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貴女を癒せるのは僕だけ

(もう! 何なのあんなに楽しんじゃって! いきなり帰ってきたと思ったら子連れとか、意味わかんない!)


やっと会えたと思ったのに……。


メリが更衣室に入ると、赤ちゃんのタオルと着替えが用意してある。


「……」


メリは怪訝な顔で、もちろん服を着たまま、浴室のドアを開ける。中では案の定ヌゥが、ベビーバスを使って赤ちゃんを沐浴させていた。

ヌゥはその音に振り向くと、メリの姿にハっとする。


「メリ!」

「何やってんのよ! あんたここ女湯よ!」

「あ! そっか! ごめん! 俺男になってたんだった!」

「〜〜!!」


メリはいらつきながら彼を睨みつけた。


「ごめんごめん! もう終わるからさ! ちょっと待ってて!」


子育てを初めて1週間は経っている。

ヌゥは慣れた手つきでスノウを洗い終えると、裸のスノウを抱き上げて更衣室に用意したバスタオルの上に連れて行った。


(完全に自分は母親ですってか?)


さっとスノウの着替えを済ませると、片付けをして、スノウを抱きかかえた。


「男に戻ったんだ」


メリは少し強い口調で彼に話しかけた。


「うん」


メリが不機嫌そうにスノウを見ているのを、ヌゥもわかっていた。


「メリ…」

「何よ」

「俺、思い出したから」

「っ!」


メリは顔を上げて、ヌゥの顔を見た。


「俺、アグのこと全部思い出したから」

「……そうなんだ…」


(私なんで……こんな態度になっちゃうんだろう……)


「俺ね、アグと結婚するから」

「えっ?!」


メリは唇を噛み締めて、彼を見つめる。


「あんた男じゃん…」

「そうだけど…それに俺たちは終身刑で、世界からは認めてもらえないかもしれないけど…でも、家族になりたいの。アグと」

「……」


メリは辛そうな表情を浮かべていた。


(ああ、ついにアグは、完全にこの子のものになる。絶対にもう取り返せない。無理だ……諦めないと……)


「メリ……怒ってるよね…?」

「…っ! お、怒ってないわよ…」


(私……応援しようと思ったのに……2人のこと……祝福しないと…)


すごく久しぶりにアグの顔を見た瞬間、私はわかってしまった。

私はまだ彼のことを、好きでいる……。

忘れられてない……。


「もう、お風呂入りたいのよ私は! 早くその子連れて出てってよ!」

「ご、ごめん……それじゃ…」


ヌゥが出ていったあと、メリは1人で風呂に浸かった。

口まで湯船につけて、ぶくぶくと息を吐いている。


私、まだ好きだったんだ……。

アグのこと……まだ、好きだった……。


メリはのぼせそうになったところで風呂から出た。


皆食堂に集まっていたので、私もそこに行った。


「メリさん!」


ソヴァンはメリを見つけると、声をかける。


「お風呂長かったですね〜! 一緒にご飯食べましょ!」

「うん……」


メリさんは元気がない。

その理由なら、僕もわかっている。


ベーラさん、レインさん、ハルクさんは一足先に食べ終わって部屋に戻ったところだ。


子供部屋の整理が終わったアグさんとベルさん、それから授乳を終えたヌゥも、スー君と一緒に食堂にきた。


「ほら」


アグがスノウを寝かすためのバウンサーを創り出すと、ヌゥはそこにスノウをそっと置いた。

お腹もいっぱいになったところのスノウは、バウンサーに少し揺らされると、すやすやと眠りについた。


「寝た寝た!」

「今のうちに食べようぜ」

「簡易食堂久しぶりですね〜! メリさんとソヴァンさんも、一緒に食べましょう」

「はい!」


ソヴァンは返事をして、メリの手を引いた。


「行きましょうメリさん」

「うん…」


それぞれ好きなものを注文して、机に運んだ。


「この5人懐かしい〜!」

「そうですね! 最後に行ったのはベリー専門店でしたよね」

「あそこ美味しかったよね! また行きたい!」

「そうだな〜……」

「他にもおすすめのお店いっぱいありますよ! スー君連れていけそうなところもありますし! また皆で行きましょうよ」


他愛もない話をしていると、スノウがアンアン泣き始めた。


「あっ! スー君」

「いいよ、食ってろ」


アグはスノウを抱きかかえた。


「アグさん、様になってますね!」


ソヴァンは目を輝かせてアグを見ていた。


「うふふ! すごくいいパパなんですよ、アグさんは」


ベルも笑って言った。


「あれ、そういえばソヴァンさん、私たちにもどもってませんよね」

「ああ、はい。もう、治ったみたいなんです…吃音症」

「そうなんですか! 良かったですね!」


スノウはしばらく泣いていたが、アグに揺らされて泣き止んだ。


メリはその姿を、ぼーっと見ている。


(アグは、パパになったんだ…)


スノウに笑いかける優しい彼の表情を見ると、メリは心が痛くなった。


皆食べ終わった所でアグは、風呂がまだだったヌゥに、スノウを見てるから入ってくれば?と言った。ヌゥもありがとうと言って、風呂場に向かう。

それじゃあ私もまだなんで行ってきますと、ベルも行ってしまった。


ベルはヌゥに追いつくと、浴場への階段を上がった。


「あ、ベルちゃんもお風呂まだだったんだ」

「うふふ。もう一緒には入れないんですね。少し寂しいですね」

「まあもうお互いの裸見ちゃってるけどね!」

「あれは診察ですよ」

「ははっ。まあいいけど。ベルちゃんは俺の親友だから」


ベルはニッコリと笑った。

5階の露天風呂付き大浴場にたどり着いた。


「女の子になったら、また一緒に温泉にでも行きましょうね」

「うん。ありがとうベルちゃん。じゃあね」

「はい」


2人はのれんを分かれてくぐった。



メリはスノウをあやすアグを見ると、彼を睨んで言った。


「男同士じゃ結婚できないわよ!」

「メリ……」


(メリさん……)


ソヴァンは黙って、2人のことを見ていた。


「そうだな。それに俺たちは終身刑だし、例えヌゥが女であっても、できないよ」

「わかってるんだ。でも結婚するんだね。私が部隊に入ろうって時には、はっきり出来ないって言ったのにね!」


(私、こんなこと言いたいんじゃないのに…)


「ごめんメリ。でも俺たちには子供が産まれて、俺には2人を守る責任がある。だから気持ちだけでも、家族になりたかった。だから結婚しようと、ヌゥに言ったんだ」

「あの子が男に戻っても、気持ちは変わらないんだね」

「うん…。ごめん…」


(もう、駄目だ私……。ヌゥが記憶をなくしたって、男になったって、アグはもうあの子しか見ていない。いや、あの子と、あの子との子供しか…)


彼の中に、もう私はいない。

いないんだね。


メリは絶望の表情で、部屋を出ていった。


「メリ!」


アグがメリを追おうとすると、ソヴァンに腕を握られて止められた。


「ソヴァン…」

「アグさんはもう、メリさんを傷つけることしか出来ないんですよ」

「っ………!」


アグは愕然として、にこやかに笑っているソヴァンを見ている。


(そうだ…こいつはメリのことが……)


「でも大丈夫です。あなたがメリさんにつけた傷を癒せるのは僕だけ。だから安心して、ヌゥのことを愛してあげてください」

「……」

「メリさんを愛してるのは僕なんで」

「ソヴァン…」


(こいつは本気だ…本気でメリを……)


「おやすみなさい。アグさん」


ソヴァンはそう言うと、走ってメリを追いかけた。

アグは立ち去る彼の背中をじっと見ていた。




「メリさん」


ソヴァンはメリに追いつくと、彼女の手を引いた。


「な、何よ! 離してよ!」

「離しません」

「ちょ、ちょっと!」


ソヴァンはメリを自分の部屋に連れ込んだ。


「何すんのよ!」


ドアに鍵をかけて、メリをベッドに押し倒した。

そのまま彼女に覆いかぶさった。


「ソ、ソヴァン……」


メリは泣きそうな表情だった。

潤んだ瞳で彼を見上げた。

ソヴァンもまた辛そうに、メリを見下ろす。


「やっぱりまだ好きなんですね……アグさんのこと…」

「うぅ…だって……だって……」


ソヴァンは彼女にキスをした。


「はうっ……」


ゆっくりと唇を離しながら、彼女を見つめる。


「それでもいいです……僕は……」

「ソヴァン……」

「メリさんにとって、都合のいい男で、いいです……」

「うぅ……ぐす……っ……」


ソヴァンはもう一度、メリにキスをした。

メリも目を閉じて、それを受け入れる。


あぁ……私はまた……彼に甘えている……

私のことを好きだという彼に、甘えてしまう…


彼を傷つけていることは、わかっているのに


私の中のアグへの愛を、どうやったら消せるの…?


『……食べる?』

『ご、ごめんなさい…。いらない……それは…あなたの…だから』

『いいよ。半分、あげる』 


初めてアグと話をしたのはもう10年も前。

たった1つしかないパンを私に分けてくれた。


『すごい! アグ! すごい!』

『…そうかな?』

『もう! なんでわからないの? アグは天才だよ! ねえ!ダンネさん!』


彼は優しくて、ものすごく頭が良かった。

尊敬していたんだ、彼のことを、心から。


『それって、私とずっと、一緒にいてくれるってこと…?』

『うん……』

『ねぇアグ、私のこと、好き?』

『うん…好きだよ…』

『私も……好き…』


大人になったら一緒にお店を出そうと約束をした。

ずっとそばにいてくれると、彼は言っていた。


『こういうとき、大人は…キスするのかな…』

『……するかも…』

『私たちも、してもいいのかな…』


あの時私達はまだ子供だったけど、本当に愛し合っていた。

私はそう思ってる。

それはきっと、嘘ではないはずだ。


『他に、好きなやつが出来た』


彼にそう言われた時、頭が真っ白になった。


『俺は、ヌゥのことが好きだ』


アグは、あの子のことを、好きになってしまった。


あの子がね、いい子だってことはわかってるの。

2人を応援しようってベーラさんとも約束したし、諦めようと何度も思った。


アグがあの子に本気で、狂ってるくらい愛してることは、誰が見てもわかった。

あの子がアグのことを忘れてしまっても、アグは変わらずあの子を愛し続けた。


私は、あんなに愛しては、もらっていない。

私は負けたんだ。あの子に。


愛おしそうに我が子を抱いたアグの笑顔が忘れられない。

完敗だ。


どう足掻いたって、どんなに想い続けたって、無駄なんだと、思い知らされた。



メリはもはや抵抗することなく、ソヴァンに身を任せた。


「はっ、初めてなの……私…」

「え……」


ソヴァンは驚いたように彼女を見ると、手を止めた。


「アグさんとは、していないんですか…?」

「うん……」


メリは頷いた。


(婚約までしていたというから、てっきり……)


「い、いいんですか…僕で……」


メリはまた、頷いた。

ソヴァンは少しせつなそうに、微笑んだ。


「優しくしますから……安心して……」


ソヴァンは優しく彼女の頭を撫でた。


ごめんねソヴァン。

私もう1人じゃ、立ち直れそうにないの…。


「愛してますよ…メリさん…」


ソヴァンは彼女を気遣いながら、愛を注いだ。


メリは彼の優しさに触れて、傷が癒えていくのを感じた。


(ありがとう…ありがとう……)


私はいつだって、彼の気持ちが嬉しかった。

嬉しくて仕方がなかった。


こんな私を愛してくれる人がいる。

甘えさせてくれる人がいる。

許してくれる人がいる。


彼の愛が、私を生かす。


「あぁ……ソヴァンっ……」

「メリさん……好き……」


愛してくれてありがとう…。


ソヴァンは最後まで優しくて、彼が満足できたのかも私にはわからなかった。


2人は服を着て、隣同士に座った。


「ソヴァン…あの…私…」


ソヴァンは彼女を見ると、優しく笑った。


「あ、もうこんな時間なんですね…」


時計を見ると、23時だった。


「メリさん眠い?」

「ううん。目、覚めちゃった…」

「ねえ、小腹空きません?」

「え?」

「ああ! 何か甘いものでも、食べたい!」


ソヴァンは立ち上がって、大きく伸びをした。


「そうそう、最後の街でパンケーキミックス買っておいたんですよ、いちご味の。珍しいですよね? メリさん好きかなあって!」

「え? 何それ美味しそう」

「でしょ? じゃあ一緒に作りに行きましょう!」


ソヴァンはメリの手を引いて、部屋を出た。


好きになりたい……彼を……


メリも彼の手を、きゅっと握りしめた。



キッチンに行くと、ヌゥが赤ちゃんに飲ませるミルクを作っているところだった。


「メリ…」


ヌゥは気まずそうに彼女を見た。


メリもそれに気づいたが、ふっと笑って、彼に言った。


「ほーら! 男だから母乳あげられないんでしょ〜!」

「メ、メリさん…」


ソヴァンはひやっとしたが、メリの嫌味が冗談だとヌゥは気づいていた。


「今のミルクは凄いんだから〜! 男の俺でも育てられちゃうよ〜!」

「ほぉ〜?」


メリは冗談混じりに眉を釣り上げて、彼を見ていた。

これが2人のいつものやりとりなんだとソヴァンも気づいて、口を開く。


「へぇ〜。母乳とミルクってやっぱり味違うのかな。ねぇヌゥ、今度女体になったら飲み比べさせてよ!」


ヌゥは顔を真っ赤にしていた。


「うおい! こら! 人妻に何言ってん?!」

「冗談ですよ」

「冗談に聞こえないのよ己はぁ!!」


メリはソヴァンを小突いた。

ヌゥは少し安心したようにメリを見ていた。

ソヴァンはがさがさと食材庫を漁ると、パンケーキミックスを見つけた。


「あ、ありましたよ」

「何それ」

「パンケーキミックス! あんたも食べる?」

「うん! 食べる食べる!」

「じゃあ焼いたら持ってくわね」

「やったー! ありがとう! 大広間にいるね! それじゃあとで」

「はーい」


ヌゥは哺乳瓶を持ってキッチンを出ていった。

メリとソヴァンは彼女を見送ると、調理をはじめた。


「あの子も頑張ってるのね」

「よく見たら目にクマがうっすらできてますね」

「眠れないのかな…やっぱり…」

「大変そうですよねぇ」


ソヴァンはボウルに粉と卵と牛乳を入れて、混ぜ合わせていく。


「僕も欲しいなあ…」

「え?」


メリは顔を赤らめながら彼を見た。

彼はそれ以上は何も言わないで、材料を混ぜ続けた。


































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