アグとヌゥ
ヌゥにたくさん話をした。
話しきれないほどたくさん話したいことがあった。
俺の話も、スノウの話も、部隊の皆がどうなったのかも、たくさんたくさん話をした。
ヌゥはすごく懐かしそうに、そして楽しそうに、俺の話を聞いていた。
そして俺も、やっとヌゥの話を聞けたんだ。
あの独房で聞いてあげられなかった、くだらない話を毎日聞いた。
ヌゥの好きな食べ物も、好きな本の名前も、行ってみたい場所も、嫌いなものも、好きな女の子のタイプまで、もう何だって知ってる。
そしてヌゥも、俺のことは何でも知ってる。
【アグの好きな女の子のタイプって何?】
【おとなしい子かな】
【目はつり目? タレ目?】
【うーん、タレ目かなぁ】
【頭はいい子がいい? それともバカな子?】
【頭いい子かな〜】
【………】
アグは笑いながら、車椅子に座ったヌゥを見ていた。
【料理は?】
【そりゃ得意な方がいいだろ】
【髪型は?】
【黒髪ストレートだな】
【歳は?】
【俺より下の方がいいかな】
【……】
ヌゥが怪訝な顔つきになっていくのが目に浮かぶようだ。
【…じゃあおっぱいは大きい方がいいの】
【まあ、あって悪いってことはないか】
【えっと、それじゃ、あとは…】
【お前いつまで聞くんだよ…】
【だって、俺に当てはまるものが1つもないんだもん!!】
ヌゥは自分で聞いておきながら、非常に不機嫌になっていた。
それが俺は、可笑しくて仕方なかった。
【好きなタイプと好きな人は別だろ】
【いやいや! 納得できないし! あれ? ていうかアグの好きなタイプってベルちゃんじゃない?】
【そうか?】
【そうだよ! だってベルちゃんに全部当てはまってるよ!】
【……】
するとヌゥはハっと思い出したように言う。
【そういえば昔、ベルちゃんとキスしたらうんぬんかんぬんって言ってなかった?】
【言ったっけそんなこと】
【言ったよ! ベルちゃんとキスしたらどう思うの?って!】
【ああ…ただの例え話だろ】
【例えで名前なんて出す? 本当はアグ、あの頃ベルちゃんのことが気になってたんじゃないの?!】
【……】
【え?! 何で黙るの?! まさか俺の知らぬ間に実はキスしたこともあるとか?!】
【いや、それはない】
【うんん?!?!】
【まあ確かに、可愛いと思ったことならあるけど】
【?!?!】
【いや、別に好きとかそういうんじゃねえから…】
【うんんん?!?!?!】
【なんだようるせえな……】
ヌゥは結構、嫉妬する。
俺も結構する。
自分がするのは嫌だけど、されるのは嬉しい。
まあ程度にも、よるけれど。
【お前も俺のこと忘れてる時、ベルのこと好きになりそうだったぞ】
【はあ?! 俺とベルちゃんはそういうのじゃないから! 俺達は親友だから!】
【はいはい】
ヌゥはムスっとした顔をしているに違いない。
【というか、ベルちゃんはスノウと結婚したんだっけ】
【結婚したよ。20歳になったその日にしやがった】
【どんだけ待ちきれなかったの!】
俺もよく覚えている。
その話は、ヌゥにも何度もしてやったよ。
【よく考えたら、ベルちゃんは俺の義理の娘になるわけ?】
【そうとも言えるわけだな。まあベルは友達だから、そんな風には思いはしないけど】
【ふーん! まあでも、何だか不思議だね】
【まあなかなか珍しいパターンだな。だけど有り得ない話なんかじゃない】
【そっか…。でも俺は嬉しいかな。だってベルちゃんも、俺たちの家族になったってことでしょう!】
結婚してからもベルは、スノウと一緒に俺たちのところにもよく遊びに来ていた。
年越しを一緒に過ごしたし、誕生日は皆で集まって祝った。皆で旅行に行ったことだって何度もあるんだ。
ヌゥに話を伝える手段もなかったから、何もわかっていなかっただろうけれど、お前もその場所にいたんだよ。
だからそんな話も、聞かせてやったけどね。
羨ましがっていたけれど、楽しそうに聞いていたよ。
【じゃなかった。アグの好きな子のタイプの話をしてたんだった!】
【もういいだろその話は】
【よくない!】
【俺が好きなのはお前だよ。お前の全部が好きだよ。それでいいだろ】
【よ、よ、よくないい!!!】
ヌゥは顔を真っ赤にしているんだろうか。
こいつの照れた顔はすごく可愛くて好きだ。
もう見れないけど、ずっと忘れないで覚えてるから。
俺たちはお互い、知らないことなんてない。
そのくらい、話をしたから。
どんなに毎日話をしても、飽きることなんてない。
話をすることが思いつかない日だって、つまらない時なんてない。
ただそばにいてくれればいいんだ。
それだけで俺は、幸せなんだ。
君が生きている限り俺も、
生き続けることができるんだ。
何百年もすぎていったら、ヌゥは歳をとっていった。
髪は少なくなってきたし、白髪も増えてきた。ヒゲだって生えてくる。
800年を過ぎた今じゃあ、だんだん顔も身体もたるんできて、もともと細いのに更に細くなってきて、気がついたらおじいちゃんになっていた。
人間で言ったら高齢になっていたんだろうが、シャドウである彼は病気にはならない。
怪我をしても天使特有の治癒能力で治る。
ヌゥはまだまだ、元気そうだった。
そしてある夜、ヌゥは俺に言った。
【アグ、行きたいところがあるんだけど】
【いいよ、どこ?】
【シィトルフォス】
【何だよ。すぐそこじゃねえか】
俺たちはシィトルフォスへ向かった。
「あ……」
その日は、ちょうどオーロラが出ていた。
ここに住み始めてわかったけれど、オーロラは3日に1回見れるか見れないかくらいの確率だった。
【オーロラ見えるわ】
【ほんと?】
ヌゥは嬉しそうだった。
【初めて一緒に見た時のオーロラと、ほとんど同じだよ】
【そうなんだぁ〜…】
俺はしばらくそのオーロラを眺めていた。
こいつにも見せてあげられたらいいのに…。
さすがにそこまでの装置を作ることは叶わなかった。話をするのがやっとだ。
【そういやさ、オーロラって、太陽風っていうプラズマの風が元になってるんだってさ。そもそも太陽ってな、俺達の住んでる世界の外側の遥か遠くにあるらしいぜ。今グザリィータで、世界の外側についての研究がされてるんだと。研究会では世界の外側を、宇宙って呼ぶことにしたんだってさ】
【………】
【あれ? つまんなかった?】
【……】
【おい。パンクすんなって……】
アグがふとヌゥの方を見ると、アグは愕然とした。
「ヌゥ!!」
ヌゥは、息をしていなかった。
【ヌゥ! ヌゥ!】
彼の心臓にそっと手を当てる。
動いていない。
「………」
アグ・テリー、832歳。
そして誕生日がまだだったヌゥは、831歳。
心臓の寿命が近づいていたんだ。
だけどヌゥは痛みも感じないから、だからその直前まで、平気だったんだ。
でもヌゥは本当は知っていたのかもしれない。
もう少しで終わりが来ると気づいていたのかもしれない。
だから最期に俺とオーロラを見たかったんだろうか。
俺には何も教えてくれなかった。
寿命は1000年近くだと聞いていたからこんなに早いとは思わなかった。
俺は君の嘘を見抜けなかった。
俺に別れを言うのが嫌だったのか。
直前まで俺と笑っていたかったのか。
そんなところだろう。
まあでもとにかく、その日、ヌゥの身体は、死んだんだ。
そして俺は、ずっと前から決めていた。
ヌゥが死んだ日に、俺も死のうと、決めていた。
別にいつでも良かった。
それが今日になっただけだ。
死に方も決めていた。
焼死だ。
そうしたら2人まとめて火葬出来ると、考えたからだ。
炎を出すのも、得意だから。
俺はヌゥを小さくして運びながら、氷の洞窟に向かった。
火葬場所も決めていた。
誰も知らない抜け道を通った、湖のある、あの場所にしようと。
俺はそこに、大きな棺を呪術で作った。
その棺の中に、ヌゥの死体の大きさを戻すと、彼と一緒に入って、棺を閉じた。
真っ暗だった。
小さな炎を出すと、最期にヌゥの顔を見た。
笑っているような気がした。
俺はヌゥに、最期にキスをした。
涙が止まらなかったけれど、俺も笑顔を作った。
俺はヌゥを抱きしめた。
君に会えてよかった。
君と話ができてよかった。
君と愛し合えてよかった。
ありがとう、ヌゥ。
ありがとう………。
俺は棺の中いっぱいに火炎を吐き出した。
全身が焼けていくのを感じた。
俺はヌゥと違って拷問なんて得意じゃないから、すごく苦しかったけれど、それでもヌゥを抱きしめた手を離しはしなかった。
その日、この世界からシャドウが消えた。
そしてついに、終身刑から、解放されたんだ。




