生きようと、言われて
「うっ……ぅぅっ………」
数カ月前の深夜だった。普段よりも更に薄暗い独房の中で、隣から泣きじゃくるような声がしたから、俺はふと目を覚ました。
「うぅ……ぅっ……ゔっ………」
「うん……?」
眠くて重い目を擦って、俺は起き上がるとヌゥの元へ近づいた。
「おい。大丈夫か…」
「うぅっ………ゔっ………ぐっ……ゔゔ……」
暗くて見えづらかったけど、ヌゥは確かに泣いていた。
ヌゥは俺が自分の傍に来たのがわかると、すがるように俺の胸元に顔を埋めた。
「ぁ……アグ…………ゔゔ………」
「どうした……?」
俺はヌゥを落ち着かせようと、しばらく彼の背中をさすった。ヌゥの身体は酷く震えていた。俺がヌゥの顔を見ると、目を閉じたままで、起きているのかうなされているのかもよくわからなかった。
「ゔ……ぅぅ………」
泣いていたヌゥの声は、だんだんえずき始めた。
「ヌゥ……」
「ゔっ……ぅゔえ………え……」
「吐きたい? トイレ行く?」
「っっっ!!」
ヌゥはハっと目を開けた。両手で口を塞ごうとした。だけど間に合わなかった。
ヌゥは俺の上半身に向かって、思いっきり嘔吐した。
すぐに悪臭が漂って、ヌゥも完全に目を覚ましたみたいだった。
「ごめんアグ……。ごめんね……!」
ヌゥはおろおろしていたけど、俺は驚くほど冷静だった。
「ヌゥ、お前大丈夫……?」
「どうしよう……アグの服が……ゆ、床も……」
「落ち着けよ。俺は平気だよ。お前が大丈夫か聞いてんだ」
「お…俺は……大丈夫………」
「そう」
俺は彼の嘔吐物がかかったその服を脱いで、床に飛び散った汚れも拭き取った。
非常用の連絡ボタンでカンちゃんを呼んで、その後の事は看守たちに任せるだけだった。
部屋は綺麗になって、俺は着替えも済ませて、一息ついた。
「アグ……ごめんね………」
「いいよ別に。腹でも下したのかよ」
そんなわけはないと思っていたけど、俺はそれくらいしか言えなかった。
「ううん。違うの。事件の日のことを夢に見たんだ…。そしたらすごく苦しくなって…気持ち悪くなって……」
「そっか」
ヌゥの気持ちは、すごくよくわかった。俺も何度も夢に見るからだ。そして同じように、嘔吐したことだってある。ヌゥにバレないように、トイレに駆け込んでいた。
「アグに…俺の話をしたでしょう…。あの日から、夢に見るようになったんだ…」
「そっか…」
「ああ、アグのせいじゃないよ。むしろ感謝してるよ。俺はやっとね、自分のしたことの重さに気づいたの」
「そっか……」
独房でヌゥと一緒に暮らして、もうすぐ10年…。ヌゥは、悔いているんだ……。呪いが引き起こした、理不尽な罪を、心から……。
「すごく辛くてね、いっそ死にたくなるよ。でもそれじゃ駄目なんだろうね」
ヌゥは笑ってそう言った。でもあの時のヌゥは、うまく笑えていなかった。
「俺も死にたい」
「え…?」
俺はふとそんな言葉が漏れた。ヌゥは驚いたように俺を見ていた。
「でも死なない」
俺がそう言うと、ヌゥはほっとしたような表情を浮かべた。
「じゃあ俺も死なない!」
ヌゥは答えた。今度は彼も笑っていた。
「アグがいればね、俺は生きていける。どんなに辛くてもね!」
「ふうん……」
「何それ! ふうんじゃなくて、アグも俺がいれば大丈夫って、そう言ってよ!」
「言わねえよ。思ってないし」
「もう!!」
ヌゥがいつもの調子に戻ったのを見て、俺はすこぶる安心した。
(……)
絶対顔には出さないし、口にだって絶対するもんか。
なんて、ムキになる必要なんて全くないのに。
ごめん。でも俺は君みたいに素直になれないよ。
ヌゥはあのあともたまに、同じように悪夢にうなされた。嘔吐を俺にぶちまけることはもうなかったけれど、その度俺は彼の背中をさすって、どうしようもない日は手を握って一緒に眠ってやった日もあった。
俺がいればヌゥは安心して眠ることが出来た。今思えば俺の心も同じように落ち着いていた気がする。
『アグがいればね、俺は生きていける……』
なあ、俺も……。
君がいれば……俺は………。
『アグ……逃げて……』
君は確かに怒っていたけど、それ以上に酷く泣いていた気がする。
君は俺に…死んでほしくはないのだろうか…。
あんなに泣き叫んで…君は呪いに抗いたいと願っていたんだろうか…。
だったら俺は……
俺は………
(生きなきゃ………)
ヌゥがハっと目を覚ますと、自分の部屋のベッドの上にいた。ベーラがすぐ側の椅子に座っていた。
「何だ。もう起きたのか」
服従の紋で気絶させられてから、まだ1時間ちょっとというところだった。
ヌゥはすぐに気絶する直前のことを思い出した。
「アグは!?」
「7階の手術室で、ベルが手術している」
それを聞いたヌゥは、すぐに身体を起き上がらせた。
「おい。まだ動ける身体じゃないぞ」
ベーラは言った。確かに身体の痛みは尋常じゃなかった。でもそんなことは言っていられないと、ヌゥは構わず階段を駆け下りた。仕方なくベーラもヌゥを追いかけた。
(アグっ……! アグっ……!)
7階ではちょうど手術が終わったところだった。ベルが手術室から出てきたのだ。
「ベル! アグは?!」
レインは慌てて立ち上がると声を荒げた。マスクの上からだったが、ベルがにっこりと微笑んだのがレインにもわかった。
「大丈夫ですよ。しばらく安静にしていれば、回復します」
「そっか……良かった……」
レインは安堵の表情で、へなへなと床に座り込んだ。
ジーマもベルの肩に手をやると、お礼を言った。
「ベル、ありがとう。君がいてくれて本当に助かった」
「いえ、私はそんな…。私にできることはこれだけですから…」
ベルは笑っていたが、正直簡単な手術ではなかった。彼女の額からは汗が滲んでいた。安堵したのはベルも同じだった。
(ぎりぎり持ちこたえました……。きっとアグさんの精神力のおかげです)
ベルはちらりとアグの方を向いた。
すると、ドタドタと階段を下りる音が聞こえた。ヌゥが手術室の前にやってきたのだ。
「アグ! アグは?!」
ジーマにレイン、そしてベルは、顔面蒼白なヌゥに目をやった。
「手術は無事に終わりました。アグさんは助かりました」
ベルはヌゥを落ち着かせようと、笑顔で答えた。
「ベルちゃんが……助けてくれたの……?」
「ベルは外科手術のプロだ。他の医療知識にも精通してる、この大陸一の優秀な医者だ」とレインが言う。
「わ、私なんてそんな…」
ヌゥはベルに駆け寄ると、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「……っ!」
「ありがとう…! ありがとう……ベルちゃん……!!」
ヌゥはぼろぼろ泣いたまま、強く彼女を抱きしめ続けた。ベルは微笑みながら、何も言わずにヌゥの頭を優しく撫でた。
「ベルちゃん……中に入ってもいい…?」
「どうぞ」
ヌゥは手術室に足を踏み入れた。手術台に寝かせられているアグの身体は包帯でぐるぐる巻にされている。アグは微動だにせず、眠りについている。床にはアグの血が多数飛び散っている。
「うう……アグ…ひっく……ごめん……ごめんね………」
ヌゥはアグに寄り添って、泣きながら何度も謝った。皆もその様子を黙って見守った。
「俺、死ぬから…」
するとヌゥは短剣を取り出し、その刃を自分の心臓に向けた。
「おい! やめろ!」
それを見たレインは大声で叫んだ。
「ヌゥ! 自傷行為は気絶させる! 命令だ!」
同時にベーラが叫ぶと、ヌゥはやむを得ず短剣をおろした。
「じゃあ、脱走する。そうしたら死ねるよね…」
レインはすぐさま階段の前に立ちはだかった。
「どいてよレイン…」
「嫌だっつったら?」
ヌゥはレインを睨みつけると、短剣をしまい、正面向かって突っ込んだ。
それを見たジーマが腰に手をかけようとすると、ベーラは彼の前に手をやり、手を出すなと目で訴えた。
「どいてよ!!」
「どかねえよ!!」
ヌゥはレインをぶん殴ろうと思って腕を振り下ろした。しかし服従の紋の痛みで力が出せなかった。あっさりとレインに拳を止められた。
(駄目だ……身体がまともに動かない……!)
「お前のせいじゃない! 呪いのせいなんだろ! 死ぬなんて許さねえぞ!」
レインは声を荒げた。ヌゥはふとレインの首元の傷跡を目にする。
(ああ……そうだ……。俺はレインのことも……)
ヌゥはヘナヘナと力が抜けて、床に座り込んだ。
「うう……」
「おい! 大丈夫か?!」
「服従の紋を受けた身体だ。まともに動かせはしない」
ベーラは淡々と答える。ヌゥは顔を上げて、ベーラを睨みつけた。
「生ぬるいよベーラ…。手加減しないで殺してよ…」
「断る。仲間内で殺すなど、お前を入団させた意味がない」
「だって…俺が生きていたら……またアグをひどい目に合わせるかもしれない…」
ベルは様子を見ながら、ジーマに尋ねた。
「あの……呪いって……なんですか?」
ベーラも何も知らないという様子で、ジーマの方に顔をやった。ジーマは2人にも、ヌゥの呪いについて話をした。
「ヌゥ君、君が死ぬのは間違ってる。だからベーラに…その、アグ君を攻撃したら気絶するように、命令してもらったらどうかな。呪いを完全に解けるわけじゃないけど、呪いからアグ君を守ることが出来るよ」
抗えないヌゥは、ジーマの提案に泣きながら頷いた。
「すぐ……今すぐ命令して……。そしたら、逃げない……」
「うん。じゃあ、ベーラとヌゥ君は来てくれるかな?」
永久的な命令をかけるには、例の部屋の魔法陣の上で命令をする必要があった。ジーマは2人をその部屋に連れて行こうと考えた。
レインは背を向ける3人に言った。
「ジーマ、他の部隊の奴らも、攻撃したら気絶するようにって、命令した方がいいんじゃねえか。俺はヌゥを信じてるけど、こうしないと他の奴らが納得しねえだろ」
ジーマはレインと目を合わせたあと、にっこりと笑って頷いた。
「そうだね。そうするよ。ベルもレインも、もう部屋に戻っていいよ」
そう言って、ジーマたちは階段を上がっていった。彼らの姿が見えなくなると、レインは深いため息をついた。
「はぁ…とんだ一日だぜ」
「ヌゥさん…本当は、根っからの殺人鬼なんかじゃなかったんですね…」
「そうみてえだな。なあベル、アグを助けてくれてありがとな」
「いえいえ、お役に立てて何よりです。バルギータではただ働きしちゃいましたから」
「なんだよ、気にしてたのか。悪かった。あれは冗談だよ」
ベルはふふふと笑った。
「そうだ、レインさん…。アグさんを部屋に連れていこうと思って…もうベッドで安静にしていれば平気ですから…」
「ああ、わかった。俺が連れてく。お前もとっとと休めよ」
「はい! 手術室を片付けたらすぐに!」
レインは手術台のアグを抱きかかえると、階段を上がった。ベルはレインに向かってペコリと礼をした。
レインはアグの顔を覗き込む。アグは安らかに眠っている。
「随分愛されてんな…お前…」
レインはぼそっと呟いた。
「生きててくれてよかったよ。お前が死んだら、ヌゥがぼろっぼろ泣くからよ…」
大切な人を失うのは、俺だけで充分だ…。あんな気持ちになるのは…俺だけでいい…。
誰かが哀しむのを見るのも、俺はもう嫌なんだ…。
レインはアグを彼の部屋のベッドに寝かせると、その部屋を後にした。
次の日、アグは目を覚ました。
「う……」
身体中が痛い…。そうだ。俺はヌゥを怒らせて…。
ああ、でも俺…生きてんのか…。
腹部を激痛が襲った。その他にも数か所刺された傷口がズキズキと痛む。
(はぁ…駄目だ…身体を動かすこともできない…)
「ん…?」
アグは右手を握られている感触に気づいて、自分の右手にゆっくりと目線をやった。
「……」
ヌゥはアグの右手を、その両手で祈るようにきゅっと握ったまま、うつ伏せて眠っていた。彼の目の周りは真っ赤に腫れてしまっていた。
アグが右手を少し動かしたので、ヌゥはハっと目を覚ました。
「アグ! 起きたの?」
「ああ…今……」
「良かった……生きてて良かった…」
ヌゥはアグの顔を見ると、またぼろぼろと涙を流し始めた。ヌゥは手で涙を拭った。
「アグ…ごめん…。俺…アグのこと…」
「お前は悪くないよ。俺がお前を怒らせたんだ。自業自得だよ」
アグは起き上がろうとしたが、身体がいうことを聞かなかった。
「痛っ…てえ………」
「アグ! いいから、安静にしてて。そうしたら治るって、ベルちゃんが言ってたし!」
「ベルちゃん…? ああ、あの黒髪の女か…」
「優秀なお医者さんなんだって…」
「…そっか。それで…」
(死んでもおかしくなかった……奇跡だ……)
「そうだ! 何か飲む? あ、それより何も食べてないんでしょ? お腹空いたよね。何か……」
ヌゥが立ち上がろうとすると、アグは彼の腕を掴んで引き止めた。
「うん?」
「……」
「どうしたの…?」
アグはヌゥの腕を握りしめたまま、天井を見つめた。ヌゥは心配そうにアグの顔を覗き込んだ。アグは天井を見つめたまま、小さく口を開いた。
「ずっと苦しかった……」
「…!」
アグの目から、涙が溢れた。ヌゥは目を丸くした。アグが涙を流すところなんて、初めて見たからだ。
「俺は一生一人で……絶対に許されない罪を、死ぬまでずっとずっと抱えて…生きていなくちゃいけないんだって……」
「アグ……」
「何であんなことをしたんだって、今になってもわかんなくて……ただずっと後悔して……たくさんの人を悲しませて……罪悪感で、頭がいっぱいになって…おかしくなりそうで…」
「……」
「だから本当は、死にたかった…。死んで楽になりたかった……」
俺は、あの独房でヌゥに出会った。
出会ったばかりのヌゥは、最悪の殺人鬼のはずなのに、全く反省もせずにヘラヘラと笑っていた。
俺は唖然とした。
殺人鬼と隣合わせの生活に最初は恐怖こそ覚えたものだが、その反面俺の心の罪の意識は軽くなっていった。
ヌゥに比べれば、自分は少なくとも反省して罪を受け入れている。ヌゥに比べればまともであると。
長い間それが俺の心の拠り所でもあった。
でもヌゥが過去を話すのを聞いて、考えが変わってしまった。おかしいのは自分だけだったと、思い知らされた。
ヌゥが友達になろうって言ってくれて、本当は嬉しかった。
ヌゥは俺のことを好きでいてくれる。守ってくれる。一緒にいて笑ってくれる。俺のために泣いてくれる。
執着していたのは、本当は俺の方だった。今になって、強く思い知らされた。
ヌゥが離れていくのが怖い。彼に嫌われるのが嫌だ。失いたくない。
それが出来ないというなら俺は………。
「アグ……」
ヌゥはアグの手を強く握った。
「生きててくれて良かった!!」
ヌゥはアグに満面の笑みを向けた。アグは瞳を大きく見開いて、彼の笑顔に目をやった。
「その気持ちね、俺もすっごくわかるよ! 俺もふとした時に思い出してね、辛くなって、胸が痛くなって、息苦しくって、眠れなくなるの!」
「……」
「ああ! そういえば俺、そのせいでアグにゲロったことあったね!」
「……」
(そっか…。そうだった……。辛いのは、俺だけじゃないんだった……)
例え呪いのせいだと言われても、自分は悪くないなんて割り切れるはずがない。
ヌゥなら、尚更…。
「ごめんねアグ。俺はいつも自分の痛みで精一杯で、アグも俺と同じように苦しんでるって、気づかなかったの。だから昨日アグが辛いってわかって、俺はアグに何にもしてあげられなかったんだって気づいて、すごく自分に腹が立ったんだ。そしたら俺、身体が止められなくなって…」
「……」
ヌゥがペラペラと話すのを、俺は呆然と耳にした。
「嘘つけ……。俺の言葉にイラついてキレたんだろ…。俺がお前に酷いことを言ったから…」
「ふふ」
ヌゥは呆れたように笑っていた。
「俺がアグに怒るわけないじゃない」
「……」
アグは言葉が出なかった。
ヌゥの考えていることなんて、自分は手にとるようにわかると思っていた。
でも違った。こいつの思考なんて、俺には到底理解できない。
「ねえアグ…。俺も一緒に生きるから。自分の罪も、アグの罪も、一緒に背負って、苦しんで、生きるから…」
「……」
「だから絶対死なないで。アグが死んじゃったら、俺も生きていけないの!」
ヌゥは何だかあの時と似たような台詞を言ってのけた。
「ほら、死んだら罪を償えないって、カンちゃんも言ってたしさ。ここで、命がけで働いて、この国を守ろうよ。もう他の誰かが、殺されたりしないように」
変わったんだな、ヌゥ、君は…。
出会ったばかりの頃、人を殺すことなんて何ともないと思っていた君が、誰も殺させないと言うなんて。
俺も…変わりたい…。いや、変わるんだ…。
罪を償う……ここで…。
「死なない。俺も、生きるよ」
「うん!」
ヌゥは目を腫らしながら、いつものようにニコリと笑った。
その後、ヌゥはアグに遠征の話をした。
14年ぶりに出た外の世界、仲間との会話、美味しい食べ物、禁術使いとの戦闘、色んなことがあったと、こと細かにアグに教えた。アグもその話を興味深く聞いていた。
「そしたらね、ライオンが戦ってたんだ! ベーラがあれはレインだって言った時は驚いたよ!」
「は? ライオン? …がレインさん? どういうこと?」
2人の会話には、今までにない笑顔が溢れていた。
そういえばこれまで、まともにヌゥの話を聞いてあげたことなんてなかった。
アグはその時思った。彼と話をするのが、すごく楽しいと。
そしてヌゥも、嬉しそうに旅の話をするのだった。
話が盛り上がっているところだったが、ドアをノックする音が聞こえた。
「ごめん! 入っていいかな!」
ジーマの声だった。
「どうぞ」
ジーマはドアを開けると、アグの部屋に入った。
「やあ、会議が終わったよ。ああ、アグ君も起きたんだね! 無事でよかったよ! 今ね、ヌゥ君の今後の処遇についての話し合いをしてきたところなんだ」
ジーマはドアを閉めてもたれるようにそこに立った。アグがジーマに椅子を出すようにとヌゥに相づちし、ヌゥも慌てて立ち上がってその椅子を渡そうとしたが、ジーマにそのままでいいからと断られた。
「今後の処遇って…?」
「うん。ヌゥ君がアグ君を、まーボコボコにしちゃったからさ、他のメンバーからヌゥ君を脱退させろって声が上がってね」
「それで…どうなったんですか?」
アグは痛みを我慢してなんとか起き上がり、ジーマに問いかける。
「結論をいうとね、このままいてもらうことになったよ!」
「本当ですか?! 良かった…」
アグは安堵の表情を浮かべた。ヌゥもほっと胸をなでおろした。ジーマも優しい笑みを浮かべながら言った。
「レインがね、すごい剣幕で説得していたよ。あんなに熱くなったレインは久しぶりに見たな〜。ヌゥ君に命を助けられたとか、今後の戦いでヌゥ君がいないと、この部隊は全滅するとかなんとか言ってさ。でも決め手は、ベーラの命令で、部隊の皆に手を出さないとヌゥ君に服従させたことかな」
ヌゥがふとジーマの方を見ると、ジーマは目を閉じて頷いてみせた。
「だからね、ヌゥ君はこのままここで仕事をしてもらう。もちろん、アグ君も」
ヌゥとアグは顔を見合わせ、喜んだ様子であった。
「アグ君は、完治するまではここで安静にしていてね。何かあったら、ほら、この無線機ってやつで僕に知らせてよ」
「わかりました」
「ヌゥ君は、もう動けるの?」
「うん。まだちょっと痛いけど、もう一晩たったし、大丈夫」
「そっか。無理はしないでほしいところだけど、午後13時になったら大広間で遠征結果の報告会議をするんだ。来れそうなら来てほしい」
「うん! 大丈夫。行くよ!」
「そうかい。それじゃあ、またあとで。お大事に」
要件を済ますと、ジーマはすっと部屋を出ていった。
「ふー! 危ない! 俺だけ独房返りになるところだった!」
ヌゥがそう言うと、アグもクスッと笑った。
「ねぇアグ、もうお昼だよ。お腹空いた?」
「うーん……まだ食欲はないかな」
「ああ、そうなの?」
「うん。下に食堂があるんだろ。お前行ってきたら? 早くしないと会議の時間になるぞ」
「そっか、うんうん、食堂ね! そういや、まだ行ったことないんだった!」
(そういえば俺もまだ行ったことがなかったか…。まあ、いつでも行けるからな)
「俺は寝るわ」
「うん! お大事にね!」
「うん」
ヌゥはアグに手を振ると、彼の部屋を出た。
「ひゃっ!」
部屋の前で待っていたらしい金髪少女は、突然ドアが開いたので驚いたような声を出した。
「ありゃ、シエナ? 何してるの?」
まるで何事もなかったかのようなあっけらかんとしたヌゥの態度に、シエナは一歩退いた。
(こいつが昨日アグに致命傷を負わせたなんて、にわかにも信じられない!)
「き、気安く話しかけないでよ! この殺人鬼!!」
「あはは! シエナもアグの心配してくれたの?」
「するわけないじゃない! 何で私が!」
(何言ってんのこいつ! 私は心配なんて全く……)
「ねえ、食堂って何階だっけ」
「……1個下!」
「そっか! ありがとうシエナ!」
ヌゥはシエナににこやかに笑いかけ、その場を立ち去った。
「ちょっと! シエナさんでしょ!!」
シエナは声を荒げたが、ヌゥの姿はもうなかった。
「もう! 何なの!」
シエナは口を尖らせながら、地団駄を踏むのであった。




