釣り
ベーラたち一行は、穏やかな海の上を優雅に進んでいた。
既に3日ほど過ぎて、航海の生活にも慣れ始めていた。
レインはベーラに釣り竿を作ってもらって、甲板から釣りを堪能していた。
しばらくしていると、獲物がかかって竿が引っ張られる。
「おっ! きたきた! きたぜ!!」
レインはタイミングを見計らって竿を引っ張り上げる。
釣り針にはいがいがした真っ赤な魚が引っかかっている。
「何してるんですか」
甲板にでたハルクはレインの釣った魚を凝視する。
「うわびっくりした。何だハルクか。釣りだよ釣り」
「見たこともない魚ですね」
「こんなところまで誰も船で来ないからじゃねえの」
「ふーん…」
甲板に置かれたバケツの中には、レインが釣ったと思われる見知らぬ魚が数匹入っている。
「お前もやるか?」
「……」
「やんねえかお前は」
「やろうかな」
「えっ」
研究はいいのかと聞くと、息抜きもしたいと言って、ハルクもベーラに釣り竿を作ってもらって、釣り竿を放ると、レインの隣に腰掛けた。
「どっちがたくさん釣れるか勝負しようぜ」
「……」
「しねえか…」
「いいですよ。16時までに多く釣ったほうが勝ちです。勝った方が負けた方の言うこと1つ聞くんですよ」
「なんだよお前。やけにノリがいいな」
レインは不審に思いながら、自分の釣りに付き合うハルクを見ていた。
しばらくすると、ハルクの竿が引いた。
「きました!」
「まじかよ!」
ハルクは勢いよく釣り上げた。青く艷やかな細長い魚が釣れた。しかし身はパンパンに締まっている。
「うまそうじゃんそいつは!」
「レインが釣ったやつはいがついのばかりですね」
「わけわかんねえのはベーラに食わせときゃいんだよ」
「酷い男ですね」
「いんだよ。しっかし負けてらんねーな〜」
2人が釣りを続けていると、メリとソヴァンが甲板にやってきた。
「うわー! 2人して何してるんですか〜?」
「釣りだよ釣り。見りゃ分かんだろ」
「ハルクさん、レイピア出来上がりましたよ!」
「随分早いですね! ありがとうございます」
ハルクはメリから出来たてのレイピアを受け取った。
ピカピカに磨かれた銀色の突剣は、太陽の日差しを受けてキラキラと反射している。
持ち手のデザインはメリのオリジナルだが、なかなかにおしゃれだ。
「なんじゃそりゃ」
「レイピアをメリさんに打ってもらったんです」
「かなりの強度に仕上がりましたよ!」
「身体からぽんって出したやつとはちげーのか?」
「もちろん! 切れ味も強度も全然違います! 至高の逸品です!」
「自分で言うなよ!」
するとソヴァンも、メリに打ってもらった長剣をレインに見せびらかした。
「これも見てくださいよ! メリさんに打ってもらったんです〜」
「お前は銃騎士だから要らねえだろ」
「これから使えるように訓練するんですよ〜」
ソヴァンは長剣を鞘に入れると、すりすりと顔に当てた。
メリは彼を睨みつけていた。
「キモ! ほんっとキモ!」
「とか言いながらさ、お前らずーっと一緒にいんじゃん」
「だってソヴァンがどこに行くにも着いてくるんだもん!」
「僕はメリさんの護衛なんで!」
「護衛なんていらないわよ!」
「もうお前ら付き合っちゃえよ〜」
「な、何言ってるんですかレインさん!」
「僕はメリさんを待ってるんで、いつまでも!」
「きいいぃいいい!!!」
メリたちが話す横で、ハルクは黙々と釣りを続けている。
知らぬ間にハルクのバケツに魚が増えている。
「てんめ! 汚えぞハルク!」
「集中力がないんですよ」
「はああ?!?! 絶対勝つ! 絶対負けねえ!」
「まだレインは0匹ですよ」
「うるせええ!!」
レインも釣りを再開する。
メリとソヴァンもデッキチェアに座って2人を眺めた。
「レインさんとハルクさんって仲がいいんですね」
とソヴァンは呟いた。
「そうみたいね。私も知らないけど…。まあ、レインさんは皆と仲がいいんじゃない」
「そうですよねぇ……」
ソヴァンは、ハルクと楽しそうに釣りをしているレインをぼーっと見ていた。
「僕もああなりたい……」
そう小さく呟いたソヴァンを、メリは横目で見ていた。
「無理よあんたには」
「……そうですよね」
「ソヴァンはソヴァンなんだから、他の人にはなれないのよ」
「……」
メリもぼーっと海を見ていた。
「私があの子になれないのと、同じようにね……」
「……」
ソヴァンはメリを見ていた。
「何よ」
「ヌゥは優しくて、明るくて、どもりがとれたのもヌゥが初めてだった。僕は彼女といると、心が穏やかになって、温かい気持ちになるんだ。初めて会った時は男だったのに、どうしてか女の子になっていて、でもそんなことを感じさせないくらいね、ヌゥはヌゥだよ。ヌゥは僕のかけがえない友達で、僕はただ彼女を助けたい」
「………」
メリはだんまりしてしまった。そのあとソヴァンを睨みつけると、言った。
「あんたも本当は私じゃなくて、ヌゥのことが好きなんじゃないの?」
「え…?」
「皆そうよ。皆あの子を好きになる。私はあの子に勝てるところが何もない。あの子は良い子で、仲間思いで、ドジだけど、きっとそこが可愛くて、そしてあの子は強い。だからしょうがない。あの子には勝てない」
「あははっ」
ソヴァンは落ち込むメリを見て、笑った。
「何笑ってんのよ!」
「メリさん、僕がヌゥを好きだと言ったら、少しは妬いてくれるんですか」
「は、はぁ?! 妬かないわよ! 誰が!! 妬くわけないじゃない!!」
ソヴァンは椅子から降りて、メリに近づいて腰を下ろすと、彼女の手を握った。
「だから! 触んないでよ!!!」
「好きです」
「っ!!」
(また…こいつは……)
メリは顔をしかめて彼を見る。
ソヴァンは真っ直ぐにメリを見ていた。
「ヌゥは友達。僕はメリさんが好きです」
「だから……私はあんたのことなんて、全然好きじゃないのっ…! 変態だしストーカーするし、大っ嫌い!!!」
「……」
ソヴァンが少し寂しそうにしたので、メリはハっとした。
(あ……)
い、言いすぎた……?
ソヴァンは彼女の手を離した。
(え……)
「そうですよね。すみません」
ソヴァンはそう言って、メリの元を離れ、船内に戻ってしまった。
「あ…待って……」
甲板から船室へ続くドアがガチャリと閉まった。
メリはせつなそうに彼の行ってしまったあとを見ていた。
傷つけちゃった……のかな……
今まで何言ってもヘラヘラしていたから……
つい………
「………」
私は…今もまだアグが好き…。
だから……ソヴァンの気持ちには……
答えられない……。
なのに…。
「おい。ソヴァンは?」
「へっ?!」
レインとハルクが、バケツを持ってメリのところにやってきた。
「さ、さぁ……どっか行っちゃいました」
「ふーん」
「レイン、約束は守ってくださいよ」
「わーってるよ! うっせえな」
「約束って?」
「いっぱい釣った方が負けた方に好きな命令できるんです」
レインとハルクの勝負はハルクの勝利に終わった。
ぬけがけして釣った魚を除いても、ハルクの圧勝だった。
「ったく! 早く言えよ!」
「今は思いつかないので、今度に取っておきます」
「んだよそれ! 俺が忘れたら時効だかんな!」
「まあ考えときますよ」
2人の持っているバケツには様々な種類の魚が入っている。
「今夜は魚パーティーだ!」
「おいしいかはわからないですよ」
「焼いたら食えるだろとりあえず」
「レインの釣ったやつはまずそうですね」
「はあー?!?!」
2人のやり取りを見て、メリはクスッと笑った。
「ほら、さっさとベーラ呼んできて甲板で焼こうぜー!」
「今夜は外でパーティーにしましょう」
「ハルクさん珍しい! いつも研究室にこもっているのに!」
「今日はもういいんです。たまには休まないと!」
「また心筋梗塞なったら困るしな〜!」
「何ですか?! それ!」
「昔の話はいいですよ」
「はいはい!」
そう言って3人は船内へと入っていった。




