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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
最終章

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失われいく五感

城の一室にこもると、俺はヌゥから話を聞いた。

スノウのことはその間、ベルに見てもらっていた。


彼が何かを隠している事はわかっていた。

平静を装っていても無駄だ。

俺にはわかる。


だけどその話は、俺の予想を上回る話だった。


ヌゥはゼクサスを人間として生かすために、自分の五感を初めとする人間の持つ全てを彼女にあげたのだという。


俺はそんな話、正直信じられなかった。


「それじゃあゼクサスが…ノアが人間になった時、お前はどうなるんだよ……」

「うーん……その時は俺が、人間じゃなくなるんじゃないのかな」


ヌゥは笑っていた。


「ごめんアグ。勝手なことして」


アグはヌゥを抱きしめた。

抱きしめながら、涙した。


「許さねえよ……」

「ごめん…」


アグは震えるように泣いていた。


ノアが何かを出来るようになる。

その度ヌゥは、何かが出来なくなるんだと、そう言った。


「でも大丈夫…。20年はかかるって言ってた。スノウが成人するまで、ちゃんとついていてあげられるよ」

「何が大丈夫なんだよ……大丈夫なわけねえだろ……」

「ごめん……」


ヌゥもまた、涙を流した。


「でもどうしてもね、助けてあげたかったんだ。だって俺だったかもしれないんだ。憎悪になったのは……」


ヌゥは言った。


「俺もたくさん人を殺した。終身刑だもん。アグに出会わなかったら、もっともっと殺していたかもしれない。俺は罰を受けたいんだよ。ノアを助けることが俺にとっての罪滅ぼしになるんじゃないかって、そう思った。ノアのためだと言って、本当は自分のために…ノアを助けたんだよ…」


ヌゥが決めたんだ。

そしてもう、覆せない。


だったら俺は、ヌゥのために、何をしてあげられるのか……。


俺は考えるしかなくなった。


「ずりいよ、お前だけ裁かれるなんて…。どんな拷問よりも酷えよ…そんなの」

「アグの分まで、俺が罰を受けてあげる」

「ざけんなよ……」

「あはは…まあまあ、そう怒らないで。俺ってば拷問は昔から得意じゃない? 任せてってこと」

「…礼なんて言わねえぞ。お前が勝手にしたことだからな」


アグがそう言うと、ヌゥは「あ」と声を漏らした。


『礼なんて言わねえぞ。お前が勝手にしたことだからな』


同じ台詞を牢獄にいた時にも聞いた。

あの時はなんのことかわからなかったけど。


そして、どうやらアグは覚えてはいないようだ。「?」という表情を浮かべている。


「まあ話はわかった。スノウのとこ行くぞ」


アグはヌゥを呼んだ。


「うん!」と返事をしようと思った矢先、ヌゥは愕然とした。


「……」

「おい、どうした?」


アグはヌゥの手を引いた。

するとヌゥはビクッとして、アグを見た。


口をパクパクあけて、喉に手を当てている。


(嘘……もう……?!)


アグも彼を見て、愕然とした。


(駄目だ……喉がやられた……)


「ァ………」


ヌゥの声が、消えた。


ヌゥとアグは愕然とした様子で、その場に立ち尽くした。




その頃部屋でヴェーゼルは、ノアに話しかけていた。


「ノア……生きていて良かった…」

「……」

「あの子に…ヌゥに感謝しないと…。あの子が助けてくれたんだ。俺のことも…君のことも……」

「……」


ノアは人形のように眠ったまま、呼吸をしている。


すると、目を閉じたまま、ノアが突然口を開いた。


「ヴェーゼル……」

「っ!!!」


トントンと扉を音がした。

ヴェーゼルはハっとして、その扉を開いた。


「ヌゥ…それに……アグ……?」


扉の向こうにいたのはヌゥとアグの2人だった。


ヴェーゼルは彼らから、全ての話を聞いた。

言葉の話せないヌゥに代わって話をしたのはアグだ。


「すまない……ヌゥ……」


ヴェーゼルは泣いて謝ったが、ヌゥはにっこりと笑って首を横に振った。


(いいんだよヴェーゼル。俺は自分のためにこうしたかっただけなんだ。なんて、もう伝えることも出来ないね)


ヌゥは横たわっているノアを見ると、優しく微笑んだ。


(今度は君が、幸せになれるといいね、ノア)




俺たち特別国家精鋭部隊は、しばらくは戦争被害にあった国の復興や、負傷した騎士たちの治療に明け暮れた。


捕らえていた魔族やシャドウは審議の末、ユリウス大陸に二度と手出しをしないという服従の紋を嵌めることによって、解放された。

海に帰っていく子供のシーサーペントたちの姿を見て、ヴェーゼルは泣きながら安堵した様子だった。



ミラたちは、ナルシア大陸、雪の街エルスセクトへと帰ることになった。イースの子供ドラゴンがそこまで送ってくれることになった。


「アグ……」


見送りの場で、アグの前に対面している青年は、()()()()だった。


「3人で、幸せに」

「ありがとう…」


アグはラミュウザとミラの立ちあいの手術の末、ラディアの核を取り出した。

ミラの作った身体に入ったラディア、そしてリアナは、呪人に戻ったのだ。


「ラディア! 早く早く!」

「待てって」


先にドラゴンに乗り込んだリアナとミラは、ラディアを引き上げた。


「ヌゥ、アグ、ありがとう!」

「皆ありがとう!!」


リアナたちは大きく手を振って叫んだ。


「またね!」

「いつでもエルスセクトまで会いにきて!」


ヌゥとアグは彼女たちを見上げると、大きく手を振った。


やがてドラゴンの姿は遥か空の向こうへと消えていった。


俺の中にずっといたラディアがいなくなった。

だけど俺は、シャドウで有り続けるために、新しい呪人をミラに生んでもらって、その核を自分に入れた。

その呪人は何の感情もなく、意志も弱い。つまり俺を乗っ取ることなど到底できないような、そんな呪人だ。


見送りを済ませると、俺はヌゥの手を引いて、城に帰った。



アグがヌゥのことを皆に話した時、もちろん初めは誰もがその状態に戸惑った。


俺はヌゥとスノウの両方に気をかけていたが、手が回らないことも多くて、皆はそれをフォローしてくれたりもした。

特にベルの手助けが大きかった。


何週間かすると、ノアは目も見えるようになった。まだ寝たきりだが、身体をゆっくりと動かせるようになった。

ノアの人間への順応速度は予想以上に早かった。


やがてノアとヴェーゼルは、城を立ち去った。

2人はオーラズネブル大陸に向かった。解放されたシャドウたちと共に大陸を復興し、そこで静かに暮らすとヴェーゼルは言っていた。


「ヌゥ、ありがとう……」


ノアはつぶやくような声で、ヌゥにお礼を言った。

ヌゥはにっこりと笑って、ノアの声を頼りに彼女に近づくと、その少女の身体を抱きしめた。

ノアは彼の優しさに触れて、涙を流した。


(幸せに生きるんだよ、ノア)


そして大海蛇に乗ったノアは、大海を渡っていった。



ヌゥは、失明した。

身体も少しずつ、うまく動かせなくなっている。


ヌゥとスノウのそばにいたかったけれど、貴重な呪術師として俺も派遣に出た。ベーラさんは自分1人でいいと言ってくれたけど、ヌゥが働けない今、俺だけでも部隊の力にならないといけないと思って、俺は働いた。

ヌゥも俺を快く送り出してくれた。


俺の代わりにヌゥとスノウの面倒は、ベルが見てくれた。




「オギャアアア!」


ヌゥとベル、そしてスノウは、城に用意した子供部屋にいた。

ヌゥはスノウを抱いていて、泣き出す我が子の声を聞いてハっとした。


(そろそろお腹が空いたかな?)


とヌゥが思っていると、


「そろそろミルクの時間ですよね! 私、作ってきますね」


とベルは言った。

ヌゥはにっこりと笑って頷いた。


(さっすがベルちゃんだ! 何も言わなくてもわかってくれるんだな〜)


スー君、こんな母親で本当にごめんね。

俺は1人じゃスー君を育てることもできなくなっちゃったよ。

こんなに早く身体が駄目になるなんて思ってなかったんだ…。

本当にごめんね、スー君…。


ヌゥはスノウを抱きしめながら、そんなことを思っていた。


スー君の顔ももう見れないのか…。

赤ちゃんってどんどん顔変わるっていうもんなあ…

20歳のスノウはイケメンだったなあ〜。


(んん?!)


ヌゥはその時、スノウから強烈な臭いを感じた。


(う、うんちだ!!! うんちした!!)


視覚を失ったヌゥは、嗅覚と聴覚がやたらと敏感になっていた。まあそうでなくても、近くにいればこの臭いには気づくだろうが。


(お、おむつ替えないと…)


ヌゥは床の上にスノウを転がした。

床は全面キッズマットだ。パズルのようにはめ込むタイプで、汚れた場所だけくり抜いて洗うこともできる。少し硬めのスポンジのような素材の、可愛い柄のマットである。


「オギャアアア、オギャアアア」


スノウは泣き続けている。


(待ってね〜スー君。た、確かこの辺に…)


ヌゥは手探りで、予備のおむつとおしり拭きを探し出した。


(あったあった)


それを手に取ると、スノウを置いた場所まで、床を這いながら戻っていった。


(スー君はこの辺かな〜)


ヌゥは右手でスノウを探っていく。

スノウを見つけて身体の位置を確認すると、ロンパースのボタンをプチプチと外した。


(ふふん。見えなくたってこのくらい…! スー君のおむつなら何回も替えたんだから!)


ヌゥは替えのおむつをスノウのお尻の下に敷いて準備を整えると、おむつを止めてあるテープをピリピリと剥がした。

それをめくると強烈な臭いがプンプンと漂った。


「オギャアアア」


(うおお! 今日はいつにも増して強烈だな! いっぱいうんちが出たんだねスー君! 偉い偉い!!)


スノウの両足を軽く抑えて、おむつをお尻の下に入れようとした時だった。


ぴゅううんんんん


(ぎぃやああああ!!!!!)


スノウのおしっこがヌゥの顔面めがけて発射された。

ヌゥは思わず両手を離してしまった。


(なんてことするんだスー君! ちょお、スー君は…あれ…)


ぐにゅっという感触がヌゥの右手に伝わった。


(うんちだぁあああ!!!!!)


ヌゥは脳内で叫びをあげながら、臭すぎる右手を遠くにやった。


(おしり拭き、おしり拭きどこぉ!!!)


ヌゥは無事な左手でおしり拭きを探すが、見当たらない。

スノウは足をバタバタと元気に動かして、おむつに溢れそうになっていた大量のうんちを完全に外に漏らしていた。


「ヌ、ヌゥさん?!?!」


ベルが哺乳瓶に入れたミルクを持って駆けつけたときには、大惨事になっていた。


「ちょっと! うんちまみれじゃないですか!」


ベルは焦りながらも、ヌゥの腕を引くと、彼を洗面台に連れて行った。

ヌゥは泣く泣くその手を洗った。


ベルはスノウの処理をして、着替えさせたあとベッドに転ばせ、汚れたマットをくり抜いて水洗いと消毒をした。


何とか事態を収拾させると、床に座ってうつむいているヌゥの隣にやってきた。


「目が見えないのにおむつを替えるのは難しいですよ。これからは私が…」


ベルが彼にそう言って彼の顔を見ると、ヌゥは泣いていた。


「ヌゥさん…」


ヌゥは震えるようにぼろぼろ泣いていた。

ベルも彼の気持ちを察して、彼をぎゅっと抱きしめた。

ヌゥはただ泣き続けて、その涙を何度も拭った。


「オギャアアア、オギャアアア」

「ヌゥさん、ミルクあげましょう! 手伝いますから、ヌゥさんがあげましょう? ね!」


ベルはスノウをヌゥに抱えさせると、哺乳瓶を渡した。


「ほら、ここですよ」


ヌゥの手をとって、スノウの口元にミルクを持ってくる。

スノウは夢中でミルクを飲み始めた。


「上手に飲んでますよ」


ヌゥもまた、その手の感触から、スノウが飲んでいるのを感じた。


(スー君……ごめんね……)


俺はおむつを替えてあげることもできない。

ミルクも作れないし、1人じゃあげることもできない。


だめだね、本当に。

何もしてあげられないね…。


母親じゃないね、こんなの……。


「ヌゥさん、スー君の母親はヌゥさんです」

「!」


ヌゥは驚いた様子でベルの声を聞いた。


「スー君を産んだのはヌゥさんです。おむつを替えることやミルクをあげることは私にもできます。でもスー君を産んだのはヌゥさんです。スー君にとってもヌゥさんが誰より愛すべき母親です。抱きしめてあげるだけでいいんです。いつか抱きしめられなくなっても、そばにいてあげるだけでいいんです。それだけでスー君は、嬉しいんですよ」


(ベルちゃん……)


ベルちゃんは、いつだって俺を救けてくれる。


世界でたった1人の、俺の親友。


「私にできることは何でもしますから、一緒に育てましょう」


ヌゥは泣きながら、うんうんと頷いた。








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