王族の最期
王子になった俺はフローリアと共に、平民たちを救おうと動き出した。
国王は俺を白い目で見ていたが、愛娘のやることに口出しは出来なかったようだ。
平民たちに食料を無償で配って回ったり、家のない者のために新しく家を提供したり、仕事のない者に職場を用意して労働させた。貴族たちが平民に差別的な扱いをすることも、だんだんと減っていったように思えた。
平民たちは姫様のことを神様のように崇め、平民の街も活気を取り戻し始めたところだった。
いつかは貴族と平民が元のように一緒に暮らせるような、そんなあたたかい国を夢見て、俺とフローリアは奮闘した。
毎日が忙しかったが、すごくやり甲斐もあった。それに愛するフローリアと一緒に過ごせることが、何よりも幸せで仕方なかった。
だけどそんな幸せも、長くは続かなかった。
俺とフローリアが結婚して、数年経ったある日。
俺は仕事で平民の街に出てきていた。フローリアはその時城に残って、仕事をしていた。
突然のことだった。耳を劈くような大爆音が聞こえた。
「?!」
音のする方を見て、レインは愕然とする。城が爆発し、煙で覆われている。
「フローリア!」
俺は人の目も気にせず、ライオンの姿になった。
「お、お前はあの時姫様を襲っていた…?!」
「間違いない! あのライオンだ! まさか…レイン様が?!」
平民たちは俺の変身を目の当たりにしてどうこう言っていたが、それどころじゃない。
俺は急いで城に向かった。
それは見たことも聞いたこともないような、大規模の爆発だった。城は木っ端微塵に、城下町も火の海になっていた。
火の海になった城下町を、問答無用で駆け抜けた。その時俺は、身体中火傷を負った。
だけどそんな痛みも気にならなくて、何とか城にたどり着いた。だけどその崩れた城の姿を見て、俺は絶望しかなかった。
城は粉々に砕かれ、跡形もない。崩れ去った城壁と湧き出る煙、あるのはただそれだけだ。
人が生きている、気配はない。
何で、何でこんなことに…。何でだ?! 何が一体……。
俺は泣く暇もなくて、城壁のがれきを必死でどけて、フローリアを探した。
その途中で何人もの人間の体の一部が出てきたが、彼女の身体だとわかるものは見つからなかった。
それほどまでに、木っ端微塵に城は壊されたのだ。
「フローリア………」
俺は彼女の死を悟って、心底絶望した。
俺は人の姿になって、平民の街に戻った。
生き残った王族はおそらく俺しかいない。
俺が平民たちを守らなくては…。
だけど、平民たちが俺を見る目は、酷く冷たかった。平民たちから溢れ出すその異様な雰囲気を、すぐに察する。
「皆、どうした…?」
「あなた、あの時姫を襲ったライオンですよね?」
「皆を騙して姫さまとの結婚にありついたってか?」
「油断させて私達をみんな襲うつもり?」
「平民が姫様と結婚できるなんて、おかしいと思っていたんです」
「あの爆発も、まさかあなたが…?!」
皆口々に、俺に罵声を浴びせた。
俺がライオンだとわかった途端、人が変わったようになったのだ。
「レインさん…」
長年一緒に暮らしたあの少年も、怯えるように俺を見ていた。
「違う…俺は……お前たちを助けたくて…」
すると、平民の誰かが、俺に石を投げつけた。
俺の額にそれが当たって、俺は尻もちをついた。顔の火傷をえぐるような酷い痛みと共に、額から血が流れた。
「ここは人間の住むところだ! 出ていけ!」
そうして俺は、平民たちに睨まれながら、その国を出た。
「…てなわけで、1人うろついてた俺をジーマがたまたま見つけて、拾ってくれたってわけだ」
馬車の中、レインは1人淡々と自分の昔話をしていた。レインはふと顔を仲間の顔に目をやる。ベーラとベルはスースーと眠りについていた。
「おい!!! てめえら、寝てんじゃねえ!!」
目の前のヌゥは、顔を見せずに俯いていた。レインはヌゥの肩に手をやって激しく揺さぶった。
「おい! お前だけは寝んじゃねえ!」
ヌゥの顔が上がると、彼はだらだらと涙を流していた。
「はあ?! 何泣いてんだよ!」
「レインが…ひっく…可哀想で……ううっ」
ヌゥは顔を赤くして泣き始めた。レインは顔をしかめて彼を睨む。
「別に同情してもらおうなんて思ってねーよ。ただの暇つぶしに話をしてやっただけだ。それともあれか? お前のお友達のこと、嫌いになっちゃった?」
レインは嫌味ったらしくそう言った。
「アグが、その爆発を起こしたんだね」
「そう聞いてるぜ。爆弾を作ったのも、それを設置したのも、爆発させたのも、全部あいつだ。本人が自白して捕まったらしいからな。そこだけは褒めてやるよ。そうじゃねえと俺は濡れ衣まできせられてたところだからな」
「そっか……」
ヌゥは涙を拭って、レインをじっと見た。目が合ったレインは、気まずさに目をそらした。
「ごめんねレイン。大切な人を死なせてしまって」
「別に。お前が殺したわけじゃねーし、お前に謝られてもな。それにフローリアはもう帰ってこないしさ。もうどうにもならねえ。昔の話だ」
「うん。でも、ごめん」
「だから…」
ヌゥは頭を下げた。レインは困惑した表情を浮かべる。
「アグがどうしてそんなことをしたのか…俺は知らない。何も教えてもらえないんだ。でもどんな理由があっても、レインからフローリアを奪ったことに変わりない…」
「そうだな」
「…アグを、許さない?」
「ああ。許さないよ」
「……」
「その話は前にもしただろ。許さないけど、殺しはしない」
「……」
レインはため息をついた。
「もういいだろ。この話は俺とアグのことだ。お前は関係ない。気にすることなんて何1つない」
「そうかもしれないけど…」
すると、ベルがうーんと大きな伸びをして、目を覚ました。
「ふわぁ〜よく寝ました。えっと…もう着きました?」
「まだだよ。ったく、人が話してんのにぐーぐー寝やがって」
「す、すみません…。でももう知ってる話だったし…あれ? ヌゥさん…?」
ベルが隣のヌゥを見ると、泣いたあとのようだったので、ベルは驚いた。
「な、何してるんですかレインさん! いじめちゃだめですよ」
「いじめてねーよ。勝手に泣いたんだよ」
「ヌゥさん、大丈夫ですか?」
ベルはハンカチをとりだすと、ヌゥに渡した。ヌゥはハンカチを受け取ると、涙を拭う。
「ベルちゃんは優しいね〜」
「いえいえ。レインさんも、本当は優しいんですよ」
「だから、別にいじめてねーから」
ハンカチから甘いいい香りがするのをヌゥは感じた。
「何かいい匂いがする」
「ああ、ヒイラギの花の香水が染み込んでます。リラックス効果がありますよ」
「ふ〜ん。花の香りなんて初めて嗅いだよ。ヒイラギね、うんうん、いい香りだなぁ〜」
ベルはその様子を見てにっこりと微笑んだ。
「それにしても、ベーラのやつはよく寝てんな」
「あれだけ修復に力を使ったんです。疲れたんでしょう」
「だな〜。てかベル、お前今回何もしてなくね? また報酬泥棒か?」
「そ、それを言わないでください!」
馬車に乗ること丸2日。こうしてヌゥは、初めての仕事を無事にやり終え、アジトに帰還した。