諦めません
その後みんなも目を覚まし、アマリア大陸の横断が再開した。
ベーラたちの馬車は山道を登っていたが、あまりの坂道に馬力が弱くペースが遅くなった。
するとレインが、自分が馬車をひくと言い出した。
「じゃあ僕は馬車に乗ってもいいんですか?」とソヴァンは言ったが、レインに駄目だと言われて、ソヴァンは彼にまたがった。
ソヴァンは、レインが何か自分に話したいことがあるんだと察した。
「何かあったんですか?」
「ふられた」
「ええぇええ?!」
「しっ! 馬車の中に聞こえんだろ!」
「すみません…」
ソヴァンは口をつぐんだ。
「僕、2人はうまくいくと思っていました…」
「はぁ……」
レインはため息をついた。
「何でふられたんですか?」
「好きな男がいるんだよ。まあ俺もそれは、知ってたんだけどさ…」
「ええ?! 一体誰なんですか?!」
ソヴァンはジーマのことはよく知らなかった。
自分の前の前のセシリア姫の護衛だったということと、ベーラの前の隊長だったということしか。
「でも、もう死んだんですよね? その人」
「死んだよ。部隊に婚約者の女がいたが、そいつ共々死んだ」
「婚約者……しかも部隊の中にいたって…、じゃあベーラさんずっと片思いだったってことですか?」
「まあそうだな」
「へえー…複雑なんですね。だとしてもレインさんを振るなんて信じがたいですけどね」
「はぁ……」
レインは2回目のため息をついた。
「まあでも、これからですよレインさん!」
「は? 何が?」
「ベーラさんはまだ生きてるじゃないですか! 振られても諦めないで好きでい続けましょうよ!」
「……」
「いや、レインさんが僕に言ったんですよ!」
「そうだっけ……」
元気がない赤いたてがみのライオンを、ソヴァンは笑ってみていた。
「僕と一緒に頑張りましょうよ! 今は駄目でも、いつか振り向いてくれるかもしれないじゃないですか!」
「お前案外ポジティブだな…」
「僕、生まれて初めて好きな人が出来たんです。それだけでね、実はもうすっごく幸せなんですよ」
「メリがアグのことを好きでもか?」
「まあ2人が両思いだったらね、諦めようかなとも思いますけど、そうじゃないんで」
馬車はまもなく山頂に到達する。
「可能性ゼロじゃないんで。僕は諦めないです」
「ソヴァン……」
馬車は結構な重さだ。可能な限りのスピードで山を登ったので、レインもなかなかに疲れ果てていた。
「俺も、諦めねえことに決めた」
レインが言うと、ソヴァンは笑った。
「なら、良かったです」
レインは少し後ろを振り向いて、彼のことを見据えた。
「一緒に頑張りましょうレインさん」
「おうよ」
そうして馬車は山頂に到達し、レインは一旦足を止めた。
「休憩するか?」
と言いながら、馬車からベーラが顔を出す。
「頼むわ〜…」
レインは獣化を解いて寝転んだ。
5人はそこで、お昼ご飯を食べた。
その夜、ゼクサスとユアンは話をしていた。
「あれ? ヴェーゼルはどこいったん?」
「海だよ。出産準備さ」
「ほぉ〜」
そういや大海蛇なんやもんな、ほんまは。
何か薬飲んで人間になれるようにしたんやとか何とか言うとったけど。
「じゃあ、私たちは行こうか」
「え? どこ行くん」
ゼクサスは立ち上がるとアジトを出た。
「ちょお、待ってえや」
ユアンもアジトから出ると、ゼクサスの闇の手がアジトを跡形もなく飲み込んだ。
「ぎゃっ」
禍々しい闇は、そばにいるだけで身動きすら取れないほどの圧倒的な圧力がある。
ゼクサスは何事もなかったかのように足を進めた。
「なあ、どこ行くんて」
「仲間を増やさないと」
「仲間ぁ?」
ゼクサスはその腕をユアンに突き出した。
「な、なんやの」
「血、飲んで」
「ええっ?!」
「飲んで」
ゼクサスの圧に逆らうことなんて出来ない。
ユアンは恐れながら彼の腕に噛み付くと、血を飲んだ。
(うっ、何やこれ!! あうぅっっ!!)
「っ!!!」
ユアンは目を見開いた。
『何でそんなに私に良くしてくれるん?』
『サヨリのことが気に入ったからや!』
ゼクサスの血が全身に駆け巡る。
あたいは、忘れとったんや。
いや、忘れたかったんや。
やから消してもらったんや、あの金髪の女に。
ユアンの心を、ゼクサスの憎悪が支配する。
ポニーのように小さかったユアンは、通常の馬かそれ以上に大きくなり、背中から大きな黒い翼を生やした。
銀色に輝いた自慢の長い角もまた黒く染まって、黄色い瞳は血のように紅く色づいた。
その姿は角の生えた黒いペガサスのようだった。
「乗りや、ゼクサス」
ゼクサスはユアンに跨ると、空へと飛び立った。
あたいの心はどこへ行くんやろ。
例えば空の遥か上から自分をぼーっと見ているような、そんな感覚や。あたいはもう何も考えられへんなって、ただゼクサスのことを、心底気に入ってしもたわ。
ベーラはん、あたいもう、あんたの力にはなれへんよ。
「呪術をかけられてしもた。あんたが前に言うとった、あたいらの敵の呪術師に」
ユアンがそう言うと、ゼクサスは言った。
「最初から知っている。そのまま情報を送りつけていいよ」
「なんや、知っとったんか」
「信頼を得ろ。ユアン、君はあいつらを殺すための強いカードになる」
「……ゼクサス、あんたのためやったら、あたいは何でもするで」
「うん。君ならそう言ってくれると、わかっていたよ」
ゼクサスとユアンは夜の空に舞い上がった。
三日月の光は白く彼らを照らし、青白いオーラに包まれたように2人は、その漆黒の闇の中を颯爽と駆け抜けていった。
せやで。
人間はしょうもない生きもんや。
ごっつうな。
あいつらを、信じたらあかんのよ。
『ユアン』
黒髪の女は、ユアンを見て笑った。
エクロザの消した遠い記憶は、今どうしてかあたいの中に蘇ってもて。
でもまあええわ。
あたいはゼクサスと生きるんや。
ゼクサスが望む世界を作るんや。
それはきっとあたい自身も、望んどった世界に違いない。
「どこ行ったらええん」
「アマリア大陸南西、雷鳥の縄張りがある」
「さよか。ほな行こか」
角ある黒い天馬は微笑して、闇の中へと消えた。
「そういや、ユアンは何か言ってんのか?」
「ヴェーゼルは出産準備とあって海に潜ったらしい。その間ゼクサスと2人で魔族の仲間を増やしにアマリアの南西へ向かったと」
「…やっぱりラグナスは取りに来ねえのか」
「方向も違いますね」
「私達がとってから奪えばいいと考えているのかもな」
「なんだよそれ。じゃあ取りに行かねえほうがいいじゃねえか」
「そういうわけにもいかんだろう。それに伝説の武器の強さは立証済だ。こちらも戦力として持っていて損はないはずだし、武器がないとゼクサスに攻撃すら当てられないと、ヌゥが言っていたはずだ」
「確かにそうですねぇ…」
レインたちは山頂で昼ごはんを食べながら、そんな話をしていた。
「シャドウの次は魔族軍団かよ」
「大丈夫ですよ! レインさんが変身すれば一撃ですよ」
ソヴァンはにこやかに笑いながら言った。
「お前ももうちょっと頑張れよ」
「いやあ、銃が効かない敵が出たらお手上げですって」
「あの骸骨だけじゃねえの?」
「そうだといいですけど…」
すると、ハルクが馬車から自分の荷物を持ってくると、銃弾の束を取り出した。
銃弾は赤青黄紫と、様々な色で塗装されていて、それぞれ10発ずつあった。
「すごいカラフル! なんですかこれ!」
「属性弾です」
「またなんか作ったな…」
「上から火炎弾、水圧弾、電流弾、猛毒弾です」
「おお!!」
「まあ機会があったら試し打ちしてみてください。使い勝手の良さそうなものは量産しましょう」
「ありがとうございますハルクさん!」
ソヴァンは火炎弾をセットすると、銃口をレインに向けた。
「俺で試すなよ!」
「冗談ですよ〜!」
続いてハルクは黄緑色の薬の入った瓶を取りだす。
「禁術解呪の薬も量産しました。シャドウもいずれ敵として現れるかもしれません。各自持っていてください」
「おうおう! いつの間にこんなに作っちゃって」
「仕事終わりの1週間、あなた達と違って遊んでませんから」
「悪かったな! お前もほんとは祭り行きたかったのか?!」
「いや、別に」
「何やねん!」
アマリア大陸横断中、そしてその後も、ベーラ一行がゼクサスたちと接触することはなかった。




