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「あれじゃ近寄れない!」

「私達で動きを止める! その瞬間を見逃すな! ソヴァン!」

「は、はい!」


クラーケンは激しく回転し、何一つ寄せ付けない。

核の場所も速すぎてまるで目で追えない。


メリとベーラ、ソヴァンは近くに集まり、クラーケンから身を遠ざけた。


「ベーラさん…あれ、どうしたら……」

「あの状態の足に触れたら即死する可能性がある。武器を投げ入れてもあのスピードじゃ跳ね返ってくるだろう」

「で、です…よね……」


ベーラはクラーケンに向かって右手をかざす。


「な、何する気ですか?!」

「竜巻を起こす。逆回転のな」

「!」

「これをやったら私はしばらく戦えない! 一撃で仕留めろ!」

「は、はいっ…!」


呪術の1つ……天候操作…!


ベーラはクラーケンの海面真上にうずまきを発生させると、空から積乱雲を呼び寄せた。うずまきは積乱雲に引っ張られ、超高速回転を始める。


「敵が止まるのは一瞬だ! すぐに逆回転が始まるぞ!」

「わ、わかってます!」


ソヴァンは水中銃を構え、クラーケンに集中した。


竜巻は海中に大きな穴を開け、海を巻き込んで回転を始める。

それはやがてクラーケンにも届き、相異する回転の力が反発しあって大きな衝撃を与える。


こちらにも水圧は襲ってくる。3人はその場に耐えながら、クラーケンの動向を見守る。


(ど、どうしよう…ま、また…は、外したら……)


ソヴァンが銃を構える手は震えていた。


「ちょっと! ソヴァン!」


見かねたメリがソヴァンに声をかける。ソヴァンはメリの方を向くと、手を震えさせたまま、泣きそうになりながらメリを見た。


「や、やっぱり…駄目だよ…ぼ、僕なんかじゃ…で、できない……できないよ…。僕は駄目なやつなんだ…本当は……。ふ、震えが…と、と、止まらないんだ……」




『あんたなんて生きてる意味ないから』


母親に初めてそう言われた時、僕はその命に価値がないことを知った。


『本当に駄目なやつだお前は』


父親に何度もそう言われて、僕は駄目な人間なんだと実感する。


両親は、僕のことが嫌いだった。いや、大嫌いだった。


普通子供を愛するはずの親が、僕のことを好きにならないのは、僕が出来損ないだから。それ以外に理由なんて、あるもんか。



最初は両親も、僕に優しくしてくれた。

僕が駄目な息子だとまだ知らなかったから。


父は僕が騎士団に入ることを望んでいたし、母親もそうなったらとても誇らしいわと、僕に大きな期待を抱いていた。


それが狂い始めたのは、僕が会話ができるようになってきた3歳くらいの頃だろうか。その頃からの記憶は、うっすらと、あるんだ。


「お、お、お父さん…」

「お父さんだろ。いちいちどもるのはやめなさい。うっとおしい」

「ご、ご、ごめん…なさい」

「はぁ……」


僕は吃音症だった。そんな病気があるなんて知らなかったし、病気だってこともあとから知った。

大きくなるにつれて治ることは多いらしい。

でも僕は治らなかった。


僕を一流の騎士にしたい父は、僕を毎日訓練したが、剣技の才能がない僕は一向に上達しなかった。


「なんでこんなこともできないんだ!」

「ご、ごめ、ごめんなさい…」

「その喋り方もやめろ! みっともない!」


父は一流騎士で、村の中でも権力があった。そのせいかプライドも高くて、自分の子供がこんなに情けないことが本当に許せなかった。


僕は毎日のように父に殴られ、世間で言う虐待をされていた。

それでも僕は、父に認めてもらいたかった。


「お、お、お父さん…これ…僕、ゆ、弓矢なら…」


射撃が趣味で、それだけには自信があった僕は、自分で作った手製の弓矢を持ってきて、父親にそれを披露しようと試みた。


「お前なんだそれ」

「ぼ、僕ね…射撃だったら…もっとうまく…」

「俺の息子が後衛隊なんて、そんな無様な醜態さらせるか!」

「ひぃっ!」


父は僕の弓矢をめちゃくちゃに壊して、何度も僕を殴った。


「剣士になれ。なれないなら、俺の子じゃない」


父は僕の前に剣を投げ捨てた。そして父もまた、剣を構えた。


「おらぁ!」


父は本気で僕を斬りにかかった。


「ひいっ!」

「おら! そんなんじゃ死ぬぞ! おい!!」


僕は必死で剣を構えて立ち向かうが、敵いはしない。


「本当に駄目なやつだお前は」


父は僕の剣をいとも簡単に薙ぎ払ったあと、僕の身体を本当に斬った。


「げほっ!!」


僕は血を吐いて、その場に倒れた。

致命傷ではなかったのだが、その傷跡は大きくなっても消えることはなかった。


そんなようなこともたくさんあって、僕は父に怯え、僕を見捨てる母に嫌悪を抱いて、そして僕の吃音が、治ることなんてあり得なかった。


「あんたなんて生きてる意味ないから」


そう母親に言われて、僕はそうなんだとしか思えなかった。

母親は馬のエサみたいな泥だらけの人参を僕の前に落とした。


「晩ごはん、今日はあって良かったね」


空腹で常に倒れそうな僕は、それを拾って涙ぐみながらかじった。


どうして生まれたんだろう。

生きてる価値なんてまるでない。


生きていたって、誰にも認めてもらえないのに。


「もういっそ死んでしまえばいいのに」


僕の身体は傷だらけで、最終的には見限られた。


「売れたよ。お前みたいなクソ駄目人間でも、買ってくれる奴がいたことに感謝しな」

「……っ…っ…」


僕は怯えた。実の両親に、奴隷として、売られた。


この虐待からは逃れられる。それは嬉しかった。

奴隷となって新しい主人の元で、また似たような酷い扱いを受けるのかもしれないけれど、今以上酷いことなんてあるのかなあ…なんて考えもした。

だけどもう、父に認めてもらえることは、もう一生ない。

僕は捨てられたんだ。

僕は、駄目な人間だから。



だけど僕を買ったセイバスは、僕によくしてくれた。


初めて彼の家に行った日、強面の彼を見て、僕はものすごくびびっていた。


「俺がお前を買ったセイバス・スクラートだ。まあお前のことを奴隷商人から買ったわけだが…」

「す、す、すみません…せ、せっかく買った奴隷が、ぼ、僕みたいな…つ、使えない…奴で……」

「いや、まだ話の途中…」

「ほ、本当にすみません!」


僕が必死で頭を下げると、セイバスはぷっと笑い出した。


「まだ何も言ってねえだろ! 変なやつだな! 名前は何だ?」

「ソ、ソヴァン…です…ソヴァン・グリンスタ……」

「ソヴァンか。まあ俺はお前の両親みたいに、お前を傷つけたりはしねえよ」

「え…?」


ソヴァンは顔を上げて彼を見る。


「その傷、親にやられたんだろ?」

「…は、はい……」


セイバスはアザだらけの彼を見て、また売却人が彼と同じグリンスタだったことから、この傷をつけたのは実の家族だと察したのだ。


「まあ、俺の仕事の手伝いはしてもらうけどな。よろしくな、ソヴァン」

「よ、よろしく…お、お願い…します…!」


セイバスは歳も両親かそれ以上だし、とても怖そうな顔だったけれど、根はすごく優しい人だった。


僕の射撃の才能に気づいたセイバスは、僕に拳銃を教えた。

僕は毎日のように訓練して、その腕をあげていった。


セイバスが僕に教えたのは、それだけではない。

セイバスは、女の人が、好きだった。


「俺がお前を男にしてやる!」


なんて言って、淫乱な本を見せてきたり、僕を怪しげな店に連れていってはそういう仕事の女の子と話をさせたり、時には遊ばせたり、なんというか、エロオヤジだった。

まあ僕も男だったので、彼の遊びに付き合ううちに、ちょっと彼に似てしまった部分はあるかもしれない。


そんなセイバスだったが、実は結婚していた。その奥さんはもう昔に死んでしまったのだという。


「そ、そんなに…だ、大事な人がいるなら…だ、駄目ですよ…ほ、他の女の人と…あ、遊んで…ばっかりじゃ…」

「いいんだよ! 俺の嫁は寛大なんだ。あの世で笑って見てるだけだよ」

「そ、そう…なんですか……」


セイバスはケラケラと笑っている。


「俺の1番は死んだ嫁だけだ。それはもうこの先変わんねえ」

「……」

「お前も好きな女を見つけろよ。人を好きになるってのは、本当に素敵なことだ! 運命の女を見つけたら、絶対にその女をモノにしろよ」

「む、無理ですよ…そ、そんなの…。と、友達だって…で、で、できないのに…」

「大丈夫! お前が全力で愛すれば、その女もきっとお前を好きになる。女は愛されてこそ幸せになれる生き物だ! もしお前に好きな奴が出来たら、その女の全てを愛してやれよ!」

「だ、だから…そ、そんなこと…無理だって…い、言ってるのに…」

「でもいつか結婚したいだろ?」

「そ、そりゃ…い、いつかは…」


ソヴァンはうつむいた。


「で、でも…僕は弱いし…だ、駄目なやつ…なんだ。りょ、両親にも…見捨てられちゃう…くらい…だ、駄目なんだよ…?」


セイバスは首を横に振って、答える。


「ソヴァン、お前は強い。自信を持てよ! もっと胸を張って生きろよ! そうしたら、そんなお前を好きになってくれる奴がきっと現れる」


僕は目を輝かせて、彼を見ていた。


僕も彼みたいに、自信が持てたら…そしていつか、この吃音もなくなって、本当に好きになる人が現れたら…そんなことを夢に見て、僕は毎日を生きていた。


そんな僕とセイバスの生活は、何年も続いて、僕は18歳になった。


とある日、僕らの家から拳銃が盗まれる事件が起こった。

不審に思っていた僕らは、周りを警戒していた。


その日の夜、セイバスが1人、出かけていった。セイバスの忘れ物に気づいた僕は、彼を追いかけた。


すると、セイバスを追っている人間の男の影に、僕は気づいた。


(…?!)


その男は拳銃を持って、セイバスを狙っている。


(ぼ、僕らの拳銃…?!)


ソヴァンもまた、常に腰につけている自分の拳銃を構えた。


(う、撃つんだ…。セイバスが、殺されるっ…!)


ソヴァンは引き金をひいた。


ダン


しかしその弾は敵に当たらなかった。


(は、外した?!)


敵は驚いた様子だったが、そのあとすぐにセイバスを撃ち、彼は倒れた。


「セ、セ、セイバスっ!!」


僕は慌てて彼に駆け寄った。

敵は僕の声に気づいて慌てて逃げていく。


ダン ダン ダン


僕はそいつに向かって何発も弾を撃ち込むが、当てられなかった。


「くそっ!」


僕はセイバスに駆け寄った。

セイバスは大量に出血をしている。

僕は彼の身体を支えた。


「ソヴァン…俺はもう助からねえ…」

「い、嫌だ…し、死なないで…セイバス…」

「いいか。最後だ…よく聞けソヴァン。お前は駄目なやつなんかじゃない。俺が保証する…。だからもっと自信を持て…。強くなれよ。大切な人を守れるくらいにな」

「セ、セイバス……い、嫌だ……嫌だよ……」


セイバスはそのまま、息を引き取った。

僕は震えながら彼の身体を抱きしめて、泣き続けた。



やっぱり僕は駄目だった。

セイバスはそんなことないって言ってくれたけど、大切なあなたを助けられなかった僕は、どう考えても駄目なやつだ…。



ソヴァンは助けを求めるようにメリを見ながら、その手を震わせていた。

ベーラは竜巻を出すのに全神経を集中させている。

もしこれで決められなかったら、敵を倒すことはできない。


(メリさん…ごめんなさい…。僕は君を好きでいる資格さえなかった…。君を守ると言ったのに…)


ソヴァンはメリを見ながら、涙を流した。

海の中でそれは目には見えなかったけれど、メリは気付いた。


メリはソヴァンが拳銃を持つ手を、自分の両手で一緒に握った。

彼のそばに来ると、自分の両腕で、彼の腕を支えた。


「っ!!」

「大丈夫だよ」


メリは顔を横にすると、ソヴァンと目を合わせた。


「私が支えてあげるから」

「メリさん……」


ああ…


不思議だ……


震えが……

なくなっていく……


メリさんはこんな僕を……見限らない……


一緒に……戦ってくれる……


「撃って、ソヴァン」


ソヴァンはクラーケンの動きが止まる一瞬を、見逃さない。


ダン


躊躇わずに、引き金をひいた。


銃弾は猛スピードで懐中を突き進み、その一瞬垣間見えたクラーケンの核を撃ち抜いた。


クラーケンはそのまま消えてしまった。


「やった!」


メリはソヴァンに抱きついた。

ソヴァンは顔を真っ赤にして、メリを見た。

メリもまた、ハッとした顔で彼を見ると、その手を離した。


「触らないでよ!!」

「抱きついてきたのはメリさんですよ」

「うるさい!」


すると、ベーラはクラっとして意識を失った。


「ベーラさん!」

「よっと!」


ライオンの姿に戻ったレインはベーラを咥えると、海面へと泳いでいく。


「戻ったのね!」

「僕たちも船へ!」


メリとソヴァンも後を追って、船まで泳いだ。










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