破裂
「ジーマさ〜ん!!! あれ? ジーマさんどこ? おーい! 聞こえますかー? ジーマさぁ〜ん!!」
シエナはアジトに帰ってくるなり、目をハートにして、愛すべきジーマの名を連呼した。アグと話す時とはまるで別人のような高いテンションだ。優雅に階段を降り、個室のある地下3階までやってきた。アグも彼女の後をついていく。ジーマからの返事はない。
「あれぇ〜? ジーマさぁ〜ん??」
シエナはアグの持っていた無線機をさっと奪い取ると、それに向かっても何度も彼を呼んだ。しかし反応はない。シエナがボタンを何度もかちかち押して、無線機を乱暴に使う様子を、アグは呆れながら睨んでいる。
「もう! この機械ほんとぽんこつね!」
「ぽんこつじゃねーから。もう返せ! 壊れる!」
アグはシエナから無線機を取り上げた。シエナはアグに向かってベーっと舌を出した。
すると、一室のドアが勢いよく開いた。シエナとアグは驚いて身体をビクつかせながらそちらを向いた。
「アグ!!」
部屋から出てきたのはヌゥだ。おそらく風呂上がりであろう彼の首にはタオルがかかっており、黒髪はまだ軽く湿っている。ヌゥは目を輝かせてアグと目を合わせた。
「おかえり! 今帰ってきたんだね!」
「びっくりさせんなよ…」
ヌゥはアグの隣に立つ不機嫌な顔のシエナにも笑いかけた。シエナは眉を釣り上げてヌゥを睨んでいる。
「シエナもおかえり! 鉱石の採掘…だっけ? お疲れ様!」
「シエナさん、でしょ! あんた私の後輩なのよ」
「その頭の飾り、可愛いね!」
「ちっ……」
ヌゥのいつもの調子は、シエナをただ苛つかせた。幼い少女には似合わない大きな舌打ちを繰り出した。
(会話になんないわね! このアホ殺人鬼!)
「あんたと話す暇なんてなかったわ! ジーマさんは一体どこにいるのよ」
「ああ! さっき大浴場に行ったところだよ」
「あら、そうなの!」
それを聞いたシエナは目をハートにさせると、階段の方へと戻っていった。
「おい! どこいく気だ?」
「浴場に決まってんじゃなーい!」
シエナは浮かれながら、ダッシュで2階の大浴場へと駆け上がっていった。アグは白けた様子で、あっという間に見えなくなった彼女の後を目にした。
「いってらっしゃーい!」
ヌゥは特に何も気にせずに彼女に手を振った。
(まじかよあの女…。ジーマさんも大変だな…)
3階の廊下にはアグとヌゥだけになった。
「おかえりアグ!」
ヌゥとは10年一緒にいた。だから数日会わなかっただけで、物凄く久しぶりに会ったような、無駄に懐かしいような、不思議な気持ちだった。
「髪濡れてんぞ」
「ああ! 乾かしてる途中だったんだ!」
「俺も部屋のシャワー浴びてくるか…」
アグが自分の部屋に向かおうとすると、ヌゥはアグの後ろを小走りで追いかけてきた。
「おい。ついてくんなよ」
「いいじゃん! アグの部屋どこだっけ」
「はぁ……」
追い払うのも面倒くさいアグは、自分の部屋にヌゥを招き入れた。
「何だ俺の部屋とほとんど同じじゃない」
「そりゃそうだろ」
ヌゥはアグの部屋の温風機を勝手にとりだすと、髪を乾かし始めた。そんなヌゥの行動にアグはもう興味すらない。何て思っている時点で、自分はヌゥのことを受け入れてしまっているのだろうと、アグは思う。
アグは重かったリュックをようやく下ろすことができた。リュックの口からは様々な鉱石が顔を出す。1番多いのは真っ赤な鉱石ルベルパールだ。
「うわぁ〜石ころがいっぱい! ねぇ、この赤いの何?」
ヌゥの声は温風機の音でかき消されていた。アグは無視してさっさとシャワーを浴びた。
「あ〜すっきりした」
バスローブを身に着けて、アグがシャワー室から出てきた。髪を乾かし終わってすることがなくなったヌゥは、アグのベッドにだらりと転がっていた。アグは気にせずに髪を乾かし始めた。ヌゥよりも短いアグの髪はすぐに乾いた。
「ねぇ。大浴場すっごく大きいよ! 今度一緒に入ろうよ」
「うーん……」
アグは気のない返事をした。
(大浴場なぁ……。ジーマさんとハルクさんはともかく、あのレインって奴と鉢合わせたら……)
「そういや遠征結果はどうだったんだ? 他の奴らとはうまくやれた?」
「うん! 最初は城下町に寄ってね! レインが案内してくれたの。買い物すぐ終わっちゃってね、そしたらレインがクレープを買ってくれたの! 2つ持ってたから、レインも食べたかったんだ〜って思ったの。そしたら……」
ヌゥは明るい口調で話を始めた。だけどヌゥの顔から何となく元気がなくなっていくのが、アグにもわかった。
「うん?」
「そしたら……貧しそうな女の子にそれを1つあげて……それで……」
ヌゥはレインが少女にクレープをあげた時のことを思い出した。その時に見せたレインの笑顔をよく覚えている。
ヌゥの中で、レインの印象は大きく変わった。第一印象が悪かったせいもあるけれど、非常に好印象になった。もっと彼と話をしたいし、彼のことを知りたいとも思った。
『ええ! レイン、お嫁さんがいるの?! どんな人? 会いたいな〜』
『残念だけど、そりゃ無理だ』
『え? どうして?』
あの時レインが見せた、言葉では表せないほどの悲しみと絶望も、よく覚えている。
『もう、死んだんだ』
(………)
ヌゥは言葉を失ってしまった。これまでに感じたこともない重い空気を、アグも感じ取る。
「聞いたのか?」
「え?」
「俺の起こした事件の話、聞いたんだろ」
「……」
ヌゥのことなら、自分が誰よりも理解している。アグはそんな風に思っていた。だから今も、ヌゥの心が解る。ヌゥは俺を……
(……軽蔑しているんだ)
俺の作った爆弾が、王族だったレインの大切な人を奪った。レインが俺を恨むのは当然で、正直彼になら殺されてもしょうがないと思っているし、むしろ殺してもらって楽になりたいとさえ思っている。
俺は俺の意思で、たくさんの人を殺した。ヌゥとは違う。殺す意思のなかったヌゥと俺は、まるで違うんだ。
幼い頃……まだ10歳……あの日俺は、爆発の危害のない安全な場所で、城を見上げていた。
孤児だった俺はその日もくたびれた服を着ていた。毎日どうやって生きてきたのかももうよく覚えていない。
俺はその手に赤いボタンのついた鉄の箱を持っていた。それが爆弾を起動させるスイッチだった。
その時の俺には正直、興奮しかなかった。
爆発の威力には自信があった。城が粉々に吹っ飛ぶイメージがはっきりと湧いていた。
そして俺は一切の躊躇なく、スイッチを押した。
押した瞬間、
笑みがこぼれた。
事の重大さを認識するまで、少し時間がかかった。
俺は無意識に、混乱の街中に足を踏み入れた。
火の海になった貴族の街。散乱する死体を幾つも目にした。運良く生き延び、俺の横を通り過ぎて逃げていく貴族たちは、顔も身体もボロボロで、中には腕を失った奴だっていた。
数秒前まで立派にそびえていた城は完全崩壊していた。城内にいた者の中に、万が一にも生き残りはいないだろう。
「………」
大事にスイッチを持っていた俺の両手はいつの間にか震えていた。
俺は完全に生気を失って、その後すぐに自首をして、気がつけば投獄されていた。
今までずっと黙っていたヌゥが、口を開いた。
「……何でアグは、城を爆発させたの?」
アグの表情は曇っていった。さすがのヌゥもそれに気づいて、気まずそうな顔をした。
「聞いてどうするんだよ」
「わからないけど…何か理由があったんじゃないかって」
「ねえよ。そんなの」
アグは枯れたような冷たい目でヌゥを見た。ヌゥはこれまでに何度もアグにあしらわれてきたけれど、彼のそんな顔を見るのは初めてだった。
「アグ……」
「俺はな、昔から物を作るのが好きだったんだよ。爆弾もその1つだよ。どれだけすごいやつが作れるか、試したくなったんだ」
ヌゥは怯えたような顔をしてアグを見ていた。アグもまた、彼のそんな表情は一度だって見たことがない。
「あれは俺の最高傑作だった。城ごと吹き飛んじまったからな! あれを超えるのは、もう誰にも作れないと思うぜ」
ヌゥは俺の、生まれて初めて出来た友達。本当なら生きる価値もないような最低人間の俺を、心底慕ってくれるかけがえのないたった1人の友達。
そんな風に彼の前で、言葉に出して言ったことはない。わざわざそんなこと面と向かって言うなんて、馬鹿らしいし恥ずかしい。
俺が何を言ったって、あるいは何も言わなくたって、彼は俺の傍にいてくれる。何の根拠もないのに俺はいつの間にかそう信じてしまっていた。
(でももう……無理か………)
アグは何だか吹っ切れたような、諦めたような、そんな気持ちになった。遅かれ早かれ、ヌゥは俺の事件のことを知る。本物の凶悪犯罪者が目の前にいるんだと、やっと気づく。
「そ、それだけ…?」
「ああそうだよ。それだけで俺は人を殺したんだ。俺が怖いか? ヌゥ。俺は初めてお前に会ったとき、怖くて仕方なかったよ。でもな、本当はどっか安心してたんだ。俺よりももっとやばい奴がいるって。俺はまだマシなんじゃないかって…」
「アグ…」
ヌゥには……知られたくなかった。
自分がこんな奴だなんて。
独房でヌゥに何度尋ねられても、俺は俺の罪を話さなかった。
ヌゥに嫌われるだけだってわかっていたから。
それが嫌で……ううん、怖くて…たまらなかったんだ。
ヌゥはこれから、新しい仲間とうまくやって、友達だってたくさんできるに違いない。
だって本当は良いやつだから。
呪いさえなければ、誰も傷つけたりなんかしないんだから。
でも本当は、それが嫌だった。
ヌゥは俺とは違う。
本物の殺人鬼は俺だけ。
俺はこれからもずっと1人だ。
当然だ。仕方ない。わかってる…。
そのくらいの罪を犯したんだから。
「でもお前は違うだろ。お前は最初から、誰も殺したいなんて思っていなかった。お前は普通なんだ。でも俺は違う。俺は殺人鬼だ。心の底が腐ってる。本当にイカれてんのは俺なんだよ」
ヌゥは何も言えず、口をつぐんで俺を見ることしかできなかった。
ヌゥは俺のことを軽蔑し、俺に怯え、俺の傍にはもういたくないと思っている。そうに違いない。
だって俺、お前が何を考えているか、手にとるようにわかるんだ。
「ヌゥ、お前とは友達になれないよ。お前だって殺人鬼と友達になんてなりたくないはずだ。新しい仲間なら大勢いる。これから友達をたくさん作ったらいい。そうしたら、もう俺なんて必要なくなるよ。所詮お前にとっちゃ俺は、独房の暇つぶしの道具でしかなかったんだから」
(ごめんな…友達になりたいって思ってたやつが、こんなやつで…)
ヌゥは喪失とした表情を浮かべた。美しいサファイアブルーの瞳が限界まで大きく見開いた。全身が震え、止めようとしても止まらない様子だ。
「ぁ………嫌……」
ヌゥの様子がおかしいのをアグも察した。ヌゥはゆっくりとその震える手を腰の短剣へと近づける。
「嫌………」
その行動、ヌゥの意思ではない。
「ヌゥ………」
ヌゥは短剣を抜くと、アグに向けた。
ヌゥの手は激しく震えている。今にも動き出しそうな身体を、必死で抑え込んでいるようだ。
「アグ…逃げて…」
アグは突きつけられた短剣の先がギラリと光るのを見て、ハっと我に返った。
(ヌゥが……キレてる……)
「お願い! 逃げてぇええええ!!」
ヌゥが叫ぶと共に、彼の身体はアグに襲いかかった。
ヌゥは右足を強く蹴って一気に加速すると、アグの首元を狙って思いっきり短剣を振るった。その昔多くの村人の首をハネた感触がはっきりと思い出される。
「あぁぁあああアっ!!! 駄目っ!! 駄目っっ!!! 駄目ぇえええ!!!!」
ヌゥの動きは速すぎて、アグが避ける暇など一瞬たりともない。ヌゥの剣先がアグの首元をハネなかったのは、ヌゥが全力で呪いに抗ったおかげだろう。
「ぃぎゃっっ!!!!」
「あぁぁあああああ!!!!!!」
しかし首をハネ損なったヌゥの腕は、アグの腹を大きく斬り裂いた。その感触から傷の深さをヌゥも感じ取る。アグは激しい痛みに声すら出ない。代わりにヌゥの悲痛な叫びが大きく響いた。
「ああっ!! あああアっっ!!!」
その後もヌゥの叫び声が何度も聞こえて、その度に俺は身体のどこかを刺されているのがわかった。痛覚を感じる余裕も、もうない。
(俺……ヌゥに殺される……)
ふとアグの目には泣きじゃくるヌゥの顔が映った。一瞬彼と目が合って、それからアグは、意識を失った。
(何で泣いてるんだろう……)
泣きたいのは俺なのに……。
ああ………痛い…………。
そのあとすぐに、ドアがガタンと開いた。
「うるせーな! 何もめてんだ!」
部屋に入ってきたのはレインだった。
「おい………何やってんだ………?!」
レインはその光景を見て愕然とする。
(何だこれ……)
全身が血まみれになったアグが床に倒れている。部屋中に血飛沫が舞っていて、レインはその一瞬では状況の理解がまるで追いつかない。
「駄目……駄目ェ………」
ヌゥは身体を引きずるように歩いてきてアグに跨ると、その短剣をアグに向けて大きく振り上げた。
「おい! やめろ! ヌゥ!」
レインはヌゥに体当たりすると、短剣を持つヌゥの腕を思いっきり掴んだ。ヌゥの腕はレインを振り払おうと力を込める。
レインはヌゥを抑え込みながら、彼と目を合わせた。涙がぼろぼろと流れている。
「レイン……助けてぇ……」
レインはすぐに察した。アグを襲うのはヌゥの意思じゃない。
(呪い……?! これが……?!)
騒がしい声が聞こえたのか、ハルクも部屋に駆けつけた。
「どうしたんですか?! え?! 何ですかこれは」
「いいから! 早くベーラを連れてこい! 俺じゃこいつを止めらんねえ! あと、ベルも!!」
「わ、わかりました!」
ハルクは急いでベーラの部屋に向かった。
「嫌だ……アグ……アグが………アグが死んじゃう………アグを殺しちゃう………」
レインは全力でヌゥを抑えるが、彼の抵抗する力は尋常じゃない。
(何つぅ力だよ……)
「ヌゥ! しっかりしろ! 力を抜けって!」
「無理だよレイン…無理なんだよ……!!!」
ヌゥはレインを振り払った。レインは壁際に向かって投げ飛ばされたが、即座にライオンに戻るとヌゥに体当たりをした。ヌゥは血の染みたベッドに勢いよく飛ばされたが、受け身をとって体勢を立て直した。ヌゥは短剣をしっかりと握りしめたまま、再びアグを仕留めに襲いかかる。
「させっかよ!」
レインは短剣を持つヌゥの右腕に噛み付いた。
「っっ!!」
ヌゥは涙に溢れた瞳でレインを見つめた。
「レイン……俺の腕を噛み切ってよ……」
「んなこと出来るか!!」
「早く……早くしないと………ああっっ!!」
ヌゥは短剣を逆の手に持ち替えた。剣を手にした左手は、レインの身体を斬りかかった。レインの胸元をスパンと斬り裂いた。傷は浅いがレインは痛みで噛み付いた歯が緩んだ。その隙にヌゥはまた右腕に剣を持ち替えると、アグを襲おうと腕を振り上げた。
「服従者ヌゥ! 攻撃をやめろ!」
ベーラの一声が部屋に響いた。ヌゥは服従の紋の力で意識を失い、その場に倒れこんだ。
「くそ……ハァ…間に合った……」
(ほんとに…本当に止められないのか…自分じゃ……)
レインは息を荒げながら、人の姿に戻った。常に無表情なベーラでさえその状況に顔をしかめた。
「ど、どうしたんですか?! こ、これは…一体…」
続いてベルがハルクと共に部屋に駆けつけた。
「ベル、アグが重傷だ…!」
「す、すぐに7階に運んでください!」
「ハルク! 運ぶの手伝え!」
「わかりました!」
「ベーラはヌゥを!」
レインに命令され、ベーラはうんと頷いた。
地下7階は、ベル専用の手術室である。ベルは一目散に階段を駆け下りた。後を追うようにレインとハルクでアグを運んだ。ベーラは部屋に残り、ヌゥの様子を見守っていた。
「せーの!」
手術室に運ばれたアグは、レインとハルクの手によって手術台にのせられた。
ベルは手術用の青い白衣と帽子をまとい、マスクと手袋をつけ、準備万全の体制でアグを迎えた。
「急いで手術を始めます! 皆出ていって!」
「1人で大丈夫なのか?! 何か手伝うことは…?!」
切羽詰まった様子のレインに、ベルは落ち着いた口調で言った。
「大丈夫ですよ。絶対に助けますから」
ベルの顔はいつもの彼女のものとは違っていた。自信に満ち溢れた彼女の表情は、レインを落ち着かせた。
すぐにドアが閉まり、ベル以外の者たちは手術室の外に追い出された。
ベルは両手を身体の前に出してひと呼吸つくと、アグの傷口を見てゴクリと息を呑んだ。
(一筋縄ではいきませんね……)
ベルは手術を開始した。大陸中の全ての医者たちが顔負けの手さばきであった。彼女はいつもこの部屋で、たった1人で、皆がどんな大怪我を負っても見事に治してきた。
部隊の誰一人、ベルの手術を近くで見た者はいなかったが、彼女がここに配属されてからというもの、未だにその手術に失敗したことはない。
(でも大丈夫。絶対に助けますよ…)
ベルは1人、黙々と手術を続けた。
「一体どうしたの」
手術室の前にジーマとヒズミ、シエナもやってきた。ヌゥとベーラ以外の全員が、地下7階に集まっている。
レインが事情を説明すると、皆は困惑した表情を浮かべるばかりであった。
「そうか…ヌゥ君が…」
「一体何が起こったらそうなるの? あいつの頭の中どうなってんの?」
さすがのシエナも怖がろうとはしないが明らかに動揺している。仕方無しにふぅと息をついた。
(さっきニコニコ話ししてたばっかじゃないのよ!)
「ほら、ジーマさん! やっぱりやばい奴やないですか! 早く脱退させなあきませんて!」
誰よりもビビりなヒズミは、事態に怯えながらパニックに陥っていた。レインはヒズミをきっと睨みつけたが、ヒズミはそれよりもレインの首元から垣間見えた傷跡に目がいった。
「ひい! レインさんも血でてますやん!」
「俺のはかすり傷だよ…。ヌゥは本当はアグのことを傷つけたくなんかないんだ…。あいつは…あいつには呪いが…」
「呪い…?」
「なんやのそれ……」
シエナにヒズミ、そしてハルクも首を傾げるが、ジーマに限ってはそうではない。
「レイン、君は知っていたんだね」
ジーマと目が合うと、レインは頷いた。
「僕が話す。皆よく聞いて」
ジーマはやむを得ず、ヌゥの呪いのことを全員に話した。とはいえ、皆はその話をなかなか信じられない。
「キレたら殺すって、やばいわよね?」とシエナ。
「ええ。まともに会話もできませんね…」と、ハルクも言った。
「いや、意味わからんし。呪いなんてそんなもん、あるわけないやんか…」
案の定ヒズミは恐怖に身体を震わせていた。
皆の反応は想像通りだとレインは思う。
「ヌゥの部隊存続に関して、話し合う必要があると思うわ」
「シエナ! あいつは遠征中一度も問題を起こしていない。ただ、アグに対して異常な執着心があるだけなんだ」
「あらレイン、あんたがかばうなんて意外ね」
「ヌゥの呪いは本物だ。あいつは必死で自分を止めようとしてたんだ。腕を噛み切ってくれって……ヌゥは俺にそう言ったんだぞ?!」
「何よ。あんただって怪我させられてんじゃない。もし仲間の誰かがヌゥに殺されて、呪いのせいだから仕方ないって、あんたそう思えるの?」
「ヌゥはそんなことしねえよ!」
「は? それ、何の根拠もないんですけど!」
ジーマは言い争う2人の肩を抑えた。
「まあまあ、落ち着いて2人共」
「最初からベーラさんに、部隊の全員を攻撃してはいけないと、命令させるべきだったのではないですか?」
ハルクがつぶやくように言った。
「服従の命令内容を決めたのは僕だ。ベーラはそれに従っただけだよ」
ジーマは言った。
「責任は全部僕にある。本当にごめん。今後のことについて、話し合う機会をもうけたい。明日予定していた会議の内容を、それに変更させてくれないか」
「わかりました」
「わかったよ…」
「ジーマさんがそう言うんやったら…しゃあないな」
「私も。別にジーマさんを責める気なんてないし!」
皆は口々に答えた。その場しのぎかもしれないが、何とか皆が落ち着いたことにジーマは安堵した。
「悪いけどシエナ、ベーラにも明日の会議のことを伝えてくれないかな」
「もちろんです、ジーマさん」
「僕はここに残るから、皆はもう部屋に戻っていいよ」
ジーマがそう言うと、シエナ、ハルク、ヒズミは部屋に帰って行った。しかしレインだけはジーマの隣に座り込んだ。
「俺も残る」
ジーマはレインを見ると、ニコッと笑って頷いた。
「大丈夫。きっと助かるよ」
「当たり前だ。ベルが診てんだぞ」
「そうだね」
その後ジーマとレインの2人は、手術の完了を待ち続けた。




