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アリマへの道中

「へぇ、これ全部お前が書いたのか」


アグはヌゥの持ってきたレポートを、関心した様子で眺めた。


「うん。えっと、最初から説明するとね」

「いや、いいよ。読んだら大体わかった」

「え! もう読んだの!」


何を驚くんだという様子でアグは頷くと、レポートをベッドの脇の机に置いた。アグは独房の頃から思っていたけど、ヌゥの書く字は意外にも綺麗で読みやすい。途中にあった幾つかの誤字は気になったけれど、授業中不真面目だったこいつが今回ばかりは真面目にメモをとってきたんだと、そしてそれが自分のためだと思うと、素直に嬉しいというものだ。


「書くの大変だっただろ」

「ううん……」

「現状もよくわかった。ありがとな」

「……」


しかしヌゥは何となく上の空だ。アグは自惚れにも自分がお礼を言ったらヌゥが喜ぶと思っていたので、彼の反応を不審に思うばかりであった。


「おい」

「え?」

「どうした?」

「いや、別に……」

「別にじゃねえよ。何かあったんだろ。言えよ」

「……」


ヌゥはアグに、ヒズミの話をした。手を払われたことや、自分と一緒にアリマに行くのは嫌だと言われたことだ。


「あー……」


アグはヒズミに会ったことはなかった。だけどヒズミの気持ちは自分が1番よくわかると思った。


「俺、昨日浴場でヒズミに初めて会ったんだけどね、その時は普通だったんだよ?! 普通に挨拶して、話をして、なのに今日は何でか…すごく俺のことを避けるの!」

「……」

「ねえアグ! 俺ヒズミに何かしたのかな? 何で嫌われちゃったのかな? 明日からアリマに一緒に行くのに…。どうしよう…どうしたらいいのアグ……!」

「……」


ヌゥの精神は酷く弱いと、アグは思う。こいつがいつもニコニコ笑っているのは、人とうまくやっていくために必要なのは笑顔だというカンちゃんの教えを律儀に守っているからだ。こいつがいつもヘラヘラと強気な態度でいるのは、無意識に自分の弱い心を隠そうとしているせいだ。


「ヌゥ、落ち着いて聞け。俺もお前も、本来終身刑の極悪犯罪者だ」

「うん…」

「犯罪者が同じ屋根の下、普通は、怖い。最初は俺もお前を怖がっていたように」

「あぁ…」


ヌゥはアグとの出会いを思い出す。確かにアグは自分を恐れていた。


「でも皆俺たちを怖がってない。レインもシエナも…ベルちゃんも皆……」

「いいかヌゥ。ここにいる奴らは皆、異常だ。どっちかっていうと、ヒズミさんって人の反応が正常だ。ヒズミさんはお前のことが怖いんだ」

「そっか……。いや、でも昨日は普通に…」

「その時はまだお前が最年少殺人鬼ヌゥ・アルバートだって知らなかったんだろ。その上俺をボコボコにした。お前のことを怖がらないわけがない」

「そっか……」


ヒズミが俺を見たあの目は、昔俺に怯えていたアグが見せた目と同じだった。忘れていた。俺は罪人。普通の人のようには、扱ってもらえない。


(ヒズミは俺が怖いのか……)


「どうすれば仲良くなれるかな…」

「すぐには難しいかもな。でもお前は根は良い奴だ。事件だって呪いのせいなんだ。大丈夫。ヒズミさんだっていつかわかってくれる」

「それまで…俺はどうしたらいい?」

「うーん…。まあ普通にするしかないんじゃないの」

「そっか」


(何か言ってもこいつが器用にできるとは思えないしな)


アグはそう思って、ヌゥに下手なアドバイスはしなかった。


「わかった! アグ、ありがとう!」


ヌゥはいつものようにニッコリと笑った。何も解決はしていないが、アグに相談したことで彼なりに心が晴れたようだ。


「さすがに腹減ってきたなあ…」

「そうだね! 食堂で何か買ってくる! 部屋にも持ってっていいんだって!」

「あ、そう。じゃあ頼む。金は後で払うから」

「いいよいいよ! 今日は俺のおごり!」

「………」


ヌゥは何だか機嫌が良くなったようで、鼻歌を歌いながら階段を降りていった。


(ふふ! おごりだって!)


地下4階にある簡易食堂。お金を入れて、食べたいメニューのボタンを押すと、その食事が出てくるという巨大なハイテクな機械が置いてある。使い方は昼間にレインたちに教わったばかりだ。


「何にしようかな〜」


(昼のカレーはすっごく美味しかったな! 独房の食事とは比べ物になんないよ。アグも美味しくてびっくりするだろうな〜!)


ヌゥが食堂に足を踏み入れると、誰かが食事をしているのに気がついた。一見女の子にも見える赤茶色の髪の男、ヒズミである。


「ヒズミ!」

「げっ!!」


昼間はヌゥと廊下で鉢合わせて完全に食欲が失せたヒズミだったが、いい加減空腹には耐えられない。ボタンを押して数分で食事が出てくる簡易食堂の提供スピードは非常に魅力的である。そして何よりここの食事は、外で食べるのに比べて遥かに安いのだ。


ヌゥはヒズミの元に駆け寄った。


(普通に…普通に話せばいいんだ…)

(こ、殺される…!)


ヒズミは箸をお盆の上に落とすと、硬直した。先程のことでヌゥを怒らせたと、気が気ではなかった。


「ねぇ、何食べてるの?」

「さっきはすみませんでしたぁあ!!!!」


ヒズミは椅子から飛び降りると、床に正座し頭を深々と下げた。


「へ?」


ヌゥは拍子抜けしたような声を出した。


「何してるの?」

「この通りです……許してください…!! もうヌゥ君を怒らせるようなこと言わへんから…どうか…どうか許してください…!!」

「……」


突然土下座を始めるヒズミを見て、ヌゥはますますどうすればいいかわからなくなる。そんな中ちらりと横目に入ったのは、ヒズミの食べかけの高級ステーキ丼であった。


「ステーキだあ!!」


ヌゥは目を輝かせた。独房の食事では稀に見ぬ、彼の大好物の1つであった。昼間もメニューを見つけたが、他と比べて高額だったので断念したのだ。


「美味しそう〜……」


ヒズミはハっとして顔を上げると、ごまをするように彼の元に寄った。


「よ、よかったら…食べてや?」

「えっ? いいの?」

「も、もちろん! 一切れでも二切れでも!」

「わあ〜!」

「その代わり大広間でのことは許してよ? なあ?」


ヌゥは輝くような高級ステーキを一切掴むと、ご飯と一緒にありがたく頂戴した。ヒズミが何かボソボソと言っているが、ヌゥには聞こえていない。


「う〜んまぁ〜〜!!!」


ヌゥは目を輝かせて喜んでいる。それを見たヒズミはほっと胸をなでおろした。


(ゆ、許してもらえた……んか……?)


「すっごく美味しいんだね! ありがとうヒズミ!!」

「あ…いや……全然……」


ヌゥは満面の笑みをヒズミに向けた。彼のことはすごく怖い。だけど何となく、彼の笑顔には人間味がある。何となく、目が離せなくなる。


(怒っては……ないやんな……? はぁ……良かった………)


「何にしようかな〜」


ヌゥはヒズミの元を離れると、メニューの載った機械の方へ向かった。ヒズミはふぅっとため息をつくと、彼の行動を気にしながらも食事を進めた。


ヌゥが選んだおかずは唐揚げと野菜炒めだ。これらは定食で、ご飯と味噌汁とお新香もついている。


「おっとっと」


ヌゥは全てが乗ったお盆を持って、ヒズミのところにやってきた。ヌゥがそのまま部屋に戻ると思っていたヒズミは非常に驚いた様子だった。


「ひぃ! な、何やの!」


ヌゥはにぃっと歯を見せて笑うと、箸で唐揚げを1つつまんで、ヒズミの丼ぶりにさっとのせた。


「えっ……」

「明日からよろしくね! ヒズミ!」

「あ…うん……」


ヌゥはそれだけ言って、お盆を持つと部屋へと戻っていった。ヒズミはしばらく放心していた。


「怖…」


そう呟きながらも、ヌゥのくれた唐揚げを一口かじった。





ジーマは自身の不在中の仮リーダーをベーラに任せた。

国王からの手紙はその間、ベーラが受けとるようにポポに命令し、アグの持っていた無線機をベーラが受け取り、ジーマと連絡がとれるように準備した。その他引き継ぎを入念に済ませ、翌朝アリマへの遠征部隊はエントランスに集合した。見送りにベーラもやってきていた。


ジーマたちが乗る馬車は、ベーラが呪術で用意した。今回の遠征に限り、馬車の施錠をジーマに一任するという条件も加えられた。


ちなみにベーラは、馬車を走らす馬と乗り手、それからポポを出すと、それ以上動く物は作れなくなる。動く物は呪人を筆頭に、動いている間ずっとエネルギーを消費するのだ。動かない物のエネルギー消費は出す瞬間だけである。とはいえ無駄な創造をすることを彼女は好まない。


「それじゃ、後は頼んだよベーラ」

「うむ、任せておけ。皆、気をつけて」

「うん。ありがとう。行ってくるね」


ジーマたちはベーラに見送られ、馬車に乗り込むと西に向かって出発した。


「ほんま酷いですよジーマさん…わい命がけで潜入捜査して、一昨日帰ってきたばっかりやのに…まともに休みもあらへんわ…」

「まあまあ、アリマまで何日かかかるし、旅行だと思って楽しく行こうよ」

「うふふ! ジーマさんと長期遠征なんて最高だわ!!」

「はぁ……」


窓際に座ったヒズミは、馬車の隅の方に身体を寄せていた。というのも、隣にヌゥが座っているからだ。ジーマの隣の席を速やかに確保したシエナのせいだ。ほんの気休めにしかならないけれど、少しでも離れていたいのがヒズミの本音である。


「何日くらいかかるの?」


ヌゥが口を開いた。ヒズミはヌゥと目を合わさないようにと窓の外を眺めた。


「最西の港まで5日くらいかかるんじゃないかな。そこから船に乗ってアリマに行くんだよ」

「そっか! 島国だって行ってたもんね。船に乗るのなんて初めてだよ。楽しみだなあ〜。ああそうだ。ヒズミは船でこの大陸に来たの?」


ヌゥに話しかけられ、ヒズミは恐怖でびくっと身体を震わせた。さすがにこの場で無視するというわけにはいかない。ヒズミはやむを得ず口を開いた。


「あ…うん…そうやで。船で来たんやけど、途中の嵐で粉々になってもうてな…そのまま流されてきたんや」

「ふーん。船が壊れたら嫌だな〜。俺泳いだことないからさ」

「え…そうなん?」

「うん。産まれた村から出たことないし、6歳の頃からはずっと独房にいたからさ」

「そ、そうやん…な…」


(あかん…。服従の紋で殺される心配はないゆうても、やっぱり怖いもんは怖い! でも機嫌損ねる方が最悪やからな。何とかステーキで持ち直したけど、次はそうもいかんかもしれんからな!)


「ねえ、独房ってどんなところなの?」


シエナが訪ねた。今日の彼女の髪型はハーフアップで、また一段と可愛らしいヘアメイクだ。とはいえ服装はマリーナの森に行った時と同様、比較的地味めではある。両手両足には小手を仕込み、戦闘の準備は欠かさない。


「俺がいたのは特別独房ってとこだけど、部屋には何もないよ。寝るのも床だしね〜」

「ええ、そうなの?! 床って……はぁ……私には絶対無理だわ」

「シエナお前、ようそんなこと言えるなあ…ヌゥ君怒らしたらどうするん」

「だから、ベーラが私達に攻撃しちゃ駄目って命令してくれたでしょ? あんたこそそんなにビビった態度で、その方がヌゥだってムカつくわよ。ねえ? ヌゥ!」


ヌゥはいつものようにニコニコと笑っていた。


「大丈夫だよ。俺は皆のことを傷つけない」

「でもほら、怒ったら…自分では止められへんのやろ?」

「大丈夫。皆に何を言われても、怒る気がしないし」

「ふふ! ヌゥは寛大なのよ。もういい大人だもん。何か言われたくらいでいちいち怒ったりしないわよ」


そんなに単純に考えてよいのだろうか…とヒズミは疑問であったが、ヌゥがシエナの言動に怒っている様子は全くない。


「そう! 俺はもう大人だから!」

「ちょっと! 私のこと子供扱いしないでよね?」

「でもまだ成人してないじゃん!」

「精神年齢はあんたより上ですぅ〜!」


ヒズミはハラハラしながら2人のやりとりを見ていた。反面、ジーマはその様子を微笑ましそうに眺めている。


「でもさ、ジーマさんが俺らと来るなんて、驚いた。てっきりジーマさんは皆を仕切るだけだと思ってた。ジーマさん頼りなくて弱そうだし、本当に大丈夫なの?」

「はあああ???? ヌゥ、あんたね! ジーマさんを馬鹿にしてんの???!!!」

「ちょおちょおシエナ! 落ち着きーや!」


また外では、騒がしくする馬車を横目で見ながら、いつもと同じ馬車の乗り手が微笑んでいた。


「でもわいも、ジーマさんが遠征行くのなんて見たことないですわ」

「ここ何年も行ってなかったからね。久しぶりだな〜でも昔は行ってたよ。人がいなかったからね」

「そういやこの部隊って、いつからあるの?」


ヌゥが尋ねた。


「うーん、もう15年くらい前かな。最初のメンバーは僕とベーラ、アシードの3人だけ」


ジーマは元々国家精鋭部隊の1人だった。しかし15年ほど前、国王の指示で、特別国家精鋭部隊を作ることになった。裏仕事を任せられるような強力な組織を新たに必要としたのだ。


ジーマは隊長となる代わりに、条件をつけた。部隊のメンバーを選ぶ権利をジーマに一任するというものだ。ジーマは自分のお眼鏡にかなった仲間たちを、色々なところから集めていった。


ベーラは国家専任の呪術師として、国王の直近で働いており、ジーマとも面識があった。どこにも属していなかったベーラを、国王が特別国家精鋭部隊に推薦し、それにはジーマも了承した。アシードはジーマが騎士団に所属していた頃の騎士団長で、ジーマと仲が良かった。その頃は騎士団を引退した身であったのだが、部隊立ち上げの話をきいて、自分も力になりたいと言って入団してくれたのだ。


最初の数年は3人で仕事をこなしていた。その時は休みもほとんどなく、毎日働きっぱなしだったという。


次に入ったのがレイン。身寄りのないところを、偶然ジーマが見つけて仲間にした。


「次が私だったわよね! 10歳になったところだったかな〜。天才的な私の力を見たジーマさんが、ぜひうちにってね〜。うふふ! 懐かしいわ〜」


シエナは両頬に手をやり、ニヤニヤしながらそう言った。


「それからしばらくして、ウォールベルト国ができたんだ。5年前かな。できたばかりの頃はおとなしかったんだけどね…。そして国ができてから2年後、呪術師の一族全員の拉致事件が起きた。調べるうちに禁術という言葉もでてきてね…。そのことを専門的に研究しようと、国家専任の研究チームからハルクがうちに派遣されたんだ。彼も禁術について調べたいと言っていてね。専用の研究室を用意したんだ。同じくらいにベルも仲間になった。ベルは医療ミスを噂され、無職になっていたところを僕が率いれたんだ」


「ベルちゃんが?」とヌゥ。

「私も信じれないわ。あの子の腕、相当よ?」


ヌゥもベルの腕は認めている。致命傷のアグを治した天才ドクターだ。


「それで、1年前だね、ヒズミが仲間になった」

「ほんま騙されましたよ…こんな危ない仕事やなんて聞いてなかったですからね!」

「でも報酬はいいでしょ? ヒズミはお金好きだし」

「好きやけど、この命あっての金ですから!」


その後も、4人は絶え間なく話をした。ヒズミはヌゥに話しかけられると未だにビクついていたが、皆で話す分にはまともに会話をすることができた。この調子なら道中は何とかなりそうだと、ヒズミもだんだん落ち着いていった。




一方アジトには、レイン、ベル、ベーラ、ハルク、アグが残っていた。


ハルクはもっぱら研究に打ち込んでいたが、レインとベーラは簡易食堂で休息をとっていた。


「でもさ、ジーマが遠征行くなんて、どんな風のふきまわしだ? そもそもあいつ、戦えたのか?」

「ふっ…知らないのか、レイン。ジーマが本気を出せば、お前なぞひとひねりだ」

「嘘だろ? あのジーマが?」


ベーラは食堂でありったけの食事を並べていた。一品で腹が膨れる料理だ。並んでいるのを眺めるだけでも満腹になりそうである。しかもそのうち半分は丼もの料理であった。


既に食べ終わったレインは、頬杖をつきながらベーラが食する様子を眺めている。ベーラはおつまみでもつまむようにペロリと一皿ごと平らげていく。まるで魔法のように食べ物が消えていく光景は、何度見ても見飽きないというものだ。


(ベーラのやつ、どんな胃袋してんだ…。ライオンに戻ったってこんなに食いたくねーわ。てか米ばっかじゃん? どんだけ米好きなんだ? てかなんで太んねーんだろ)


「全盛期のジーマはすごいぞ。あいつに剣を持たせれば右に出るものはいなかった。早すぎて剣先が見えないんだ」

「まじかよ…だったら俺も着いていけばよかったなぁ〜…。本気のジーマ見れるチャンスだったのか〜。ていうか、俺ら暇じゃね?」

「そのうち国王から依頼がくるだろう。休暇はとれるときに取らないとな」


ベーラはそう言って、5つの丼ぶりを平らげると、奥に並んだパスタに手を伸ばした。


(炭水化物の鬼だな。ここの食堂が激安とはいえ、こいつ、報酬金を全部食費に使ってんな…)


その頃、アグはまだベッドに横になっていた。


(あいつ大丈夫かな……。ヒズミさんって人とうまくやれるだろうか…)


それよりも、行き先が無法地帯アリマときた。


(ちゃんと生きて帰ってこれんだろうな……)


すると突然、コンコンと優しいノックの音がした。


「どうぞ」


部屋に入ってきたのは黒髪ストレートの大人しそうな女の子、名前は確か、リウム・ベルだ。


「アグさん、具合はどうですか?」


ベルは初めて会った時と同様、穏やかな口調でアグに話しかけた。


(そうだ…この子が助けてくれたんだった…)


アグはゆっくりと起き上がった。念の為、横にはなっていたけれど、もう歩けるくらいには回復しているはずだ。


「痛みはあるけど、かなりよくなってきたと思います…」

「そうですか。回復までもう少しですね。良かったです」

「ベルさん…あの…」

「ふふ。ベルでいいですよ。私の方が年下ですし、敬語も使わないでいてくれた方が私も楽です。あ、でも私は癖で、誰にでもこんな話し方なんですけど…」


ベルは口に手を当てて微笑んだ。女の子らしい淑やかな彼女の振る舞いは、アグにはかなりの好印象であった。


(うーん、可愛いなあ…。じゃなかった。お礼を言わないとな)


「じゃあ、えっと…ベル、助けてくれてありがとう。ベルは俺の命の恩人だ。本当に感謝してる」

「いえいえそんな…私はこれぐらいしか力になれません」


ベルはそのまま、アグの傍の椅子に腰掛けた。アグはふと彼女に尋ねた。


「ベルはどうして、この部隊に? ベルほどの腕があれば、医療会でトップになれるんじゃないか? こんなところで俺らの治療するだけじゃなくってさ」


ベルは口をつぐんで一瞬顔をしかめたように見えたが、すぐに微笑んだ。


「私はもう、医療会を追放されたんです」


ベルはそのまま、話を続けた。



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