拘束
ベーラたちが馬車で城に帰還したあとも、ヌゥたちは精霊の国を目指している最中だった。
ヌゥ、アシード、エクロザの3人が、精霊界に向かってから約2週間、ついに精霊の国リルフランスに到着した。
その町並みは、まるで人間界だった。
奥にはそびえ立つ大きな城がある。
「あの城には精霊王が住んでいます。精杖ケリオンもそこに保護されています」
「よし、行こう!」
「うむ!」
3人が街の中を歩いていると、人型に扮した精霊たちは、ちらちらとこちらを見ている。
ヌゥもまた、その威圧的な視線に気づいていた。
彼らはボソボソと何か話している。
「魔族だ」
「間違いない…!」
すると、突然激しい風が巻き起こり、砂埃が舞うと、3人はおもむろに目をつぶった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
「なんじゃ?!」
すると、目にも止まらぬ速さで、毛先の青い白髪の精霊が、ヌゥを攫った。
「何すんだ!」
「魔族はこの世界に入ることは許されない!」
精霊はヌゥを捕まえると、空に飛び上がった。
ヌゥは全身から電気を発してそいつに攻撃しようと試みるが、まるで効いていない。
「無駄だ。僕らは精霊。そんな攻撃は効かない」
「っんの!!」
ヌゥは全力で暴れるものの、そいつはびくともしない。
(何なんだこいつ!!)
「あれは…シルフ様!」
「シルフ様だ!!」
精霊たちは白髪の精霊をシルフと呼び、彼を見上げた。
シルフは余裕の表情で、精霊たちに手を振った。
アシードはシルフに向かって声を荒げる。
「ヌゥを返すんじゃ!」
シルフは彼らの届かないところまで上空に浮かび上がった。
「魔族がこの国に来たら処刑する。そう決まってんだよ!」
どこからともなく、真っ赤な髪のギラつく瞳をした精霊が現れた。
「サラマンダー様だ!」
「やっぱりあいつは魔族だ!」
「四大精霊様が捕えにきた!!」
他の精霊たちは口々に話し始める。
「そんなことはわしが許さぬ!」
アシードはサラマンダーに向かって大剣を振り上げたが、地面が大きく割れて足を取られた。エクロザもまたその地割れにバランスを崩す。
どうやら2人の後ろにいる白ひげの老人の仕業のようだ。老人は、笑いながらこちらを見て言う。
「ほっほ! 人間たちよ。君たちに危害を加えるつもりはない。大人しく魔族のこの子を差し出すのじゃ」
他の精霊たちは叫ぶ。
「ノーム様よ!」
「四大精霊の3人も!」
「あいつはもう終わりだな!」
アシードは四大精霊と呼ばれるそいつらに向かって言う。
「ヌゥは魔族じゃない! 人間じゃ!」
「何言ってんだ! この血の匂い、魔族だろ!」
「何ですって…?!」
エクロザもアシードも同様していた。
「この子はこちらで処罰する」
「危なかったな人間さん。魔族に殺される前でよ!」
「ほっほっほ! ゆっくりを国を回ってくだされ」
3人の精霊たちはそう言い残して、ヌゥを攫って城へと飛んでいってしまった。あっという間に姿は見えなくなった。
「な、何なんじゃ一体?!」
「私にも…なんのことだか……」
「とにかく城へ急ぐのじゃ! ヌゥを取り返すぞ!」
「はい!」
アシードとエクロザは、城へ急いだ。
ヌゥはシルフと呼ばれた白髪の精霊に拘束される。ヌゥの力では、この精霊を振りほどけない。
(くっそ…こいつぅ……)
「何するのさ! 離してよ!」
「黙れ魔族の分際で。よくここにずかずかと入ってきたものだ」
すると赤い髪の精霊と老人の姿の精霊も、シルフの隣にやってきて、ヌゥを睨みつける。
「そうだぜ! しかも俺たちの住む、この国までやって来るとはな…! 死にてえらしい」
「ほっほっほ。王の前で存分にいたぶらせてもらおうか」
ヌゥは歯を噛み締めて彼らを睨みつける。
「俺は人間だ! 魔族なんかじゃない!」
「いいや! お前の血には魔族の匂いがぷんぷん漂ってんだ! しかも魔王の奴に似た血の匂いがな! 人間なわけねえ!」
「精霊王は魔王と魔族を心から嫌っているんだよ。もちろん、僕たちも」
「神に歯向かう魔の者たちは、滅びて当然の存在じゃ」
(…こいつらは異様に魔王と魔族を嫌ってる…それはわかった……だけど……何で俺を……)
この3人の精霊から逃げることはできない。
城に着くと、鋼の精霊に手足を手錠で拘束され、身動きをとれなくされると、独房に入れられた。
おまけに腰につけていた短剣とデスサイズまでも奪われてしまった。
「処刑の準備をしてくる。大人しくしていろよ」
サラマンダーはヌゥを見下しながらそう言って、他の2人の精霊も彼を置いてどこかへ行ってしまった。
ヌゥは手錠をほどこうと試みるが、どんなに力を入れても外すことはできない。
「っはあ!」
くっそ……何でだよ……
何で俺が捕まらないといけないんだ…。
俺は人間なのに……
魔族って……
ヌゥは独房内を見渡す。
はぁ…また牢屋だ……
あの頃もこんな風に1人で…
いや、違う……
俺の隣には…アグがいた…。
思い出せそうで思い出せない。
さっきまで見ていた夢を、起きてしばらくするともう思い出せないみたいな、そんな感覚。
もどかしい。
ヌゥは立ち上がって牢屋の檻に手をかける。
全力でそれを壊そうと力を込めるが、びくともしない。
その手に電気を溜めてもう一度檻を攻撃するが、やはり駄目だ。
「くっそぉ〜……お手上げなんだけど!」
「無駄ですよ」
「!」
ヌゥが後ろを振り返ると、水色の髪の美しい精霊が座っている。
「だ、誰だ?!」
「水の精霊ウィンディーネ」
「う、ウィン…ディーネ…?」
すると、ウィンディーネは身体を水のように液体にすると、檻の隙間から牢の外にするりと出ては、こちらを見つめる。
「どうしてここに来てしまったの? 精霊が魔族を嫌っているなんて、どんなにバカな魔族だって知っていることよ」
「だ、だから俺は、魔族じゃ…」
ウィンディーネは再び身体を液体にすると、檻の中に自在に入ってはヌゥの隣に身を置いた。その流暢な水の動きをヌゥは驚きながら見ている。
「まさか、本当に知らなかったの」
「な、何がだよ……」
「自分が、魔族だと」
「……」
ヌゥの表情から、それが嘘ではないとウィンディーネも悟る。
「可哀想に。でももう無駄よ。ここに来てしまった魔族は皆処刑されるの」
「何でそんなに、魔族が嫌いなの…?」
すると、ウィンディーネは話し始めた。
「私たち精霊も、魔王ゼクロームも、神の作った創造物であることは、知っている?」
「う、うん……」
(そんな風に言っていた…気がする…。難しくて、わかんないところも、多かったけど……)
「神は絶対的に崇高存在。私達の生みの親なのだから。なのに魔王は、自分も神と同じような存在だと思っている。魔族を生んだことで、自分もまた神とであると、そんな風に思っている。そして自分と対になる存在の神を疎ましくさえ思っている。神によりそう私達精霊のことも、愛を授かった神の子である人間のことも。魔王に生んでもらった魔族たちもまた、魔王を神だと崇めている。本当に神ではないのに…。私たちはそれが許せない。神を崇高しない愚かな魔の者たちを」
「……」
精霊たちは神を心底尊んでいるようだ。
きっとそれが精霊たちの思想なのであり、人間にはない至高の忠誠心なのだろう。
「私達は神を崇め、讃え、尊んでいる。自然の力と共に、神の愛する世界を愛し、神の子である人間を守り、支え、この世界から見守っているの」
「……」
「だから私達の国に魔族ともあろうものが足を踏み入れようものなら、野放しにはできない。ここはそういうところなのよ」
「わかったよ…君たちが魔族を嫌う理由は…。でも俺は、人間だ。人間として生きてきた。魔族なんて存在、この前初めて知った。俺は魔王を神だとも思っていないし、君たちに危害を加えるつもりだってないし、人間が大好きだよ」
「そう……。もしそうだとしたら、本当に可哀想。ここに来てしまったが最後、あなたは処刑されるのよ」
「……」
ウィンディーネは同情の目でヌゥを見ている。
「国中の精霊が集まってるわ。あなたの処刑を見るためにね」
「……」
「シルフたちが呼んでる。先に行くわ」
「……」
「すぐに、迎えに来るわね」
ウィンディーネは行ってしまった。
城に設けられた処刑場は、まるでスポーツ観戦のスタジアムみたいだ。精霊たちは取り囲むように処刑場を見ながら席について、活気に湧いた様子で、魔族の処刑を今か今かと待ちわびている。
まもなく先程のシルフとサラマンダー、ノーム、ウィンディーネが、ヌゥのところにやってきた。
「はじまるぜ。ショータイムだ」
サラマンダーはニヤリと笑いながらそう言った。
(こんなところで…殺されてたまるか……!)
ヌゥは精霊たちをキッと睨みつけた。
しかし手錠に鎖を繋がれたままその手を引かれ、なす術なく処刑場に身を運ぶ。
耳をつんざくような精霊たちの歓声が聞こえる。
(こ、こんなに…たくさん…!!)
どこに隠れていたのか、何千、いや何万?…わからないが、とにかく数えきれないほどの精霊たちが、こちらを見ている。
サラマンダーは意気揚々とまるで観客の精霊たちに手を振った。シルフとノームも堂々たる面持ちで進んでいく。
ウィンディーネは同情するようにヌゥを見てはいるが、助ける気はさらさらないといった感じだ。
すると、王座と思わしき高見の席に、威厳のある白髪の長い髪の精霊が、姿を現す。
「精霊王のおでましだ!!」
「ははあーっ!!!」
精霊たちは皆頭を下げた。
四大精霊たちも、深く頭を下げる。
ヌゥは精霊王と呼ばれるその王様を見上げた。
精霊王もヌゥを見下ろして、2人は目が合う。
(こいつが……精霊の王様……)
精霊王は凛とした瞳で、無表情のままヌゥを見ている。
「俺は人間だ! 魔族じゃない!!」
「頭を下げろ!! 処刑人!!!」
サラマンダーがヌゥの頭を鷲掴みにすると、力いっぱい下に抑えつけた。ヌゥは頭を下げさせられながらも、精霊王を睨みつけた。
「縛りつけろ!」
「八つ裂きだぁ!!!」
観客の精霊たちは興奮して叫んでいる。
すると、精霊王が手を上げた。
それを見た精霊たちは、口を閉じる。
ざわついていた処刑場が、一瞬で静まり返った。
「処刑人、名を名乗れ」
精霊王が口を開いた。
脳内に響くような、威圧的な声だ。
ヌゥはサラマンダーの手を払いのけると、顔を上げて答えた。
「ヌゥ・アルバート」
「ふむ…」
精霊王は微動だにせず、こちらを見ている。
「人間だというなら、証拠を見せろ、ヌゥ・アルバート」
「証拠?!」
「お前が魔王の血を継ぐ魔族なら、お前の身体を憎悪が支配しているはずだ。お前が人間だと言うなら、四大精霊たちの攻撃を愛を持って耐えてみろ」
「……!!」
(俺の呪いは…魔王の血による憎悪…?)
「精霊王?!」
四大精霊たちは、王の発言に目を見張ったが、王の言葉は絶対だ。従う他ない。
「お前の中の憎悪が目を覚ましたら、お前を魔族とみなし、そのまま処刑する。しかし、お前が耐えることが出来たら、お前を人間とし、解放しよう」
「……いいよ」
理不尽だ…。理不尽な…拷問が始まる……。
でも……もう逃げ場がない。
「俺はね、拷問は得意なんだ。絶対に耐えるよ」
ヌゥは四大精霊たちに連れられ、処刑台の上に立たされた。
足の手錠が台に固定され、その場から逃げることはもう出来ない。
「へっ! 俺たちの攻撃に耐えられるかよ! お前の憎悪、目覚めさせて、さっさと殺してやるよ!」
「ほっほっほ。最初は誰からじゃ?」
「それじゃあ僕が」
そう言って、シルフは前に出た。




