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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第3章

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保育所への道中

ベーラの仕入れてきた翌日分の依頼は、ちょっと変わったものだった。


「何だこの仕事」


レインはベーラの後ろから内容の記された詳細用紙を覗き込むと、そのように呟いた。


「どれどれ? 見してや!」


ユアンもベーラの傍にやってくると、ベーラの腕に手を回しながらその紙を見ようとする。


「おい! お前には関係ねえだろクソ馬」

「ええやないか! 誰がクソ馬や! ほんまに男は野蛮で嫌やわ! それに比べてベーラはんは物静かで落ち着いてて、ほんま大人の女って感じやんな〜!」

「ただ無愛想なだけだろ!」


ユアンはここ数日で大変ベーラに懐いていた。それこそ本物のペットのように、彼女が仕事から帰るとベタベタとまとわりついている。ベーラも最初は面倒くさがって突き放したものだが、今はそれさえも面倒くさく、ユアンの好きにさせている。


「ほんまに失礼な奴やな! ベーラはん、何でこんな男とつるんどるん?」


ユアンはベーラに抱きついたままそう尋ねた。ベーラはレインを横目で見た。目が合ったレインはドキっとして、彼女の返答を待った。


「相棒だから」


ベーラは何食わぬ顔で答えた。


「……そ、そうだよ! 相棒だよ! 俺とベーラは相棒なんだよ」


何となく自分に言い聞かせるように、レインはその言葉を繰り返した。


(それ以上もクソもねえって!)


「はぁ〜? あんたにベーラはんの相棒が務まるかいな。野蛮で口悪で短気で自分勝手で、ベーラはんの足手まといにしかならへんに決まっとうやん」

「はあ?! てめぇこのクソ馬! 何を適当なことを…!」


と言いながらも、ユアンに言われたことは全部当たっていた。だからこそ余計に腹が立つというものだ。ユアンを殴ろうと、レインは拳を振り上げていた。


「その上暴力的! 男はほんまにろくな奴がおらん!!」

「うるせえ!!」


レインはユアンの代わりに壁をドンと叩いた。ユアンは身体をびくつかせた。ベーラはいつも以上に目を虚ろにさせた。


「レイン、馬と張り合うな」

「こいつが俺に喧嘩売らねえように命令しとけ!」

「断る」

「ちっ」


レインが舌打ちするのに対して、ユアンはべーっと舌を出した。ユアンはベーラの肩に手を回して抱きつくと、その紙を目で読んだ。ユアンは人間(もちろん女ののみ)が大好きだ。生活をするうちにいつの間にやら人間の文字も読めるようになっていた。


「ん? 保育の手伝いの仕事やて?」

「そうだ」


その依頼は、保育所の補佐だ。雑務もあるだろうが、メインの仕事は子供たちの面倒を見ることであった。


「何でこんなところまで来てガキの相手なんかすんだよ」

「報酬がいいからだ」

「確かにいいけども!」

「ちょっとここ見てベーラはん! 最大3名まで募集しとって、人数分報酬金を支払うやて!!」

「だから何だよクソ馬」

「あたいも連れてってえや! 毎日毎日このアジトにずっと待機なんて、暇すぎて死にそうなんや!」

「駄目に決まってんだろ!」

「何でよ! ええやんかたまには! お金稼ぎたいんやろ! なあ、ベーラはん!」


ユアンはベーラの顔をまじまじと見つめて懇願した。誰から奪ったのかは知らないが、ユアンはその可愛い女の子の容姿で、祈るように顔の前で両手を組んだ。


「まあいいだろう」

「やったー!!!」


ユアンはバンザイすると、子供のように飛び上がって喜んだ。


「はあ?! 駄目だろ! 魔族だぞ?! 何するかわかんねえぞ?!」

「馬鹿なことをしないように、命令しておけば大丈夫だろう」

「そうや! 何でも命令し! あたい、ベーラはんの言う事やったら何でも聞くさかい」


ユアンはベーラの頬に顔を擦り寄せながらデレデレとしていた。馬というよりは犬の懐き方だ。ベーラは微塵の反応もしない。それを見ながらレインは不服そうな様子だ。


「あ〜。ベーラはんってほんまにええ匂いやわ〜」

「あんまりベーラにベタベタすんなよ!」

「あんたに関係ないやろ。なんなん、ヤキモチなん?」

「んなわけあるか!! もう勝手にしろ! 明日、仕事の邪魔したら許さねえからな!!」

「あんたこそ、そんな態度じゃ子供たちに怖がられるでな!」

「ちっ!」


レインはユアンといるとイライラが収まらないと思い、自分の寝室に戻った。


(何なんだよあの馬! クソうぜえな!!)


『相棒だから』


ベーラはそのように言った。そもそもその言葉を最初に使ったのはレインだった。


彼女は最高の相棒、それ以上でも以下でもない。


当たり前だ。


「うぜ! さっさと寝よ!」


レインは部屋の明かりを消し、頭の中のモヤモヤしたものも一緒に消し去った。



「ベーラはんおはよう〜! 今日も可愛いな〜!」


翌朝、早速ユアンは起きてきたベーラに抱きついた。


「昨日の命令通り、馬鹿なことはするなよ」

「せやから、ちゃ〜んと仕事するって!」


ユアンはにんまりしながら、グッドポーズをこちらに向ける。


昨日レインが部屋に戻った後ベーラは、仕事を真面目にこなすようにユアンに命令をした。下手なことはできないはずだ。


「なあ〜あのライオン置いて2人で行かへん?」


……する気もなさそうだしな。


ユアンのことは適当にあしらいながら、というかほぼほぼ無視しながら、ベーラは朝ご飯にと缶詰の山を取り出す。何もあげないとうるさいので、ユアンにも缶を1つ放り投げた。


「おお〜! 今日は蟹缶やな〜」


子供たちが来る前に集合して保育所で説明を聞くことになっているから、今朝は早い。故にまだ、誰も起きてきてはいない。


「美味いなあ〜! でもあたい、鯖味噌の方が好きやな〜」

「文句を言うなら返せ。勿体ない」

「ええ?! 美味いていうてますやん!! 勿体ないて、酷いわあ!」


ユアンはソファでくつろぎながら、缶詰を食べる。ベーラはユアンをちらりと見た。本当にペットがいたらこんな感じかもしれない。まあ見た目は人間だから違和感もあるけれど。


それにしても、元はユニコーンだというのに、ユアンは箸の使い方も食べ方も美しい。誰に教えてもらったのかとふと尋ねたことがあるが、ユアンは何も覚えておらず、生き返った時にはもう最初から上手く使えたのだという。


「おう! 早えなベーラ! 馬も!」

「馬ちゃう。ユニコーンや。ユアンて名前もあるんやで!」

「はいはい。ユアンちゃん」

「気持ち悪いわ! ていうか、あたいに馴れ馴れしく話しかけんといて!」

「散々喧嘩ふっかけてきて、どの口が!」


そう言いながらも、レインは昨晩のようには苛立っていなかった。一晩眠ってすっきりした様子だ。


(ベーラの言う通り、馬と張り合うなんて馬鹿らしいからな!) 


「あんまり騒ぐとメリたちが起きるぞ」

「てめえ! 何で馬のくせに蟹缶なんて食ってやがる!」

「ちょお! ベーラはんがわいにくれたんや! 触んな!」

「何やってんだよベーラ! よりによって高級な蟹を!」

「すまない。適当に投げたらそれだった」

「ごちそうさまでした!」

「あっ! このクソ馬!!」


ユアンの缶詰の中にはは1ミリの蟹も残っていなかった。見事に完食である。


「うるさいやっちゃな。ちゃ〜んと働いて返すがな!」

「ったく……」


(そうだった…今日はこのクソ馬も一緒に来るんだったな…)


とはいえ、今度の依頼は魔族討伐じゃなくてガキの相手するだけなんて、何となく気が抜けるよな〜。


レインも朝ご飯を済ませると、早速3人は保育所に向かった。いつもはレインに跨って現場まで向かうのだが、身体に触れないほど男嫌いのユアンが例えライオンの姿のレインであっても、彼に跨がるはずはなかった。


「馬車の旅はええなあ〜! 極楽やあ!」

「ひいてるのは馬ではないがな」


馬車に乗り込んだベーラとユアンは景色を見ながらくつろいでいた。


(ったく…何で俺が!!)


つまり、ライオンとなったレインが馬の代わりに車体をひいていた。


「はよ走りよ〜遅刻すんで!」

「お前は馬だろ?! お前がひけよ!!」

「馬ちゃうて! ユニコーンやて!」

「知るかよ! 同じだろ!」

「角が隠せるのは人間の姿の時だけやねん! 魔族てばれたら捕まるて言うたやん!」

「ったく! 役立たずのクソ馬がっ!!!」


ベーラは2人の喧嘩を呆れた様子で見ていた。


(ライオンにひかせるのも問題ではあるがな)


早朝で人通りは少ないものの、ごくたまにすれ違う人間たちは確かに馬車を二度見していた。しかしその馬車に声をかける間も勇気もないであろう。レインは颯爽とその道を駆け抜けていく。


「せやけど、今日はほんまにええ天気やな〜!」


ユアンは窓から顔を出すと、外の快晴を見上げた。呑気な奴だとベーラは思った。


保育所までの道のりの途中、2人は他愛のない話をしていた。


「でもな、やっぱり髪が長いのはええで! 女らしくてな! ベーラはんも伸ばしたらどうや?」

「断る」

「即答せんでもええやんか! パーマとかかけたらどない? あたいみたいに!」


ユアンはウェーブがかった自分の薄紫色の髪を指に絡ませると、くるくるといじっていた。色白で、おっとりとした大きな瞳に長くて薄い紫髪。歳は20代前後で細身の、非常に女の子らしい姿だ。


「その姿は元々お前のものじゃないだろう」

「まあそうやけど…」

「そういえばお前は、いつもその姿だな」


ユアンは自分の村に女共を集め、その中の誰の姿にでもなれるといっていた。そのレパートリーにメリも追加されたわけだが、ユアンはいつもその薄紫色の髪の女の姿をしている。


「ふふん! 可愛いやろ!」

「誰なんだ、その子は」

「イツミ! イツミいう女の子」


ユアンは言う。


「随分気にいっているようだな」

「可愛いからな〜」

「好きな子か誰かか?」


ベーラが尋ねると、ユアンは愚問だというように笑って答えた。


「女の子は、みんな好きやで!」

「でもその子が特別に好きだったんじゃないのか?」


ユアンは首を横に振った。


「名前は何とか覚えとうけど、どんな子やったかとか、あんま覚えてないねん。でもあたいは2000年前、いつもこの姿でおった、それは何でか覚えとる」


ユアンの2000年前の記憶は曖昧なところがあると、本人が言っていた。記憶なんてそもそも曖昧なものだし、ユニコーンは人間とは違って何百年も生きてきたのだから、そのうちの忘れてしまった出来事の1つなのかもしれない。


「やからあたいにとって、この姿が自分の姿やねん。もちろんほんまの姿はユニコーンやけど、こっちの方が何でかしっくりくるんよ」

「ふうむ」


そんな話をしていると、保育所のある街の少し手前で馬車が停止した。


「おい、着いたぞ! 降りろ!」


そして3人は、保育所へと向かった。








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