ぃ?! 何で報告しねえんだよ! ちょっ!」
マーシェも笑いながら学校に向かう。
「お前ら! 帰ってきたら全部話してもらうからなぁ!! 逃げんじゃねえぞおっ!!」
レインはそう声を荒げて2人を見送ったあと、ふっと笑った。




