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ノッカーの住む鉱山

「うぅ〜寒い〜……。寒いわぁ〜……」


肌寒い冬の早朝、寝袋に包まったシエナは、ぼんやりと目を覚ました。外は薄明るくなっている。


「は! そうだ! アグが寝てないんだった! 交代しないと!」


シエナはそれを思い出すと、ハっとして起き上がった。昨晩は当然風呂も入れず、メイクは仕方なく市販の化粧落としシートを使った。ナチュラルメイクの彼女はそれでも素朴な可愛らしい顔だが、髪は寝癖がついてボサボサだった。


しかしそれも気にせず、急いでテントの外に出た。


「おはよう…」

「ああ、おはようシエナ」


アグは横目で彼女を見ると、いつも完璧に仕上げている彼女のその寝起きのだらしない姿に、ぷっと吹き出した。


「何笑ってんのよ!」

「いや、寝癖すげえから」

「知ってるわよ! くせっ毛なのよ!!」


シエナは苛立っていたが、アグは特に気にせずに彼女に背を向ける。彼はどこに入っていたのかと思うくらいのたくさんの材料を地面に並べ、何かをしている最中だ。


「……ていうか、何やってんのよ」

「うん? 実験だけど」

「いやいや! ここ森の中よ?!」


(ほんっとに頭おかしいんじゃないの!)


アグは毛布に身を包みながら、何かしらの鉱石を削っている。シエナはハァ…とわざとらしく大きくため息をつくと、森の様子を伺う。するとシエナは、昨日捕らえて縛っていたはずの禁術使いの男が、いなくなっていることに気づいた。


「ちょっと! 私が倒したあの男は?!」

「ああ、ジーマさんに連絡したら、国家精鋭部隊の人が来てくれて、引き渡したよ」

「は? 連絡? どうやって?」

「ああ、これ使って」


アグはちょうど手の大きさくらいの、真っ黒な四角い箱型の機械を、シエナに見せた。上面にはアンテナと数字のついたダイヤルがあり、側面には四角い小さなボタンがついている。


「何よこれ」

「無線機。俺が作ったんだ。そこにダイヤルがあるだろ。それを同じにすれば、周波数が合って、離れていても話が出来る。ジーマさんにも同じものを渡しておいたんだ」


その時代、無線機は大変高価で、まだ世にあまり出回っていない代物だった。アグはそれを研究の合間に自作した。まだ試験段階だったが、昨日の通信は成功した。


「すっご! え? 何? どこにいてもジーマさんと話せるの? おーい! ジーマさ~ん! 聞こえますかあ〜〜???」


シエナが無線機に向かって、デレついた様子で声を上げたが、何の反応もない。


「何よ! 全然話せないじゃない!」

「話すときは側面のボタンを押しながらだ。それに、ジーマさんだって1日中それに注意してるわけじゃない。いいか、俺は定時連絡の約束をすると、予めジーマさんと決めておいたんだ。無線機を使うのも初めてだったから、夜の21時、安否と現状の報告を兼ねて、こっちから連絡するってな。禁術使いを捕まえたって言ったら、夜のうちに迎えの人たちをすぐに手配してくれたよ」

「さっすがジーマさん、仕事が早い! …じゃなかった。アグあんた寝てないんでしょ! 早く寝てきなさいよ」

「いや、いいや。実験楽しくなっちゃって、今、目冴えてるし」

「はぁ〜?!」


(なんなのこいつ! 実験とか! 無線機とか! 全然凡人じゃない! ていうか、変人!)


「まあシエナも起きたし、これから片付けるよ」

「あんたがそう言うなら…じゃあ私、今から着替えるから! 絶対入ってこないでよね!」

「入んねえよ……」


シエナは髪をまとめて誤魔化すと、化粧をし、いつもの可愛い彼女に戻った。身支度を終え、持ってきていた軽食で軽く朝ご飯を済ませる。


「何見てんのよ」


アグはシエナの頭を眺めている。あのボサボサをこの短時間でまとめるなんて器用なやつだな、なんてアグは思っていた。彼女のポニーテールのトップには、昨日とは違う、様々な色をしたまあるい石を集めた髪飾りがついている。


「ああ! この髪飾り? ふふ! 可愛いでしょう! これねぇ…」

「へぇ、すごい。全部トルマリンなんだ」


シエナが教える前にアグに淡々と答えを言われ、シエナは呆然とする。


赤に青に黄色にピンク。トルマリンは全ての色を持つと言われている鉱石だ。さくらんぼほどのトルマリンたちが、彼女の頭上で可愛らしく固まっている。


「それだけの色を集めたトルマリンか。結構高いんじゃない」

「値段なんて知らないわよ」


その髪飾りは、シエナが昔母親からもらった大切なものだった。そんなこととは露知らず、アグは朝食を食べ終えると、立ち上がった。


(ったくもう!)


シエナは仏頂面でアグを睨みつけたが、アグはまるで気にもとめていなかった。


そして2人は朝のうちにマリーナの森を抜けた。


「はぁ…やっと着いた…」


森を抜け、しばらく歩き、アグとシエナはシプラ鉱山にたどり着いた。外見は巨大な赤褐色の山だ。素材収集のために各国の者たちが出入りするシプラ鉱山は、大陸内で最も大きな鉱山であり、その入り口も中も整備が行き届いている。


しかし今はまだ時間も早いからだろうか、人気もなく、静まっている。


(ここがシプラ鉱山……)


アグはその巨大な鉱山を見上げた。


アグは幼い時から、鉱石を集めるのが大好きだった。珍しい鉱石を並べて眺めるのも好きだし、素材として加工し、物作りに励むのも大好きだ。


しかし鉱山にやってくるのは初めてだった。しかも大陸一のシプラ鉱山ときた。アグは表向きは平静を装っていたが、内心は大変興奮していた。


「何してんの! 早く行くわよ」

「あ、うん……」


シエナの後を追って、アグも鉱山に足を踏み入れる。


(うわぁ……)


見事な鉱石の山が広がった。銅を作ることができる茶色の巨大な銅鉱石が、壁一面を埋め尽くす勢いで生えている。銅鉱石は店でも売られているが、それは加工しやすいように小さくされているものだ。アグが原石を見るのは、生まれて初めてである。


(すっげぇ…)


他にも銀鉱石や鉛鉱石など、たくさんの種類の鉱石が、壁からたくさん生えている。アグは目を輝かせながら、鉱山の中を進んでいく。


「これ全部採り放題なのか…?」

「この鉱山は不思議なのよ! 採っても採っても新しい鉱石が生えてくる。だからここの鉱石はなくならないのよ」

「そうなのか?! 一体どういう仕組みなんだ…」

「知らないわよ、そんなの」

「あ!!」

「何?!」


アグが突然大きな声を出したので、シエナはびっくりして振り返った。


「これ、ジオードだ」


アグは普通の石ころにしか見えない白い鉱石を見つけたかと思うと、しゃがみ込んでそれをリュックにしまい始める。それを見たシエナは顔を引きつらせた。


「もう! 何やってんのよ!」

「ジオード知らない? 晶洞石のことだよ」

「はあ? 知らないわよそんなの! どうでもいいから早く来て!」


シエナは鉱石なぞには一切興味がない。アグを一睨みして、再び鉱山の奥へと歩き出す。


「必要なのはルベルパールでしょ」

「ああ、うん。あるのは1番奥の方だってハルクさんが言ってたけど…」

「そう。じゃ、早く採りに行くわよ!」


鉱山内は道が整備されており、奥まで1本道で行けるようになっている。道のところどころにはランプが取り付けてあり、思いの他明るい。


2人は30分ほど歩いた。もうだいぶ奥まできたんじゃないだろうか。


「うん…?」


シエナは立ち止まった。アグも足を止める。


シエナは道を指さした。巨大な岩がいくつも積まれて、道が塞がれている。


「行きどまりか? ここが1番奥ってこと?」

「ううん。まだ半分くらいよ。落石があったんだと思うわ」

「ルベルパールは…」

「この奥ね」


すると突然、岩の奥から人間の男の声がした。


「気をつけろ! ノッカーだ!」


背後から嫌な予感を感じたアグとシエナが振り返ると、大きなマトックを持った人間が立っていた。


「?!」


とはいっても、人間と呼ぶには違和感がある。体型は小人のようにバランスが悪く、顔の形も歪で、鼻が異様に大きく尖っている。髭がもじゃもじゃ生えていて、見た目はオジサンである。古びた布切れの衣服を身にまとって、子供サイズの革靴を履いていた。


2人はそいつの方に向き直り、警戒する。


「こいつがノッカーか」

「何よそれ」

「鉱山妖精だよ。優しい妖精だって聞いたことあるけど…」


ノッカーはマトックを振りかぶると、アグとシエナに向かって襲いかかってきた。


「こいつはそうじゃないらしい!」

「ふん! 何だかわかんないけど、向かってくるなら倒すのみよ!」

「おい!」


シエナは臆することなく前に飛び出した。そのままノッカーのマトックを、腕で受け止めた。ガンっと響きのいい音が鳴る。


「おい! 腕折れねえのか?!」

「大丈夫! 小手をつけてるの! 鋼鉄のね!」


シエナはニヤっと笑うと、マトックごとノッカーを弾き返した。ノッカーは地面を滑ったが、何とか踏ん張って耐えると、こちらを睨みつけた。


「ニンゲン、殺す。鉱山、マモル」


ノッカーは片言でそう言った。再びマトックを振りかぶり、小細工なしにシエナに襲いかかった。


「殺せるもんならやってみなさいよ!」


シエナは先ほどと同じように腕でマトックを受けると、そのままノッカーに前蹴りをくらわせた。

ノッカーはそのまま勢いよくとばされた。地面に身体を打って痛そうにしていたが、起き上がった。


「何で人間を襲うんだ!」


アグは言った。ノッカーは優しい妖精のはずだ。その姿は見せないが、鉱石があるところや落石に注意しなければならない時に、壁をトントンとノックして、人間たちに知らせてくれるのだ。


「ニンゲン、鉱山ニ、毒マイタ」

「毒…?」

「奥の鉱石カレタ。ダカラ、閉じこめタ。お前たちも、コロス」

「そんな…」


中にいる奴が毒をまいたのか? 一体何のために?


「俺たちは毒を持っていないし、まきもしない。ただ本当に誰かが毒をまいたのだとしたら、人間の1人として謝る。その毒が何かわかれば、今ならまだ鉱山を毒から助けられるかもしれない。だから攻撃を止めてくれ!」


アグはノッカーを説得しようと試みた。


「シンジナイ。人間、鉱山コワス!」


しかしノッカーは聞く耳を持たず、再び戦闘態勢に入った。

今度は洞窟の天井に向かってマトックを掲げた。すると、アグに向かって落石がふりかかってきた。


「危ない!」


シエナはアグを押し倒し、一緒に奥に倒れ込んだ。


「まずい! 閉じ込められる!」


立ち上がる間もなく、落石が次々に積まれ、シエナとアグは前も後ろも岩に囲まれた。


「人間シヌ。息デキナイ」


そう言い残して、ノッカーは何処かへと消えてしまった。


「くそ…。誰だ…毒なんてまいたやつは…」


アグがつぶやくと、岩の奥から先程の男の声がした。


「おーい! 無事だったか?」

「無事じゃないですよ! 何で毒をまいたんですか!」

「毒だなんて知らなかったんだ。もらったんだよ! これをかけたら鉱石が変化してもっと珍しい鉱石に変わるって言われてよ。で、試しにやってみたら、かけたやつ以外の鉱石もどんどん枯れて砕けちまってよ…。そしたらノッカーが現れて、あっという間に閉じ込められたってわけだ」


なんてことをしてくれたんだ…。しかもその話じゃあ、ルベルパールも枯れちまってるってことじゃないか…。って、それどころじゃないか。俺たちも閉じ込められたんだった。


「シエナ…どうする…? 危険だけど、手榴弾でもうちこんでみるか?」


シエナはずかずかと奥側の岩に近づくと、岩に回し蹴りを食らわせた。


「ふん!」


岩に亀裂が入った。

シエナはその周りの岩にも蹴りを食らわせると、やがて岩は砕け散り、道が開かれた。


「すげえ…」

「先輩を甘くみてもらっちゃ困るわよ!」


この小さな身体のどこに、そんな力があるのだろうか…。アグは感心したように彼女を呆然と見た。


前言撤回。シエナ、君は頼もしい。非常にな。



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