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呻吟

ヴェーゼルは、夢を見ていた。


「お前は…誰なんだ…?」


ヴェーゼルは、自分の中に入っているその核に問うた。


【俺? 俺はスノウ】

「スノウ……。雪……?」

【そう。冬生まれなんだよ、俺】


スノウと名乗る少年は、ゼクサスと同じ姿をして、俺の前に座っていた。

そりゃそうか、この子の身体を、ゼクサスが奪ったんだからな…。


【いやあ、追い出されるとは参った。でも奇跡だよ。君の身体に入れたことがね】

「…どういうことだ」

【ねえ、君はゼクサスのことが好きなんだよね?】

「はぁ?」


ヴェーゼルは顔をしかめて彼を睨む。


【愛してないの?】

「そんなわけねえだろ。ゼクサスが1番嫌いなんだよ、愛だのなんだのってのは。だからゼクサスは、愛のない世界を作りたいんだ。俺は友人として、あいつを手伝っているだけだ」


スノウはハァっとため息をつくと、その力を使う。


【見せてあげる。それが本当に、君の望む未来になるのかどうかを】


スノウはヴェーゼルを、その時の世界に導いた。


(何なんだここは…夢か……? それとも現実なのか…?)


ヴェーゼルは朦朧とした意識の中、スノウの後をついていく。


【見てごらんよ。ヴェーゼル】


スノウは彼に、世界の成れの果てを見せた。


(これは……闇………? それとも…………?)


ヴェーゼルはその未来に恐怖をおぼえて絶望する。


【愛のない世界、それは無なんだよ、ヴェーゼル】

「………お前はゼクサスの中にいたんだろう…? ゼクサスはこのことを、知っているのか?」

【ゼクサスはここには連れてこられないんだ。彼はただの憎悪の塊だから】

「……」

【君はゼクサスを、この未来に連れていきたいか?】

「いや……俺は……」


ヴェーゼルはまだ迷っている様子だったので、スノウはその扉を閉めると、別の場所へと連れていく。

ある扉の前で、ヴェーゼルは立ち止まる。


「ここは……?」


ヴェーゼルは、その扉が気になって仕方がないという様子だ。


【特別に、見せてあげる】


スノウは、その扉をそっと開いた。


「っ!!!」


ヴェーゼルはその脳内に、あり得ないような未来を見た。




「気をつけて、段差だよ」

「うん……」


ヴェーゼルはその子の手をとって、段差を下りた。

その子は白髪の長い髪をした少女だった。


《誰なんだ……あの子は……》


その未来の中に映る自分と少女の姿を見ながら、ヴェーゼルは心で呟いた。


《あの子はゼクサスだよ》

《その声、スノウか……?》

《そうそう。覚えてくれたんだね》

《……》

《どうだい? 君が望むなら、こんな未来を作ることだってできるかも知れないよ、ヴェーゼル》

《俺が望む……? この未来を…?》

《うん。まあ、もう少し見てなよ…》


ヴェーゼルはスノウに言われるまま、その未来を見続けさせられる。


スノウがゼクサスだといったその少女は、見た目は10歳くらいに違いないが、やっと歩きだしたばかりのよたつく子供みたいな、おぼつかない歩き方だった。


「うまく歩けるようになってきたじゃねえか」

「うん。難しいね、なかなか」

「だよな。俺も初めて人間にされた時は歩くのがしんどかったよ」

「あはは…そういえば君は大海蛇だからね。でもすぐに、うまく歩いていたよ?」

「そうだったかねぇ…」


《こいつがゼクサス? 嘘だな……ゼクサスがあんな風に、笑うはずがねえ》


「そろそろ昼だな」

「よし…」

「大丈夫。今日こそ美味しいはずさ」


場面が変わると、2人は狭い家のリビングにいた。

2人用の小さな真っ白いテーブルに、向かい合って座り合う。その椅子もまあ、真っ白だった。

机の上にはクリームシチューがおかれた。バケットパンが2つと、透明な皿に盛られた小さなサラダもついている。


ゼクサスは木のスプーンをぎゅっと握りしめた。

人間のように、上手に持つことはまだできない。


「ゆっくりでいいぜ」

「うん。ありがとう」


ゼクサスは手を震わせながら、そのシチューをすくって口に運ぶ。そこに持っていくまでに、半分以上がこぼれていた。


ゼクサスはゆっくり口を開けて、そのスプーンを口に入れた。


「どうだい」

「うん。やっぱり味がないな…」

「そっか。まあしょうがねえ。いつかわかるはずさ」


ヴェーゼルはそう言って、自分のシチューを食べ始めた。


「上手だね」

「何年人間やってると思ってんだよ」

「あはは……そうだよね…」


《また笑ってる……信じられねえよ、あれがゼクサスなんて…》


「ねえ、どんな味がするの?」

「どんなって言われたら難しいな……うーん……ミルクの味? クリーミーでまろやかで…うーんと……」

「ミルクってどんな味?」

「ええ?! どう言ったらいいんだ?! ミルク……ミルクか……み、ミルクぅ?!」

「あははっ……」


ヴェーゼルが困ってる様子を見て、ゼクサスは笑っていた。


「ごめんごめん。冗談さ」

「味覚の説明は1番難しいな……」

「いいよ。味がわからなくってもね、君と一緒に食べたら、なんでも美味しいから」


ヴェーゼルはふっと笑って、ゼクサスを見ていた。

ゼクサスの笑顔は温かくて、可愛らしくて、別人としか、思えないのだけれど。


《……》


だけどヴェーゼルは、彼女にどことなくゼクサスを感じる。

俺にはわかるんだ……やっぱりこの子は…ゼクサスに違いない……。


《穏やかだね》


スノウが言った。


《何なんだ……これは……》

《何って言われると困るんだけどなぁ……》

《何でゼクサスは、味覚がないんだ? 歩くのも下手で……スプーンも使えなくて……》

《ああ、ここにいるゼクサスはね、人間になりたいと願ったんだ》

《……人間に?》


ヴェーゼルは顔をしかめたまま、彼らを見続ける。


「海に行きたいな…」

「もちろんいいぜ」


2人は白い砂浜にやって来た。

ヴェーゼルはシーサーペントに姿を変えると、ゼクサスを頭に乗せた。


風をきって、ヴェーゼルは海原を泳いでいく。


「うわぁ〜……」


ゼクサスは楽しそうにしている。

その海には誰もいない。砂浜にも。


「潮の匂い、わかるか?」

「いや…わかんないなあ…」

「そっか」


海は穏やかで、彼らが泳いだあとのその波の音だけが響く。


「いい天気。あったけえなぁ〜…」

「へえ……今はあったかいんだねぇ……」


太陽の光はヴェーゼルを暖かく包んだが、ゼクサスは何も感じていない。


《嗅覚も触覚もねえのか……?》

《まだないよ。やっと目が見えて、耳が聞こえて、身体を動かせるようになってきたところなんだ》

《……》

《1つの感情が人間になろうとしているんだ。そう簡単じゃないんだよ》


正直、スノウが何を言ってるのかもわかんねえ。

ただ俺は、ゼクサスという少女を介護でもしているような、そんな感覚だ。


「昔もこんな風に、君の頭に乗って長い間海を渡ったね。あの時嵐が来てね、海の真ん中にいた君は、全速力で島を目指した。びしょ濡れになった私は裸になって、君の身体に巻かれて温めてもらいながら寝たんだよ」

「そんな昔のこと、よく覚えてんな」

「他にもあるよ…。ハーピーの群れを人間から助けてやったらさ…」

「ああ、お礼だとか言って、俺らの周りでクソうるさい合唱を初めて…、あれは参った」


2000年前の戦争。そのあとしぱらくして始まったゼクサスとヴェーゼルの航海。

そこには戦争の影に、長く長く2人が過ごしてきた思い出が確かにあった。


「楽しかったね」


《…っ!》


彼女の口から、そんな言葉がでるなんて…。


ゼクサス、俺は君と、ずっと一緒にいたけれど


だけど君は一度も笑ったことなんて無いし

楽しいなんて言ったこともないし

何を考えてるのかも正直わからなかったし


だけど君は俺を大切な友人だと言って

2000年後にまた俺のところにきてくれた


俺にとって君は特別で

君が言う通り大切な友人


俺の出産も気にかけてくれたし

俺の子供たちにも挨拶までしてくれて


君は憎悪の塊だなんて皆が言うけれど

君も本当は愛を持っているんじゃないの?



『魔族に愛なんていらないよ』



冷たくそう言った君は、本当はどこか寂しそうだった。

俺の気のせいかもしれない。

そんなこと言ったら、君は怒って俺を殺しそうだしさ…。


だけど魔族の中にだって

愛を持っている奴らはいたはずだ。



『君と同じ、人間になりたい……』


黒いドラゴンは言った。


『君のことを……抱きしめたいから……』


彼は人間の女と最期まで愛し合っていた。

その死の傍らで、女は泣いていた。



『人間たちって本当にたくさんの恋にあふれているのよ! みんな、それぞれとっても素敵な香りがするの』


妖精女王は言った。


『恋する喜びを知ってくれれば、もっと素敵な世界になるはずなのに』


彼女は人間の世界に憧れていたんだ。

愛溢れる世界を夢に見たんだ。



『あたい、サヨリのためならイツミになってもいい』


1匹のナイトメアは、その身を偽って女に捧げる。

時に愛は哀しく辛いものだが、それでも求めてしまうものなのだ。



『憎悪と愛は繋がっているんだ、本当はさ』


悪魔はその天使の子供をも愛してやまない。


『俺はこの子のことを、自分の子供のように思っているんだね…』


それもまた大変美しい、家族愛と呼ばれる愛の形だ。




ああ、ゼクサスは知っていたんだ。

皆が愛を手にしていく。


自分だけが、その気持ちを、手にすることができない。


そうか。

だから君は、怒っているんだね。


君も欲しいんだね。


そうなんだろう…ゼクサス……。



ヴェーゼルとゼクサスは、ベッドに並んで横になっていた。

俺は彼女の手を握った。


「あったかいね」

「へえ、そうなんだ…」

「俺の手は冷たい?」

「いや、冷たくもないし、あたたかくもないよ」


ゼクサスはそう言って笑っている。


「ああ、でも、何だか…いい香りがする」

「え……?」


ゼクサスはそっとヴェーゼルの手をとると、匂いを嗅いだ。


「ああ、これだ……」

「ゼクサス……」

「海風の香りがする……」


それは、ゼクサスが嗅覚を得た瞬間だった。


「これはヴェーゼルの香りなんだね…心地良い…。まるで海にいるみたい…」


ヴェーゼルは泣いた。


その世界の彼も、それを見ている彼も、涙を流している。


《もう、いいよ……》

《そうかい?》


スノウはその扉を閉めた。


ヴェーゼルは泣きながら、地面に膝をついてうなだれた。







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