絶望のナイトメア
あたいはもう気づいとった。
あたいがその時サヨリに抱いてる感情は、特別なものなんやって。
「なあ、ユアン聞いてる?」
サヨリに言われ、ぼーっとしていたユアンはハっとした。
「え? 何?!」
「もう、何をぼーっとしとるん」
サヨリは呆れたように笑っていた。
「すまん。で、何の話やっけ?」
「あたいの友達、あんたに会わせたってもええか?って言うてんねん」
「ああ、ええよ別に」
そしてサヨリは、その子を連れてきた。
その子の名前はイツミ。薄紫色の長い髪は腰のあたりまで伸びていた。目はぱっちりと開いて可愛らしく、お人形みたいだった。
「初めまして…ユアンさん…。あたし、イツミいいます」
「よろしゅうな」
物静かで大人しそうな女の子だった。
「なあユアン! あれやったってよ! ほら、この子に変化したって!」
サヨリがそう言うので、ユアンはその角をつんとイツミに当てると、彼女と同じ姿に変化した。
「うわ! あ、あたしがおる…」
イツミは驚いていた。
サヨリもユアンのその姿をまじまじと見ていた。
「凄いやろ〜!」
ユアンは得意げな様子だった。
「サヨリにもなれるねんで!」と言って、ぼんっとサヨリの姿になった。
「ほんまやな! どっちがサヨリちゃんかわからへんねぇ」
「な! ユアンておもろいやろ〜!」
その日以来3人は仲良くなって、彼女たちが一緒に過ごすことも増えていたのだが、そうするうちにユアンは、サヨリの気持ちに気づいていた。
ある日イツミは用があるからと先に帰ってしまって、久しぶりにサヨリと2人きりになったユアンは、彼女に尋ねた。
「サヨリって、イツミのこと好きやろ」
「え?!」
サヨリは驚いた様子でユアンを見た。
「気づいてたん……」
「ずっと一緒におるんや。あたいにはわかるで」
サヨリは観念した様子で、ユアンに話した。
「変やろ。おんなじ女の子なのに、好きやなんて。でも昔からなんや。昔から好きになるのは、女の子しかおらんの」
「別にええやんか。おんなじやったらあかんの?」
「わからんけど、そんな人ら周りにおらんし、ばれたらあたいが変な目で見られるだけや」
「そうなんや」
ユアンに性別はない。だから、男だの女だのいうことには、そもそもあまり理解がなかった。
確かに男と女は違う。男はごつごつしてたくましくって変な匂いがくる。せやけど女はやわらかくって可愛らしくって、ごっつうええ匂いがする。やから男と女どっちがいいんや言われたら、あたいはもちろん女が好き。
「イツミはそんなん気にする子ちゃうと思うけどな」
「気にするやろ。普通やないもん」
「そうなんかなぁ……」
誰にもこの気持ちを言えなかったサヨリは、ユアンに話して少しすっきりした様子だったが、やはり寂しそうにしている。
「イツミには言わんといてよ」
「サヨリがそう言うなら、何も言わへんよ」
「ありがとう、ユアン。ほな、私ももう帰るわな」
サヨリは手を振って、行ってしまった。
ユアンは何だかぽかんとした気持ちになって、呆然とそこに立ち尽くした。
どうしてかその日から、サヨリは森に来なくなってしまった。
ユアンが心配していると、イツミがあたいのところにやってきて、訳を話した。
「あたしな、サヨリちゃんに告白されたんよ」
ユアンは驚いた様子で、話をするイツミを見ていた。
「それで…サヨリになんて言ったん…」
「サヨリちゃんは女の子やから、そんな風には見られへんって言うたんよ…。そうしたら凄いショック受け取った…」
「……」
そう言ったイツミは、何だか顔をしかめている。
「あたしサヨリちゃんのことは、大事な友達やと思ってんやけど……そんなこと言われたら…あたし、サヨリちゃんのこと怖くなってもうて…もう友達でもいられへんて、言うてもうた。そのせいでサヨリちゃん、もう、家から出えへんようになってもうた…」
それを聞いたユアンは怒ったように彼女に声を荒げた。
「何で?! 何でそんなこと言うたん?! サヨリはイツミのこと好きっていうただけやんか!」
「せやけど、サヨリちゃん女の子やし…。恋愛対象ちゃうし…」
「何なん?! 男とか女とか! 人間って何なん?! 性別なんてなんであるん?!」
「あ、あたしにそんなこと、言わんとってよ。ユアンさんは魔族やから、人間のことなんてわからんやろ。人間は男女で恋愛するもんなんよ。女同士なんてそんなん変や。気持ち悪い!」
イツミがそう言ったので、ユアンはイツミの姿になると、彼女を思いっきりひっぱたいた。
「最低やあんた! サヨリの気持ちも知らんと! ようそんなこと言えるわ! 2度とサヨリに近づかんといて!!」
イツミは頬に酷い痛みを感じながら、その場を立ち去った。
ユアンはその姿のまま、サヨリの家に向かった。
サヨリの両親は働きに出ていていないようだ。
家にはサヨリしかいない。
「サヨリ! 開けろ! サヨリ!」
ドアをガチャガチャとひねるが、鍵がかかっていて開きはしない。
「ああもう!」
ユアンは誰も見ていないのを見計らってユニコーンに戻ると、その強靭な角でドアの横に穴を開けた。そしてイツミの姿になると、そこから手を入れて鍵を開け、中に入った。
家の中に彼女が入ってきたので、サヨリは驚いた。
「イツミ……?!」
「ちゃうで……あたいや…」
「ユ、ユアン……ぅぅ……私……」
「イツミから聞いた。何も言わんでいい」
ユアンはサヨリのそばに寄ると、震えて涙を流している彼女を抱きしめた。
「ぅぅ……ひっく……ぐすっ……」
「なあサヨリ、あたいやったらあかんかな…」
「え……?
「あたいがイツミの代わりになったる。この姿はイツミと全くおんなじよ。それやったらあかんかな……」
そう言って、ユアンはサヨリにキスをした。
(イツミ…これはイツミの身体……)
サヨリは理性がきかなくなって、そのままユアンを抱きしめた。
「イツミ……イツミっ………」
サヨリの気の向くまま、ユアンはその身を彼女に捧げた。
(サヨリ……あたい、あんたのこと好きや……)
サヨリはユアンのことをひたすらイツミと呼んでいた。
(あたいこのまま、イツミになってもいい…)
せや、この子を救えるんやったら…。
ユアンは笑みを浮かべて、サヨリを優しく抱きしめた。
そしてサヨリは満足したあと、言った。
「何で私に良くしてくれるん」
「サヨリのことが大切やから」
ユアンはそう言って彼女を見つめた。
それからあたいとサヨリはそういう関係になった。
せやけど、サヨリの目に映ってるのはずっとイツミやった。
抱き合う時は必ずあたいのことをイツミと呼んだ。
あたいはそれでもよかった。
イツミの代わりでも、この子と一緒におれるんやったら。
「サヨリ、話があるんやけど…」
「ユアン、どうしたん?」
ユアンは自分のお腹をさすると言った。
「あたい、妊娠したみたいや」
「え…?」
ユアンのお腹には命が宿った。魔族の単為生殖は、基本的には望むと作られる。たまに望まずにできる場合もあるが、ユアンは子供が欲しかった。
「この子、2人の子として育ててもええかなあ…」
「うん! もちろんええよ!」
サヨリは嬉しそうにユアンを見ていた。
「私、子供とは一生縁がないと思っとったんよ…。やからすごい嬉しい。ユアン、ありがとう…!」
そうして何ヶ月かすると、ユアンはその子を出産した。
それは小さな黒いユニコーンだった。頭には小さな角もしっかりと生えている。
「ユアンと同じ色やで。やっと家族が出来たなあ」
「ほんまやな…可愛いなあ……」
2人はその小さな馬を微笑ましそうに見ていた。
ユアンはその子供を、サヨリとの子供のように思って、大変愛した。
サヤと名前をつけて、大切に大切に育てた。
「あんたはあたいとサヨリの子やで。生まれてきてくれてありがとう」
サヤを抱きしめたユアンの表情は、間違いなく母親のものだった。
ユアンは魔族であったが、確かに人間の心を持っていた。サヨリを愛し、サヤを愛し、ユアンの心は確かに愛で満たされていた。
しかし、そんな幸せもつかの間、歴史が変わるその戦争が始まった。
忍術師たちはその戦闘要員として駆り出され、襲ってくる魔族たちと戦った。
「サヨリ! 逃げよ!」
戦場となったサヨリの街はもう火の海になっていて、その惨劇はまるで地獄のようやった。
ユアンはサヤを抱えたまま、サヨリの手を引いてその街から出ようとするが、サヨリはイツミを探している。
「イツミ! イツミがっ!!」
サヨリはユアンの手を振り払って、その混乱の火の海の中、イツミを探した。
「イツミ!」
サヨリが見つけたイツミはもう、身体が上半分しかなかった。
腕も片方なく、下半身は斬り刻まれて、もうどこにも見当たらない。
もちろんイツミに息はない。
「イツミぃぃ!!!」
サヨリはイツミのその胴体を抱えて離さない。
ユアンはユニコーンの姿になると、サヤを口に咥え、サヨリを背中に乗せて、必死で森の奥まで逃げた。
(あかん! もう何がなんなんかわからん!!」
やっと誰もいないところにやってきた。その森の奥にある泉の前で、ユアンは疲れ果てて足を止めた。サヤを自分の近くにそっと置いた。
(ハァ…ハァ…ハァ……)
「大丈夫か…サヨ……んんっ!!!」
サヨリはユアンから下りると、ユアンの顔を鷲掴みにすると、泉の中に潜らせた。
ゴボボっっ
泉の水は光り輝き、聖水になった。
「イツミ! イツミを助けないと!!」
サヨリは狂ったようにその聖水の中にイツミを放り投げた。
イツミの上半身はその泉に入ってプカプカと浮かんだ。
イツミの血で聖水は赤く濁っていく。
「大丈夫だよ! イツミ! 私が助けてあげるからねぇ!!」
ユアンは顔を上げると、息切れしながら叫んだ。
「無理やって! サヨリ! 死んだ奴は聖水じゃ生き返らへん!!」
「ああ! 聖水が足りないんだ! ほら! まだだよ!」
サヨリは再びユアンの頭を押さえつけて泉に顔ごと潜らせる。
(あ、あかんっ! 角が小さくなってく…っ!! いや、それよりも息ができひん!!)
ユアンは必死で抵抗するが、サヨリはその手を抑えたまま離さない。
(苦しいっ、やめてぇっ、苦しいィィ!!)
「そうだ! こいつにも、角があった…!!」
サヨリはユアンを抑えながら、まだ小さいサヤを片手で掴むと、泉に投げ入れた。
「やっ、やめろぉ!!」
ユアンは必死で顔を上げ、叫ぶ。
長剣くらいあったユアンの角はもう10センチくらいまで短くなっていた。
「駄目よ! イツミが助からない!!」
「やっ、やめっ、ゴボボっ!! っはぁ! ああ、サヤがぁ!! あああっ!! サヤがぁぁぁあああ!!!」
サヤはバタバタと溺れていたが、やがて動かなくなり、プカプカと浮かんだ。
「ああああああ!!!! なんてことするんやぁぁ!!!」
その時ユアンの中に、激しい憎悪が生まれた。
「ああああっっ!!!」
ユアンは全力で顔を上げ、サヨリを吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
我が子を殺されたユアンは、サヨリを強く睨みつけた。
その姿は大きさを増し、角も長さを取り戻した。背中には大きな黒い翼が生えた。
「許さへん許さへん許さへんんんんん!!!!!」
ユアンは怒りに満ちた表情で、サヨリに向かっていった。
「何でそんなにあの子が大事なんや!! あたいらの子供よりも大事なんかあっ!!! ふざけんなああ!!! 許さへん!! 絶対許さへん!! 殺したる!! 地獄に連れてったるわ!! サヨリぃぃいい!!!!」
ユアンはそのまま、その角でサヨリを突き刺した。
そしてサヨリはユアンと共に地獄へとやって来た。
「たっ、助けてえ!!!」
サヨリはユアンから必死に逃げたが、あっという間に捕まると、心臓を一突きされた。
そして底なしの穴までたどり着くと、サヨリを穴の中に放り込んだ。
サヨリ、あんたは一度もあたいのことを見んかったな。
人間て、しょうもな。
愛なんて、しょうもな。
そんなんがあるから、頭がおかしくなるねん。
それやったら最初から恋愛なんてなくてええやん。
仲良く友達のまま幸せに暮らしたらええやん。
クソが。
あたいもあんたのせいで、こんな思いをせなあかんなったやんか…。
1人で生きとった方が良かったわ。
その日、ユアンは黒いナイトメアになった。
生界と地獄の入り口を行き来できる、唯一無二の存在になった。
「白鳥にはなれんかった」
ユアンはそう呟いて、生界とへと帰っていった。




