番外編・グリンスタ家の日常
「メリの作ったハンバーグかりかりしておいし〜」
「いや! 焦げただけじゃん! ほめてないでしょ!」
「いや、ほめてるほめてる!」
グリンスタ家の今日の晩御飯のメインは、片面を真っ黒に焦がしてしまったハンバーグだった。
昨日長旅の新婚旅行を終え、セントラガイトに帰ってきたところだった。
メリは料理が下手というわけでもなかったが、その日はちょっと失敗してしまった。
だけれどソヴァンはそんなことはお構いなし。
「毎日メリの手料理食べれるなんて、本当に幸せ〜」
結婚したあともまるで変わらずのデレデレぶりで、メリを持ち上げまくるのだった。
「苦っ!」
メリは一口その焦げたハンバーグを食べては、その苦さに顔をしかめた。
がりがりと焦げた部分を削ぎ落とした。
「ああ! 勿体無いですよ!」
「いや、ただの焦げじゃん!」
「駄目駄目! 米粒1つ残してもバチがあたりますよ〜」
ソヴァンはメリの削ぎ落とした焦げの部分を箸で掴むと食べ始めた。
(あったまおかしいのよね、本当に!)
「母さんに」
「え?」
「まともなご飯なんて作ってもらった覚えがないんですよね。吃音症が発症した時は3歳くらいで、まあそのときは作ってもらっていたかもしれないんですけど、ある程度大きくなってからはまともに食べさせてもらえなくって」
「そ、そうだったんだ……」
(虐待されてたって…言ってたもんね……。そうか…お父さんだけじゃないんだ…)
「お腹が空いて仕方なかったですよ! だから出されたものは何でも食べました。泥付きの人参1本でも、固まったご飯やパンでも、何でもいいから、食べましたよ」
「……」
ソヴァンは平然とした態度で、メリの作った晩御飯をすべて平らげた。
「ごちそうさまでした!」
ソヴァンはにっこりと笑って手を合わせると、立ち上がって皿を流し台に運ぶと、食器を水につけた。
メリはそんな彼を横目で見ながら、ご飯を食べ進める。
とりあえず籍は誰よりも先にいれたけれど、しばらくは忙しくって城での生活をしていた。
家を買って2人で生活をし始めたのも、旅行に行く数カ月前のことだったので割と最近だ。
ソヴァンは結構、家のこともやってくれる。私なんかよりも手際がやたらいい。
セイバスという男の元で奴隷として働いていた頃、その男の身の回りのことなんかもソヴァンがやってあげていたらしい。
無駄に貯金もあって、私にデレデレで何でも言うことを聞く、こんなに尽くしまくりの男と結婚できるとは、私の人生は順風満帆ってやつだろうか。
まあ新婚旅行でお金は相当使ってしまったけれど、これから働けばなんてことない。
「ごちそうさまでした」
メリも食べ終わると、食器を運んで洗おうと試みた。
すると、ソヴァンはメリの後ろにやってきて、彼女に抱きつくのだった。
「ちょっと! 邪魔なんですけど!」
「あとでいいじゃない、洗い物は!」
ソヴァンはニヤつきながらメリの身体を撫でていた。
「んもう! ちょっと! いい加減にしなさいよ!」
「えー? なんでなんで? 旅行終わったらって言ったじゃない! 僕ずっと待ってたんだから〜!」
そう、私達にはまだ子供はいない。
旅行が終わるまでは作らないと決めていた。
こいつの悪いところ、それは見かけと性格に似合わないこのプレイボーイ加減だ。
「あんたねえ! 頭の中エロいことばっかじゃん!」
「そんなことないよ! 失礼しちゃうな! ちゃんと子供できないようにしてたでしょ?」
「そんなの当たり前でしょ!」
「1回でいいから母乳飲んでみたいしさ〜」
「はあ?! ほんとキモ! 変態! クソ変態!」
「ちょっとした願望だって! 変態じゃないから〜」
ソヴァンはメリの肩に顎をのせては、彼女をぎゅうっと抱きしめた。
メリは彼を無視して洗い物を始める。
「ふん! まあでもね、吃音もなくなった今、あんたから変態とったら何も残んないからね!」
「ええ?! 酷い! さすがにそれはないって!」
「何言ってんの、それがあんたのアイデンティティでしょ!」
「えええ?! 嫌だよそんなの!」
「ったく、これまで一体何人の女を相手にしたってのよ! 慣れすぎてて引くわ!」
「ええ?! そ、そこまで?! お店でプロと練習しただけだよ! それもこれも、メリに気持ちよ〜くなってもらうためだったんだよなぁ!」
メリはソヴァンの手をぎゅうっとつねった。
「痛い痛い! やめてやめて!」
「クソヤリ○ン!! まじ最悪っ!!」
「なんでなんで! 本命はメリだけなのに!」
「うるさい!! 離れなさいっつってんの! 全部終わってからよ! 昨日も家つくなりすぐ寝ちゃったし、仕事帰ってきてから何にも片付いてないんだからね!」
メリは散らかったリビングを指さした。
「え〜〜?? いいじゃない、あとで僕がやっとくよ」
「駄目よ! 駄目ったら駄目っ!」
「ちぇ〜〜」
あまりにもメリが相手をしてくれないので、ソヴァンは仕方なく彼女から離れると、片付けをし始めた。
「ふっ! 素直でよろしいわ! 奴隷君!」
「メリってブラックジョーク好きだよねえ〜」
ソヴァンは笑って、手を動かし片付けに取り掛かる。
キッチンカウンターごしには、メリが洗い物をしながら彼を見て笑っている。
「女と男どっちがいい?」
「ん? 子供? どっちでもいいわよそんなの」
「じゃあ名前は? つけたい名前ある?」
「そんないきなり言われたって思いつかないわよ!」
メリ・グリンスタ。
うん、今更だけど、なかなかいい響きよね!
私が一方的に怒鳴る事は多いけど、喧嘩はしたことない。
ソヴァンは怒らない。
嫉妬もしない。
そういえば外でも怒ったところを見たことがないな。
異常なまでの寛容さに、驚くことも結構多いわ。
そして何故だか、私のことが好きでたまらないらしい。
理由は私の顔と体型が好みだから。
はぁ…、ほんとバカバカしいけど、彼の一途さが私を救って、私は今こんなに幸せな生活を送っている。
変態なとこはあるけれど、可愛くて優しすぎる、大好きな私の夫。
私と出会ってくれてありがとう。
私が何回振っても好きでいてくれてありがとう。
さて…洗い物も終わったし、ある程度片付いたわね。
しょうがないからこのアホとまともに子作りしてやるわ!
高齢出産は大変だなんてベーラさんも言ってたし。
さすがに双子だったら、私には面倒見れるかわかんないからビビリそうだけど…!
「ソヴァン!」
「うん?」
メリはソヴァンに声をかけた。
片づけも終わって、ソファに腰掛けていた。
「あ! 洗い物終わった? やる? もうやる?」
ソヴァンは目を輝かせてそんなことを言っている。
「だめ! お風呂入ってから! さっさと沸かしてきて!」
メリは顎で彼に命令すると、悪そうな顔で笑っている。
「はーい」
ソヴァンはすっと立ち上がって、メリの命令に従う。
そんな簡単に子供なんてできるかわからないけどさ。
母親なんてガラじゃないし。
だけど私は見てみたい。
もし、もし私たちの間に子供ができたら、一体どんな子が産まれるんだろう!
メリはリビングのテーブルを布巾で拭いて、お風呂が沸くのを待っていた。




