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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
最終章

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304/341

ヌゥとヴェーゼル

「スー君…スー君もどこかに飛ばされたの?!」


アルテマの声を聞いたヌゥは気が気ではなかった。


ゼクサスのところに行く前、ベルちゃんにスノウを託した。ってことは、スノウは今ベルちゃんのところに…。


ヴェーゼルはヌゥに向かって青い波動を吐いた。

ヌゥはそれを再び避けた。

壁にまた大きな亀裂が入った。


「やめて! やめてヴェーゼル!」

「うるさいっ……お前はゼクサスの敵なんだ! だから俺が殺す! ゼクサスの敵は皆、この俺がっ!!」

「俺は君とは戦いたくない! スー君のところに行かないと!」

「っっ!!」


(駄目だ…こいつは…母親だ……母親の目をしてる…)


「ヴェーゼル、君も子供がいるならわかるでしょう?! 君も親なら…っ!!」

「っ!!」


ヴェーゼルは辛そうな表情を浮かべながらも、攻撃をやめなかった。

しかしヌゥには当たらない。この部屋の壁に亀裂を入れていくだけだ。


「親の気持ち…なんてわかるかよ…」

「どうして? 君もさっき、子供のことを心配していたじゃないか…」

「あれは……違う……違うんだ……」

「違わないよ! 親が子供の身を案ずるのは当然だろう? 君もこんなところにいないで、一緒にここから出ようよ!」

「はあ?! 何言ってんだ! くそがあ!!」


ヴェーゼルはその巨大な尾ひれを浮かばせ振り下ろすと、ヌゥの足場を壊した。

ヌゥは顔をしかめながらも空中に飛び上がった。


長い間飛んでいられるといっても、時間の問題だ…。それに俺は、泳げないからね……。


ヴェーゼルを倒すって選択もある。でも俺は、彼と戦いたくない。

だって彼も、迷っているみたいだから。

彼も本当は、戦いたくないって思ってるに違いないから…!


「ヴェーゼル!」


ヴェーゼルはヌゥの声に明らかに反応していた。


(その声で呼ぶんじゃねえ……。その姿で……俺の前に来るなァっ……)


ヴェーゼルは再び波動を放った。


「っ!!」


ついに壁の亀裂が限界を迎え、壁が崩れ去った。


「!!」


壁の向こうからは大量の水が押し寄せた。

勢いを止めることなく、またたく間に部屋に水が溢れ返る。

その水圧で、壁は更に大きく損傷し、そこから滝のように激しい濁流が襲いかかった。


(これはやばい!)


ヌゥは顔を引きつらせた。


「あわわっ!!」


あっという間にヌゥの身体は水に飲まれた。


(ヌゥ!)


『お前、まさか泳げないのか?』

『そうなんだ。だからヴェーゼルが羨ましいよ』


遥か昔、俺は嵐の夜、海に落ちて溺れたゼクサスを助けた。

その時知った。ゼクサスが泳げないということを。

意外だったよ、君の苦手なものは()だけだと思っていたからさ。


『俺も陸には上がれねえ。だから俺もお前が羨ましいよ、ゼクサス』

『ふうん。大海蛇の君が、陸に上がりたいなんて思うことがあるんだね』

『これまで思ったことなんてねえよ。でも今は違う…』


ゼクサス、君の隣を、俺も歩いてみたい…



ヴェーゼルは無意識にヌゥを咥えると、壁の亀裂から外に出た。

部屋の向こうは、驚くことに海だった。


ヴェーゼルはヌゥを海岸におろした。

その海岸の側面は壁だった。どうやらここも異空間だ。


ヴェーゼルも人型になって海岸にあがると、気絶しているヌゥに声をかけた。


「おい! ヌゥ! おい! 大丈夫か?!」


ヌゥはゆっくりと目を開けた。


「けほっ…けほっ…」


ヌゥは意識を取り戻したあと、激しく咳き込んで水を吐き出した。


「君は…ヴェーゼルなの…?」

「そうだよ……獣人なんだよ、俺はもう……」

「助けて…くれたの…?」

「はあ? 成り行きだよ…くそが……」


(何で助けたんだ…。俺はこいつを、殺そうとしていたはずなのに…)


「俺泳げないから、もう死んだって思ったよ! ありがとうヴェーゼル!」


そう言ってヌゥはヴェーゼルに笑いかけた。


「!!」


その笑顔、まるであの夢で見た……


ゼクサス……。


「やっぱりね、君は悪い奴じゃなかった」

「だから、何言って……」

「だって君からは、愛を感じるんだもの」

「え……?」


ヌゥはヴェーゼルに優しく笑いかけた。


「魔族の俺に愛なんて、あるわけねえだろ…」

「魔族も人間も関係ないよ。愛は皆が持っているんだ。持っていていいものなんだよ」

「俺はそんなもの…知らない……知りたくもない……」

「どうして? 俺は知りたくてたまらなかったけどなあ…」


ヌゥはびしょ濡れになったその上着を脱いで、きゅっと絞った。


「お、男…?!」


ヌゥの身体を見たヴェーゼルは驚いた。


「そうだよ。俺は男だよ」

「お、男に子供が産めるわけが…」

「ああ、そうだよねぇ〜。産んだ時は女だったからね!」

「……」


そうか…こいつはノアのコピー。どちらにもなり得る存在…。


だけどゼクサスはノアの身体じゃ女にしかなれなかった。憎悪は魔族の母親の身体を好むからだと、ゼクサスが言っていたっけ。

こいつは違うのか…。こいつには愛がある…。だから男の姿にも、なれるんだ…。


「ねえヴェーゼル、君は親として子供を愛してるんだよ」

「こ、子供を…?」

「そうだよ。俺と一緒だよ」

「そ、そんなの嘘だ…」

「どうして?」

「だって……」


ヴェーゼルの目からは、涙が溢れていた。

どうしてもだろう、彼と話すと、涙が止まらないんだ…。

 

「俺は親には、愛してもらってないから」

「え…?」

「親の顔だって覚えちゃいない…。魔族ってのは大体そうさ。愛も知らなきゃ、家族もいない。俺が愛してもらったことすらないのに…、子供を愛せるわけがない」


そうさ。俺は愛なんて知らないんだ。

知るわけがないんだ。

だってもらったことがないんだ。

もらってないのに、誰かにあげれるわけないんだ。

あげ方なんて知らないんだから…。


ヌゥはそっと、ヴェーゼルを抱きしめた。


「っ!!」


ヴェーゼルは驚いたが、抵抗もできなかった。


「寂しかったね…ヴェーゼル……」

「え……」

「いいんだよヴェーゼル…愛は本来、あげるためのものだから」

「……」


海の、匂いがするんだ。


ここは異空間かもしれないが、確かに、海の匂いがするんだ…。


こいつはノアじゃなくて、でもノアの姿で…

何でこんなに違うんだ…


何でこんなに優しいんだ……


「愛し方なんて人それぞれさ。皆違うし正解もないよ。君が子供たちを守りたいと思うなら、それは愛だよヴェーゼル。魔族の中にもちゃんと愛はあるんだよ」


ヴェーゼルは震えるように泣いて、ヌゥを抱きしめ返した。


「うぅ……俺はさぁ……本当はわかってたんだ……」

「うん……」

「本当は愛って何なのかわかってるんだ…。でも知りたくなかった…」

「どうして…?」


ヴェーゼルはその手を緩めると、彼の顔を見た。


「ゼクサスは…あの子だけは……知ることができないから……」

「……」

「あの子だけなんだ……可哀相だろ……? だからあの子は嫌いなんだ……自分だけが持てない、美しい感情なんてもの…。だったら皆の中からもなくなればいいって…そう思うしかねえんだよ……」


ヴェーゼルは涙を拭った。


ゼクサスは、たった1人の俺の友達。

特別な、特別な友達……。


「ヴェーゼル、君はゼクサスが大切なんだね」


ヴェーゼルは頷いた。


ヌゥはヴェーゼルの手をとって握りしめた。


「一緒に救けよう?」

「え…?」

「ゼクサスを、救けよう」

「こ、殺さないのか…? ゼクサスを……」

「そのつもりだったけど…方法はそれだけじゃないはずだ」


ヌゥはそう言って、口元を緩ませた。


2人は立ち上がると、そこに広がる広大な海と空を見渡した。


「空間のどこかにゼクサスもいるはずだ」

「探すしかねえってか…」

「それにスー君も!」

「大丈夫…。未来のスノウが生きてんだ。きっと無事さ…」


ヴェーゼルがそう言うと、ヌゥは目を輝かせてスノウが無事だと強く信じた。


「乗れ」


ヴェーゼルはシーサーペントに姿を変えると、ヌゥを頭に乗せ、海を泳ぎだした。
























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