黒いユニコーン
レインとベーラがファリスブルム国を抜けると、山道が続いていた。そこを超えたところにある沼地の一角に入江があり、角の生えた魔物が出現してはそこに行った女性を食らっていると、報告がある。これまでも何人かのギルドの連中が魔物退治に向かったが、女は皆食われ、男たちは致命傷を受けて追い返されたという。
「乗ってくか?」
ベーラは獣化したレインに跨ると、山道を颯爽と駆け抜けた。
「女は食うのに男は殺さねえってか」
「変わった魔族だな」
「お前も気をつけねーと。ババアでも女なんだからな」
ベーラはレインのたてがみを強めに引っ張った。
「痛い痛い! 冗談だってほんと!! まじで! ていうかお前がこの前引っ張って抜いたところあんだろ! あそこハゲそうなんだからな! ったく!」
「……お前が悪いんだ。私は悪くない」
「はいはい。悪かったってもう……」
ベーラは仕方なくその手を緩める。
「ほら、沼地見えてきたぞ」
「ふむ」
山道を抜けると、広大な沼地が姿を現した。
太く長い落羽松が沼の中から生えていて、その緑の葉を沼の水面に映していた。
沼は深緑色に淀んでいて、底が見えない。
木々はその枝と葉で空を覆って、光が少し遮られたからか、辺りが薄暗くなったようにも感じる。
「入江ってどこだ?」
「さあ…」
角の生えた魔物を探して、2人は沼地を捜索する。
「レイン」
「なんだよ」
「あっちに誰かいるぞ」
ベーラが指さす方向を見ると、1人の女が入江で眠っている。
薄紫色の長い髪は腰の辺りまで伸びていて、真っ白いワンピースを着て、彼女よりも大きな岩の上に寝転んでいた。
「怪しい」
「な」
警戒しつつもその女に近づくと、その子は目を覚ました。
「おお! これまた綺麗な人がきたわぁ!!」
女は起き上がり岩の上に座ると、ライオンに跨ったベーラを見ると、にっこり笑って声を上げた。
そしてその独特のイントネーション、聞き覚えがある…。
「お姉さん! あたいと一緒にきてーや! ペットも一緒でええからさ」
「は?」
「ペットって…」
レインが口を聞いたので、女は驚いた。
ベーラとレインは白けた目でこの女を見ている。
「なんや! 喋りよるぞ、このライオン!」
「……」
「女版ヒズミだ…」
女は岩からぴょんっと飛び降りると、1匹の黒い馬に姿を変えた。
「!!!」
ベーラとレインは驚いて彼女を見た。
「おい、こいつ……」
「うむ……」
その馬は薄い紫色のたてがみで、大きさはポニーサイズと小さめだ。黄色い瞳はマーブル石のように淀んでいる。そして額に大きな、剣のように長く、骨のように白く尖った1本の角を生やしている。
「あたいはユアン! まあなんでもええけど、一緒にきてえや!」
「…お前、人間の女を食ってる魔族だな?」
ベーラはそいつを睨むと言った。
「し、侵害やなあ! あたいはユニコーン! 女を食ったりせえへんよ? あたいは女が大好きなんや! 男は大っ嫌いやけどな! やからここにきた女を捕まえてはな、あたいのペットにしとるんや!」
「ペ、ペットだとぉ?!」
「せやで!」
そう言うとユニコーンのユアンは、その姿を先程の女に変えてみせた。
「この子ええやろ! あたいのお気に入り! あたいはな、この角でつついたもんの姿になれるんや!」
「な……」
「ああ、つつくいうてもそんなにグサっと刺したりせえへんよ! なあ、あんたも結構可愛い見かけしとるやんか! ちょっとその姿にならしてえよ!」
「断る」
「即答かいな! 痛くないで全然! ちょこっとつんつんするだけやん!」
ユアンは再びユニコーンの姿に戻った。
「お前が捕らえている女たちのところに案内しろ」
「ああ! ええよ〜! あんたも行きたいんやな! ライオンくんも一緒にきてええけど、あたいのペットたち怖がらせたらあかんで!」
「ったく……」
「ほな、あたいについてきて〜!」
ユアンはるんるんとした様子で沼地の更に奥へと駆け抜けていった。ベーラたちも少しあとからそれを追いかけた。
「おいベーラ、依頼の魔物はあいつだぜ」
「ああ。女たちも生きているようだ。解放するチャンスだ」
「それにしても、バイコーンの次はユニコーンか! 馬に縁があんな。しっかしあいつはやけに弱そうだ」
「うむ。しかし油断は禁物だ」
ユアンはちらちらとベーラたちを見ながら足を進める。
「ほら、はよきーよ! 日が暮れてまうで〜!」
ユアンは足を早めたので、レインもスピードをあげた。
「あの喋り方が気になってしょうがねえぜ」
「ヒズミの国の近くで暮らしていた魔族なのかもしれないな」
「まあでも良かったな! ババアでも気に入ってくれてよ! おかげで奴のアジトに案内してもらえ……痛っ! 痛い痛い!!」
ベーラはたてがみを手綱ばりに引っ張った。彼がハゲるのを考慮して抜きはしなかったけれど。
「ついたで〜!」
しばらく進んで沼地の遥か奥までやってきた。
そこには小さな村とも思しき集落が存在している。
「あたいの村やで〜! ここは天国! 女しかおらんねーん!!」
その村では、女たちが生活をしている。
畑をたがやし、糸車で衣服を縫っている。少し昔の時代かのようなその村で、女たちはひっそりと過ごしているのだ。
そしてその村は、人間には超えられない大きな壁で囲われていた。
入り口はたった1つ。そこにはユアンの従えている、恐ろしい顔をした巨体のオークが、誰1人逃げられないように見張っている。
「トールはん、帰ったで〜!」
オークは入り口を開けると、ユアンとベーラたちを中に入れた。
「オークのトールはん。あたいの言うことしか聞かへん。話はできひんけど言うてることはわかるで」
「……」
(ユニコーンにオーク、私達も聞いたことだけはある、空想上の生き物たち…。彼らは魔族。元々生きていたのか、それともカルベラの鏡でコピーされ連れてこられたのか…。わからないが、この大陸には多くの魔族が存在しているのは間違いない)
「ユアン様!」
「おかえりなさい!」
女たちは敬意を払い、頭を下げてユアンを迎えた。
その様子は明らかに怯えているようだった。
「皆、今日も元気にしとったか〜!」
ユアンはそんなことは知ってか知らずか、ご機嫌で女たちに愛想を振りまく。
ベーラとレインは村の様子を凝視する。
(こいつら全部、この馬に捕まった連中ってか…)
(入り口にはオークが1匹だけ)
(いつでもやれるぜ俺は)
(まあもう少し様子を見てもいいだろう)
ベーラとレインは自然と心を通わせていた。
その意思疎通に言葉はいらなかった。
ユアンは自分の家らしきその建物に入った。
ペットは禁止と、レインは家の外で待機させられた。
(チャンスだぞレイン)
(わーってるよ)
レインはベーラとユアンが家に入ってドアを閉めるのを確認すると、村の女たちのところへ行った。
「ラ、ライオン?!」
女たちがビクついていたので、レインは獣化を解いた。
「よっと」
「っ! に、人間になった!!」
「ていうか、男よ! 何で男がここに?!」
レインは人差し指を口元に当てて、静かにしろと命ずる。
「助けにきたんだよ。お前らのことを」
「!!」
ユアンの家はその古びた外観にしては、過ごしやすそうな広々とした綺麗な家だった。
中は洋室で、立派な低い机をソファが挟んでいる。
奥にはふかふかのベッドが置かれていた。
ベーラはソファに座らせられた。
ユアンも先程の女の姿となり、向かいのソファに腰掛ける。
「ほなあんたの名前教えてーよ」
「ベーラ・マーキル」
「ベーラはんかぁ! 何か男みたいやな。あんたまさか男ちゃうやろな」
「安心しろ、女だ。もう34のおばさんだ」
「あはは! もっと若こう見えるけどなあ! まあ何でもええねん。あたいはな、処女が好きやねん! 処女が!」
「!!」
ベーラは顔を引きつらせてユアンを見た。
「あたいにはわかるねんで! ぐふふ!」
「……」
「なーんも恥ずかしいことないで! 素敵なことや! 汚れを知らん人間の女が1番好きや! なあ、あたいの村に一緒に住もう! そんでその姿あたいにちょうだいよ!」
「断る」
「断われへんで! もうわかってるやろ。ここまで来てもうてからに! ほんまアホなやつや! あんたはもうこの村に閉じ込められたんや! 入り口にはトールはんがおる! 一生ここから出られへんねんで!」
ユアンは笑うと、再びユニコーンに姿を変えると、その角をベーラに向けてくる。
「さ! 動かんときよ! ちょっと当てるだけやからな! 変な動きしたら串刺しになってまうで〜!」
「やってみろ。クソ馬が」
「ああ! 言うなあベーラはん! ほないくで〜!」
ユニコーンがこちらに向かって突進してくると、ベーラはその足元から土の柱をぶっ放してユアンを持ち上げた。
「ぅぐぅうう!!!」
ユアンはそのまま天井に打ち付けられて倒れた。
「お前ぇぇえええ!!!」
ユアンは起き上がると地面を再び蹴り、怒ったように叫びながら、角を突き立てて再びこちらに向かってくる。
ベーラは自分の前に分厚い鉄の盾を作り出した。
「何や?!?!」
ユアンは勢い止められず、その盾に角をぶっ刺した。
「うあああ!!!」
ユニコーンはその角が盾から抜けなくなって、身動きがとれなくなった。
「はぁ……」
(あの細い角で、この分厚い鉄の盾を突き抜くとはな…。恐ろしい力だ…)
ベーラはため息をつきながらも、ユアンの角の威力には感心していた。
「うおい! 抜けへん!! ちょっとベーラはん! 何とかしてえや!!」
「しばらくそこでじっとしておけ。クソ馬」
「クソ馬ちゃう! あたいの名前はユアンやって言うてるやろ!!」
ベーラはその床にさっさと魔法陣を書くと、土の柱で強引にユアンを押し出して、魔法陣の上に乗せた。
魔法陣は光り輝き、ユアンを包み込んだ。
「ふっ」
「何や! 何したんや! はよこの盾を抜いてーや! 重くて持ち上げられもせんし! ていうかこの体勢めっちゃ辛いねんけど」
ベーラはさっとその盾を消すと、ユアンはバタリとそこに倒れた。
「ふぅ……助かったわ……」
ヘナヘナと地面に転がり込むそのうるさいユニコーンを見下ろすと、ベーラは言った。
「服従者ユアン。今から私の命令は絶対だ。従わなければお前は死ぬ」
ユアンは顔を上げると、絶望したような表情で、ほくそ笑むベーラを見上げていた。




