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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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忍びのヒズミ

ウォールベルト国は、セントラガイトの南東に位置する小国だった。マリーナの森を越え、シプラ鉱山を越え、更に壮大な広さのミルガン砂漠を越え、セントラガイトに次ぐ大国であるグザリィータ王国を越えた、その先にある。つまりは、セントラガイトからかなり遠く離れた国ということである。


ウォールベルト国は、他国の者の入国を拒んでいる。国一帯を、巨大な鋼鉄の壁で囲っているのだ。高さは30メートルほどあり、飛び越えることもまた不可能である。唯一の入り口の前には門番が常に立っており、侵入者がいないかどうかを監視している。故に他国の者は皆、ウォールベルトに入国したことがない。その内部事情が全く謎に包まれた国なのである。


しかしセントラガイト国は、その中には大きな研究所があることを知っている。3年前に捕らえた呪術師たちを解剖し、禁術という新たな術を生み出し、それを扱える者を増やしているという確かな情報を持っている。


セントラガイトはこの情報をどのようにして得たのか。それは特別国家精鋭部隊のメンバーの1人、ヒズミ・サノによる潜入捜査のおかげである。



ヒズミは、ここユリウス大陸の外の大陸、海の向こうからやって来たのだという。そんなヒズミは、自分の姿を見えなくしたり、遠くの音を聞くことができたりと、潜入捜査にはもってこいの、忍術という不思議な術を使うことが出来た。ヒズミがいうには、外の大陸には忍の国があり、その国の者ならみんな忍術を使えるそうだ。


特別国家精鋭部隊にとって、何と頼もしい仲間だと思うかもしれないが、1つだけ懸念がある。ヒズミは極度のビビリなのである。


「ひぃ! あいつ、また解剖しながらニヤついとるわ…。何がそんなに楽しいねん…あぁ…気持ち悪っ!」


ヒズミの喋り方は特徴的だった。言葉は似ているが、イントネーションが異なり、語尾もこちらのものとは違う。ユリウス大陸の者たちからは、いつも変な口調だと言われていた。


ヒズミは赤味がかったサラサラの茶色い髪をしていた。それは肩を少し超えるくらいの長さだった。目はぱっちりと大きく、黒色の瞳をしていた。肌は白く、整った顔立ちで、ヌゥやアグよりは少しばかり歳上だ。その服装も、ユリウス大陸では珍しい和装と呼ばれるもので、上下が繋がっており、その布は深い藍色に染まっていた。腰には赤い帯が巻かれている。



ヒズミは今日も天井の影から、ウォールベルト国内の研究所の様子を見ていた。忍術を使えば、重力を無視して、好きな場所にその身を置けるのだ。これを壁行の術と呼ぶ。ビビリのヒズミはこれに加えて、自身の姿を見えなくする隠れ身の術を使用している。ヒズミの存在に勘づく者など、1人としていないのだ。


ヒズミは定期的にウォールベルト国に潜入し、その結果を報告している。今回の潜入捜査期間は2週間。それが終わったらセントラガイトに戻り、ウォールベルトの現状を報告するのがヒズミの仕事だ。そしてついに、今日が最終日である。


「ついに完成した…。メリに続く新たなシャドウだ…」


研究者の黒髪の男、ヒルカはそう呟いた。ヒズミは遠耳の術を使っている。この術を使えば、どんなに小さな声でもヒズミは聞き取ることが出来るのだ。


ガタイのいい金髪の男が、ベッドの上で眠っている。その男が新しく作られたシャドウに違いない。ヒルカはその前に立ち、不気味な笑みを浮かべている。ヒズミはその様子に恐怖しながら、ゴクリと息を呑んだ。


正直、この2週間でヒルカの研究はかなり進んでいるようだ。そしてわかったこともいくつかある。


研究者ヒルカはこの研究所の主で、基本1人で実験している。主に死んだ人間を解剖し、禁術を使える者を生み出している。


彼らの作った禁術を使える者を、こちらが禁術使いと呼ぶのに対して、ヒルカたちはシャドウと呼んでいるようだ。シャドウは2種類いる。オリジナルティのある特殊な術を使える強いシャドウと、簡単な禁術しか使えないノーマルな弱いシャドウ。弱いシャドウの知性は乏しく、生まれた時から奴隷のようにヒルカに従っている。また強いシャドウも、弱いシャドウを従えることが出来るようだ。


強いシャドウは今まで、メリという女1人だけだった。基本的には国の外に出て自由にしているようだが、ヒズミも何度か目にしたことがある。


その子の殺気は異常で、見るだけで他のシャドウと違うということがわかった。ただ、メリは子供っぽい発言や行動も多く、弱いシャドウを勝手に連れ出しては、街や森に放って遊んでいる。


しかしヒルカはそのことを軽く叱るだけで、止めようとはしない。シャドウにどのくらいの力があり、メリの命令のみでどの程度の仕事をするのか、それを外の世界で実践しているようにも思えた。


そして今、メリに並ぶ強いシャドウが完成したと、ヒルカは言った。


「メリみたいなんがもう1体とか、無理やん…。もう絶対勝たれへん…。この調子やと、どんどん強いシャドウが生まれるで…。それで戦争なんて起こされたら、いくら大国でもかなわんわ」


すると、ベッドに眠っていた金髪の男が目を覚まし、実験台から起き上がった。


「ついに目覚めたか!」


ヒルカは両腕を大きく広げ、その誕生を大いに喜んでいる様子だ。


「お前はシャドウ。人間を滅ぼすために生まれたのだ。名前は…そうだな、ダハムとしよう。さあ、お前は俺に服従する。俺の命令には、全て従わなければならない。わかるな?」

「もちろんです。ご主人様」


威圧的な巨体を起こし、脳裏に響くような低い声でダハムは答える。


シャドウは皆、ヒルカに従順である。ダハムと名付けられた彼も、例外なくそうであった。


「よし、いい子だ。それじゃ、これからお前の力を検証しにいく。こちらへ来るんだ」

「はい、ご主人様」


ダハムは立ち上がると、ふと上を見上げ、ヒズミの方を見た。


「ひっ!!」


その一瞬、2人は完全に目が合った。


(いや、そんなはずないやろ。わいは隠れ身の術を使ってんねんで。見えるわけないやんか…。いや、でもあいつめっちゃ見てるやん! あかんあかん! やばいあいつ! 一旦退却や!)


「どうしたダハム。行くぞ」

「はい、ご主人様」


ヒズミは壁行の術で一目散に天井を駆け抜け、擦り抜けの術を使って研究所の壁を通り抜けた。


「完全に目が合っとった…」


ヒズミが息もからがら外に出ては、研究所の壁によりかかった。しかしその時、調度メリが帰ってきたところだった。油断して隠れ身の術を解いていたヒズミは、メリと完全に目が合った。桃色のツインテールの女は、その狂気的な目をギョロリと動かして、物珍しそうにヒズミを見つめている。


ヒズミは怖すぎて声も出なかった。なので、心の中で叫んだ。


(終わっっったああああアア!)


「ん〜? あんた誰?」


メリはその長いツインテールを、指先でくるくると回しながら言った。ヒズミは隠れ身の術を使うのを躊躇う。


(あかん…。術を使ったら敵やと警戒される…。まだ諦めたらあかん…!)


「新しく生まれたシャドウや」


ヒズミがそう言うと、メリはパアっと顔を明るくした。


「そうなの! 私はメリだよ! そっかー! やっと出来たんだ、メリのお友達! 名前は?」

「え? あっと、その…」

「そっか! メリがつけたいって言ってたの、ヒルカ覚えてたんだ! じゃあね〜、アリスっていうのはどう? メリの好きな絵本の女の子と同じ名前だよ!」

「お、女の子…」

「え? 気に入らない?」


メリがぐいっと近寄った。その瞳は近くで見れば見るほど猟奇的で、今にも叫んで逃げ出したかったのを、ヒズミは必死で堪えた。


「いや、えらい気にいったわ!」

「ほんと? よかった〜! でもアリス、話し方変だよ」

「あ…その…」

「ふふ! アリスって面白〜い! ねえ! これからどっか行くの? メリと一緒に遊びに行く?」


(そ、それだけは勘弁してくれへんか…)


ヒズミの顔は完全に青ざめていた。この子と会話をするだけで、寿命が縮むのを実感する。しかしヒズミは負けじと言葉を絞り出した。


「行きたいけど、ヒルカさんにおつかいを頼まれてね。そういえば、ヒルカさんがメリに話があるって言ってたよ。早く行ったほうがいいんちゃう? …じゃなくて、いいんじゃない?」

「え〜そうなのぉ? なんだろ〜話って。まあいいや。じゃあアリス、またあとで遊ぼうね」

「うん。それじゃあまたあとで」


メリはヒズミを一切疑わず、るんるんと鼻歌を歌いながら研究所に入っていった。その姿を見届けたヒズミは、恐怖で裂けそうな心臓に手を当てながらも、小さくガッツポーズをした。


(今や! 逃げろ! これ以上の捜査は無理や!)


ヒズミは全速力でウォールベルト国から逃げ出した。ヒズミは逃げ足だけは早かった。


「それに…わいは男や…」


そして走りながら、ヒズミはそう呟いた。


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