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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第3章

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ヴェーゼルの出産

どうして勝手に、命が宿るんだろう。


魔族ってのは不思議でね、その身一つで命を生み出す。

魔王様がそうしていたように。


ヴェーゼルは海の中で目をつぶっていた。


ああ、やっぱり海にいると、心が落ち着く。

俺の世界はこの海の中だ。

陸は俺には合わない。

歩くのだって疲れるし、泳いでいた方が絶対に楽だ。


まあそう思うのも、俺が海で生きてきたからなんだけどな。

陸で生きた動物たちにとっちゃあ、陸が全てに違いない。


何ならあいつら、海で呼吸もできねえし、溺れて死ぬことだってあるってんだから。


だけどなんだか、心細い。

そんな風に思ってしまうのは、俺が変な薬で人間になったからだろうか。


そう言えば人間は、1人じゃ子供を作れないんだっけ。

生殖するのに相手が必要なんて面倒くさいなぁ…。


俺たち魔族の大体の奴らは、ぽんっと産んであとは勝手に生きてくれって子供の面倒なんて見ねえよ。同じ魔族で群れるやつもいるが、俺たち大海蛇は違った。それに比べて、人間や他の動物たちは子供と一緒にずっと暮らすんだってさ。それを確か、家族というらしいよ。


それを俺に教えてくれたのは2000年前のゼクサスだった。

ゼクサスもまた、人間と天使の子供として生まれたんだと話してくれた。

ゼクサスは酷く気に入らない様子で話していたから、俺も、人間なんてつまらないことをする奴らだなあと、ゼクサスに同調していた。


そう言いながらもゼクサスは俺を人間にしやがったが。

何でかと後で聞いたら陸に上がれたほうがいいだろうって、ただそれだけの理由だったよ。まあもちろん、寿命で死なないってのは凄いことだ。ゼクサスは俺とずっと一緒にいたいに違いない。そう考えると、人間にされたのも悪いことばかりじゃない。


「っ!!」


激しい腹痛がヴェーゼルを襲った。


「ううう……」


蛇には卵を産むやつと赤子をそのまま産むやつと2種類いるんだ。俺は後者だ。卵は産まない。産まれたらもう、それは小さなシーサーペントの姿だ。


「ぅぅ……痛い……痛いィィ……」


ヴェーゼルは海の底で1人苦しんでいた。


何でこんな痛い思いをして子供を産まなきゃいけないんだ。

別に欲しいだなんて、俺は言っていないのに。


しかしこの身に命が宿ってしまっては、外に出す方法は産む以外にない。

妊娠したら最後、この痛みもセットでついてくる。


「くぅぅ……」


ハァ……早く終わんねえかな…。


あまりの痛みに涙が出そうだった。


俺もこうして産まれたのかな。

どっかのシーサーペントからさぁ……。

一体どこの誰だってんだ。

ああ、もう顔も覚えちゃいないよ。


「ぅああ……つぅ………」


ヴェーゼルは苦しんでのたうち回っていた。

出産は近い。


「ヴェーゼル」

「っ!」


ゼクサスの声がしてヴェーゼルはハっとした。

振り向くとゼクサスがいて、俺の身体をさすってくれている。


「ゼク……サス……何で…ここに……」

「そろそろ産まれると思ってね。1人じゃ辛いかなって」

「……」


正直、すごく、心強い……。


「ぅぅっ…」

「頑張って、ヴェーゼル」


ヴェーゼルは目をきゅっとつぶって力を込める。


もうすぐ…もうすぐ産まれるに違いない……!!


「ヴェーゼル」

「ぁぁァア……痛いぃ……くぅぅうう……」


ゼクサスの手が触れたところは痛みが和らいだ。そんな気がした。

ゼクサスは、そっと俺の身体を抱きしめた。


(ゼクサス……君は……どうして……)


「ぁぁああっ……!!」

「ヴェーゼル、頭が見えてきたよ」


(う、産まれるっ!! )


「ぁぁぁァァァァ!!!!」


ぬるんっと滑り落ちるように、蛇が産まれた。

1匹ではなかった。その数6匹。

1匹でてくると、ぬるぬるとあとに続いて、全員滑り落ちた。

混濁した血が、海の中に漂って消えていく。


「ぁぁっ……ハァっ……ハァっ……ァァ……」


ヴェーゼルは放心とした様子で、呼吸を整えていた。


「ヴェーゼル…見てごらん…」


ヴェーゼルに比べれば、とても小さな海蛇だ。

しかしその顔の大きさは、ゼクサスの半分くらいあった。


ゼクサスはその子供の海蛇の頭を撫でた。


「君たちも頑張ったね……」


ヴェーゼルは目を見開いて、自分の子供を優しく撫でる彼を見ていた。


「……」


子供たちは何だか嬉しそうに、ゼクサスに頬を擦り寄せた。


「全部で6匹か。シーサーペントの生殖には成功だね」

「そう……だな……」

「頑張ったねヴェーゼル。おめでとう……」

「っ……!!!」


ヴェーゼルは涙が出そうだった。

もしかしたら出ていたかもしれない。

だけれどそこは海の中で、彼もゼクサスもわからなかった。


子供たちはヴェーゼルに寄ってくると、ゼクサスにやったように頬を擦り寄せた。


「………」


ヴェーゼルは言葉もなかった。


自分から産まれた、新しい命。

この蛇たちは、自分の子供……。


子供たちは親に挨拶を終えると、遥か海の向こうへと泳いでいった。


「さよなら、海蛇たち」


ゼクサスは去りゆく子どもたちに手を振った。


「ゼク…サス……」

「大丈夫? 陸に上がる?」

「いや、もう少しここで、休んでいく……」

「そうかい。私はもう薬がきれるから、先に行くよ」

「……」


あとから聞いたが、アクアラングという水中で息が出来る薬があるらしい。

人間はそんなものまで作ることができるのか…。


ゼクサスが行ってしまったそのあとを、俺は呆然と見ていた。


君は俺の、大切な友達…。

だから俺に、そんなに良くしてくれるのかい……?


海面は遥か上だ。

光が差し込んで、美しい水面が広がる。

その海は澄んだ水色で、光は白く直視できる太陽のように明るい。

俺はいつもこの景色を見ていた。

そう、これは俺にとっての、空だ。


なあゼクサス、俺にとって君は……

君は……


ヴェーゼルは目を閉じて、その陽の暖かさを身体で感じる。

傷ついた身体は海に揺られて、ゆっくりと自然治癒されていく。


ああ、早く君のところへ行こう……

君についていきたいんだ、何処までも……


大海蛇の涙は海に溶けた。

海の色にも負けない澄んだ淡い水浅葱だった。




ベーラ一行はアマリア大陸を抜け、またしばらく航海を続けた。

海の旅にも慣れたもんだ。


その道場で、皆は戦いに備えた実践訓練をしていた。


「ぅわあっ!」


メリは喉元に突剣を突きつけられた。

その銀のレイピアを持つのはハルクであった。


「はい〜ハルクの勝ちぃ〜」


レインはケタケタ笑っていた。

メリは悔しそうに立ち上がって、もう1回とハルクにたかっていた。


ベーラ、レイン、ソヴァンの3人はメリとハルク2人の戦闘を見ていた。


「ハルク、お前もう研究いいよ。前衛やれよ」

「嫌ですよ」


ハルクはレイピアをしまうと、観戦ブースの3人のところに戻っていくと、ベンチにどんと座り込んだ。


「疲れたんで交代で」

「んだよ体力ねえなあ! しゃあねえ、俺が相手してやるぜ」


毎日特訓は続いて、皆の力は確実に伸びてきていた。


「メリさん、何してるんですか?」


鍛冶場にこもって瞑想しているメリにソヴァンが声をかけた。


「武器創ってんの! すっごいやつ生み出してやるんだから……」

「時間かけたら特別な能力のついた武器が創れるんでしたっけ」

「この際チートでもなんでもいいわ! 見てなさい…1ヶ月かけて練り込んだ私の新調武器の力をぉぉ!! そろそろ出来るはずよっ! 絶対ハルクさんに参ったって言わせてやるんだから!!」


メリは連戦ハルクに負け続きで躍起になっていた。

同じ武器使いとして、前衛の私が負けるなんて許されない!


ソヴァンはにこにこしながらメリを応援していた。


「もう! 気が散るからあっち行ってよ!!」

「見てるだけですよ」

「だから見ないでって言ってんのぉ!!」


すると、メリの身体から武器が生まれだす。


「おおお!! やっとこの瞬間が拝めるぅぅ!!!」


ソヴァンは興奮してメリに近寄った。


「服! 服が邪魔ですよメリさあん!!!」

「ちょっ! ふざけないでよ! 見るな見るな見るなぁ!!」


すとんっとメリの身体から武器が落ちた。

それは短剣より少し長いくらいの長さの棒切れだった。


「何ですかこれ。偉く軽いですねぇ。今にも折れそうだし…」


ソヴァンはその棒を拾った。


「ああ! ちょっと触らないでよ!」


メリはソヴァンから棒を取り返した。


「それにしても何なのかしらこの棒…。もしかして杖?

何か魔法とか出ちゃったりしてえ?」


メリは棒を軽くふってみるが、何も出やしない。

まるでその辺に落ちている木の枝みたいにもろくて弱そうだ。


「はああああ?!?!?!」


メリはその何の役にも立たない棒切れを見ながら発狂した。


「失敗ですか?」

「う、嘘でしょぉぉおお?! 私の1ヶ月の超大作だってのにぃぃ!!!」


メリは地団駄を踏んだ。

ソヴァンはおかしくて笑っていた。


「何笑ってんのよぉお!!」

「いや…怒ったメリさんも可愛いなあと思って」

「はぁ?! その手には乗らないわよ! もういいわ! やめたやめた! 黙って訓練するわもう!」


メリはその棒切れを投げ捨てた。


「これもらってもいいですか?」

「あげるわそんなもの!」


ソヴァンはその棒切れをもらうと、大事そうに懐にしまった。



レインがキッチンで調理をしていると、ベーラがやってきた。


「珍しいな」

「まあたまには違うもの食いてえからな〜」


レインは手慣れた様子で調理をしている。


「お前料理なんてできるのか」

「まあ貧困時代によく作ってたからな。出来合いのものなんて買う余裕ねえし、食いたいもんは自分で作らねえと」

「ほう…」


ベーラはレインに近寄ると、彼が料理をする様子をまじまじと見ていた。

レインはそばにやってきたベーラを見て、顔を赤らめた。


「これは何だ」

「魚貝のサフラン煮込み」

「ふむ…」


ベーラはそのいい香りと美味しそうな見た目に喉を鳴らした。


「味見していいか?」

「嫌だよ! 全部食うつもりだろお前! そこの大量に買った缶詰食ってろよ!」

「ケチだな。一口くらいいいだろう」

「お前の一口は信用なんねえ!!」


ベーラはつまらなそうに彼を睨んでいた。


レインは料理を完成させると、そのまま食堂に運んだ。

ベーラも彼についていく。


「ついてきたってやんねえぞ!」

「ふうむ…」


レインは彼女の前で自分で作ったその料理を食べ始める。

ベーラはじぃっとレインの前の魚貝の入った小さな鍋を見ていた。


「食いづれえな」

「気にするなよ」


……うまい。うまいはずなんだけど……駄目だ……気になって味がわからん!!

くっそお……今日の朝から煮込んどいたとっておきだってのにぃぃ……


すると、レインは思いついたように彼女に言った。


「俺と結婚してくれたらお前のために毎日ご馳走作ってやるよ」

「エサで釣るとは卑怯な奴だな」

「俺はお前の好きなものが何なのか、よーく知ってんだよ。意中の相手を落とすにはまず胃袋からってな。我ながら有効な作戦だぜ…」

「それは女が男にするやつだろう」

「うるせえな。ほら見ろよ。食いたいだろ〜」


レインはスプーンですくったそれを、ベーラの前にちらつかせた。

ベーラはじいっとそれを見ている。

レインはそれをベーラにあげずに、パクっと自分で食べた。


「ぅんま〜! やっばうま〜!!」


ベーラは無表情ながらにちょっと怒った様子だ。


「相棒の座も破棄する」

「はぁあ?! ちょっとそれはねえだろ姉さん!!! わかったよ! 食えよ! 食えってほら!」


レインはもう一度スプーンですくうと、ベーラの口元に持っていく。

ベーラは口を開けてそれを食べた。

もぐもぐと口を動かしている。


「美味しい」

「だろ〜! ほんと天才だな俺は! こんなうまいもん作れるなんてさぁ!!」

「自画自賛されるとそれほどでもなくなるな」

「うおいい!! 認めろよ俺を!」

「まあとにかく、もう一口」

「しゃあねえなもう」


レインはその料理をベーラに食べさせる。

まるで動物に餌をやってる気分だ。

あっという間に食べられてしまった。


「ごちそうさま」

「お粗末様」


2人は目を合わせた。

すると、レインは口を開いた。


「なあベーラ」

「なんだ」

「俺諦めねえから、お前のこと」


ベーラは顔をしかめて彼を見る。


「やめろよ…。恋がしたいなら私じゃなくてもいいだろう」

「俺はお前がいいんだよ」


レインはベーラの目をまっすぐと見ている。

ベーラは困ったように顔をそむけた。


「俺に振り向くまで待ってるから」

「そんなこと言われても……」

「俺がどうしようと俺の自由だろ。お前も嫌なら振り続けりゃいい。俺は諦めねえけどな!」

「はぁ……」


ベーラはため息をついた。


レインは彼女を困らせているのがわかって心苦しかったが、やむを得ない。


「じゃ、デザートといくかね」

「デザートとは?」

「特大プリン!」

「!!」


ベーラの目の色が変わるのを見て、レインも安心したような心持ちだった。


その巨大なプリンに存分に特製のカラメルソースをふりかけた。


諦めねえよ…そう簡単には……。

お前を幸せにしてやれるのは俺しかいねえんだ。

俺を幸せにできるのもこの世にはお前しかいねえよ、なあベーラ…。


2人はボウルにまるまる固められたそのプリンを、一緒につついて食べた。

カラメルソースはほろ苦く、そのプリンの甘さと見事なまでに調和していた。










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