対戦・ユアン
ユアンのテレパシーを受けたレインとベーラは、非常事態に一旦引き返そうと試みた。
すると階段の上層から、メリが走って降りてくる。
「大変よ2人共!」
「メリ?!」
「ゼクサスが現れて皆と戦ってる! 伝説の武器がないから攻撃を当てられないの! 早くラグナスを見つけないと!」
メリはレインたちを追い抜いて、階段を駆け下りていった。
「まじかよ!」
「急いで! まだ間に合うわ!」
レインとベーラもメリについで階段を降りた。
「どうやって奥の部屋に来たんだよ?!」
「え? どうやってって…?!」
「円座に立ってないとドアが開かねえ仕様だっただろ?」
「えっと…ハルクさんが…代わりに来てくれたの!」
「ハルクが……?」
「それよりほら! 見えてきたわ!」
3人が降りていくと、階段はなくなり、大きな空間が開けた。
その熱気は最大温度まで高ぶっていた。
呼吸が今にもつまりそうだ。
激しいマグマは踊るようにその空間を舞っている。
足元には溶岩の流れがあり、うかつに進むことはできない。
「行き止まりだぞ」
「おい、見ろ!」
その空間の奥のマグマに囲われた祭壇には、真っ赤に燃える剣が突き刺さっている。
「ラグナスか?!」
「このままじゃとりにいけねえぞ」
ベーラは溶岩を避けるための橋を作り出した。
ラグナスまでの道が開けた。
「行くぞ」
ベーラたちは橋を渡って祭壇へと進んだ。
レインはラグナスの目の前にやってくる。
「これか…」
レインの後ろからベーラとメリもそれを見ていた。
(今や!)
その時、メリはニヤっと笑ったかと思うと、メリの身体から真っ黒な角が勢いよく生えてくると、ベーラを突き刺そうとした。
「っ?!」
ベーラは殺気を感じて、鉄の盾を生み出して身を守ろうと試みるが、角はその盾をも余裕で貫いていく。
(駄目だっっ!!! 止められないっ!)
角はそのまま、ベーラの身体を貫いた。
「ベーラっ!!!」
レインも振り返って目を見開いてベーラを見た。
ベーラは驚いた。
角は確実に自分の腹部を貫通しているというのに、血も出ることなく何の痛みもない。
しかしベーラの意識はすぐさま途切れ、その場から消えてしまった。
「お前……メリじゃねえのか……」
レインは残った彼女に目を向けた。
メリの姿をしたそいつは、真っ黒な馬に姿を変えた。
「ふふん! あたいらの勝ちやな」
「ユアン……なのか………?! ベーラは…ベーラは何処にっ…」
「あんたもそこで待っとき。すぐにあんたも地獄に落としたる!」
そう言うと、その黒い馬もまた、姿を消してしまった。
レインは愕然として、その場に立ち尽くした。
ベーラはすぐに意識を取り戻した。
先程とは別の場所に違いないが、その場所もまた、遠くで火山が噴火し、崖の下を覗くと火の海になっている。
空は暗く、火山の炎だけが灯りとなってこの世界を照らしている。
ベーラの前には1本の道しかない。
彼女の後ろには、道はない。
重々しい空気がベーラにのしかかる。
ここは人間の来るようなところじゃないという感覚に襲われた。
そう、まるでここは……。
すると、彼女の前に突如黒い馬が現れた。
大きな黒い身体と翼に、黒い角。
その真っ赤な瞳は血の色をしている。
「地獄の入り口にようこそ、ベーラはん」
ベーラはもう、その馬がユアンだと気づいていた。
「何で裏切った…」
「先に裏切ったのはあんたら人間やで?」
ユアンは平然としている。
(こいつは確かにユアンだ。しかしこの姿といいオーラといい、前までのユアンとはまるで別人…)
「私に攻撃ができるはずはないんだがな」
「攻撃ちゃうよ。何も痛くなかったやろ? 地獄に連れてきたってだけや。あんた自分を地獄に連れてったあかんって、あたいに命令したんか?」
ベーラはユアンを睨みつけた。
「私を元いた場所に戻せ。命令だぞ」
「無駄やでベーラはん。ここは死後の世界や。ここにおる限りあたいは死んだも同然。死人を服従はできひんやろ」
「……」
くそ……。確かにユアンは死亡と判断されている。
服従の紋はここでは発動しない。
「あたいはナイトメア。地獄への使者や。あたいは生界と死後の世界を行き来できる。あたいの角で突かれた奴は皆、地獄の入り口までやって来るんや」
デスイーターも同じように死後の世界に魂を運んでいたな…。
ただしここはまだ入り口。死んだわけじゃない。
「ここではあんたの服従は通用せえへん。ここで死んでもらうで」
ユアンはその角をベーラに向けて襲いかかってきた。
(鉄の盾をやすやす貫く角だっ! 防ぐことはできないっ……避けるしか!!)
ベーラは足元に土の柱を生やすと、高く浮かび上がってそれを避けた。
ユアンは勢いを一度殺して空を飛ぶと、再び彼女に襲いかかる。
ベーラは土の柱をそのまま波のように素早く伸ばして、ユアンから退いていく。
ユアンは何度もベーラに攻撃を仕掛けるが、土の柱を思いのままに操作してそれを避けていく。
ユアンの突進を避けながら、下から土の柱をヒットさせようとユアンを狙うが、その翼をうまく用いて旋回しながらユアンはそれを避けていく。
ベーラはユアンにせめられ、その道の奥へと突き進んでいった。
「どんどん地獄の中に入っていってるで、ベーラはん! もう戻ってこられへんなるでな」
「それはお前もだろうユアン」
「あたいは平気に決まっとるやろ。あたいは地獄に人間を連れて行くっちゅー役目をまっとうしとうだけやからな」
(身体が地獄に吸い込まれていくようだ……。進めば進むほど、身体が蝕まれて死に近づいて行くのを感じるよ……)
続いてユアンはその角から光線を放った。ベーラは驚きながらも土の柱に乗ったままそれを避けていく。柱はへびのようにうねうねと、崩れることなく生え続いていた。
黒い光線は、稲光をあげてその地面に当たると、地面を真っ2つに切り裂いた。
(かすりでもしたらひとたまりもない……っ!)
ベーラはその恐ろしい威力の光線を見据えた。
「さあ、ついたでベーラはん! あんたの墓場やな!!」
ベーラは気づけば大きな穴の手前までやってきていた。
その穴はどんな崖よりも高く、底は全く見えない。ただ真っ暗な、闇に覆われている。
「落ちたら終わりやで。底なし穴や」
ユアンは高らかに笑っていた。
「ほな終わりにしょうか、ベーラはん」
ユアンはベーラの土の柱に向かって光線を放った。
その光線が撃ち抜いたあとは、土くず1つ飛び散ることもなく無となった。
ベーラは別の柱をだして飛び移り続けるが、ユアンはそれを次々に撃ち抜いて消し去っていく。
ベーラは足場を次々に生んでその穴の前で耐えながら、ユアンに攻撃を仕掛ける。しかしユアンにはまるで効かず、どんな攻撃も軽やかに避けられてしまって歯が立たない。
「ユアン、お前は人間を嫌ってなどいなかったはずだ! 女は好きだったし、男も殺しはしなかっただろう」
「あたいは人間なんて大嫌いや! 忘れとっただけや! 恋愛なんてするしょーもない生き物や! あたいが根絶やしにしたるわ!」
ユアンは光線を連続で放った。
どれもすんでのところでベーラに避けられたが、構わず撃ち続けた。
「私はお前と戦いたくなんてない! お前は進んで、私の役に立ちたいと言ってくれたじゃないか!」
『あたいがベーラはんの敵討ちのために人肌脱いだるわ!』
あの日話したユアンの目には、悪はなかった。
だから私も信じたんだよ、君を。
「あの時は忘れとったんや! でももう全部思い出した! あたいはあんたらのいう愛なんて信じひん! そんなんない方が幸せになれるんや! 人間はクソや! あたいはゼクサスについていくっ!!」
ユアンの心には酷く淀んだ憎悪が溢れていた。
「せやから死んでよ、ベーラはん…!」
ユアンの角からこれまでにない黒い闇が現れた。
闇はベーラの元へと伸びていき、ベーラはそれを避けることも攻撃することもできない。
ベーラの心に闇は突きささると、彼女の心をわしづかんだ。
「っ!!!」
ベーラには見えた。
いや感じた。
ユアンの心の憎悪が。
1匹のナイトメアが、人間が大嫌いだと声を上げる、そのわけが。




