トレース
「街中探してもいないって?!」
「ったく…どこ行っちまったんだよ2人して…」
城にいる部隊の皆は、アグとベルの突然の失踪に困惑していた。
荷物をまとめ、大広間に皆は集まっていた。
すると、ベーラの無線がなった。
皆はその無線に注目する。
「!!」
「ベーラさん」
「アグか?!」
レインはベーラから無線を奪い取った。
「おい! てめえどこにいんだよ!! ベルは?!」
「すみません。場所は言えません。ベルも一緒です」
「はあ?!」
「でもこっちは大丈夫なんで。俺たちを置いて予定通り出航してください」
「おい! こら! 何勝手なこと言ってんだ! おい!!」
無線は切れた。
「んだよあいつら!!」
レインは怒った様子で机をドンっと叩く。
「落ち着けレイン」
「はぁ〜〜もう!」
「何か考えがあるのかもしれない」
「そうかぁ?! あの映像見た挙げ句、頭おかしくなってんじゃねえの?!」
「そうかもしれないが、2人を探している時間もない。私たちはラグナスを取りに行く。それは変わらない」
「わーってるよ……」
ハルクも首を振ると、言った。
「この状況で部隊がバラバラになるのは、あまり好ましくありませんね」
「例の薬は? 在庫きれたっていってたろ」
「材料はありますし、レシピもあるので同じものなら私1人でも」
「船医がいないのも割と問題だな…」
「まあ、必要最低限の処置なら私でも…ある程度の薬もありますし」
「ぼ、僕も少しなら護衛時代に学んで…」
「ふうむ」
「でかいケガすんじゃねえぞお前ら」
「この荷物、どうします」
「国の荷台の馬車を借りて運ぼう。最短距離でいけば2日で着く」
「ですね」
「ほんっと何にも考えないで出ていったわね!」
メリとレインは怒っていた。ハルクは呆れた様子で、ソヴァンはビクつきながらその様子を見ていた。ベーラもアグの異変に気づけなかった責任を感じていたが、もううつむくのはやめようと、手をぱんぱんと叩いた。
「明朝出発だ。皆もう寝ろ!」
5人は解散して、それぞれの部屋に戻った。
村の宿でアグは目を覚ました。
節約するため個室は取らなかった。
隣ではベルが布団の上ですーすーと眠っていた。
アグはベルの首元にそっと手を当てた。
(ベルの能力は…物体の大きさを変えること…)
アグは手を彼女に触れたまま、目を閉じた。
(力の全体を、写しとるイメージ……)
「よし…」
アグは彼女から手を離した。
アグはふと目がいった壁の時計を睨みつける。
(小さく…)
すると、時計はすぅっと小さくなって、壁から落ちた。
アグはその時計を拾った。
直径30センチはあったその時計は、手のひらに乗るくらい小さくなっている。
(もっと小さく……)
アグがイメージしながら時計を見ると、時計は更に小さくなっていく。
手のひらに乗った米粒ほどの時計を眺めた。
(これが限界か。次は、大きく…)
時計は一瞬で大きくなり、元の大きさに戻った。
「よっと…」
アグは時計を壁にかけた。
(問題なく使えそうだ…)
「ううん……アグさん…おはようございます」
「おはようベル」
ベルは目をこすりながら起き上がると、イースの眠る箱を開けた。
「きゅううん!」
「イースちゃんおはよう」
「おはようお姉ちゃん! ねえ、お菓子全部食べちゃったあ!」
「ほんとだ! また入れてあげるからね」
「きゅう〜ん」
イースはその箱の中が気に入ったようで、好んで小さくなるとそこに入った。俺たちとしても都合がよくて助かった。
宿が出してくれた朝ご飯を、ベルと2人で食べた。
優しい味の和食だった。
何だかベルの手料理を思い出した。
朝ごはんを食べ終わると、イースの好物のお菓子をたくさん買い揃えた。村を出ると、俺たちは再びイースに乗って空を飛ぶ。
「きゅううんん! 南東だね〜!」
「ヌゥさんのところに行くんですか?」
「ああ。まあ、どうなってるかわかんねえ。最悪今日は無理かもしれないが、とりあえず状態を視察する」
「そうですね」
イースは楽しそうに風をきって空を飛んでいた。
「そういえば、アグさん手術の結果は…」
「ああ。見ろよ」
アグはリュックから手榴弾を1つとりだして手のひらに置く。
そしてその手榴弾を小さくしてみせた。
「あっ!」
米粒くらいになった手榴弾を、また同じ大きさに戻し、更にそれ以上に大きくする。
まあ余り大きくすると持てないので、ある程度までの大きさにするところをベルに見せたあとは、元に戻した。
「わ、私と同じですか? アグさんはレアなのに…?」
アグは笑いながら言った。
「ベルの能力をもらったんだ」
「え?」
ベルは焦って、手榴弾を小さくしてみせた。アグがやったのと同じくらい小さくなって、そのあと元に戻すこともできた。
それを見てアグは笑った。
「大丈夫。盗ったわけじゃない。写したんだ」
「写した…?」
「トレース。それが俺の能力なんだ」
「……」
ベルは驚いたようにアグを見つめた。
「おいイース。お前なんか技あるか」
「きゅううん?? 炎なら出せるよぉ!」
そう言って、イースは炎を吐いた。
(よし…)
アグはイースに手を当てると、イースの力を写し取る。
(もらった)
すると、アグは横を向いて、口から炎を吹き出した。
「わあ!!」
ベルは口に手を当てて彼を見つめた。
「強いですね…」
「悪くねえよ。だけど、今は弱い。使える能力を増やさねえと」
「そうですね」
アグは、はぁっとため息をついて、あぐらをかいて後ろに両手をついた。
「ちなみに、ドラゴンにはなれねえ」
「うふふ。さすがに強すぎますもの」
ラミュウザにアグが施してもらった手術。それは、体内に呪素を入れることだった。
シャドウが術を覚えるためには、呪素と呼ばれるものが必要、ヒルカの見聞にはそう書いてあったのを思い出した。
俺は生きたシャドウでラディアの核を有するが、呪素がないから特異した力はなかった。
必要なのは呪術師の身体。おそらく血液だとふんだ。足りない部位は無事雑魚のシャドウから奪うことができたようだ。
呪素をいれたアグの得た禁術は、トレース。
他の人間の能力を写しとって自分のものにすることができる。
ただ、まだ未開拓の部分が多い。
ベルの禁術は問題なくもらえた。
イースの吹き出す炎は真似できたが、その身体に変身することは流石にできそうもない。
トレースに上限があるのかも不明。
対象の能力のトレースが、可なのか不可なのかも不明。
トレースするには対象に触れればいい。能力をイメージすると写し取れる。慣れれば早く奪えそうだが、今はまだ2秒ほどかかる。
相手がどんな能力かわからないままでは力は奪えない。
相手の能力を把握している必要がある。
奪った能力は相手の力と相違ない。
米粒よりも小さくできないのは、ベルの限界がその大きさだから。
試してはいないが、大きくするのはまだまだ行けそうだ。
シャドウの禁術と魔族の力はおそらくとれる。
あとは人間……呪術がとれれば相当強いか。
ベーラさん…。
皆、怒ってるだろうな…。
レインさんとメリはキレてるだろうな…。
ベルにもまた皆を裏切らせるような真似して…
悪いことしたな…。
しばらく飛び続けると、昼になって、イースに乗ったまま昼食を食べた。
更にもう少し飛んでいくと、ププが指し示した海上に近づいていた。
「もうそろそろだけど……」
「アグさん! あれ!」
ベルが指さした先を見ると、海底に要塞が沈んでいる。
要塞の周りの海だけが美しく透き通っていて、はっきりと見える。
「あそこか…!」
イースを海面ぎりぎりに近づけると、アグは薬を取り出した。
「アグさんそれ…」
「アクアラング。余ってるのを少し拝借しといた」
「いつの間に……」
「様子見てくる…ベルとイースは待機していてくれ」
「き、気をつけてください」
アグが服を脱ぐと、水着を履いていた。
(なんと用意がよろしくて…)
ベルは感心しながら飛び込んでいく彼を見ていた。
アグはその要塞に向かって深く泳いでいく。
(あそこにいるはずだ……)
すると、要塞の中から、怪しげな黄色い生き物がふわふわと浮かんでこちらに近づいてくる。
(な…なんだ…?!)
そいつは見たこともない生き物で、動物に例えるなら猫やうさぎくらいの大きさで、でもそれよりもまんまるとしていて、ぬいぐるみみたいだ。目が細くて、鼻は小さくて、耳は猫みたいに三角だ。口元はつりあがっていて、ずっと笑っているようにも見える。
「なんですかあれは……」
ベルも不審そうにイースの背中から彼を覗き込む。
そいつはアグに近づくと、目を大きく見開いた。
目はダイヤモンドのように光り輝いていて、激しい光が視界を覆ったかと思うと、アグはその光に飲み込まれた。
(やっべ!!)
アグの姿は、そこから消えてしまった。
「アグさん!!」
すると、黄色い生き物はこちらにも向かってきている。
(やばいですっ……イースちゃんだけでも!!)
ベルは荷物を小さくして懐にしまうと、イースを小さくして遠くに放った。
「イースちゃん! 逃げてください!!」
「きゅううんん??」
「ひゃあっ!!」
ベルは海に墜落するその途中、イースを元の大きさに戻した。
そのあとベルはそいつの光に飲み込まれ、姿を消した。




