その結末
その昔、騎士を目指していたアシードは、森に出ていた。
すると、美しいエメラルドグリーンの髪の少女が、猛獣に襲われているのに気がついた。
「きゃあああ!!!」
「?!」
アシードは颯爽と現れ、カトリーナと共に猛獣を退治した。
少女は何度も頭を下げてお礼を言った。
「あ、ありがとうございます!!」
「いやいや! 危なかった! 無事で何よりだ!」
「騎士の方ですか?」
「いや? まだ目指している途中なんだ」
「そうなんですね! ああ、そうだ! 私と一緒に来てもらえませんか? お礼をさせてください!」
アシードは首を横に振った。
「女の子を守るのは騎士として当然だ! 礼などいらない! まあまだ見習いだけどな!」
そう言ってその場をすぐに立ち去った。
少女はアシードに向かって何度も頭を下げた。
「君たちは手を出した。ヌゥは処刑する」
精霊王はそう言った。
「精霊王! 火の精霊はヌゥを殺そうとしました!」
エクロザは黒い槍を片手に、精霊王に抗議する。
「ヌゥは耐えました! このような理不尽な拷問にも! 魔族にこのようなことが出来ますか?!」
精霊王は無表情のまま、エクロザを見下ろしている。
「神の使徒エクロザよ。貴方の仲間であろうと、ここに来た魔族は皆殺しなのだ」
すると、ゆっくりと王座から空を浮かびながら降りてきた。
王の纏うひらひらとした真っ白いシルクが、大きく広がり漂っている。
「魔族には、制裁を」
精霊王は、巨大な聖剣を作り出した。
銀色に輝くその聖剣は、身動きの取れないヌゥの真上に陣取る。
「精霊王! おやめください!!」
エクロザが必死で叫んだが、王は聞く耳を持たない。
仰向けに倒れたヌゥは、自分に向かってかざされるその輝く巨大な刃を、見上げることしかできない。
(俺は、もう駄目だ……)
この世界は理不尽だ。
いや、それは人間界も同じだった。
俺は理不尽にも呪いを纏って、数えきれない人間を傷つけ、殺した。
だけど、殺された人たちからしたら、そんなのもっと理不尽だ。
俺の手で未来を失った彼らは、一体何処へ行ったんだろう…。
俺も同じところへ行くのかな…。
いいんだ。俺はやっと罰を受けるんだ。
元々死刑になるべき罪なんだ。
俺の憎悪の存在を、精霊王は知っていたのかな…。
そんな風に思うんだ。
ヌゥの頭にアグの顔がよぎる。
こんな俺がね、生まれて初めて好きになった人。
記憶がなくなっても、もう一回、好きになった人。
君もこんな俺を、好きだと言ってくれた。
愛してると言ってくれた。
ありがとう…。
お別れも言えなくてごめんね。
アグ……。
大好き。
ヌゥが聖剣を受け入れたその時だった。
「させるかあああ!!!!」
アシードがこちらにかけてきて、ヌゥをかばって聖剣を受けた。
「………!!!」
アシードの身体に聖剣が突き刺さり、彼の身体はゆっくりと浄化されて消えていく。
「アシード……何で………な、何で………」
ヌゥは喪失とした表情で彼を見上げた。
アシードは振り返ると言った。
「女の子を守るのは、騎士として当然じゃ」
そう言った彼の顔は、笑っていた。
「それが我が同士なら、尚のこと」
足元から跡形もなく消えていくアシードの身体は、もう上半身しか残っていない。
「何で……何で俺なんかを……」
ヌゥは愕然として、アシードを見つめる。
「生きるんじゃ、ヌゥ。そして、ゼクサスを倒してくれ」
「アシード……嫌だ………嫌だよ………」
アシードは最後まで笑って、そのままふっと消えてしまった。
「アシードさん!!」
エクロザも悲壮な面持ちで、聖剣に殺され消えてしまったアシードを見ていた。
「嫌だ……嫌………何で……?」
何で……何で………?
何で………こうなった……?
ヌゥは目の前が真っ暗になった。
【怒りを、抑えるな……】
ヌゥの脳裏に、低く淀んだ声が響き渡る。
その声を聞いて、ヌゥはハっとする。
この声……初めて俺が覚醒した時に、聞こえた……
ゼクサスの憎悪なんだと、思っていた。
リアナの核に纏わりついた、彼の持つ黒い闇が、俺を蝕んだんだと。
でも…違ったんだ………
君は最初から、俺と一緒にいた……
【人間を滅ぼせ……憎悪を解き放て……】
君は……魔王……ゼクローム………
【我と共に世界を統べよう………ノア……】
「っ!!!」
ヌゥの中の魔王の血流が、目を覚ます。
仲間を失う苦しみよ。
守れなかった弱き自分よ。
怒りは全てお前のものだ。
お前の力だ。
復讐しろ……
力を解放しろ………
理不尽な世界を、壊そう。
ヌゥの闇は、かつてないほどに膨れ上がった。
彼女を縛っていた鎖はいとも簡単に破られた。
そして闇の魔の手は、精霊王に向かっていく。
「やはり…こいつは、魔の者…!!」
精霊王も、その闇に目を見張った。
その手に抗おうと、巨大な聖なる盾を作り出すが、闇はそれを突き破って、精霊王の身体を貫いた。
「この…力っ………ゼクローム……お前の血が…まだ……この世に………」
精霊王はそのまま消えてしまった。
「ヌゥ!」
エクロザはヌゥを見て喪失とした表情を浮かべる。
ボロボロだったはずのヌゥの身体は、元に戻っていた。
彼女の顔はその血がたぎり、血管が浮き出ている。
(まさか……この子の身体に……ゼクロームが……?!)
エクロザは黒槍ログニスを構える。
(殺さなければならないの……?! この子を………?!)
魔王ゼクロームは確かに死んだ。
その直系血族は、ゼクサス以外全て根絶やしにした。
それなのに……!!
どうしてこの子の中に、魔王の血が……?!
ヌゥに意識はない。
ただ漠然と、世界を壊したいだけ。
ヌゥの闇は精霊界に降り注ぐ。
人間に扮した精霊たちは、瞬く間にその闇に侵されていく。
彼らの国リルフランスは無残に壊され、自然にも魔の手が広がり闇に覆われる。
青空はすぐに真っ黒になった。
(このままでは……精霊界がっ……)
エクロザは黒槍ログニスを構え、ヌゥに向かっていく。
(止む終えません!!!)
エクロザがヌゥの身体をログニスで貫こうとしたその時、同等の力の聖なるバリアがヌゥを守った。
「っ!!!」
エクロザの目の前には、聖杖ケリオンを持ったもう一人の自分が立っている。
「私のコピー……」
エクロザは身を退かせる。
コピーはヌゥにその杖の光を当てて闇を退かせた。
世界中に広がった闇の手は、彼女の身体の中に戻っていく。
すると、乱れた黒髪の男が現れ、ヌゥを抱きかかえた。
「危ない危ない。殺されるところだった。せっかくゼクサスから返してもらったってのに」
男はそう言うと、エクロザのオリジナルを見据えた。
「カルベラ……?!」
エクロザは驚いたようにコピーとカルベラの2人を見た。
カルベラの背中にはデスサイズが背負われている。
すると、コピーは笑いながら言った。
「ケリオンとデスサイズは手に入れたわ。あとはそのログニスを、あなたから奪うのみよ」
エクロザは黒槍ログニスを強く握りしめた。
(いつの間に……いや、奴らが精霊界に向かっていることは察していた…。先を越された…?!)
「大人しくその槍をよこしなさい」
コピーはケリオンを使い、その杖から白い光を出すとエクロザを攻撃する。
エクロザが避けると、その避けた先にあった観客席は、跡形もなく消え去った。
「目障りなのよ! オリジナルなんて!! 私は私1人いればいい!」
コピーは怒った様子でエクロザに光を放ち続ける。
「おいおい。ここでどんちゃんするのか」
カルベラは呆れたようにコピーを見る。
「ここでなら移動術は使えません。オリジナルを倒すのには絶好の機会です!」
「そうかい。だけれど俺は手をかさねえぜ。俺はこの子さえ手に入れば、それでいいのさ」
「わかってますわ! カルベラ様! あとは私と…」
エクロザがコピーの攻撃を避け、コピーに向けてログニスから黒い光を放とうとすると、後ろから禍々しい憎悪を感じた。
「ゼクサス様が」
エクロザが振り向くと、少年の姿のゼクサスがエクロザを殺そうと闇を向けていた。
「ゼクサスっ!!」
エクロザは後ろに飛んでその闇を避けると、距離をとった。
闇は黒ぐろと光り、鞭のように波打ってエクロザを襲う。
「ならば私もここで、あなたを討ちます! ゼクサスっ!!」
エクロザはログニスに力を込める。
(ログニス……今日こそ忌まわしき憎悪の魂ゼクサスを、この世から消し去るのです…!!)
コピーはケリオンを使って光を放ち、エクロザの邪魔をするが、避けられてしまう。
「ゼクサス様には指一本触れさせない!!!」
コピーはエクロザに駆け寄ると、その杖に光を集め、エクロザに振りかぶった。エクロザも黒槍に力を込めると、その杖を迎えうった。ケリオン共々コピーは跳ね返されてしまった。
(なんて力……! やはり最も神の力を備えるログニス……! ケリオンでは敵わないか……?!)
ゼクサスは何も言わず、闇をエクロザに向ける。
エクロザはログニスで斬り裂きながらそれを避け、ゼクサスに近づいていく。
「神の力には抗えません!!」
エクロザがログニスを振るうと、ゼクサスの足を黒い光が捕まえる。
「っ!!」
ゼクサスは身動きが取れなくなった。
(この槍は、魔王を倒すため…そして、その受け継がれし憎悪であるあなたを倒すためにあるのです! ログニスの力は、あなたに対して何よりも強く、作用するのです!!)
「死になさい! ゼクサスっ!!!」
エクロザは渾身の一撃で、ゼクサスを殺そうと槍を突き出した。
「っ!!!」
その瞬間、コピーがゼクサスの前に立ちはだかり、その槍を自分の身体で受け止めた。
「エクロザ……!」
ゼクサスは驚いた様子でエクロザのコピーを見た。
コピーは血を吐きながら、その槍をしっかりと握りしめると、言った。
「ゼクサス様……今です……!」
ゼクサスは大いなる闇でオリジナルを襲った。
(ぬ…抜けない……?!)
エクロザはログニスを、彼女の身体から抜くことができなかった。
エクロザはゼクサスの闇に飲み込まれた。
それを見届けると、コピーもまた、その場に倒れた。
(ゼクサス様……この命、貴方様のお役に立てて、私は幸せです……)
そしてコピーは、息を引き取った。
「あーあー。2人共死んじゃったのかい」
カルベラはヌゥを抱えながら、ゼクサスを見ると言った。
ゼクサスはコピーに突き刺さったログニスを抜き、コピーが手に持つケリオンも取った。
「残るは1つ、ラグナスだけだ」
ゼクサスはそれだけ言って、元きた人間界へ戻る出口へと足を進めた。
「何だい。弔いの言葉もなしか。冷たいねえ」
カルベラはハァとため息をついた。
「どれ、乗っていくかい?」
カルベラはその姿を真っ黒な魔族に変えると、更にその身体を大きくした。背中から羽根を生やし、カルベラは赤い2つの目の、巨大な黒い空飛ぶ獣に姿を変えた。
ゼクサスは頷いて、カルベラからヌゥを受け取ると、ケリオン、ログニス、デスサイズを束ね、彼の背中に乗った。
「大事に持っててくれよ。その子は俺のなんだから」
「わかってるよ。そういや前にヒルカに作らせたあの要塞、使うのかい?」
「ああ。お願いするよ。やっとこの子と一緒にいられるさ」
カルベラはそう言って、嬉しそうに闇に覆われた空を飛び、ゼクサスと共に入り口を目指した。
 




