神の力の使い道
そこは真っ白な世界だった。
光だ。そこには光しかない。
「大丈夫」
ゼクサスは、声が聞こえてハっとした。
ゼクサスが振り返ると、白髪の女の姿があった。
「私……?」
その姿は、自分に瓜二つだ。
しかし女は、首を横に振った。
「俺は君のコピーだよ、ノア」
女は優しくそう言って、にっこりと笑った。
その笑顔を見て、ゼクサスは驚いた。
自分の身体が、こんな風に笑うことが出来るということに。
「私はノアじゃない…ゼクサスだ…」
「そうだよね。君は憎悪の塊、ゼクサス!」
「……」
ひょうひょうとした態度の彼女を見て、ゼクサスはあっけらかんとする。
「そして俺はヌゥ。ヌゥ・テリーと呼んでくださいな!」
「ヌゥ・テリー……」
「あ〜!! やっぱりいい響き!!」
ヌゥは頬に手を当てると、顔を赤くして喜んでいた。
「どうして私を殺さなかった…」
「あれ? 死にたかった?」
「だって…私が生きていたら…世界を滅ぼしてしまうから……」
ヌゥはふっと笑った。
「あ……」
すると、ヌゥの髪色が黒く染まって、美しい水色の瞳に変わっていった。
男の姿になったヌゥは、やっぱりゼクサスに笑いかける。
「憎悪もねぇ、時には必要なんだよゼクサス」
「え…?」
「カルベラが言ってたよ。憎悪と愛は繋がっているんだってさ」
「……」
ゼクサスは驚いたようにヌゥを見ていた。
「それは俺にもわかるんだよゼクサス。愛は時に嫉妬を生むんだ。そしてその嫉妬って奴は、憎悪の一部でもあるんだ」
「……」
「つまりだね、憎悪と愛は表裏一体ってことさ!」
ゼクサスはポカンとしている。
それを見てヌゥは、困ったように頭を掻きむしった。
「あんれ〜? わかりやすく言ったと思ったのにな、やっぱりこういうのはアグに話してもらわないと駄目か〜」
ヌゥはゼクサスに近寄った。
ゼクサスは無意識に足を退けたが、ヌゥは気にも止めずに彼女に近寄ると、その手を握りしめた。
「それじゃあ一緒に行こうか!」
「行くって……どこに……」
「えー? お願い叶えてもらうんだよ! 神様に!」
「え……?」
ゼクサスは完全にヌゥのペースにのせられたまま、何処かへ連れて行かれた。
しばらく2人が進むと、とある空間にたどり着いた。
そこには台座があって、伝説の武器が4つ、その隅に祀られている。
「ログニス…ケリオン…デスサイズ……それに、ラグナス! うんうん! 全部集まるとすごい迫力だね!」
「こ、ここは何なんだ…一体……」
たじろぐゼクサスを見ながら、ヌゥは笑った。
「俺だってよくわからないよ。まあでも神様のすぐそば、なのかなあ?」
「…?」
2人はその台座の真ん中に立った。
足元が光り輝き、四方に祀られた4つの武器たちも輝き始めた。
「な…何…?!」
「神様の力を1つ、貴方に授けましょう〜〜ってね!」
「え……?」
ふざけていたヌゥだったが、真面目な顔で笑いかけると、ゼクサスに問うた。
「君の願いは何? ゼクサス」
「わ…私の願い……?」
ゼクサスは困った様子で、何も言えなくなった。
「好きなものを生み出せるんだよ! 例えばこーーんなにおっきいパフェが食べたいとか! 羽をはやして自由に空が飛びた〜いとか!」
「……」
「それとも、俺達みたいに、生きてみたい?」
「え……?」
すると、台座の空から真っ白い球体がゆっくりとおりてきた。
「よく参られました、ヌゥ・テリー。そしてゼクサス」
「だ、誰……」
ゼクサスは突然喋りだしたその球体にたじろいだ。
「神様だよゼクサス!」
「か、神様……?!」
すると神は、女神のようにその姿を変えた。
「うんうん! やっぱりそっちの方がそれっぽいよ神様!」
「そうでしょうか…」
ヌゥは神を前にしてもにこやかに笑っている。
「ねえ神様、ゼクサスを人間に出来ないの」
「……!」
ゼクサスは驚いたようにヌゥを見ていた。
「1つの感情を人間にですか…難しそうですね」
「まあそう言わないで、やってみてよ」
「わかりました」
神は少しばかり時間をもらって、ゼクサスを人間にする方法を模索した。
ゼクサスは不安そうに神の動向を見守っていた。
「…うーん」
「どうだった?」
ヌゥは神に尋ねる。
「ゼクサスが入るための身体を生み出すことは…出来ます。しかし、ゼクサスは生きる感情です。愛が失われた未来の話を聞きましたね? 憎悪が世界から消えてしまうことも、また世界の滅亡に繋がってしまうのです」
神はそう言った。
「……いいよ、ヌゥ。私は君たちと同じようにはなれない。私は憎悪だ。これからも孤独に1人、世界で忌み嫌われる感情として生きていくよ」
ゼクサスは寂しそうにそう言うと、ヌゥはゼクサスの手を握りしめた。
「諦めないでよ、ゼクサス」
「……」
ヌゥ、君は一体どうして、私を救けようとしてくれるんだ。
私のことなんて放っておけばいいだろう。
早く皆のところへ帰って、幸せに生きていけよ…。
「だったら俺がその感情になる。だから代わりに、ゼクサスを人間にしてあげてよ」
ゼクサスは目を見開いてヌゥを見た。
「な、何言ってるんだ…?! そんなことしたら、お前が…」
「ねえ、できる? 神様」
神は少し模索したあと、言った。
「あなたの人間としての全てを、ゼクサスに譲渡していいというのですか?」
「そうだよ」
「それならば、出来ます」
ヌゥは目を輝かせた。
「あなたとノアは同じ人間。あなたのものならば、ゼクサスも受け入れられることでしょう」
「あげちゃったら、俺は死んじゃうかな」
「いいえ。身体自体はあなたのものです。心臓の寿命が尽きるまで、呼吸だけは出来るでしょう。今と変わらず思考することも出来ます。ただ、やがて身体は動かなくなるでしょう。ゼクサスは人間になり、あなたが感情になるのです。わかりますか?」
「うん。何となく。で、すぐにあげられる?」
「いいえ。すぐにというわけにはいきません。段階を踏んで、ゆっくりと、譲渡させるのです」
「ま、待ってよ…何を勝手に……」
「全部移すのにどれくらいかかるの?」
「ゼクサスの順応するスピードにもよるでしょうが、完全にとなると20年ほどでしょうか」
「そう! それならこっちも都合が良さそうだ。じゃあ神様、それでお願い」
「わかりました」
「ちょっと! だから何を勝手なことを…」
ヌゥは笑って、ゼクサスを抱きしめた。
「!!」
ゼクサスは彼の温かさを感じて、目を見開いた。
「ノア、君はもう1人の俺なんだよ。だから俺は君を放ってなんておけないよ」
「私は…ノアじゃない……ノアじゃ……」
「君は今日からノアだ。人間になるんだ。大丈夫。君のそばにね、ずっといたいって言ってる大海蛇を、1人知ってるから」
「……!」
ヌゥは彼女の手を握りしめた。
「人間って、楽しいよ」
「え……」
「君も今度は受け止められるといいね、愛ってやつを」
「ヌゥ……」
ヌゥはノアの手を引いて、生界へ続く扉の中に入っていった。




