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オセロ

「う……ん……」


アグが目を覚ますと、真っ白な部屋の中にいた。


(どこだ……?)


正方形の箱のような部屋だ。窓もドアも何もない。

電気はないのに明るい、不思議な空間。


(そうだ…俺は、変な生き物の光に飲み込まれて……)


アグはふと自分の衣服を見る。

水着だったはずなのに、リュックにいれていたはずのシャツとズボンを着ている。


(……着替えさせられている。間違いなく俺の服…)


そのズボンの下も、水着ではなく自分のトランクスだということがわかって、アグはハァ…とため息をついた。


(まあでも…俺の荷物と一緒にベルとイースもここにいる可能性が高いか……。出口がない……ここはどこなんだ…)


すると、アグの正面の壁から、突然ドアが現れた。


「っ!」


ドアが開くと、見知らぬ女がその部屋に入ってきた。

女がドアを閉めると、ドアは消えてしまった。


「……」


(明らかに異空間……?! 禁術か…?!)


「やっと起きたあ!!」


女はニコニコしながらアグに近づいてくる。


赤いショートボブで、目はぱっちりと開いていて、とても可愛らしい。襟に赤いリボンのついた黒シャツに赤いジャケットを羽織り、これまた赤いふわふわのスカートを履いている。


アグはその女を睨みつけた。


「…誰だお前」

「僕はゾナ! うふふ! 早速僕と遊んでくれる?」


ゾナがそう言うと、俺と彼女の間に机と椅子が現れた。

僕…と言ってはいるが、女だろう。顔は女だし、スカート履いてるし、胸も大きいから…な…。


「はい! 座って座って!」

「…何をするつもりだ」

「何って、ゲームだよ! 拒否権なんてないよっ! 僕の言う通りにしないと、ここからは出られないんだから!」

「…お前、シャドウか?」

「そうそう! これは僕の術だから! いいから早く座って、僕と遊ぼうよ!」


(……くそ…禁術解呪の薬はリュックの中だし…。おそらくソニアに似た空間束縛系の禁術…。こいつに従うしかねえのか…)


アグはしぶしぶその椅子に座った。

ゾナもにこにこしながらアグの向かいに座った。


「よーっし! 負けないぞ〜!」


すると、机の上にゲーム盤が現れる。緑色のマットに黒い線が引かれて、8×8のマス目を作る。

真ん中の4マスの四角には既に、黒と白の丸い石が格子模様のように互い違いになるように置かれている。

手元には黒と白でそれぞれ片面が塗られた丸い石がたくさん…。


何かの本で読んだ、見覚えがあるそのゲーム、確か名前は…


「オセロか……?」

「おお! 知ってるの?」

「実際にやったことはないけど…」


(ゲームしようって……本当に実在のゲームじゃねえか…)


「ルール説明だけするね! あなたは先手の黒、僕が白、相手の色の石を自分の色の石で縦・横・斜めのどれかで挟むと、挟んだ石がひっくり返って自分の色になるの。挟めないところには置けないのよ。置けない時はパスだから、もう一度相手の番。全部置き終わって、自分の色の石が多いほうが勝ち! わかった?」

「うん……」


ルールも通常通り。俺の知ってるオセロと同じ。


「じゃあ、始めよう! あなた名前なんだっけ」

「アグ…」

「そう! じゃあアグから! はい、スタートぉ!!」


俺は他にどうしようもないので、そのゲームをすることにした。

ゾナは無邪気に笑っている。


こいつ…本当にシャドウか…?

何の殺気も感じないし…俺をこの場所に連れてきて、やらせるのがただの頭脳ゲーム?

うーん……怪しい……ような…怪しくないような……。


「う〜ん…???」


ゾナは眉間にシワを寄せて考え込んでいる。


(…どうやら真面目に勝負する気らしい…)


ゾナが置いた手に対して、アグは間髪入れずに次の手を打っていく。


「えぇっ?!」

「……」


ゾナは頭をかいては、う〜んと悩みながら、手を考えては打ってくる。

が、アグはほんの少しの時間で石を置く。


(勝てねえよ…お前じゃ、俺には…)


力の差は歴然だった。


ゾナが置ける場所はもう、悪手ばかり。置きたくないところにしか、置くことができない。

そういう風に、アグか打っているから。


「むむむ……」


(降参しろよ……無理だよもう…どこに打ってもお前の負けだよ…)


アグは呆れた様子で彼女を見ている。


やがて終盤に差し掛かり、ゾナは置くところすらない。


「パス…」

「はい」


アグはゾナの白石を黒石に変えていく。


「パス……」

「はい」


手元に石のなくなったアグは、ゾナのところから石を取った。そして更に盤面を黒くする。

ゾナのターンはもはや回ってこない。


「……パスぅぅううう!!!!」

「はい、終わり。…数える必要もねえな」


圧勝だった。


「負けたあああああ!!!!」


ゾナは頭を抱えて叫んだ。


(なんだこれ……)


とアグは白い目で彼女を見ている。


「す、すごいねアグ! 本当に初めてなのか?!」

「そうだけど…」


ゾナは目を輝かせてアグを見ていた。


「頭がいいんだねぇ!」

「……」

「ねえ、もう1回やろう!」

「やんねえよ! 早くここから出せよ…!」

「駄目だよ! もう1回だよ!!」


(どうなってんだよ…勝ったのに出られねえのかよ…くっそ……)


やらないところでここから出ることもできず、仕方なく2戦目が始まった。


(本気出すか…秒で終わらせてやる)


「先手の方が有利だよ、ゾナ。次は君が黒でいいよ」

「よーっし! 次こそ僕が勝つよ!」


ゾナは気合いを入れて彼との勝負に挑んだ。

が、勝負は中盤でついてしまった。


「ぼ、僕の石があああああ!!!」


ゾナは再び頭を抱えて叫んだ。


(こいつ、弱………)


アグは白けた目で彼女を見ていた。


「も、もう1回…」

「いや、お前なあ! いい加減にしろよ! 早く俺をこの変な空間から解放しろ! お前と遊んでる暇はねえんだよ!」


アグが怒鳴りつけると、ゾナは怯えたように彼を見た。


「ぅっ、うぅっ、ぅぅぅ…」


ゾナは目を潤ませ、歯を強く噛みしめている。


(おい……嘘だろ…)


「うぇえーん!!! ぅぇえええーんんん!!!」


突然ゾナは小さい子供のように泣きわめき始めた。


(まじかよ……)


「おい、泣くなよ。ガキじゃあるまいし…」


ていうか、この女シャドウだろ?!

なんなんだほんとに!

俺を連れてきて、一体何がしてえんだこいつ…!!


ゾナはしばらく泣いていたが、次第に落ち着きを取り戻した。


「ゼクサスにね、言われたの」

「……」


(こいつ、ゼクサスのことも知って…)


「ここに誰かきたら、そいつのことを、煮るなり焼くなり好きにしていいって」

「……」

「だから僕はね、君を殺したっていいんだよ? アグ…」

「……」

「君の仲間の女もね、僕が捕まえてるんだから。ドラゴンは逃しちゃったけど…」

「…!」


(ベル……やはりここに来ていたか…。イースは逃げられたのか…無事にゼクトたちのところに帰れただろうか……)


「ベルは無事なのか?」

「無事だよ、今はね。でも僕の気分次第で、どうにでもできるんだから」


急にゾナから殺気を感じた俺は、少し退いた。


(くそ…下手なことはできないってか…。どうしたらここから出してもらえるんだ……。とにかく人質をとられている今、彼女の機嫌をとるしかねえのか……)


「お前、俺を着替えさせたろう。俺の荷物はどうした」

「え? やばそうな薬がたくさんあったから、捨てたけど」

「……」


(くっそ……万事休す……)


「僕はね、一緒に遊んでくれる人を探してるだけなの。だからアグ、もう1回僕と遊んでよ」

「……わかったよ」


アグがそう言うと、ゾナはぱあっと目を輝かせて喜んだ様子だった。


「ほんと? 良かったあ!! ふふふ!! よーっし! 今度こそ僕が勝つよっ!」


ゾナはうきうきしながら彼に挑んだ。

が、再び完敗させられた。


「な、な、なんでそんなに強いんだあ?!?!」

「…いや、お前さ、根本が駄目なんだよ…。オセロは石を取るゲームじゃねえんだよ」

「え?! 違うの?! 何で?! 石いっぱいとった方が勝ちでしょ?」

「そうなんだけどさ、じゃあお前、これ見てみろよ」


アグはそう言って、石を並べていく。


「お前が白な。次、どこに打つ?」

「え? そりゃここだよ! 端っこだからとられないし、黒もいっぱいとれるし」

「残念。正解はここ」


アグはゾナが打った石をどけて、別の場所に打った。


「ここに置かれたら、次俺はこことここしか行けない。ここは角を取られるから行かない。よってここに打つ」

「おお!」

「そうしてお前は次どこに打つ?」

「え? ええっと………わかんない」

「まあ無難なのはここだな…」


アグはゾナにオセロの戦い方を教えていく。


「こうやって、相手の打つとこをなくしてくゲームなんだ。そうすりゃ自ずと勝てる…ってわけ」


ゾナは目をキラキラさせながらアグを見つめる。


「…何だよ」

「アグ……もう1回!!」

「……わかったよ」


仕方なしに俺はゾナの遊びに付き合った。

こんなことをしてる暇はないと頭ではわかっていたけれど、俺もこの手のゲームはなんというか嫌いではないし、回を重ねるごとに強くなっていくゾナの相手をするのもまた楽しかった。


「また負けた!!」

「いや、でもかなり上達してるよ。ほら、ここ覚えてる? この時こっちに打ってたらさ…」

「ああ! ほんとだ! 絶対こっちの方がいい!」


ゾナがあまりに楽しそうなので、アグは思わず笑ってしまった。


「あ……」


ゾナは驚いたような表情でアグを見ていた。


(やっと笑ってくれた……)


彼もそれに気づいて、ゾナを見る。


「え、何?」

「いや、何でもない……」


ゾナは何だか心を掴まれたような、そんな気持ちになった。


「で、どうすんの? もうやめる? まだやんの?」

「きょ、今日はもうやめる! また明日! 明日も遊んでね!!」

「わかったよ…」


するとゾナはぽんぽんっと、その何もない部屋にアグの晩ごはんと布団を出した。

更にアグの後ろの壁にドアを作り出す。


「う、後ろの部屋はシャワー室! そこにパジャマもタオルもおいてあるからね! それじゃあお休みアグ!」

「…おやすみ」


ゾナは早口にそう言って、自分の後ろにドアを作ると、そこからさっと出ていった。ゾナが出たあとのドアはすぐに消えてしまった。


(…何だよ。今日はもうここで寝るしかねえのか…はぁ……わけわかんねえ…)


しかしお腹のすいたアグは、その晩ごはんをありがたくいただくことに決めた。


(普通に美味いな……)


遊んでいる時は本当にただの子供みたいだ…。純粋に俺とのゲームを楽しんでいるだけ。


どうすればここから出られるかはわからない。

むやみにゾナの機嫌を損なったらベルが危険に晒される可能性がある。もちろん俺自身も…。


焦るな…まだ様子を見る。

ゾナはシャドウだが、完全な悪じゃない。

交渉の余地はあるはずだ……。



一方、アグの部屋から出たゾナは、自分の部屋と思わしき空間にやって来ていた。

そのドアにもたれ掛かると、右手を口に当てて顔を赤くしていた。

心臓の音が鳴ってやまない。


「ハァ…ハァ……」


ゾナは高鳴る心臓を落ち着かせようと、ゆっくりと呼吸をし続けていた。




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